15.隕石が降ってきた
日本に戻り、三日間学校へ行ったその翌日。
またもや家族でゲートをくぐってコントラルト国へ向かった。
先日の二日間、妹の麗美は本当に楽しく過ごせたようで、初等部の学校で何を学んだとか、何をして遊んだとか、誰とどんな交流をしたとか、日本にいてもずっとその話をし続けていた。度々(たびたび)というか頻繁にスピリトーゾの名前が話に出てきてなんとなくムカついたが、誰も知り合いがいない学校にひとりでポツンと放り出された妹がどんな思いをするかと想像したら、あんな気に入らない奴でも一緒にいてくれた方がマシかと思い直し、懸命に怒りを飲み込もうとした。
元老院の議長に会った話は、俺が言う前にパストラーレから報告が上がっていたらしい。何も気にしないで今まで通りでいるようにと言われて安心した。ただし、夏休みに自然部の視察に同行するのは決定したらしい。日程や場所や同行者はこれから決めるとのこと。俺とマドリガーレとパストラーレの三人で参加することになった。
そして四日前の約束通りパストラーレの所に行く。
今日も魔力調整が上達するように頑張ろうと思って魔術遮断室に入ると、パストラーレから「今日は魔力の見方を教えよう」と言われた。
「魔力の見方、ですか?」
「そう。人はそれぞれ固有の魔力を持っていて、その性質によってひとりずつ魔力の色が違う。それが人の輪郭からゆらゆらと揺らめき立ち上っているから、見るとその人の体調や精神状態がなんとなく分かるんだ。人の上に立つ者はできるようになっていた方が良いから、今日はそのやり方を教えようと思う」
俺は首を捻った。
マドリガーレの周囲を取り巻く緑色とほんの少しのラベンダーは、あれは彼女の魔力ではないのか?
「えーっと、パストさんは他人の魔力が見えるんですよね?」
「うん。常にと言ったら言い過ぎだけど、けっこう頻繁に見てるかな」
「マーレの魔力って、緑色だったりします? 少しだけラベンダーが混じった感じの」
そう言うと、彼は目を見開いて「驚いた」と言った。
「ソラ、マーレの魔力を見ているの? と言うか、人の魔力を見ることができるの? いつから? 誰に教わったの?」
ガバッとパストラーレが覆い被さるように身を乗り出してきて、俺は慌てて後ろにずり下がった。
「い、いえ、あの、一ヶ月前ここに来た時、父さんから『人の魔力も色として見える』って聞いて、見てみたいなって思ったから試してみたら見えたって言うか、マーレの魔力を見てみたいって思ったら見えたって言うか……」
「一ヶ月前って言うと、僕から魔力調整訓練を習い始めてまだ数日ってことだよね。なんなの、その規格外……真面目に頑張って訓練した自分がアホに思える……いや、でもなんでそんなことができるんだろうか? いくら長官の甥っ子だといっても、こんなに規格外の子が生まれたことは、資料を探したって一例も無いじゃないか。ソラの何が特別なんだろう? まさか何百年も昔の先祖返り? かつて力溢れる王がひとりで大魔術を使っていた頃と同じような力を、先祖返りでソラは色々な才能を身につけて生まれてきたのか? どういうことだろう? 調べてみたいな、どんな実験をすれば何が分かるんだろうか。そうだな、あれを持ってきて、いや、まずあっちから……」
「パストさん、パストさん!」
何やら自分が人体実験をされそうな勢いになってきたので慌てて止めた。
お願いだからやめて欲しい。
「なんとなく人の魔力は見ることができるけど、きちんと魔力として見られるのはまだマーレだけだよ。他の人はまだ魔素がほんのり見える程度。だからどんな訓練をしていけば良いのか、教えてください」
研究者モードから教師モードに切り替えさせようと、頑張って教えを請うてみる。するとパストラーレはハッとして気持ちを変えたようだった。
「うん。手っ取り早いのは、好きな相手の魔力を見たいといつも願うってことかな。いつも相手の様子が知りたい、心の内を見たい、自分をどう思っているのか教えて欲しい……そういう気持ちが、魔力を見られるようになる一番の近道だね。そう考えると、ソラは『分かんない』とか言いつつ、もう一ヶ月も前にマーレを恋する相手に選んでいたんだね」
パストラーレの言葉にカッと顔が熱くなって、慌てて「いや、そのっ」と言い訳を始めた。
「いやいやいやいや、そんなこと無いってば! アル叔父さんとか濃くて力強い緑色の魔力だって見て知ってるし! そこにマーレよりも濃い紫色の筋が取り巻いてるのも見たから! それからアリィさんのは」
「ストップ。それ以上言わないで」
テンパっていた俺にパストラーレは強制終了をかけてきた。
きょとんとして彼の顔を見ると、良い笑顔でとても怒っているようだ。
「アリィの魔力は金輪際見ないように。もしも事故で見てしまったとしても、すぐに目をそらして直視しないように。そしてその内容を絶対に他言しないように。まったく他の男にアリィの魔力を視姦されるなんて耐えられない。アリィは僕だけのものだから。約束だよ、破ったら殺したくなるから絶対に守ってね?」
俺はなぜこの人を“優しい、人の良さそうな人”だと思い込んでいたのだろう。
乾いた笑いが口から漏れる。
俺、いつかこの人に殺されるかも知れない。
「大丈夫だよ、約束さえ守ってくれたら、ね」
心の中を見透かされているようで、芯からゾッと寒気がする。
彼は人畜無害の顔で笑っていた。
** ** **
炎の魔力調整の訓練をした後、休憩時間中に人の魔力を見ることについてもう少し説明をしてもらった。
「みんな、常にそうして人の魔力を見ているんですか?」
「いいや。常に見ている人はいないんじゃないかな。時々、自分が見たいと思った時だけ見るという人は、大勢いるけどね、治安部や自然部には必須の能力だから。でもこれ、結構つかれるでしょう? だから長時間発動させるのは大変なんだよ。何が大変かって言うと、まず魔力をもの凄く、絞って、絞って、常に魔術を発動させるっていうのが、魔力調整の最高能力になるんだ。その上それを常に発動させ続けられるためには、かなりの量の魔力が必要になる。それでもその能力を発動させ続けたいと願う人は、魔力調整訓練を極め、更に魔力保持量を底上げするよう訓練しないとならない。まぁ、ソラは魔法長官になると決めたら訓練した方が良いと思うよ……なると決める前に、マーレの魔力を見続けていたいなら、勝手に訓練するのを止めはしないけど、ね?」
人をからかってばかりのパストラーレに少しだけ腹を立てる。
マドリガーレのことはそんなんじゃない。
そんなんじゃない……と思うんだけど。
彼女の魔力を見ていたいと思うのは、実はそういうことなのか?
先ほどの彼の言葉を思い出す。
『いつも相手の様子が知りたい、心の内を見たい、自分をどう思っているのか教えて欲しい……そういう気持ちが』
恋?
衝撃で息が止まった。
頭を殴られたようなショック。
この衝撃は……隕石でも降ってきたのか?
そのくらい、脳みそに直接響いた。
恋。
俺。
マドリガーレに、恋してるの?
驚きすぎて身動きができない。
脳みそが思考を放棄している。
『私がいつも隣にいてあげるわ』
ふいにマドリガーレの声が聞こえた。
『大丈夫よ、心配要らないわ』
マドリガーレの笑顔が見えた。
膝下丈のふんわりとしたスカートをひらりとひるがえす。
制服の胸元のリボンがくすくすと笑った拍子に揺れる。
吹かれる風からかばうように髪を押さえる。
そして不意にこちらを向き、俺に気づいて笑いかけてくる。
『ソラ』
食事をする時にポロポロと食べこぼしをしてしまう。
カトラリーを落とすのはしょっちゅう。
うっかりすると飲み物が入ったグラスまで倒す。
でも洗浄の魔術を得意にしているから何事もなかったかのようにすましている。
それでもじーっと見つめてくすりと笑うと、照れたように笑い返してくれる。
『ソラ』
商人街で喧騒に驚き、口を開けたままきょろきょろしている。
皆と一緒に歩きながら、それでも視線をどこかの店に固定したまま。
そして案の定、人にぶつかる。
何かにつまずいて転びそうになる。
差し出した手を嬉しそうに笑って握ってくれる。
『ソラ』
いつも、いつの時も、俺に笑いかけてくれる。
怒った顔をしてもすぐに許してくれる。
差し出した手を必ず繋いでくれる。
手をぎゅっと握って安心した笑顔を見せてくれる。
『ソラ』
『ソラ』
『ソラ』
これが、恋、なのか。
頭の中が全部マドリガーレだ。
心を占めるのは全部マドリガーレだ。
関心を向けるのは全部マドリガーレだ。
これが、恋?
初めて知った。
衝撃的だ。
苦しい。
息が苦しい。
こんなに苦しいのが恋なのか。
『ソラ』
『ソラ』
「ソラ! ソラ!」
ハッと気づくと、俺の肩をぎゅうっと握って大声で呼んでいるパストラーレがいた。
「あれ?」
「……良かった、ソラ。急にぼうっとして息をしなくなって、いくら呼んでも意識がこっちに向かないから、何があったかと思ったよ。大丈夫かい? 体調が悪いようなら医療局へ連れて行くよ? どこが具合悪いのか遠慮しないで言ってご覧」
心配そうな顔と安堵した顔が入り混じったような複雑な表情で、パストラーレが声をかけてくれる。心配かけてしまったようだ。
「ごめんなさい。何でもないです。って言うか、身体は心配ないです。問題があったのは心の方で……」
「心? どうしたの? 今は少しだけ落ち着いてきたかな……でも、さっきは魔流が激しく渦巻いていたよ。混乱……してた? 何かショックなことがあった? 今は大丈夫なのかい? 良かったら理由を話して」
「あ、あの……その、大丈夫、です。そうじゃなくて、えーと、その……実は」
「うん?」
「俺、マドリガーレが好きだって、気づいただけで……」
かくん、と少しだけ動いたパストラーレの動きがそのまま止まった。
フリーズ?
「あ、ごめん。ちょっと驚いちゃった。そっか……良かった。これで収まる所に収まる訳だ……本当に良かった」
パストラーレがソファにどしんと深く座り、背もたれに身体をぐたっと預けて、しばし。
そしてその後、急にガバッと身を乗り出してきて、俺の両手をガシッと握り力説を始めた。
「ということは、だ。今日からきみは僕の義弟だ。だってアリィの妹のマーレときみが結婚するなら、すなわち僕の義弟ということになるだろう。今までもソラのことは弟子のように大切に思って面倒を見てきたけど、今日から義弟としてしっかり守り、導いていくと約束するよ」
「あ、ありがとうございます、でも……あの、まだマーレが俺のことどう思ってるか分からないから……付き合ったわけでもないし、婚約もまだだし、結婚だってするかどうかまだ分かんないし……」
「甘い! 日本ではどうか知らないけど、こちらでは縁があればそのまま結婚まっしぐらだよ。元老院が勝手に決めたとか、親が五家のお役目として婚約者を決めてきたとか、そんなことだってまかり通るんだ。魔力の大きさ的に良縁と周囲が認めたら、本人達が会ったこともないのに婚約が整ってしまうことだってあるくらいだ。君たちは魔力が人より多く、他の誰と添うより良いはずだ。元々、魔法長官と副長官にと目されるふたりなんだから、結婚相手としてちょうど良いと思われている。そして更に、覚えていると思うけど、マーレの方が先に『ソラが魔法長官になるなら自分が副長官になる』と言ったんだ。つまり、マーレはとっくにソラと結婚する意思を固めているということだ。そしてきみがマーレを好きだと気づいた。ほら、どこに問題がある? これをアルマンドさんやレチタティーヴォさんに伝えたら、すぐさま婚約式の場を整えてくれるよ」
「えええっ! そんな、今すぐ婚約だなんて、俺、心の準備が……!」
「大丈夫。心の準備なんて、婚約してから結婚までの間、いくらでもできるから」
「そんな……あの、父さん達に内緒にしておく、ってのは……ダメですか?」
「駄目。僕がこの後、すぐにしゃべるから」
「えええーーーっ!」
「ソラ。一緒に力を合わせて姉妹を守っていこうね!」
「ううう……はい……」
「でも、情けをかけてあげよう。マーレには内緒にするよう、みんなには言っておいてあげる。彼女には、ソラが直接言いたいだろう? 自分の口から言ってあげた方がマーレも喜ぶだろうし、今後のふたりの関係も格段に良くなるはずだから。でもそんな諸々はあるだろうけど、そんなのは関係なくて、そこはやっぱり男として、決めるとこは決めないと、ね」
なんだか自覚したばっかりなのに、既に崖っぷちまで追い詰められたような気分だった。
突然隕石が降ってきたかと思ったら、崖っぷちに追いつめられた、という回でした。
パストを書くのは楽しいです。
次話は魔法長官部の見学になります。
次回更新は7月20日(金)です。




