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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第二章 ソラとマーレの綺麗な魔力
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13.大人って難しい

「あ、あの、ぼく、今日はもう帰りますね。なんだか取り込み中にすみませんでした。お代はまた次回で良いです。で、ではまた……」


「あ、チェレスタ、待って……!」


 リラが慌てて引き止めるが、チェレスタは逃げるように勝手口から走り去ってしまった。伸ばした手を力なく落とすリラ。それを見て、ガタムが様子をうかがうように声をかけた。


「リラ……お前、本当にあの青年を気に入ってんのか? どこが良いんだ? 気弱で覇気(はき)のねぇ軟弱な男だぞ。さっきだってお前が困ってんのに助けようともしねぇで、奥でオロオロうろうろしてただけだったんだ。あんなんじゃ、とてもじゃねぇけどお前を安心して託せやしねぇ」


「父さん、そんな風に言わないで。チェレスタは優しい人なのよ。身体の弱ったお婆ちゃんをとっても大事にして、支えて、酒屋だけじゃなくって家事までして、一生懸命働いてる真面目な人なの」


「そりゃあ分かるが、男は気が優しいだけじゃ家や家族を守れやしねぇ。それにあそこの酒屋は頼りになる両親が死んでから、あいつひとりでなんとか切り盛りしてるってぇ感じの、いつ潰れてもおかしくねぇような店だ。うちだってオヤッサンの時の繋がりがあるから今も続けて仕入れてるけど、あいつが店主じゃあ、いずれ他の店だってあの酒屋を切るかも知れんぞ。あの店に嫁がせて苦労させたくねぇんだよ、わしは。その点、カンジーラんとこの宿は繁盛(はんじょう)してる。ちょっと頑固だけど家族や従業員をがっつり守る大将と、しっかり者の女将さんもいる。あそこならお前が幸せになれるんじゃねぇかと、わしは思ってんだよ」


「そりゃあ、条件だけ見たらそうかも知んないけど……でも、あたし……」


「まぁ、親父もリラも落ち着きなよ。まだリラだってすぐに結婚するってぇ年じゃない。成人まであと二年あるし、カンジーラもまだ二十歳で成人したばかりだし、チェレスタだってまだ十九で、未成年だ。あと二~三年で変わるかも知んないよ。それから考えたって遅くないじゃん」


 父親と妹の沈んだ会話に、しっかり者の長男は明るい声で終止符を打ち「さあ、夜の仕込みを続けようよ。今日は予約客が多いんだから」と妹の肩を軽く何度か叩いて奥へと促した。「さぁ、親父も! 今日は煮込み料理にするんだろ、今からどんどん作らないと間に合わねぇよ」と父親の背中を、今度はバンと叩いて奥へ追いやった。

 そしてこちらにくるりと向き直ると、丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございました。これが現状っす。カンジーラの様子……見てもらえたでしょうか」


 真剣な目に、先に口を開いたのはパストラーレだった。


「ずっと全員の魔流を見ていたのだけどね。今のところ、カンジーラの魔力におかしなところはなかったよ。だいぶ気が立っていて、イライラすると魔力が少し揺らいで手足付近に少しだけ留まった感じがあったけど、それが魔力暴走に繋がるかというと、そんなにすぐさま悪化するような様子でもなかったと思う。まぁ、元々の彼の魔力の色や量を知っている訳じゃないからなんとも言えないけど」


 パストラーレがそう言うと、コルネットはあきらかにホッとした表情をして「そうですか」と笑った。「心配し過ぎだったんですね」と。それにレッジェロは苦笑して言った。


「でも、早めに連絡くれて助かったよ。ぼくもパストと同じように、魔力的には現状心配ないと思っているんだけど、ぼくの気持ち的にはなんとなく、もう少し見守りたい感じなんだ。なにせカンジーラの変わりようにはちょっと疑問を感じる。前はあんな乱暴な口調で話すことなどなかったから。これからもちょくちょく顔を出すし、彼の家の方も見てみるから、様子が変わったり何か気づいたことがあったりしたら、またすぐに教えて欲しい」


「ありがとうございます……心強いです」


 レッジェロが軽い調子で、でも頼りになる言葉をコルネットにかけると、彼は感極まったように頭を下げて感謝の意を表した。とても不安だったのだろう。

 こうして街の人達の心配を取り除くために日々見回りをし、明るく声をかけ、仲良くなってひとりひとりの変化に気を留めるレッジェロを凄いと思った。あんなに軽くていい加減な感じなのに、治安部の仕事を真面目に熱心にしているんだと思うと、なんだかちょっと感動した。


 コルネットがぽつり、ぽつりと言葉をこぼす。


「……あいつ、友達なんで、魔力暴走とかなったらすっげーヤダ。うちの妹なんか、ガサツで勝手で我がままで、カンジーラの長くて真剣な恋をちっとも理解しなくって、どうしようもないヤツなんだから、あいつもキッパリあきらめれば良いのに……うちの妹なんかあいつの方から捨ててやって、もっと良い女捕まえれば良いのに。それなのに、いつまでもあんなダメ妹に熱を上げ続けてて……」


 コルネットが鼻をすする。


「お願いします、レッジェロ様。あいつを助けてやって欲しい。今はあんなだけど、ほんとはとっても良い奴なんだ。昔っから、おいら、いっぱい助けてもらった。友達なんだよ……死なせたくない」


「分かった。引き受けるよ。大丈夫、安心して」


「ありがとうございます……レッジェロ様ぁ……」


 両手で顔を覆うコルネットに、レッジェロは明るく優しく励ましていた。


 大人になるって色々できなくちゃならないんだ。

 難しいことにも責任を持って引き受けなくちゃならないんだ。

 あんな風に頼りになる大人になれるだろうか。

 大人になるって難しいな、と思った。




** ** **




 魔法庁へ戻る前に、一度商工局へ報告に行きたいとレッジェロが言うのでついて行った。パストラーレは冷たく「ひとりで行けば良いのに」と言ったが、レッジェロが「寂しいから一緒に来て?」と笑ってねだったので、まあ良いかと了承したのだ。パストラーレはレッジェロのその仕草に「うざっ!」と吐き捨てたけど。先ほどまでの頼りになる大人の姿と一転して、パストラーレに甘えるレッジェロを見て笑ってしまった。


 そして商工局でまたひとしきり「ファシーレおばさん」「モッソおじさん」「ヴィーヴォおじさん」と呼ばせられるやり取りをした後、ソファに座ってレッジェロが報告を終えるのを待っていた。すると思い出したようにマドリガーレが顔を上げる。


「そう言えば……パスト、凄いわ。『はしゃぐ小栗鼠亭』で、ずっと魔力を見ていたのね。あそこにいた全員?」


「そうだね。ああいった揉め事の時は、常に周囲全体の魔流を見ていた方が良いんだよ。特に一対一の喧嘩でない、複雑な人間関係の場合、周囲の者が急に怒り出して、事態が悪化する可能性があるからね。一対一の時だって、どんどんヒートアップして魔力に悪い魔素が混じり始めると、その影響で周囲の無関係の人が急に魔力を変容させてしまうこともある。何かあった時は、第三者が少し離れた場所から魔流を見守ることが必要なんだよ」


「そうなの……勉強になるわ」


「普段から他者の魔力を見ている癖をつけておくと良いかも知れないね。そんなの必要じゃない職業もいっぱいあるけど、治安部や自然部はもちろんのこと、魔法長官と副長官は訓練してできるようになっておいた方が良いと思う」


「そうなんですね……なんかやらなきゃいけないことたくさんあって、大変だなぁ……」


 俺がそうつぶやくと、長ソファで隣に座っていたパストラーレがサッと近寄ってきて、俺の耳のそばで内緒話のようにコソコソと話し始めた。


「これ、覚えてできるようになるとすっごく便利だよ? 何しろ婚約者の機嫌の良し悪しがひと目で分かる。機嫌を取ることも簡単になるし、すぐに謝っちゃえば彼女の機嫌が最悪に落ちる前に手が打てる」


「え……」


「しかも彼女の嬉しい、楽しい、という気持ちが高まると、あふれ出る魔力が最高に輝いてね、綺麗で見惚れるほどだよ。それを引き出したのが自分だと思うと、もう、なんとも言いようのない快感を覚えるのさ。特に『あなたが好き』という感情を向けられた時の魔力の美しさときたら……天にも昇る心地というのはまさにあれのことを言うんだね」


「そ、そ、そそそんな……」


「だから。教えてあげるから絶対覚えるんだよ。頑張る価値は絶対にあるからね」


「は、はぃ…………」


 顔が熱くなってきた。パストラーレを見ると、最高に人の良さそうな笑顔でこちらを見つめている。なんだかとても胡散臭く見えるのは気のせいか。本当に、第一印象とどんどんこの人に対する感じ方が変わってくる。

 そう思ってちょっと身を引いたら、正面に座っていたマドリガーレが「何をコソコソと話してるの?」と首を傾げた。パストラーレは「男同士の話さ」とサラッと笑って流す。

 ちょうど報告を終えてこちらに歩いてきていたレッジェロが「なーに、パスト。ぃやぁーらしぃー」と(はや)し立てる。頑張って目を凝らしてパストラーレとレッジェロのふたりの魔力を見てみると、にこにこと笑うふたりの魔流が見えた。


 レッジェロの魔流ははしゃいで踊ってパストラーレを(あお)っているように見えるし、パストラーレの魔流はブリザードが吹き荒れていて、レッジェロの魔流を蹴散らしているようにも見える。

 気のせいだと思う。俺はまだもの凄く頑張らないと他人の魔力を確認することができないし、人の魔力はじんわりと湧き出ているもので、あんな、他者に向かってちょっかいを掛けたり攻撃したりするようなものでは無いはずだ。

……そのはず、だ。


 なんだか変な力を使ったせいで、どっと疲れが出てしまった。

 大人になるって難しい。




** ** **




 ごった返したような商人街をもう少しだけ見て回り、案内してもらってから魔法庁へ帰ることにする。今日はもうやることも見学する場所もないからだ。

 途中、所々で大人ふたりが「この店は揚げ物が美味しい」とか「そっちの店には良い酒が取り揃えてある」とか「あそこの店には女性にちょっとしたプレゼントするのに良い、可愛くて美味しい菓子が置いてある」とか色々教えてもらえた。


 大勢の人が行き交う道で、二度マドリガーレが人とぶつかったので、慌ててまた彼女の手をひいた。彼女の白くて柔らかい手のひらをキュッと握ると、ふんわりと笑顔を向けてくれた。


 思わず頑張って目を凝らして魔力を確かめてみると、緑色にふんわりと立ち上る魔力の中に混じる薄いラベンダー色が、心なしかキラキラ輝いて舞っているように見える。それが彼女の瞳の輝きを表しているようでドキッとした。


 やべー。

 これって嬉しいってことだよな。

 俺が手を繋いだから?

 そっか、そうだよな、きっと。

 なんか癖になる、これ。

 やべーよ、これ。


 胸がバクンバクンいっているのに、頑張って普通の振りをして何気なさを装う……全然隠せてないと自分でも分かってはいるけれど。

 振り返った大人ふたりが、ニヤリと笑ったのも気づかない振りだ。


 なんだよちくしょーめ。

 こちとら恋愛偏差値底辺の初心者ですよ、だ。

 年齢イコール彼女いない歴の高校生だふざけんな。

 それどころか初恋だって経験ないんだまったく。

 カッコよくなんか、できるわけねーんだよバカヤロー!




** ** **




 そうして戻ってきた魔法庁の前で、転移装置から降りた途端。

 パストラーレが足を止めた。


 不思議に思って後ろから覗き見ると、転移装置のある建物の入り口には、見知らぬ老人がひとり立っていた。

 夕方になりかけの陽を背に浴び、静かにたたずむ老人。


 パストラーレの背中に緊張が走っている。

 見るとレッジェロの笑みも、なんとなく顔に貼り付けたような感じだ。


 誰なんだろう、この老人は。

ふざけてばかりに見えるレッジェロも、しっかりプロですもの。

お仕事はガッツリ頑張ります。

さて、最後に登場した老人は誰でしょうか。

答えは来週の更新で。


次回更新は7月16日(月)です。

皆様、良い週末をお過ごしください。

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