14.テンペストーゾとの出会い
「おや、久しぶりだな、パストラーレ。そちらにいるのはレッジェロじゃないか。そなたも久しいの。ふたりとも息災であったか?」
老人は入り口からゆっくりと入ってきた。パストラーレから近すぎない辺りで歩みを止め、にこりともせずに見つめてくる。
「はい、テンペストーゾ様。おかげ様で元気にしております。あなた様もお元気そうで何よりです」
「良い、そんなに固くなるな、パストラーレ。まったく第一家の者はいつも堅苦しくていかん」
「はーい、テンペストーゾ様ぁ、元気で良かったですけど、いつまでも若い若いと思ってると、段差でこけて骨折するから気をつけてくださいねぇ。年寄りの冷水って言葉もありますからね、重々お気をつけをー」
「……レッジェロ、そなたはもう少し年寄りを敬うことを覚えなさい。これだから第二家の者は」
「あははー、第一家も第二家も嫌いだなんて、テンペストーゾ様、おもしろーい」
囃し立てるレッジェロに、テンペストーゾと呼ばれる老人はため息をついた。
「別に嫌ってはおらぬ。ただ、第五家の者達のように礼儀をわきまえ、かつ親しみを込めて接してくれたらと思っただけじゃ……が、そなたらには無理な願いじゃったな」
肩を落としたようにため息をつくテンペストーゾに向かい、パストラーレは表情を引き締めたまま、両足を踏みしめて俺とマドリガーレの前に立ちはだかっている。何やらこの老人は危険人物なのだろうか。
思わずマドリガーレを見ると彼女は困ったような顔をしてしばらく迷っていたが、思い切ったように顔を上げ、パストラーレの横から一歩前に進み出た。
「テンペストーゾ様、コン・センティメント家本家の次女、マドリガーレです。ご無沙汰しております」
「おお、そなた、そう言えば見覚えがある。そうか、マドリガーレ嬢か。そなたのご両親にはいつも苦難しておるよ。もう少し手柔らかにしてもらえると助かるのだが……と、このようなことをご息女に言っても詮ないことじゃったな。マドリガーレ嬢、しっかり成長なされているようで安堵した。学校での成績も素晴らしいと聞き及んでおる。これからも精進なされよ」
「はい、ありがとうございます。それから、こちらが私の従弟でソラです。ソラ、ご挨拶を」
「は、はい。はじめまして。宍戸奏楽です。レチタティーヴォ・コン・センティメントの息子です。どうぞよろしくお願いいたします」
俺が九十度に頭を下げると、テンペストーゾは「ふむ……」と声を漏らした。顔を上げると老人が俺の顔を凝視している。
「え……何か?」
「そうか……そなたがソラか……あの時の子供か……」
じっと見つめられる視線が居心地悪い。
良い感情なのか悪い感情なのか、ちっとも判断できない視線をずっと向けられて、なんだか背筋に震えが走った。
怖い。
なんだ、この恐怖。
心を見透かされているような気がする。
何かを試されているような、心の底を覗き込まれているような。
背中に冷や汗がひとつ伝った時、テンペストーゾは、ふっと笑って言葉を発した。
「そなたは魔法長官になるのだな。そしてマドリガーレ嬢が副長官になる、と。良い。誠に良い。コントラルト国に良き流れを作ってくれるじゃろう。期待しておるよ、若者達。パストラーレ、彼らをよく導いてやれ。そなたの仕事じゃ」
「はい、心得ております」
きっちりと礼を取るパストラーレの姿に「そんなことアンタに言われるまでもないよ、このクソじじい」と副音声が聞こえてきそうな気がした。
気のせいかも知れないけど。
「昼過ぎに自然部で何やら新しい提案をされたそうじゃな。イントラーダから聞いておる。夏頃までに用意しておくので、ソラ、マドリガーレ嬢、自然部の視察について行くと良い。一度見ておくと魔法長官や副長官になるにあたって、より理解が深まるじゃろう。日程は双方で相談して決めるゆえ、そなたらもそのつもりで。そしてパストラーレ、そなたももちろん付き添うのじゃぞ。分かっておるであろうがな」
「は、はい……」
突然のことに、誰もが短く肯定の返事をするだけであった。
俺とマドリガーレが、自然部の視察に付き合う?
それってキャンプみたいな遠征に行くってこと?
混乱したままぼんやり立っていると、老人は俺達の横を通り、転移装置に乗り込んだ。そしてレッジェロに向かって「そなた、もう少し年相応に落ち着きなされ。殿下にご迷惑をお掛けするのではない」と言った後、装置を動かす管理者と短いやり取りをして去っていった。
ぼうっと立っていると、パストラーレが俺の腕を取り歩き始めた。必然的に俺と手を繋いだままのマドリガーレも一緒に進みだす。レッジェロは口笛を吹きながらその後に続いてきた。
魔法庁の入り口を通って、中央棟一階のエントランスで魔導昇降機の前に来ると、パストラーレはレッジェロに向かって「売店で飲み物を三人分買って、僕の研究室まで届けて」と短く言った。レッジェロが「え、三人分? それってぼくの分、入ってる?」と聞き返すと、パストラーレは「入れたきゃ四人分買って」と言い捨てて、サッサと昇降機に乗り込んだ。
そしてそのまま何も言わずに先ほど案内してもらった彼の研究室まで行くと、中に入ってソファにどっと座り込んだ。
「きみらも座りなよ」
そう言われて、彼の正面にマドリガーレと並んで座る。
しばらくするとレッジェロが飲み物を買ってやって来た。
「まったく、このぼくを使い走りにするなんてきみくらいのものだよ。しかも分かってる? ぼくはきみより、四つも年上なんだけど」
そうブツブツと文句を言いながらも、ひとりひとりに飲み物を配ってくれた。
パストラーレが「誕生日が二か月しか違わないから実質三歳差ですよ」と鼻で笑う。でもどちらにしても、レッジェロが年上なのは変わらないのに、とこっそり思った。
「あの……さっきのご老人は誰なんですか?」
「ああ、そうだね。知らなくて当然だね。彼はテンペストーゾ・コン・スピリトゥオ。第四家の者で、自然部にいたイントラーダの祖父にあたる。前の代の魔法長官で、今は元老院の議長サマだ」
元老院。
父親が「分からず屋のじじい共」と言っていた、あの元老院か。
なんでも勝手に決めてしまうという。
国の発展のために、個人の思惑など関係なしに婚約者も決めるという。
そして、俺の両親の結婚に反対して、俺が生まれてくるのにも反対して「堕ろせ」と言い、それなのに魔力診断テストで良い結果を出したら手のひら返したように「魔法長官になれ」と言ってきた、元老院。
その、議長。
つまり親分、諸悪の根源?
「あの人が……うちの両親の結婚に反対した人?」
「どうかね、彼は当時魔法長官だったから。でも噂では、第四家が強固に反対したと聞いているから、彼の父親達かも知れないね」
「じゃあ、直接あの人が反対した訳じゃ無いんだ」
「でも、ソラを産むなと言ったのが彼なのは確かだよ。その頃はもう元老院の議長だったからね」
「そっか……それで今は、俺が長官になって、マーレが副長官になることを願っているの?」
「……そうだね。その案を強く推していると聞くよ。でも、ソラ。あんな老人の戯言は気にしなくて良いんだ。僕もアリィと婚約したいとお祖父様に相談した時、お祖父様はすぐさま元老院にお伺いをたてたんだけど、あのご老体は手放しで喜んだとお祖父様がおっしゃっていた。だからって僕は、元老院から喜ばれるからアリィと婚約したんじゃない。アリィと一生一緒にいたいから結婚を望んだんだ。元老院の思惑なんてどうでも良い。元老院が認めてくれるとか認めてくれないとか関係ないんだ。ソラ、きみはきみの信じる道を往けば良い」
「うん……」
うつむくと手がキュッと握り込まれた。
マドリガーレだ。
顔を上げるとにっこり笑ってうなずいてくれる。
なんだかそれだけでホッとして、俺も思わず笑みがこぼれた。
** ** **
レッジェロに買ってもらった飲み物を飲みながら、パストラーレの研究室で落ち着くまでいさせてもらうと、父さんと約束した部屋に行くことにした。
日本は明日、平日だ。学校があるから一度日本に帰らないとならない。父親と母親の仕事が終わったら、妹の麗美と共にゲートをくぐって日本の自宅に戻るのだ。次回こちらに来るのは四日後。それまでにパストラーレは色々考えておくと言っていて、レッジェロは「はしゃぐ小栗鼠亭」の件をもう少し調べておくと言っていた。
そうして両親と待ち合わせしている部屋……魔法長官専用部署にある部屋で両親の仕事が終わるのを待つ。マドリガーレがゲートまで送りたいと言ってくれたので、両親が来るまで一緒に待つことになった。
正直、今は混乱しているので彼女が一緒にいてくれるのがありがたい。
手を握っていてくれるとホッとする。
「今日はなんだか、色々あって大変な一日になっちゃったわね……」
「うん……俺、もう頭パンク状態」
「次に見学するまでに三日間あるから、その間にお互い頭の中を整理しておきましょうね」
「うん、そうするよ。でも、なんだか覚えなきゃいけないことがすっごく増えた気がする。魔力調整は元々やんなきゃ駄目なことだし、文字も覚えないとだし、喋れないのも困るし、魔法長官の仕事の把握と、それからパストラーレが言ってた、人々の魔流を日常的に見る訓練と……あとなんだっけ?」
俺がため息を吐くと、マドリガーレはゆるゆると首を横に振って笑った。
「そんなにいっぺんにやらなくても大丈夫よ。特に文字と言葉はね。言葉は翻訳魔道具を使っていて今のところ不便がないのでしょう? だったらそんなの最後でいいわ。文字だって、私がいつも隣で読んであげるわ。それなら困らないでしょう? そのうちなんとなく読めるようになっていくわよ」
「あ、そうか、そうだね」
思わず返事をしてから気がつく。
“いつも隣で”?
それって、いつも一緒にいるってこと?
常に隣にいてくれて……手を繋いでいてくれる?
いやいや、別に手は繋がなくても良いのか。
そんなこと、ひと言も言ってないや。
思わずキュッと手を握ると、彼女がふんわりと笑ってくれる。
思い切ってまた脳みそと目に力を入れて、マドリガーレの魔力を見てみる。
緑と薄いラベンダーがキラキラしていて本当に綺麗だ。
彼女の色そのものが光り輝いている。
優しく穏やかに、俺に語りかけてくれるような、優しく慰めてくれるような。
「魔法長官の仕事の把握なんて、まだまだこれからすることよ。成人してからで良いの。今は知って、魔法長官になるかどうかの判断材料にするというだけでしょう? きちんと把握するなんて今からする必要はないわ。成人してから私と一緒に覚えていけば良いだけ。そうでしょう?」
「うん……そうだね」
うん、本当にそうだ。
なんて綺麗なんだ。
「となると、ソラがやらなきゃならないことは当初の目的通り、魔力調整よ。しかもパストからは、一番得意な風と、一番練習量が足りない炎、そのふたつを頑張れば良いって言われているのでしょう? ほら、たったそれだけよ。何も難しいことはないわ」
「うん、ありがとう、嬉しい」
うん、嬉しいよ。
彼女の魔力を見ているのはとっても気持ちが良くて嬉しい。
ずっと見続けていたくなる。
目をそらせない。
そらしたくない。
常に彼女の魔力を見続けていられるために。
「俺、頑張るよ!」
「ふふっ、その調子よ」
楽しそうに笑うマドリガーレは魔力も楽しそうに踊りながらきらめいていて、とても美しかった。
元老院の議長サマに出会いました。
パストとレッジェロの態度が少しおかしかったですね。
ソラも何やら説明し難い思いをしたようです。
彼との関わりが今後の展開を大きく左右しますので、覚えておいていただけると嬉しいです。
第四家出身、元老院の議長(前魔法長官)のテンペストーゾです。
次回更新は7月18日(水)です。




