17.魔法長官の仕事内容
魔導昇降機が八階までしかボタンが無いことから、この建物は八階建てだと思っていたけれど、魔法長官室の中に階段があって、そこからもうひとつ上に上がれるようだった。
アルマンド叔父の後を皆でぞろぞろとついて行くと、九階は天井がドームになった丸い大きな部屋がひとつあるだけだった。
「ここで大魔術を行うんだ」
そう言ってアルマンド叔父は床に置かれた十センチメートルほどの大きさの置物に近づき、しゃがんで魔力を込め始めた。するとその置物を起点に、部屋の中心方向へブワッと魔力が流れて床に魔法陣が浮かび上がったのだ。
「これで六分の一の魔法陣が起動した。あと五回同じように魔力を流せば、ここに描かれた魔法陣は完全に起動する。この魔方陣が大魔術の飛ぶ方向性と距離を整えてくれるんだ」
アルマンド叔父の説明の途中で、父レチタティーヴォが登ってきた階段近くの壁に手のひらを当てて魔力を流す。するとドーム型の天井が中心から六方向に向かって開いていき、壁にどんどん収納されていって、最終的に壁は胸の高さ程度にまでなってしまった。空が丸々見えている。
「端の方には行かないように。できるだけ中央にいてくれよ、落ちたら大変だから」
今日はとても天気が良くてふんわりとした風が吹いていたが、さすがは九階部分だ、天井が開き始めてすぐに強い風が身体にまともに当たり始め、どこかに掴まりたくなる気持ちがした。
昼食後は特にマドリガーレと手を繋いではいなかったが、なんとなく隣にいた彼女が強い風によろけたので、慌てて支えた。長い髪が一気に風によって舞い上がり、それを両手で抱えるように押さえた彼女は身を縮めるように前屈みになったため、簡単に風に煽られてしまったのだ。マドリガーレの後ろから彼女の両方の二の腕をしっかり掴んで引き寄せると、ホッとした顔を見せてくれる。それが嬉しくて思わずマドリガーレの魔力を見てしまった。
穏やかに過ごしている時は薄っすらと立ち上るだけの緑色の流れが、今は大きく流れを作ってキラキラと輝いている。
――嬉しい?
――ドキドキしてるの?
可愛い笑顔の向こうで輝く魔流が……包み込むように、俺に向かって流れ込んできている。
『しかも彼女の嬉しい、楽しい、という気持ちが高まると、あふれ出る魔力が最高に輝いてね、綺麗で見惚れるほどだよ。それを引き出したのが自分だと思うと、もう、なんとも言いようのない快感を覚えるのさ。特に「あなたが好き」という感情を向けられた時の魔力の美しさときたら……天にも昇る心地というのはまさにあれのことを言うんだね』
パストラーレの台詞をふいに思い出した。
彼が言っていたのはこういうことか?
綺麗だ。
そして彼女の魔流に包まれるのはとても心地よい。
なんだかすっごく幸せだ。
思わず彼女に見惚れる。
笑顔を返してくれるマドリガーレに、更に嬉しくなる。
彼女の瞳の中には、今、俺しかいない。
ふと明るくなったことに気付いた。
いつの間にか天井がすっかり閉じていて、外光が入らなくなったため、部屋の灯りが点けられたのだ。
ハッと気づくと、俺はマドリガーレを腕の中にしっかりと抱え込んでいた。彼女の腕も緩く俺の腰に回っている。
一瞬で頭が沸騰して、バッと身を離した。
「ご、ごめん、マーレ!」
「い、いえ、私も、あの、その」
混乱しきって腕をわちゃわちゃと振り回すが、何の解決にもならない。
どうにかしたくて辺りをキョロキョロと見回したら、大人五人が一箇所で固まって並び、こちらを見ていた。
全員、にっこりと微笑む、生温かい目。
めちゃくちゃ、いたたまれなかった。
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その後、なんとか気を取り直して、大魔術を行うに当たっての流れをざっと、準備段階の話から、大魔術を終えるまで説明してもらった。
大魔術を行うのは、冬と春の境の星の月。日本では三月くらいの時期だ。そこに向けて、約半年前から魔力合わせを始める。
魔力合わせは、第一家の当主が毎年調合してくれる薬を、魔法長官、副長官が共に飲み、互いの手のひらを合わせて長官が自分の魔力を副長官に流していくというやり方らしい。
「それでふたりの魔力が完全に一致するの?」
「いや、やはり個人の特徴というものがあるからね、どうしても副長官側に少量、自己主張する魔力成分が残ってしまうのだよ。それで風の二の月の終わり頃には、副長官側からも長官に魔力を流す。最後にそうして互いに互いの魔力で染めあって、星の月までには魔力合わせを終えるんだ」
なるほど、凄い。
ちなみに“風の二の月”とは日本で言う一月頃にあたるらしい。
その後は、魔法長官室にふたりで泊まり込んで、魔力を最大まで上げるよう集中する。
魔力合わせの時からずっとそうだが、特にこの泊まり込みの時期はふたりの精神が揺らぐと大魔術に影響が出てしまうため、心を落ち着かせるようお互いに声を掛け合い、支え合うらしい。近親者、特に夫婦が長官と副長官に推されるのは、魔力を合わせるのに便利という以外にも理由があったのだ。
豆知識として教えてもらったのは、ここに泊まり込む七日から十日間くらいは、とても豪勢な食事が出されるらしい。休憩のためのお茶やお菓子も最高級品、毎日飽きのこないようなメニューでばんばん出されるとのこと。ストレスを感じさせないよう、精神を安定させてひたすら魔力を高める作業に集中させるためだとか。
ちなみに補佐官も半年間、ずっと行動を共にするらしい。ふたりの精神の安定を見守り、薬の手はずを整え、ふたりが生活に不自由しないように、別のことに気を取られて心を乱したりしないように、全て采配するのだという。そう言えば、毎年父親は日本での二月から三月頭かけて、ひと月ほど全く帰宅しないことを思い出した。
「まさしく、三位一体というわけだよ」
そしていよいよ大魔術を行う日になると、先ほどの屋上まで上がって足元の魔法陣に魔力を込めて起動させ、天井を開いて魔術をぶっ放す、という訳だ。
それは国中に広がり、山や谷、海や川、畑や街にも浸透する。悪い魔流ははらわれ、山野は潤い、海は豊かになり、畑は良い実りをもたらす。
「それでようやくその年のお役目は終わり。あとは新年まで二十日間ほどずっとお休み。年が明けてからも、王族主催の新年パーティに出席だけして、あとはまた半月くらい休むんだ。半年間ほぼ休みなく働き続けたから、肉体的にも精神的にも疲れきっているし、少しはリフレッシュ休暇も欲しいからね」
なるほど。
「それじゃ、残りの五ヶ月間はどんな仕事をしてるの?」
「長官、副長官でなければサインできない書類にサインをするとか、あとは視察だな。あちこちの領主の館を拠点に国中を巡って、人々の暮らしを見たり、奥深い自然を見に行ったりする。そうすることでまた年末に行う大魔術へのモチベーションを上げていくんだ……人々が豊かに、そして幸せに暮らしている姿を見ると、それだけで半年間の苦労が報われた気になるから、また今年も頑張ろうという気持ちになるんだよ」
満足そうに、アルマンド叔父はアンティフォナ叔母と父レチタティーヴォと笑顔を交わした。
強い信頼関係がそこにはあるように見えて、なんだかとても羨ましくなった。
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「さて、ソラ。魔法長官の仕事内容は分かったかな?」
五階まで降りてきて、応接室でお茶を飲ませてもらった。
あの後、パストラーレやレッジェロは父達に色々質問をしていたが、その質問内容は俺にとっては難し過ぎてあんまり理解できなかった。だから俺とマドリガーレはアンティフォナ叔母から魔法長官室の中を案内してもらった。薬置き場とか、執務室とか、三人分の仮眠室とか。
仮眠室という名前から本当に仮眠を取るだけのシンプルな小さい部屋かと思ったら、日本では豪華ホテルの客室くらい立派な部屋で驚いた。でもよく考えたら、アルマンド叔父の館も立派な城のようで、部屋はどこもこんな程度じゃないくらい豪華絢爛だった。だからきっと、五家の人達にとってはこの仮眠室は質素で必要最低限の部屋なのだろう。
ちくしょう、庶民の敵め、と思わず口を尖らせてしまった。
そんなことを思い出しながら、父親の質問に答える。
「うん。なんとなくイメージは掴めたよ。国民の暮らしを守る、大事な仕事なんだね」
「そうだな。国で一番の魔力を人々のために使う……それが魔法長官の仕事だ」
なんだか心が温かくなって、笑顔のまま魔法長官部フロアーを後にした。
魔法長官の仕事内容、なんとなく分かりましたでしょうか?
ソラと一緒に理解を深め、ソラと共に初恋にドキドキしていただけたら幸いです。
次回更新は7月25日(水)です。




