9.魔法庁巡り
さて、食べ終わった後は見学会だ。
今日は魔法庁の中をひと巡りする予定なのだ。
最初に中央棟の説明を受ける。
中央棟は一階が入り口とエントランス。総合案内所がある。魔導エレベーターがあるのも中央棟だけだ。
二階が売店と喫茶室。ここで軽食も食べられる。
三階が食堂。この食堂と二階の喫茶室は一般外部の人も利用が可能だ。
四階は職員専用食堂。三階の食堂よりも少し高級な感じだ。
この中央棟の五階から八階までが魔法長官管轄の部署で、ここは後日見学することになっているため、今日は足を踏み入れなかった。そんな訳で中央棟は立ち止まらずに歩いて通り過ぎただけで終わった。
続いて東棟へと向かう。
東棟は一階から三階の治安部と、四階から六階の魔力研究部とに分かれている。
魔力研究部は昨日と今日、パストラーレに会いに行くため向かったが、ガランとした印象しかない。皆それぞれ自分の研究室に入りっぱなしで、同じ部署でもほとんど顔を合わせないと説明を受けた。北棟に魔術遮断室があるので、研究して試してみたいことがあるとすぐさま魔術遮断室を借りてそこで実験をする、という繰り返しで生活をしているらしい。
そんな訳で、魔力研究部は皆が集まることができるフロアーがひとつだけあって、あとは個別の研究室が並んでいるだけであった。その中のひとつ、パストラーレの部屋を見せてもらうことにする。
六階の一角にパストラーレの研究室はあった。彼が扉を開けて「どうぞ」と言ってくれたので中に入ったが真っ暗だった。窓はあるようだが閉め切られ、厚いカーテンもしっかりと閉じられて遮光は完璧である。灯りを点けてもらったら目に優しい柔らかな光が部屋を照らし、俺が想像していたようないかにも魔法使いの部屋、という感じの様子が浮かび上がった。
壁を覆い尽くすほどの本棚に収められた分厚い本。
大きな机とその周囲に置かれた棚には、見たこともないような形の物……恐らく魔道具だと思う。いくつもある籠やガラスの器の中には、何やら雑多な枝や液体も入っている。俺にはよく分からなかったが、マドリガーレが質問をするとパストラーレは丁寧に説明をしていた。
枝や液体は何かの薬になるらしい。漢方薬とか栄養ドリンクかと首を傾げる。この世界にある物は全て魔力を含んでいるので、効能が認められる薬ができる場合があるらしい。パストラーレの出身家である第一家は魔力研究部と医療局を統括しているので、第一家の者は皆、木や草や花などの植物や、川や湖や湧き水などの水、石や砂なども色々研究しているらしい。
魔道具開発部と協力して色々な魔道具を作り出すこともよくしているらしい。後でそちらを見学に行った時に、パストラーレが懇意にしている者を紹介してくれるとのことだ。
実験道具があまり無いと言ったら、実験室はもうひとつ奥の扉の向こうで、そこは立入禁止と言われた。危ない薬品もあるし、迂闊に発動させてしまったら大変困るような魔法陣が書かれた用紙もたくさんあるから、とのこと。
とっても興味深かったから見られなくて残念だった。
でも自分にはこういうことはできないな、と思う。パストラーレの婚約者であるアリアが彼のことを「研究オタク」と呼んでいたが、この部屋の様子を見るとその通りなのだろうな、と思った。
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東棟を一階に降りてくると治安部だ。
治安部はこの東棟の一階から三階までとなっていて、一階は一般人が訪れて相談できる窓口が置かれている。その奥ではたくさん並んだ机に向かって、大勢の人が時折談笑しながら書類を書いたり意見を交換し合ったりしていた。魔力研究部とは大違いだ。
それを指摘したら「コン・アレグレッツァは陽気で人好きな人間が多いからねぇ。みんな寂しがり屋だから、個室でごそごそ何かするの、つまんないんだよねぇ」とレッジェロが笑った。それを聞いて、だからこの人は何かと言うと俺やパストラーレのところにくっついてくるのかと、ちょっとため息が漏れた。
治安部と言うと何やら警察署を思い浮かべていたので、取り調べ室とか無いかと思って聞いてみた。マジックミラーや隠しカメラや隠しマイクなどの設備があるのか知りたかったのだけど、そういった部屋は無いと言う。
以前、マドリガーレからも少し聞いたが、こちらの犯罪は全て悪い魔素が体の中に溜まって心まで蝕んだ結果だとのこと。治療院で治療をしてもらえば魔素が抜けるため、罪を償わず反省もしないということは有り得ないのだと。
治安部の二階には、被害に合った者から事情を聞く部屋があり、罪を犯して治療を済ませた者が証言したり賠償を告げられる部屋があったりすると言う。
そしてその罪を判じ、裁量を決めるのは治安部の人間だ。大掛かりな事件は会議室で検討し、罪人に申し渡されるとのこと。それ以上の罪になると、もうその場合は罪人も被害者も助からない……魔力暴走を起こしてしまうためだ。だからそこまでの事態にさせないために、治安部は皆、足繁く街中を回るとのこと。
「第二家はみんな人と楽しくおしゃべりするのが大好きな者ばかりだからね。街に出てたくさんの人と話したり、人々がノンキな顔して暮らすのを見たりするのが楽しみなんだ。だから治安部で良かったと思うし、商工局も第二家には合ってたと思うよ。ほんと、腹黒い第一家がサッサと研究職を引き受けてくれて良かったなぁ」
そう言ってパストラーレをからかうので、マドリガーレと一緒に笑った。
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今度は中央棟を挟んで反対側の西棟に向かう。
西棟一階から三階は第四家が担う自然部だ。
治安部と同じように一階には相談窓口があるが、受付には訪ねて来る人が今はいなくて、受付係の女性がひとりぽつんと座っていた。そこへレッジェロが遠慮なく近づいていく。
「やあ、イントラーダ! 元気かい?」
「ああ、レッジェロ。また見学者を連れて歩いているの? 本当に世話好きね、あなたは」
「そうなんだ、こちらは魔法長官候補のソラと、副長官候補のマドリガーレ嬢。第三家の人達だよ」
「うん、連絡来たから知ってるわ。ようこそ、私はイントラーダ・コン・スピリトゥオ。去年からこの自然部に配属されたの。あなた方にここの説明をするよう言われているわ。何でも聞いてね」
「よ、よろしくお願いします」
にっこりと明るく笑うイントラーダに慌てて頭を下げる。
明るい赤い金髪に緑の瞳。自然部の制服をきっちり着込み、はきはきと話す様子に好感を持つ。
「多分、ソラは自然部のことを何も知らないと思うから、いちから説明してやってくれる?」
レッジェロの言葉にイントラーダはうなずき、二階へ案内してくれた。
「ここは会議室。定期的に国内のあちこちへ視察に行くのだけれど、いつ頃、どこに、誰が派遣されるのか、を決めるのがこの部屋なの。私は来月から上司に付いて初めて本格的な視察に連れて行ってもらえる予定なのよ。今までは研修のような感じで、手軽な近場の場所ばかりだったから楽しみなの」
そう言って彼女は棚から地図を出して来た。テーブルの上にそれを広げ、俺達に見せてくれる。
「これがこの国の地図。ここが王都、そしてこの辺までが王の直轄地で王都自然部の管轄よ。五家の領地にはそれぞれ定期的に回ってくれる人がいてね、一年に二度ほど訪れて視察に回らないとならないけど、現地の案内人に連れて行ってもらえるから助かるわ」
「そうなんですか。それで、視察で何を見るのですか?」
俺の質問にイントラーダが驚いた顔をする。それを見てパストラーレとマドリガーレが苦笑し、レッジェロが笑って言った。
「だから、いちから説明してくれって言ったじゃないか、イントラーダ。彼は魔法長官の兄である補佐官の息子さんで、普段は日本に住んでいるからコントラルト国のことを全然知らないんだよ。最近ようやく学び始めたところだから、自然の魔流についても何も知らないんだ」
レッジェロの言葉に肩身が狭く感じていると、隣でマドリガーレが俺の背を優しく撫でてくれた。少しだけ慰められる。
イントラーダは軽く息を吐いて俺を見つめてきた。
「そう……あなたが、あの時のお子さんなのね……」
パストラーレの瞳がキラリと光った気がした。
「えーと、それはどういう意味なんでしょうか?」
「いや、こっちのことなの。ごめんなさいね。とにかくもっと詳しく説明するわね」
俺の質問に、慌てて首を横に振り説明を再開しようとするイントラーダ。俺は不思議に思ってマドリガーレを振り向いたけど、彼女も首を傾げて分からないという表情を見せた。パストラーレへと振り返ると、彼は軽くこぶし握って人差し指を口元に当て、その肘をもう片方の手で支えて何やら考え込んでいる。レッジェロは、と思って視線を向けてみたが、やっぱりふるふると首を横に振った。
誰に聞いても答えが得られそうになかったので、仕方なくイントラーダの説明に耳を傾けた。
「自然には全て魔力が宿っていることは知っている? 人間や動物、魚や虫だけでなく、木も草も海も川も湖も、石や砂、大気にも魔力は満ちているの。そこに風が吹き、良い気流に乗って魔力が循環していると自然は安定して魔流……魔力の流れを生み出し続けられるのね。でも大きな洞窟があって出入り口がひとつしか無い場合や、谷底深くにあるどこにも流れ出ない湖とか、そういった場所には魔力が溜まってしまう……魔力溜まりができてしまうのよ。魔力溜まりは月日が経つと良くない魔素となってしまうから、定期的にはらっていかないとならないの。逆に、強い魔流がある場所も危険なの。深い谷間で強い風がいつも吹いている場所とか、川の流れが急すぎる場所とか、そういった場所の周辺にも、遅い流れとのぶつかり合いで魔流が渦を巻いてしまうのよ。渦の中心で良くない魔素が溜まり続けることになるから、そういった場所にも定期的に行ってはらっているわね」
そこでマドリガーレが「どうやって悪い魔素をはらっているのですか?」と聞いた。俺ばっかり分からないことだらけで不安だったし引け目も感じていたけど、彼女が質問してくれたことで少しホッとした。
「第四家が得意なのは炎だから、炎の魔術で魔素を焼き、上昇気流に乗せて空に散らすのがよくやるやり方ね。気をつけなければならないのは出口がひとつしか無い洞窟。魔力を送る時に気をつけないと、吹き飛ばされてきた魔素が自分の身に降りかかるから」
「へえ、そういうの、どうやって避けるんですか?」
「私はまだやったことがないからよく分からないけど……気を研ぎ澄まして魔力が奥底まで突き当たりそれ以上行き場がないことを感じるというのと併せて、跳ね返ってくる空気の温度を感じて最奥まで炎が到達したことを判じ、横に避けるって聞いているわ」
「そうなんですか……危険ですね」
「そうみたいね。でもそういった場所に行くのはベテランばかりだから、失敗も殆ど無いって聞くわ」
「殆ど……ってことは、稀に失敗もあるってことですね。危ないことは無い方が良いから、そういう洞窟、反対側に出口を作っちゃったらどうなんですか?」
「え?」
「え、出口?」
俺の提案に、そこにいた全員がきょとんとしてこちらに顔を向けた。その様子に俺は慌てて言い訳をする。
「いや、だから、出入り口がひとつしかないから魔素が溜まるんだったら、反対側にも穴があったら良いんじゃないか、って思って。もしそれで悪い魔素が溜まってても、一方から魔術送ったら、反対側から出るから危険も無いじゃないかって、そういう単純な考えで、深く考えてしゃべった訳じゃなくって……」
オロオロとしている俺に、皆はシーンとしてこちらを見ているだけだった。
なんか、やっちまった感でいっぱいだ。
魔法庁見学が始まりました。
まずは魔力研究部、治安部、自然部です。
私はこういう「○○見学」って大好きです。工場見学とかサイコー。
皆さんに、魔法庁見学が楽しいと思ってもらえると嬉しいのですが。
次回更新は7月6日(金)です。




