6.商業部署にて
後の詳しい紹介で“ヴィーヴォおじさん”と“ファシーレおばさん”と“モッソおじさん”は、それぞれ商業部長と商工局長官と商工局副長官だということが分かった。このノリで分かるだろうが、全員第二家の人達だ。
三人が三人とも自分の仕事内容を積極的に説明しようとしてくれ、誰が最初に話すかで揉めて(前回の見学会では誰が最初だったとか、自分が最後だったから今回は最初が良いとか……)、困っておろおろしているうちにレッジェロが「それより『はしゃぐ小栗鼠亭』の跡取り息子、コルネットが相談に来た話を聞きたいんだけど」と割って入って言い争いを止めてくれた。
「うーん、『はしゃぐ小栗鼠亭』って、あの食堂のことだよな」
「そうね、そう言えば昨日、相談があったわ」
「確か、妹のリラに求婚している宿屋の息子の様子がおかしいってヤツだったな」
三人が、念のためと書類を確認しながら説明してくれたのは、先ほどコルネット自身が話したこととたいして変わりがなかった。彼は「仕事の合間を縫って相談に来た。治安部の人に食堂まで話を聞きに来てもらえないか」と言ったらしい。時折レッジェロや他の治安部の者が街中をパトロールして回っているので、ついでに寄ってもらえたらとのことだった。できたら午後二時半過ぎから一時間くらいが一番身が空くとのことで、そこで来てくれたら助かるとも言って慌ただしく帰って行ったらしい。
「また明日、行ってみるか」
「レッジェロさんは、その宿屋の息子とやらと面識はあるのですか?」
パストラーレの質問にレッジェロは軽く鼻を鳴らして「まあね」と答えた。
「大きな体に大きな声、頼れる人柄、男らしい態度、責任感があって人を引っ張る力を持つ……そういった者だね」
レッジェロの言葉に俺は嫌な予感を覚え、肩を少しこわばらせた。
「では、良い人なんですね。様子がおかしいって、なんだろう……また魔力暴走とかじゃないと良いけど……」
「そうだね、そういった兆候がないか見るために明日も行こうね、ソラ」
「え、俺も一緒に行くんすか?」
「そう。明日も午後からあちこち見学に連れて行ってあげるから、その合間に『はしゃぐ小栗鼠亭』にも行こう」
「明日もレッジェロさんが一緒なのは、もう決定なんですね……」
パストラーレががっくりと肩を落としながら言うと「当然」とレッジェロが笑いながら答えた。
「明日、午前中の訓練が終わったら、三階の食堂に集合ね」
そう言って、がっくりとうなだれるパストラーレの肩をガシッと組んできたレッジェロが、白い歯をキラリと光らせてにっこり笑った。
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「それじゃあ『はしゃぐ小栗鼠亭』のことはいったん置いておいて、第二家が担う仕事を説明しようと思う」
“ヴィーヴォおじさん”と“ファシーレおばさん”と……って、もう面倒だから三人おじさん・おばさんと呼ぼう……三人おじさん・おばさんと一緒に商業部署の三階に上がり、立派なソファに案内されて座ると、レッジェロが俺に第二家の職務を説明してくれた。
過去の職振り分けにて、第二家と第五家はかなり色々な分野で仕事を押し付けられたらしく、今でも多岐にわたって統括しているらしい。近年、技術革新が進み、娯楽が増えると共に、職業もどんどん多様化していっているとのこと。そのため過去の分類に収まらない職業が増え続けているのだ。しかし、どの分野も突き詰めれば「自分の技術を売る」ということに繋がってしまう。そのため、新しい分野は商業部署か工業部署に所属してもらうことが多いのだと。
例外として芸術方面に特化している場合は第三家の工芸局所属となったり、本当に分類不可の分野は第五家が引き受けてくれたりするらしい。
「まぁ、うちと第五家が新分野をどんどん引き受けているのを他の家もよく知っているから『そちらの管轄でお願い』って言えば、どこの家もみんな快く引き受けてくれるわよー」
そう言って商工局部長のファシーレおばさんが笑った。
例外は第一家のみだと言う。第一家は魔法庁魔力研究部と医療局の管轄なのだが、魔力研究部は研究のみに特化していて別に何を引き受けるわけでもなく、医療関係の新分野は第五家の福祉局が引き受けてくれるので、第一家は相変わらず職務がちっとも増えないのだと口を尖らす。
それを聞いてパストラーレが居心地悪そうにもぞもぞしたのがおかしかった。
けれども結局のところ、第二家の一番大切な部分は治安部だと言う。レッジェロがこうしてふらふら出歩いているのは趣味ではなく、あちこち見回って魔力暴走者が出る兆候がないかとか、街の片隅に澱み溜まっている魔素や魔流がないかを調べているのだと。
「流れとしては、誰でもどこかの部局に所属して、普段はそこで職業の統括をしてもらいながら、自分が仕事や私生活で関わった人の様子が変わってきたとか、最近うちの近くの沼が濁ってきて変だとか、そういう報告を所属部局に報告するんだ。そして治安部が各部局に顔を出し、変化の報告がないかを聞く。報告がなければぐるっと一周様子を見に行って、魔流を肌で感じて見回り終了。報告があれば一周するのに加えて、その周辺を探り、該当する人や場所が魔力的に異常ありかどうか調べていく。人に異常があると判断すれば福祉局に連絡するよう関係者に話し、場所に異常ありと判断すれば自然部に連絡する、という感じかな」
「そうなんですね。それでは治安部は、喧嘩とか犯罪とかを取り締まったりはしないのですか?」
「軽い喧嘩なら周囲が止めて終わるから。治安部が出て行かざるを得ないほどの大掛かりな喧嘩は、既に犯罪だよね。そんな状況になるまでに周囲から各部局に報告が上がるはずだから、犯罪が起きる前に対応するよ。そして……犯罪者が出てしまった場合……例外なく魔力暴走を起こしていて、助からない。本人、そしてもしかしたら巻き込まれてしまう周囲の人も」
俺は春休みに出会った魔力暴走者を思い出した。
全身から真っ黒い魔力の流れ……魔流をごうごうと噴き上げていて、周囲の空間まで黒く染めていた。たまたま通る道筋にいたというだけで、歩くのに邪魔だと抱え上げられてしまった不運の幼女。あの子の瞳がどんどん曇り、濁っていく様子を思い浮かべ、ぶるっと背筋が震えた。
「怖いだろう……怖いよね。だからそういう事態にならないように、各部局も治安部も、いつも気を配って人々の生活を見守っているんだよ」
レッジェロの話を聞いて改めて、五家の役割について、そして魔法長官になることについて思いを馳せた。
自分にそんな大役、務まるのだろうか。
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熱い抱擁を代わるがわる三人おじさん・おばさんからされて、商業部署を後にした。
なんとなく重い気持ちになって転移装置に乗り、魔法庁の前まで戻ってきて転移装置から出ると、そこには静かにたたずむマドリガーレがいた。俺の後ろから降りて来たパストラーレが「うっ……!」と声を漏らす。
そうか、やっぱり俺だけじゃなかった。
こちらへにっこりと笑顔を向けているマドリガーレが、滅茶苦茶怒って機嫌が悪く見えるって。
ただ普通にまっすぐ立ち、体の前で手を軽く握って淑女らしく静かに微笑んでいるだけなのに、彼女から発せられる、この怒りの波動はなんだ。
俺とパストラーレの足が止まってしまったのを気にもせず、レッジェロは彼女にずかずかと近寄って行って「マドリガーレ嬢、ご機嫌麗しゅう」と声をかけ、紳士の礼をした。
「レッジェロ様がご一緒でしたのね。ソラを迎えに来ましたら、ソラもパストも街へ出たと両親から聞いてここで待っていましたの。レッジェロ様がふたりをご案内くださったのですか?」
「ええ、そうです。ソラは魔法長官候補筆頭なのに、こちらのことをまるで知らないようなので、訓練ばかりでなく視察もした方が良いと思ったので、提案させていただいたのですよ。明日も色々回る予定です」
「左様でしたか……でしたら、明日は私も連れて行っていただきたいですわ」
「それは構いませんが、明日は……土の曜日です。学校がおありではないでしょうか?」
「学校などどうとでもなります。ソラが魔法長官になるのならば、私は副長官になるのです。彼が視察するなら、私が付き添って同じものを見るのは当然のことです」
「そうなんですか!」
マドリガーレの言葉にレッジェロがキラリと瞳を輝かせ、興奮したようにはしゃぎ始めた。
「そうなんですね、決心されたんですね、マドリガーレ嬢! いやあ、素晴らしい! 実に素晴らしい決意だ! これはもうぜひともソラに魔法長官になってもらわないと! よーし、明日も頑張って説明して回るぞー! よっしゃあ、やる気出てきた! それじゃあ、パスト、ソラ、また明日ねー! あ、マドリガーレ嬢、ごきげんよう!」
あっという間にいなくなってしまったレッジェロをぽかんと見送り、ハッと気を取り直してマドリガーレに視線を向けると、彼女の怒りは既におさまっているようであった。
「マーレ……待っててくれたんだね。迎えに来てくれるって言ってたもんね。たくさん待たせちゃった?」
「そうね、一時間くらいかしらね。でも良いの。今日、一緒に回れなかったのはちょっと悔しいけど、明日は一緒に行かれるから。それで良いわ」
いつもすぐにムッとした顔をするけれど、毎回あっという間に機嫌を直して微笑んでくれるマドリガーレに、今回もほっとして軽く息を吐いた。
そしてパストラーレと別れ、マドリガーレの車に乗せてもらい、コン・センティメント家の屋敷に連れて帰ってもらった。
車の中で、マドリガーレはとても機嫌が良くて安心した。
治安部についての説明を聞きました。
皆様も、ソラと一緒にこの国のことを少しずつ知っていっていただけたら嬉しいです。
マーレは気持ちの変化が激しく、ちょっとしたことで怒って、でもすぐに笑います。
風の特性を持つ第三家の人達はみんなこんな感じですね。
次回更新は6月29日(金)です。




