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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第二章 ソラとマーレの綺麗な魔力
70/130

22.明るい月夜に

本日は2話同時更新しています。

その1話目です。

「ソラ、ようやく寝ました」


「お疲れ様、マーレ」


「大変だったね」


「いいえ、私自身がソラのそばにいたくて、したことですから」


 サンルームで家族の大人達は待っていた。

 スピリトーゾと麗美は、もう遅い時間だからと先ほど自室へ戻って行ったが。


 マドリガーレもガラスの向こうに月が見える椅子に座って、淹れてもらったお茶を飲む。


「パストラーレから連絡があったよ。ソラの能力について話したいことがあると。第一家で色々調べているらしいから、そのうち報告に来てくれるとのことだ」


「そうですか……」


 実はマドリガーレは、奏楽が気を失った直後、パストラーレから口止めされたことがある。

 治癒魔法を使ったことだけ話して、後は家族にも誰にも、奏楽が何をしたのか言わないように、と。

 第一家で色々調べて謎を解いて、それから後日必ず皆に説明するし打ち明けるから、それまでは絶対に内緒にしておくように、と。


 それが奏楽のためだと言われれば、彼女にはうなずくしか選択肢がなかった。

 だからこの家の人々は、奏楽が今回使用したのは治癒魔術だけだと思っている。カンジーラが魔力暴走をし始めたのに事態が収まったのは、レッジェロとパストラーレの活躍によって貴族用バングルをカンジーラの手首に首尾よくはめることができたから、ということになっているのだ。


 何が起きたのだろう。

 奏楽は何をしたのだろうか。


 分かっているのは、みっつだけ。


 ひとつ。

 奏楽が魔術を使うと、その時々で使用魔術の影響を受けて瞳の色が変わるということ。

 前回は水の魔術を使って青い瞳をしていたし、今回は、最初は紫、次に治癒魔術を使用した時には黄色であったのだ。

 誰でも皆、大きな魔術を使用する時は髪や瞳の色が多少変化するが、使用する魔術によって色が変わるなんて聞いたことがない。これも後でパストラーレに確認してみなければならないことだろう。


 ふたつ。

 奏楽は見たことも聞いたこともない魔術を使う。

 自分は学校で習った魔術や、本で読んだ独学魔術しか使うことができない。そもそも魔術とは先人から構築方法や発動方法を習って使えるようになるもので、自身で生み出していくようなものではない。

 ……生み出す?

 奏楽は、魔術の創造ができるのだろうか。

 それとも魔術の記憶が遺伝子に組み込まれていて、無意識に色々な魔術を発動してしまうのだろうか。

 分からない。この辺はパストラーレが研究したいと大いに騒いでいた部分だ。


 みっつ。

 これはマドリガーレの主観だが。

 奏楽の魔力はとても綺麗だ。

 どんな魔術を使っていても。


 前回の時、青い魔力が渦を巻いてキラキラと光り輝いていたのは見惚れるほどだった。

 今回も、紫色の魔力がゆったりと立ち上り、奏楽の身体を取り巻いてさざなみのように美しく流れていた。まるで部屋全体が淡い紫に包まれるような感じで、とても幻想的な景色に見えたのだ。

 続いて黄色の瞳をしていた時は、奏楽の全身が太陽を浴びた琥珀のように輝き光を放っていて、なんだか神々しく思えた。


 いや、そうではなく、魔術を使っていなくても。


 奏楽が喜ぶと踊るように、跳ねるように、はしゃぐ緑色の流れ。

 ほんの微かに虹色が混じる、とても綺麗な緑色。

 それが、ここ数日はマドリガーレを見るたびに、彼女に向かって奏楽の魔力が流れてくる。

 とても心地よい、温かな魔力。

 まるで「きみが好きだ」とでも言われているような、そんな気がしてしまう。

 マドリガーレを優しく包み込む緑の光。

 守るように彼女を取り巻いてくれる温かな光。

 キラキラした、奏楽の綺麗な魔力。


『ああ、私、ソラのことが好きだわ』


 月を眺め、マドリガーレは心の中でそっとつぶやいた。




** ** **




 ひとしきり話をした後、大人達も解散となった。

 それぞれ自分の部屋へと戻っていく。


 マドリガーレは自室の前でふと足を止め、思い直すと引き返してもう一度、奏楽の部屋へと向かった。


 先ほど、奏楽が眠るまでそばにいた。

 そしてその後そっとその場を離れたのだが、天蓋のカーテンをしめるのを忘れていたのだ。


 月の光が奏楽の顔を染めている。

 なんとなくその青白さが気になって、つい頬に触れてしまった。

 ……良かった、温かい。


 思わず息を吐いて、先ほどまで座っていた椅子に腰掛ける。


 たった一か月前まで、この世で一番憎んでいたはずの人なのに。

 この短期間で、こんなにも違う感情が芽生えてしまうなんて。


 うっかり転びやすい自分に、必ず手を差し伸べてくれる。

 ずっと手をひいて助けてくれる。

 己がつまずかないか、常に気にしていてくれる。

 そしてそれを(いと)わず、自然にサポートしてくれる。


 マドリガーレが食事中に何かしら物を落としても、すぐに対応してくれる。

 服を汚しても笑わないでいてくれる。

 洗浄魔術を使った後、まだ汚れが残っている部分があったら教えてくれる。

 あきれず、何度でも。


 そしていつも笑顔を向けてくれる。

 明るい、爽やかな笑顔。

 あんなまっすぐな瞳で見つめられたら、好きにならずにいられない。


 最初は元老院が勧めてきた政略結婚相手だった。

 絶対に嫌だと思っていたはずなのに。

 今では何もかもに感謝をしている。


 眠ったままの奏楽がほんの少し微笑んだ気がした。

 マドリガーレは幸せだった。




** ** **




 夜中に、ふと目が覚めた。

 何の気無しに窓に視線を向けると、そばでマドリガーレが突っ伏していて驚いた。


「マーレ?」


 小さく聞いてみたが返事がない。

 寝入ってしまっているようだ。


 自分が眠るまでここにいてくれると言っていたが、そのまま彼女も眠り込んでしまったのだろう。このままでは風邪を引くと思い、可哀想だけど起こすことにした。


「マーレ」


 起きないので、今度はもう少し強く肩を揺さぶってみることにした。


「マドリガーレ」


 まだ起きない。

 どうしよう。

 思ったよりも力が出ない。やはりいっぺんにふたりも治癒魔術をかけたのはまずかったのだろうか。頭を持ち上げて上半身を起こすことが、予想以上にしんどい。ベッドに手を付き、必死になって身を起こす。

 そして彼女の耳元でそっと声を掛けた。


「マーレ……起きて、ねぇ、マーレ、風邪引いちゃうよ」


 深い眠りなのか、ちっとも起きてくれないマドリガーレ。


「う……ん…………」


 何やら寝言が聞こえた。

 クスッと思わず笑い声が漏れる。

 可愛いなあ。


 髪を撫でてみた。

 銀色の長い髪がさらさらと指の間を通る。

 月明かりに照らされて、光が反射する銀髪の周囲で緑色の魔力がじんわりと漂っている。


 なんとなくだが、寝ているのにもかかわらず、彼女の魔力が俺を気遣ってくれているような気がした。


 心が温かくなって、思わず言葉が漏れる。


「マーレ、好きだよ……」


 その時、彼女が身じろぎをして「ん……」と声を出した。


「マーレ、起きた? マーレ?」


「う……ん、ソラ…………?」


 ぼんやりと身を起こしたマドリガーレは、眠そうに瞳をこすると俺に向かってへにゃりと微笑んだ。


「風邪引いちゃうよ、部屋に戻ってベッドで寝て。ね?」


「うん……分かったわ。ごめんね、ソラ、心配かけて。でも……なんだかとっても良い夢を見ていたのよ」


「へぇ、どんな?」


「ふふっ、ソラが私に『好き』って言ってくれる夢……」


 寝ぼけ(まなこ)の彼女は、自分が何を口にしたのか、少しの間、分からなかったに違いない。

 そしてようやくハッと気づくと、バッとこちらを振り返って「あの、その!」と慌てだした。


「そっか。そんな夢、見てたんだ」


「ソラ! あの、私……!」


「ねぇ、マーレ、落ち着いて。大丈夫、夢じゃないから」


「……え」


「マーレ、俺、マーレのことが好きだよ」


「ソラ……!」


 一瞬で彼女の緑色の魔力が、喜びに膨れ上がり渦となった。

 それが全て俺に向かって流れて、取り巻く。


 なんて綺麗なんだろう。

 キラキラ輝いて、本当にいつまでも見ていたい気分だ。

 これが見惚れるっていうことなんだろうな。


 でも。

 ごめんよ、マドリガーレ。


「でも、ごめん、マーレ。俺、まだ婚約式はできない」


 再び一瞬で、彼女の魔力が変化した。

 ピタッと流れが止まり、じわじわと不安が取り巻いてくる。


「俺……マーレのことが大好きなのは本当。一番好きだし、いつまでも一緒にいたいと思う。マーレと結婚できたら幸せなんだろうなって思う。けど」


 しっかり言わなきゃ。

 俺の本心を、ちゃんと伝えなくちゃ。


「俺、まだ魔法長官になるって決められない……覚悟が足りないんだ。今回、魔法庁の見学させてもらって、魔法長官の仕事内容を知って、人々を救う素晴らしい職業だって思った。こんな風に人を救えるような仕事ができたら凄いな、やりがいあるだろうなって思った。それからレッジェロさんが、一生懸命に街の人達のこと、助けようとしているのを見た。こんな風に人を助けられる大人になれたら良いなって思った。でも……実際は、みんなに心配かけただけだった……情けないよ。俺、自分が情けないんだ」


「ソラ、それは違うわ。あなたがいたから、カンジーラもケーナも助かったのよ。それは間違わないで」


「うん……そうかも。でも、俺は、俺の身体は、今まだ全然動かないんだよ。こうして上半身を起こしているのだってキツイくらいだ。いくら最近サッカーしてないからって、ちょっと怠けただけの身体にしちゃ動かなすぎる。俺、相当無茶したんだなって自分で思うんだ」


「ソラ……」


「こんな風に、自分で自分の面倒見られないような奴が魔法長官になるなんて、ちゃんちゃらおかしい。魔法長官やるよ、なんて宣言、できやしないよ。自信がない、人を救うなんてこと、俺にできないって思ってしまう」


 ちゃんと最後まで伝えなきゃ。

 じゃないとマドリガーレに失礼だ。


「だから、俺、まだマーレと婚約はできない。マーレが好きだから婚約して、そんでそのまま結婚して、だからそのまま魔法長官になるって決まるのは、俺は違うと思う。魔法長官になるなら、自分でしっかり意志をもって決めたい。きちんと決めて、それでみんなの前で『魔法長官やります』って宣言したい。マーレが好きだから、マーレと一緒にいたいから、マーレと結婚したいから、だから魔法長官になるなんて、そんなの嫌なんだ」


「ソラ……」


「分かってくれる? マーレ、お願い、分かって」


 俺は祈るように両手を組んで、そのままマドリガーレの首元に額を埋めた。

 しばらくそのまま動かず静かにしていたマドリガーレが、クスッと笑った。


「あーあ、もう、仕方ないわね。本当に真っ直ぐで、救いようのない馬鹿だわ。でもそんな馬鹿なあなたを好きになってしまったのは私だから、仕方ないわね」


「マーレ」


「先にあなたを選んだのは私よ。それは覚えておいてね。あなたが何を考えて、何を選択しようとも、私は既にあなたを選んでいるのよ」


「マーレ……」


「さあ、もうお休みなさい。気力も体力も落ちているから、後ろ向きな考えしか浮かんでこないのよ。両方しっかり戻ればきっと、気持ちも前向きになるわ。それまでちゃんと待ってるから。私はあなたの気持ちが固まるまで待つって、一か月前にそう言ったでしょう? 大丈夫よ、約束だから。私は待てる。だから今日はもう眠って。明日また、笑顔を見せてちょうだい」


 そう言うとマドリガーレは、俺の肩をゆっくりと押してベッドに横たえさせた。

 掛け布団を首元まで引き上げて、ポンポンと軽く上から叩くと。


「おやすみなさい、私のソラ」


 額にひとつ口付けを落とす。

 そうして、ゆったりと微笑んで扉から出て行った。


 俺は呆然として、閉じた扉を見続ける。


 窓の外の月は変わらず部屋を満たし、青く静かに照らしていた。

生真面目な考えで婚約を拒否したソラ。

それに理解を示しながらも「私は自分の思う通りにするわ」と、笑顔で強気のマーレ。

今後もふたりの行方をどうぞ見守ってください。


この後、続けて第二章エピローグの更新です。

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