10.魔道具研究部の工房にて
「えーっと……ごめんなさい?」
皆の反応に思わず謝っちゃったりして、上目遣いに様子を窺うと、マドリガーレが最初に息を吹き返してきた。
「ああ、謝る必要はないわよ。そうよね、抜け穴があったらきっと危なくないものね。反対側に大きな出口を作るのが難しかったら、何箇所か小さな穴を所々に開けたって良いんだろうし」
「ちょっと待って!」
マドリガーレの俺へのフォローにイントラーダが小さく叫んだ。そしてレッジェロに向かって困ったような顔で聞いた。
「レッジェロ、洞窟の出入り口をもうひとつ作る、もしくは所々に小さな穴を開けて魔流を逃がす……可能だと思う?」
「……やってできないことではないと思う。地表から洞窟までの距離が近い場所を見つけるための調査するのが大変かも知れないけれど、中の溜まった魔素を吹き飛ばした直後に調査を開始すれば大丈夫かも知れないね。工期も吹き飛ばし直後に始めて、長期間かかるようなら、定期的に吹き飛ばしをすれば可能かも……どのくらいで魔素が溜まり始めるか分からないけど、試してみる価値はあるかもよ」
イントラーダはレッジェロの答えを聞いた途端に身を翻して部屋を出ていった。呆気に取られて呆然としていると、横でパストラーレが「さすが“発想の第三家”だね」と笑った。
「どういうことですか?」
「第三家は芸術方面や発明品開発に秀でている家系なんだよ。魔道具開発部と工芸局を統括している。人が考えつかないような新しい物や発明品を作り出しては世の中の役に立って……いないような物も結構あるけど、まぁ、大抵は世に役立ててるな。ソラもマーレも第三家らしい発想で自然部の役に立てたってことじゃない?」
「そうなんですか……? なんか、そんなに新しいことを言ったような気がしないんですけど……」
「うーん、ソラの場合はこちらの常識を知らなかったから、ということかも知れないね。こちらでは、魔素が溜まる場所には極力近付かない、調査をするためにその場所に留まるなんてことをしないからね。危険が伴う場所に、誰も好き好んで立ち入ったりしないのさ」
「……そうなんですね。俺の非常識からの言動で、迷惑をかけちゃったのかな。イントラーダさんに謝らなきゃ」
少し慌てると、レッジェロが肩をすくめてヘラリと笑った。
「いいや、良いんじゃないかな。ソラは提案しただけだろう? 彼女がそれを上層部に伝え、それが認められたら万々歳、皆の危険も減るわけだし、反対にソラの案が一笑に付されたならそこで終わりの話じゃないか。別に気にすることないよー」
そんな訳で、説明係がいなくなってしまったから、次は魔道具開発部に向かうことにした。
** ** **
魔道具開発部は、自然部と同じ西棟の四階から六階になる。ところがここも魔力研究部と同じようにガランとしていてほとんど人がいなかった。
「まぁ、ご覧の通り、だよ」
広いフロアーに人の影がない様子を手で指し示して、レッジェロは笑う。
「ここの連中は、裏庭にある工房にこもって道具作りばかりしているんだ。たまに北棟の魔術遮断室で効果を試したりしてるけど、基本的には魔法庁の建物の中にはいないと思って良い」
「そうなんですか」
「そうなんですねっ」
俺とマドリガーレが同じ様な返事を同時にする。けれども、その声のトーンは明らかに俺と違っていた。いつもより二段階くらいテンションが高い。振り向いてみると、彼女の瞳がキラキラしていた。
「マーレも何か作るの好きなの?」
「ええ、とっても! 今凝っているのは自動人形作りなの! 首と肩と腰、腕や足など主要な関節を曲げられるようにして、中に魔力を入れると自動で動くのよ! あらかじめ決まった台詞や動きを入れ込んでおいて、玄関先やお店の前に置いておけば、お客様に自動で挨拶をしてくれるの。画期的でしょう? 歌や踊りを組み込んでもステキよね! お客様が思わず微笑んでしまうような、心に響く歌や踊りってどんなものが良いのか検討中なの。でも表情を変えられなくて四苦八苦しているのよね。せっかく色々動きがあるのだから、表情も豊かな方が絶対に良いのに! あと、今困っているのは、お客様が来た時と帰る時とをどうやって判別させられるのか分からなくて、帰る方にも「ようこそいらっしゃいました」って言っちゃうってことなの。それについてはアリィお姉さまと今一緒に研究中で……」
ちょっと質問しただけなのに、マドリガーレは立て板に水のようにしゃべり始め、思わず口を開けてしまった。隣でパストラーレがくっくっと笑っている。
はっと気づき、慌てて止めることにした。
「分かった、マーレ、分かったから。その話は家に帰ったら詳しく聞かせて……今は、魔道具開発部の見学中だから」
「あ、そうね、ごめんなさい」
くそう、照れたような上目遣いしやがって。
これ以上、何も言えやしない。
「い、いや、謝ることじゃないし?」
慌てて弁解すると、レッジェロが肩をすくめて言った。
「ほら、第三家と第一家は似た者同士のお似合いだろう? 両方共オタクなんだから。パストとアリア嬢も、これ以上ないお似合いのカップルってことさ」
「ありがとうございますっ」
パストラーレがにこやかに礼を言ってるけど、それ、絶対に褒めてないと思った。
その後、北棟を経由して裏庭に出て、北棟の裏手にある工房へ向かった。建物の裏側に出る扉をくぐると草が生えた中を砂利道が通り、そこからどんどん左右に枝分かれしていくつものロッジ風建物へと続いている。そんな人ひとり分の幅の砂利道を、パストラーレを先頭にして歩いていく。いくつもの建物を通り過ぎてまだまだ続くので、目当ての人物が使用する工房はずいぶん奥まった所にあるのだなと思った。
なんだか少しずつ道が細くなっていって、まるで獣道のようになってきた。俺の後ろを歩くマドリガーレが二度目に足を取られた時に、思い切って手をつなぐとホッとしたような表情を見せた。ちょっとだけ首から上が熱い気がしたけど我慢して、しっかり前を向いて歩いた。
一番後ろからついてくるレッジェロが、ニヤニヤしていたのが一瞬見えたような気がしたが、気のせいだと思うことにした。
そしてようやくパストラーレが足を止めたのが一軒のロッジの前。「ここだよ」と言った後、彼は正面の扉ではなく、ぐるっと回って横の壁で大きく開いた窓に近づき、突然窓の中に腕を入れて、手のひらの上をカッと光らせた。
「な、なに!?」
驚く俺たちに目もくれず、パストラーレはにこにこして人の良さそうな笑顔を窓の中に向けていると、中から青年がひょいと顔を出した。
「あ、パスト、いらっしゃい。扉開けるからどうぞ」
「今日は、昨日連絡したようにお客さんを連れてきてるからね」
「ああ、そうだったね。皆さん、いらっしゃい。中へ入ってください」
工房の主に誘われて扉の中へと入っていく。その際、パストラーレが「この工房の持ち主、作業に夢中になるとノックしても声をかけても聞こえないんだよね。防音魔術かかってるわけでもないのに。だから窓から光を入れて、外に誰か訪ねて来たよと伝えるってわけなんだ」と教えてくれた。
その工房の主が出迎えてくれ、丁寧に頭を下げた。
「マドリガーレお嬢様、ようこそいらっしゃいました。そしてソラ様、はじめまして。ラルゴ・コン・センティメントと申します」
年若い青年とは言え、自分より何歳も年上の人からそう挨拶されてびっくりして「や、あの、様なんて、やめてくださいっ」とあたふたしながら言ったら「自分はコン・センティメント家の中では傍流の傍流なので、いつ一般に格下げになってもおかしくないんです。マドリガーレ様やソラ様とは血筋が違いますので……」と言われてしまった。
マドリガーレに聞いたら、彼はマドリガーレの高祖父(お祖父さんのお祖父さん、後で母親に聞いて初めて知った名称だ)の弟からの血筋らしい。一族が多すぎて誰が誰やら分からなくならないのかな。そう聞いたら、魔力が一定程度の量を下回ると魔法庁ではなく工芸局勤務になり、三代それが続くと第三家を離れて新しい姓を名乗り、一般人となるとのことだった。ラルゴの話では、彼の叔父と従兄弟妹達は魔力が低く、彼らの子供も低かった場合は叔父の一家は一般人になってしまうのだと言う。ラルゴがある程度の魔力を持って生まれたことで、彼の両親はホッとしたらしかった。
「でも、傍流だなんて関係ないと私は思うわ! だってラルゴは魔法庁に入ってまだたった三年なのに、実績をいくつも上げているのよ! 世の中に役立つ魔道具をいくつも発明していて、お父様もとっても褒めてらしたわ! ラルゴのその才能と努力は素晴らしいと、みんな思っているのよ!」
マドリガーレの力説にラルゴは慌てたように首と手をぶんぶんと振って否定した。
「いいえ、パストと相談しあって開発を進めたので、自分の力なんてそんなにないと思います。第一家の直系であるパストは、そりゃあ才能にあふれていて、アイデアも研究内容も素晴らしいですから。自分はそれのおこぼれに預かっているだけって感じですので……」
そう言うラルゴの肩をガシッと組んで、パストラーレはにこにこと笑った。
「こういう謙虚なところも好き。僕、ほーんと第三家の人達はみんな大好きだなぁって、いつも思うよ」
「ええー、ぼくのことは?」
「ええぇぇぇぇ……レッジェロさんのことは、別に……なんとも思ってないって言うか、どっちかって言うと苦手です」
「ガーン! なんて言うか……きみの父上もきみも、代々第一家の人達って、第三家のこと、大好きだよねぇ。なんでそんなに第三家に惹かれるの? どーして第二家はいつも除け者なのー? 教えて、パストー」
「あぁぁ……そういうウザいところが面倒くさいんじゃないですかね……」
片目をつむって耳の穴をほじっているパストラーレに「ねぇ、ねぇ」と詰め寄るレッジェロ。やいやい騒いでいる大人達を眺めて肩をすくめたマドリガーレは「放っておきましょう」と言ってラルゴに質問を始めた。
「最近は何を作っているの?」
「はい、マドリガーレお嬢様。今は魔石の魔術注入回数を増やせないかとパストと一緒に研究中です」
魔力調節のためのバングルに付ける魔石には魔力制御魔術が込められていて、バングルにはそれを補助する魔法陣も書かれているが、定期的に魔術をかけ直さないと役目を果たさなくなってしまうらしい。
その役目を果たす期間を長くして、かけ直す回数を減らせないかと奮闘中ということだった。
「そっかぁ。でもそれだと、バングルはますます高価になるねえ。医療院に来た患者が治療を受けた後、しばらく様子見のためにバングルを貸して普通に生活してもらってるんだけど、その貸出料金を払えない人が出てきたら困るなぁ」
いつの間にか、パストラーレとのじゃれ合いをやめて話を聞いていたレッジェロが、ため息をついた。
「あの……もの凄く基本的な質問したいんですけど……みんな装着してるバングルって、貴族は魔力が高いからつけてるんですか? それとも本当は一般人もみんなつけた方が良いけど、バングルが高価だからつけられないということなんですか?」
俺の質問に、皆は「うーん」と考えた。
「一般人はそんなに魔力を持っていない人が多いから、あんまり必要無いと思うなぁ。でもさっきもラルゴが言っていたように、魔力が一定数値を下回る人が三代続けて生まれると、五家出身でも一般人に格下げになってしまう。そうすると、何かの拍子に先祖返りで多少魔力が高く生まれてしまうことがあるんだよね。そういう人は十五歳時魔力検査で高魔力者だと認められるとバングル使用が義務化されるんだ。そうなるとバングル購入代の補助金も出るけど、それはつまり魔法庁に入れるほど魔力が高いということなんだ。ギリギリそれ以下だったら義務は生じないし、バングルは高価だから一般の職では購入できないのが現状なんだよ。だから、心や体に変調をきたしてくる予兆があったら、早めに医療院に行く。そんな感じで対応するしかないかな」
レッジェロの説明に俺は考えた。
一般人でも魔力のほとんどない人と、ある程度持つ人がいる。
ある程度持つ人は魔力調整バングルをした方が良いけど、購入にはお金がかかるし一般職では購入するのは大変だ。
しかもバングルの効果は期限付きだ。一定期間ごとに魔力調整魔術をかけなおしてもらわないと効果が無くなってしまう。
それをするのにも定期的に高額なお金がかかる。
一般人には手の届かない物、それが魔力調整バングルだ。
「一般人にも買えるような、安いバングルってできないのかな……」
思わず漏れた言葉に、パストラーレが同情したような瞳を向けてきた。
「無理だね。魔石がそもそも高い。自然部の人達が調査のついでに見つけて来るのがほとんどで、常に採取できるような物ではないんだ。しかも補助の魔法陣は消えないように金属に彫ってあるのだし、それをバングルにしているのだからどうしても高価になってしまうんだよ」
「うーん……分かるんだけど、でも、なんか手が無いかなぁって思って……」
俺がそう言うと、レッジェロが瞳を輝かせて乗り出してきた。
「うん! 良いねぇ! 第三家の突飛な発想で、何か打開策を打ち出せない? ぼくは治安部として、市民の安全と健康を守りたいんだ! ぜひ何か考え出しておくれよ!」
レッジェロが職人街で、そして商人街で、街の人達と楽しそうに交流していたのを思い浮かべた。いつも軽い調子でふざけてばかりの彼だが、市井の人々を大切にしているのが伝わってくる。
なんとかしたい。
なんでも良い。
思いついたことを言ってみて、その後はまた考えれば良いんだ。
案を修正したり、作り方を考えたりするのはその後だ。
何かないか、何か。
そうだ、こうしてみたらどうだろうか。
ピピッといくつか閃いた。
俺は思いついた案を言ってみることにした。
今回は魔道具開発部見学です。
アリィはパストを「研究オタク」と呼んでいましたが、実は第三家もオタクでした。
よーく読むと、マーレもアリィもオタクっぽい言動をしているようにいくつか書いてあります。
ここまでで気付いた方はお見事、でした。
そして、五家の家系はたいてい子供が3~4人います。
すると際限なく一族が増えてしまいそうですが、こうして一般人に格下げになっていくことで人数調整しています。
次回更新は7月9日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




