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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第三章 ソラと自然の綺麗な魔流
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3.視察出発までの準備

 午前中、めいっぱい結界魔術の練習をした後、昼食を食べてからマドリガーレと一緒にコン・センティメント家の邸宅に戻った。パストラーレも俺も、午後は自分自身の生活をするためだ。

 実は既に、俺は学校の勉強が危うくなり始めている。一学期の生活を振り返ってみたら、帰宅してからの自宅学習をあまりしていなかった。勉強をせずに体力づくりと魔術訓練ばかりしていて、期末テスト前になって慌ててテスト勉強を始めたのだから、当然と言えば当然の結果だろう。期末テストの結果はなんとか全て赤点を逃れたという程度だったのでショックを受けていたら、勉強のできる友達が「夏休みに毎日三時間、真面目に勉強すればすぐに追いつくよ」と慰めてくれた。だからこちらに来ている時でも実践しようと思っているのだ。


 館に戻ってきてすぐに勉強をすると言った俺に、マドリガーレは少し不満そうだったが、お茶の時間には付き合うし、その後の体力づくりで俺が何をするのか興味がありそうだったので「見てみる?」と誘ったら、嬉しそうに笑ってうなずいたのでほっとした。


 マドリガーレは春先にボールを蹴った時のことを覚えていたらしく、乗馬用の服装で外に出てきた。俺は自宅から持って来たティーシャツとハーフパンツ、ソックスとトレーニング用のシューズだ。速乾性のシャツなど初めて見たらしく、つるつるした生地を触らせてくれと言い出し、興味深そうに撫でていたのが面白かった。


 トレーニングはストレッチや柔軟から始める。そのまま体幹トレーニングをし、少し体慣らしで走った後、ポータブルオーディオプレーヤーを取り出して腰に取り付け、イヤホンを耳に差し込んだ。


「それは何?」


「ああ、これは音が出る機械。スタートして大体九秒でシグナル音が出るんだけど、その合図までの間に直線二十メートルを走って往復をしてきて、五秒休んですぐまた走るって訓練をこれからしようと思ってんだ。シグナル音の間隔がだんだんスピードアップするから大変なんだけど、持久力をつけるのにちょうど良い練習メニューなんだよ」


 マドリガーレが感心したような、不思議そうで分かっていなさそうな顔をしたのを見て笑い、足元にマーカーコーンを置いてメジャーで二十メートルを測る。庭の中に直線でこれだけの距離を確保できる広場的な場所があるのが驚きだ。しかもこれ、本宅じゃないって言うのだから。王都にいる間に駐留するための別宅で、本宅は領地にでーんとあるらしく「こちらでは(つつ)ましい生活をしているよ」と笑っていたアルマンド叔父との常識の差に、口を開けるしかない。


 プレーヤーをオンにして走り始める。往復して走ってくるたびに「イーチ」「ニィー」と言っていたが、数が上がってくるにつれて息が上がり、心臓がバクバク鳴ってシグナル音が鳴るまでに戻ってくるのがぎりぎりになっていく。なんとか二十五を数えた後、二回連続でシグナル音に間に合わず、そのまま柔らかな芝の上にどぅと倒れ込んで仰向けに転がった。


「お水、飲む?」


 マドリガーレの言葉に軽くうなずくが、息が上がって起き上がれない。心配そうにこちらを(うかが)う彼女に、かろうじて笑顔を見せて「ちょっと待って」と大きく呼吸をしながら答えた。

 ようやく少し息が整ってきた頃、むくっと体を起こして水の入ったコップを受け取る。喉を通る冷たい水が心地よい。立て続けに二杯飲んだ後、三杯目はゆっくりじっくりと味わうように口をつけた。


「大丈夫?」


 マドリガーレが心配そうに聞いてくるのに笑顔で「うん」と答えると、彼女はホッとしたように表情を柔らかく緩めた。


「いつもこんな風に走っているの? なんだか自分で自分を追い詰めるような……」


「え、そんな風に見える? うーん、まだまだ走りに余裕がないんだな。実際、中学の頃より距離が短くなっちゃってるし……前はもっと走れたんだけど……やっぱこないだの魔術使い過ぎで体力落ちちゃったからな……いや、高校入ってからまともにトレーニングしてなかったからか……ああ、もっと普段から頑張んないとなぁ」


「ねぇ、ソラ。午前中に魔術訓練、午後は勉強して、それから体力づくり……そんなに頑張らなくても良いんじゃない? ほら、もう暗くなり始めたわ。少しはゆっくりできる時間が無いと視察に出る前に体調を崩してしまうわよ」


「ん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。普段だって、夕方まで学校で授業して、それから暗くなるまで部活して、家帰って即風呂、夕飯、ペロッと勉強してガッと寝る、みたいな生活してんだから……とは言っても、高校入ってから部活してないんだった……でも、うん、体動かすって楽しい。やっぱ、なんとか時間やりくりして毎日運動しようっと」


 マドリガーレにコップを返して立ち上がり、うーん、と伸びをする。


「んじゃ、シャシャッとシャワーでも浴びて夕飯だな」


 そう言いながら軽く身体を伸ばしてあちこちの筋肉を緩めた後、マドリガーレに「付き合ってくれてサンキュー」と手を振り、持って来た荷物を持って館に戻った。後ろから彼女が焦ったように「待って、ソラ」と走って追いかけて来たので慌てて振り向くと、案の定、その辺でこけそうになったのでとっさに腕を伸ばしたけれど。支えた俺は汗でベタベタの身体のままだったので申し訳なくてすぐに謝った。

 そうか、どうせ寝る前に風呂に入るんだから、一日に二回も水を浴びたりせず、夕方の運動の後は洗浄魔術で良いのかと気が付いた。そこでスルッと魔術をかけると、あっと言う間に体がすっきりする。


 やべぇ、魔法ってほんと便利。

 一度手に入れると手放せないじゃん。


 陽が落ちつつある庭では、植え込みがある辺りがずいぶんと影が濃く長くなり始めている。そんな中をマドリガーレと手を繋いで部屋まで戻った。


 彼女の少し照れたような微笑みがほんの少し赤みがかった黄色の陽に染まっていた。




** ** **




 夕食後にボールを持って外に出ようとすると、マドリガーレが「ソラ、また運動するの?」と聞いてきた。運動は運動でも、今度こそ楽しみのためのものだ。そう答えると彼女がまたもやついてくると言うので嬉しくなった。ボールを蹴るところを見ていてもらえるなんて、なんだかテンションが上がる。


 炎の魔力を込めると明かりが()く魔導ランプを借りて(とも)し、木の枝に引っかけてからリフティングを始める。楽しい。テンポよくポンポンと蹴っていくと、マドリガーレが「すごい……」と感心してくれたので機嫌をよくして調子に乗り、変わったことを見せたいなと考えてしまった。それで思わず後ろ向きで(かかと)にボールを当て上に蹴り上げ、ヘッドからまた膝、つま先、と頭の上を通して前に戻そうとしたのだが、ヘディングの段階で落としてしまった。浮かれていたせいか、感覚が鈍っていたせいか……とにかく恥ずかしくて「暗くて失敗しちゃったっ」と笑ってごまかした。


 そんな風にしてボールを蹴っていると、そのまま足さばきの練習もしたくなる。今晩はマーカーコーンを部屋に置いて来てしまったので、明日は持って出よう。それから灯りもひとつじゃ暗い。そんなことを考えながら、緩急をつけてリズムよくボールを転がし始めた。


 インサイドタップ、ボールウォークのインとアウト、それからインサイドキックからのインサイドトラップ、インサイドキックからのアウトサイドトラップ、アウトサイドキックからのバージョン……なかなかボールが足に吸い付くようにとまではいかないが、思い通りにならないからこそ、もう一度、あと一回、と蹴り続けることができる。


 集中してボールを蹴っていると思わず笑みがこぼれた。「ソラ、楽しそうね」と声をかけられ「うん!」と答える。ひとりでボールを蹴るのももちろん楽しいけれど、見ていてくれて、感心した瞳で見ていてくれるのが嬉しくてたまらなかった。


 こんな感じで、視察に行くまでの一日の流れは決まった。

 あとはそれぞれを一生懸命頑張るだけだ。


 そしてやり続け、十日が過ぎ、とうとう視察出発の朝となったのだ。




** ** **




「やあ、おはよう、アリィ! 今日から三日間もきみに会えないなんて、僕にとってはつら過ぎる現実だよ!」


 魔導車から降りて来た途端、いきなりアリアに突進して抱きつき、嘆き始めたパストラーレに俺は思わず口を開けた。まだ誰も挨拶もしていない。魔法庁前の転移装置まで、俺の家族とコン・センティメント家の皆が見送りに来てくれたのだが、全員があきれたように苦笑しながらパストラーレを見つめていた。


「パスト、離れて。三日間会えないって言っても、二泊三日でしょう? 今日はもう会えたし、明後日は迎えに来る予定だから本当に会えないのは明日だけよ? 別にどうと言うこともないでしょう」


「そんなこと言ったって、ソラとマーレはきっと手を繋ぎながらイチャイチャと仲良く歩くんだよ! 僕だけ独り、アリィを想いながら寂しく山道をとぼとぼと登るなんて、考えただけで我慢ができないよ!」


 そんな風に言われて、慌てて繋いだ手を離そうかと考えた瞬間、マドリガーレがきゅっと強く握ってきた。振り向くと彼女がふっと目元を緩めて微笑み、ちょっとだけ首をこてんと傾げてくる。それにつられて俺も笑みを返した。


 ああ、今日もマドリガーレは可愛い。


「ほら見て、あれ! あんな風にイチャついてるふたりの後ろから、歩いてかないとならないんだよ! だからアリィ、もっと慰めてー! 僕のこと励ましてよー!」


「はいはい……頑張ってお仕事してきてちょうだいね。私、仕事に打ち込む男性って魅力的だと思っているの。あなたがそうだと、とても嬉しいわ」


「そう? 仕事頑張る僕って、格好いい?」


「もちろんよ。他の誰より格好いいわ」


「そっか! んじゃ、頑張ってくるね!」


「ええ、ぜひそうしてね。マーレとソラをよろしく頼むわね?」


「うん! 任せてよ!」


「ええ、お願い。明後日迎えに来るから、それまで頑張ってね」


「うん!」


 ふたりのやり取りを眺めて、アリアは職業テイマーなのではないかと思った。穏やかに微笑みながら、パストラーレをよく調教している。すごい。真似できる気がしない。


 そうこうしているうちに魔導車が走ってくる音がする。自然部の人が到着したようだ。


「おはようございます。夕べはよく眠れましたかな?」


 四十代か五十代ほどの男性が挨拶の言葉をかけてくれ、こちらも慌てて挨拶と自己紹介をし、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 男性と一緒にいるのはイントラーダだ。前回の魔法庁見学巡りで自然部の案内をしてくれた女性。確かアリアよりふたつ年上とか言っていた。「久しぶり、よろしくね」と笑顔を向けてくれる。


(わし)はフリオーゾ・コン・スピリトゥオ、イントラーダの従叔父(じゅうしゅくふ)……彼女の父親の従弟にあたる。今回は我らふたりでお三方(さんかた)をご案内いたす。怪我や事故のないように気を付けて、おおいに学んでいってくれたらと願っておる」


 なんとまぁ、岩のような大男だ。服の上からでも腕や胸や肩の筋肉が盛り上がっているのが分かる。黒い口髭(くちひげ)を生やし、鋭い眼光をこちらに向け、にこりともせずに静かに語る様子は、まるでごつい山男のようだ。


「よ、よろしくお願いします」


 三人で揃って頭を下げる。


「ところで未成年のおふたり。無事、物質軽量化の魔術は習得できましたかな?」


「はい、なんとか」


「それは重畳(ちょうじょう)。では早速だが出発いたす。荷物に物質軽量化の魔術をかけて」


「はい」


 俺の荷物はリュックひとつで、背負っても全然問題ないくらいの軽さだ。通学リュックの方がよっぽど重い。なぜこんなに荷物が少ないのかと言うと、泊り用の荷物は事前に宿泊場所へ運ばれているからだ。これから転移する拠点と、宿泊する二ヶ所、全てにあらかじめ荷物を持って行ってもらっている。なんて楽なんだと思ったけれど、お貴族様の移動なんだから当然かと納得した。普段、そうそう長距離を歩いたり、荷物を背負ったりなどしないはずだから。


 こんな、何も入っていないのと同じ程度の軽いリュック、背負って山登りしたって全然平気だと思いながら、それでも言われたとおりに物質軽量化の魔術をかけてから背負う。なんだか何も背負っていないくらい違和感がない。


 服装はと言えば、これまた皆、軽装だ。

 フリオーゾとイントラーダは自然部の制服、パストラーレは魔力研究部の制服、いつも通りだ。さすがにイントラーダは魔法庁内で見たスカート姿ではなく、パンツ姿ではあったが。

 そしてマドリガーレもいつもの乗馬服にブーツ。そこに腰丈のマントが特別に付けられている。更につばの狭い愛らしい飾りのついた帽子。これで本当に山に登れるのかというようなおしゃれな服装だ。


 俺はと言うと、速乾性ティーシャツにトレパンとスニーカー……といきたいところだったが、コン・センティメント家の皆と使用人達に全力で止められて、用意された物を着た。なんだかマドリガーレとお揃いっぽいひらひらレースが付いたシャツとベスト、おしゃれっぽい気取った茶色のズボンに編み上げブーツ、そして同じようにマント。おまけにマドリガーレは首に赤いリボンを下げていて、俺は赤いリボンタイだから、これもお揃いで気恥ずかしい。その上、手を繋いで歩くんじゃ……と思っていたら、フリオーゾもイントラーダも、おまけにパストラーレも赤いスカーフを首に巻いていた。


 なんだ、視察に行く時用の決まりかと思い、ホッと胸を撫で下ろす。


 そして見送りの皆が「気を付けて」と声を掛けてくれる中、フリオーゾを先頭に視察に行く五人は転移装置の中に入っていった。

いよいよ視察の開始です。

岩男で山男のフリオーゾと、歌って踊れる頼れるお姉さんのイントラーダとの旅路です。

楽しみにしていただけたら嬉しいです。


次回更新日は9月3日(月)です。

皆様、良い週末をお過ごしください。

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