5.商人街へ
楽しく過ごした工業区を後にして転移装置で商人街へと移動すると、予想と違いなんとなく閑散とした街並みが広がっていた。店はあらかた閉まっていて、開いている店はまばらなようだし、通りを歩く客もあまりいない。目を大きく見開いて、ここは本当に商業区なのかと質問すると、レッジェロは笑いながら答えてくれた。
「この辺は問屋や卸売市場が多い地域なんだ。早朝から昼過ぎまで開店し、もうこの時間には閉めてしまうことが多いんだよ」
「そうなんですね」
閉まっている店々の中で立派な建物がひとつあったが、そこが商業部署だと説明された。この辺で唯一、人の出入りがあって、窓から中の様子を窺うと、受付のような窓口には人が列を作って並んでいた。ここには後で行くが、とりあえず今はどこかの飲食店に入ってひとまず休憩しようと提案され、しばらく歩くことになった。
そうして歩き続けると、だんだん人々の喧騒が聞こえてくる。ようやく開店している辺りに移動してきたようだ。
そして道を曲がると。
そこは、ぶわっと人の熱気に包まれていた。道の左右にずらりと並ぶ店舗。大きな声で口々に宣伝文を口にする店員、中には歌うように節をつけて宣伝文句を並べ立てる者達もいる。その中をひしめく客。店員の説明を熱心に聞く者、きょろきょろしながら掘り出し物を探そうとする者、目当ての店を目指して足早に移動する者……様々な客が、店員に負けないくらいの熱意で買い物をしている。
活気ある店と買い物客の風景が、そこには広がっていた。
「すごい……」
「ははっ、商人街と言っても様々な地域があるからね。貴族相手に商売してる店が並ぶ辺りは、こんなにうるさくないし人もいない。貴族が買い物する時は店員を屋敷に呼ぶからね。後は出入り業者が定期的に商品を運び入れる契約をしているとか」
「そうなんですね。お貴族様は買い物になんか、自分で行かないのか」
「いや、そういう人もいる、という感じかな。年配になるとふらふら出歩くのも周囲から控えるよう言われるからね。若者は貴族ったって結構あちこち歩きまわってるよ。変装してお忍びしたり、朝市で買い食いしたりして遊んだりもするし」
「へぇ」
「あとは……そうだな、仮設市場みたいな場所もある。準備と片付け合わせて五日間だけ場所を借りて営業するんだ。地方営業の店や普段は農場で働く家族、または工房で細々と物を作っている家などが、定期的に場所代を支払って出店する場所があるんだ。毎月二度くらい同じ場所に出店して固定客が付いている店もあれば、一年に一度しか地方から出てこない店もあるし、個人が一生に一度の思い出にという感じで自作の何か……絵とか装飾品とかを売り出しに来る人もいる。そういう掘り出し物を探すのが面白いから、五家の者っていっても、みんな結構出歩いてるもんだよ」
「そうなんですか」
「パストラーレだって、アリア嬢と一緒に変装して街角デートしてるのを何度も見たからね」
「ふーん」
にやりと笑ってパストラーレを見ると、彼は「余計なことは教えなくて良いですよ」と苦笑していた。
** ** **
今度機会があったら仮説市場や朝市に連れて行ってもらう約束をして、通りを歩くと、レッジェロは一軒の店に入っていった。扉の上には看板があったが、書いてある字が読めなかったため、聞いたら『はしゃぐ小栗鼠亭』というらしかった。食堂のようだが、昼時からだいぶ過ぎていて、しかも夕飯時にはまだまだな時間帯のため、客はいないようだ。店員すら見当たらず、レッジェロは視線を巡らせた後、奥に声をかけた。
「おーい、ガタムー。いないのかーい?」
奥から「はーい」と声がして出てきたのは、パストラーレと同じ年頃の青年だった。
「ああ、レッジェロ様。親父は寄り合いで、なんか話し中です」
「そうなんだ。リラちゃんは?」
「妹は今、家の方に戻ってます。ほら、この時間帯はあんまり客がいないから、家事を済ませると後が楽なんで。店はおいらひとりで十分だから」
「そっかあ、残念だな、リラちゃんの可愛い顔が見られなくて。いや、なに、ちょっと茶でも飲ませてもらおうと思ってね」
「すみません、おいらの給仕で我慢してもらえませんか?」
「仕方ないなぁ、茶をみっつと、何か茶菓子になるような物を見繕って少し出してよ」
「分かりました。ちょっとお待ちください」
青年が厨房に引っ込むと、レッジェロは勝手にその辺のテーブルの椅子を出して座り、俺達にも席を勧めた。そして奥の方を向きながら先ほどの青年を紹介する。
「この店は、食事も旨いが茶も美味しい。店主のガタムが昼時と夕飯時に食堂を開いてるんだが、跡取りのコルネットが成人してからティータイムも営業するようになったんだ。まだまだ優雅に茶を飲む習慣が庶民にはないから客の入りは良くないようだが、そのうちきっと流行るようになるよ。何しろコルネットの茶は、ぼくが飲んでも美味いと感じるのに良心的な値段なのだから」
「へえ、楽しみです」
パストラーレが微笑むと、コルネットが三人分のお茶を持って来る。そして再び厨房に戻ると、今度はいかにも素朴な形のクッキーを皿に乗せて来た。
早速クッキーを口に放り込むとレッジェロは「うまい!」と声を出す。俺もひと口かじってみると、スーパーの菓子売り場に置いてあるような物ではなく、なんだか懐かしいような手作りの味がした。
「これ、リラちゃんの手作り?」
「はい、そうです。妹は料理上手だけど、中でも菓子作りはとても好きみたいです。甘い菓子から、少ししょっぱい菓子、中にはピリ辛な菓子なんかも、色々創作するのが面白いらしくて。休日には暇を見つけて菓子作り研究をしてるんです」
「そうなんだ。でもリラちゃんが嫁に行っちゃったら、ここでお菓子を出せなくなっちゃうね」
レッジェロの台詞に、コルネットは視線をほんの少し奥に走らせ、声を潜めて話し出した。
「レッジェロ様、それについて商業部署でもう聞いてもらえましたか?」
「いいや、この後行く予定なんだよ」
「そうですか……おいら、昨日相談に行ったんです。親父の目を盗んで商業部署に行くのが大変で、あちらではあまりきちんと報告できなかったんですが……最近、カンジーラの様子が変です」
「カンジーラって言うと、そこの宿屋の跡取り息子か?」
「はい。おいらの幼馴染で、妹のリラに熱を上げてるんです。もう長い間、交際を迫っています。今までは親父も乗り気でカンジーラに目をかけていたのに、リラ自身はちっともその気になれないようで、おいらも気にはしてたんですが……どうもリラは酒屋のチェレスタに思いを寄せているようで、それに気づいた親父が、今度はチェレスタに対して色々気遣うようになっちまったんです。そしたらカンジーラが……」
「兄さん、ただいまぁ……って、まぁ、お客様がいたのね」
コルネットの話の途中で裏口の扉が開き、そこから彼の妹リラが入って来て声を掛けた。
シンプルな茶色の服に白いエプロンをサッとかけ、首の後ろでひっつめた髪を青い三角巾で素早く覆っていく。
「ごめんなさい、いらっしゃいませ、レッジェロ様、そしてお連れ様」
マドリガーレと同じ年頃だろうか、明るい笑顔が可愛い。いわゆる町の食堂の看板娘というやつだろう。昼時や夕飯時には彼女の給仕を待つ男達で行列ができると思う。
「レッジェロ様、今日のお連れ様は見学の子ですか? いつもと違ってひとりのようですけど」
「うん、そうなんだ。ちょっと特別な子でね。この子はソラ。お近づきになっておくと、今後、何かの役に立つかもよ」
「そうなんですかー。この食堂の娘でリラといいます。どうかこれからご贔屓にお願いしますね」
甘いクッキーの香りに包まれたふんわり笑顔に、思わず見惚れると、横でパストラーレが「マーレに怒られるよ」と囁いた。意味が分からない。
ただ、それでその後は兄妹ふたりと楽しくおしゃべりをしてしまい、そのせいで先ほどのコルネットの話は中断してしまったまま、詳しく話を聞くことはできなかった。何か不穏な気配でもあるのだろうか。店を出てすぐに「商業部署で詳しく聞いてみよう」とレッジェロが言い、元来た道を戻って商業部署へと向かった。
** ** **
先ほどの閑散とした道を通り抜け、商業部署の扉をくぐると、中は人でいっぱいだった。窓口がいくつにも分かれていて、臨時市場への出店を申し込む者や、新商品の輸入について相談している者など、様々いる。その間を通り抜けて階段へ行き、二階に上がると、奥からガタッと椅子から立ち上がる大きな音がした。
「レッジュ!」
「ヴィーヴォおじさん!」
駆け寄ってきた年配の男性に向かってレッジェロが大きく腕を広げると“ヴィーヴォおじさん”はレッジェロを深く抱き込んで背中をバシバシと叩いた。あっけに取られて見ていると、何やら上の方からバタバタと大きな音が聞こえてきて、三階からドドドと降りてくる者達がいた。先を争うようにしてふたりの人物がレッジェロに飛びつく。
「レッジュ! 元気だったか?」
「会いたかったよ、レッジュ!」
「ファシーレおばさん、モッソおじさん、お久しぶりです」
なんか工業部署でも同じ風景を見たなとデジャブを感じていると、レッジェロを囲んでいた三人がくるりとこちらを振り向いた。思わず腰が引ける俺に向かって、ずいずいと足を進めて取り囲んでくる。
「ふうむ、きみが連絡のあった魔法長官候補の子だね」
「なるほど、良い目をしている」
「賢そうな良い子だ」
「将来性がありそうだ」
「名は何という?」
「そうだ、名を教えたまえ」
ぐいぐいと来られて戸惑ってしまい、後ろへ下がりたいけれど、三方向から覗き込まれてどこにも逃げ場がない。誰か助けてくれ。
「あ……えーと、奏楽といいます……」
なんとか声を絞り出して返答をすると「ソラくんか」「良い名だ」「うむ、本当に」と三者三様で言った後、声を揃えて「ソラ、と気安く呼んでも?」と聞いてきた。
完全にデジャブだ。
このやり取り、何度すれば良いのだ。
「はいっ、か、構いませんっ」
「それじゃあ、ソラ! ようこそ商業区商人街へ! ここは人情味篤い商人が集まる、活気あふれる街だよーん」
いい年をした、地位のある立派な大人が「だよーん」と言うことにまたもや衝撃を受けて、俺は言葉を返すことができなかった。しかも「私のことは気軽にヴィーヴォおじさんって呼んでおくれ」「私のことも気軽にファシーレおばさんと(以下略)」「(前略)モッソおじさんと(以下略)」と言われて、三方からにこにこ笑顔で追い詰められた挙句、どうにもならなくなってついに「ヴィーヴォおじさん」「ファシーレおばさん」「モッソおじさん」と呼んでしまった。
それを聞いてレッジェロがため息をつく。
「あーあ、ソラ。とうとう呼んでしまったね。これは職人街でひとりだけ“コモドおじさん”と呼んでもらえなかったおじさんが悲しむなぁ。この事実をコモドおじさんが知ったら、後で絶対にソラの所に押しかけて来て『コモドおじさんと呼んでおくれ!』って迫ると思うから、覚悟しておきなよー」
そう言って笑うので、震えあがった俺の横でパストラーレが「迷惑な一族だ……」と頭を抱えていた。
** ** **
一方、その頃のマドリガーレ。
「まだここにいたのか、マーレ」
「あら、どうしたの? さっきお別れの挨拶をしたのに」
「いや、なに、先ほどそなたとここで別れた後、所用を済ませたのでいつもより下校が遅れ、急いで昇降口へ向かったら、そなた付きの運転手がお前を待ってそわそわしていてだな。理由を聞いてみたら『終業と同時に魔法庁へ向かうから、絶対に遅れず迎えに来るようにと言われていたのに、こんなに待ってもお嬢様が出て来られない、何かあったのではないだろうか』と心配していたのだ。もしやと思ってもう一度ここへ来てみたのだが、まだいたとは驚きだ。そんなにも……ソラとやらのために、美しくありたかったのだな」
「ええっ!? そ、そんな、美しくだなんて、別に、そんな、私は別にソラのために化粧直しをしたかったとか、そういう訳じゃなくて、ちょっと身だしなみを整えようと化粧室に寄っただけで、髪だって少し乱れていたから直そうと思っただけで、淑女としての当然の心得だと思うわけで、そんなソラのためとか、綺麗に見られたいとか、ちょっとでも可愛く思って欲しいとか、そんな不純な気持ちで鏡を見ていた訳じゃなくって……!」
「よい。もう分かった……そなた、運転手を待たせておるのだろう。早くゆけ」
「あっ、そうだったわ! ソラが待ってる、早く行かなくちゃ!」
「おう、あのように走って。淑女が聞いてあきれる。しかも待っておるのは運転手だろうに……あ、転んだ。また何もない所でああして足をつまずかせるとは、まことマーレは可愛い女子じゃのう……」
第二家はそうとう暑苦しくてウザいです。
見ているだけなら面白いですが、取り囲まれたら困ると思います。
でも書くのは楽しいので第二家の人達が大好きです。
次回更新は6月27日(水)です。




