4.職人街へ
「レッジェロさん、どこから回るんですか?」
パストラーレが歩きながらそう質問すると、レッジェロは「そうだなぁ」と少し上を向きながら考えた。
「まずは職人街の工業部へ行こうか。そこでちょっと説明をして、次に商人街へ移動して商業部へ行こうかな。その間でぼくの治安部としての仕事を見てもらおうと思う。どっちかの部局で情報をもらえたらそこへ行けば良いし、何もないようだったら街を見回りつつぶらぶらすれば良いかなぁって」
レッジェロが計画を立てると、パストラーレが横で「分かりました」と答えた。俺自身は『情報をもらえる』というのが何なのかさっぱり分からなかったが、今聞いてもきっと分からないだろうから、何も言わずに大人しくふたりについて行った。
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レッジェロに連れられて、俺とパストラーレは転移装置に乗り、職人街へとやって来た。
転移装置のある建物を出た瞬間から、肌で感じる硬質な空気。周囲には工場や工房が溢れていて、扉を開け放ったままたくさんの人々が作業をしていた。着ている物や声を掛け合う様子は、いかにも職人という感じ。金属音が響く道を、レッジェロは笑顔で歩みを進めた。
「ここが職人街だよ。もっと山の奥の方に鉱山があって、そこで鉱石を採掘し、溶鉱炉で銑鉄……分かりやすく言うと鉄鋼の元かな……それを取り出して製鋼作業をし、使いやすいように加工する。その後、扱いやすい大きさに整えて、というところまで別の場所で行って、この街に運ばれてくるんだ。ここではその鉄や鋼で工業用品を作ったり、鋳造作業をして商品を作ったりしている。ほら、そこから少し覗いてみよう。中に入ると危険だし暑いから、ちょっと見るだけね」
レッジェロがすたすたとある工場の門を通り抜けると、パストラーレが「勝手に入って良いんですか?」と聞く。
「ああ、大丈夫だよ。治安部の人間はあちこち見回りに行くのが普通だから。扉や窓が閉まっているのにずかずか入っていくことはしないけど、開いているのに覗いて見ても、誰も何も言わないよ。しかも、第二家関係の子供をこうしてよく見学に連れて回っているから、ソラを連れて歩いていれば『魔法庁治安部入庁希望の子か、商工局に行く予定の子を連れて来たんだな』って思うだけだよ」
そう話すレッジェロに続いて、大きなシャッター扉が開け放ってある所から中を覗くと、中で作業服を着た人達が大きな声を出して、互いに声を掛け合いながら手際よく作業をしていた。
高い天井から太い鎖が垂れ下がり、大きなフックが吊るされている。巨大な歯車や太い操作棒、大型の機械にたくさんの道具……その合間を、作業員が精力的に動き回る。
「凄いですね……」
キン、キン、という高い金属音。ガチャン、ガチャン、という機械音。ブオーンという何かが回る音。それら全部が立てる音に負けないくらいの大声を出す作業員達。
熱気あふれる職人達の動きに、俺は圧倒された。額の汗を拭いもせず、真剣な顔で指示通りに作業をしていく様は、いかにも働く男達の現場、という感じだと思った。
「そうだね。ここに来ると見学の子供達はみんなそう言うよ。普段接している大人達が、こういう形で真剣に仕事をしている姿というのを、目にすることがないからだろうね。いかにも“職人”という感じだろう」
「はい。みんな真剣で見入ってしまいます」
「それじゃあ、次へ行こうか」
レッジェロの言葉に工場の敷地を出てしばらく道を歩くと、彼は一軒の立派な建物に入って行く。
レンガ造りで、周囲の工場とはまったく趣が違った建物の入り口には、大きな看板が掲げられている。けれどもそこに書いてある文字が読めず、これは本格的に勉強しなくちゃと俺は焦った。
「こんにちはー」
レッジェロが明るく軽く声をかけると、奥から「はーい」とこれまた軽い返事が返ってきて、現れた人物が「レッジュ! 会いたかった!」と彼をひしっと抱きしめた。
「ぼくもですよ!」
思わず口を開けてしまい、抱きしめ合うふたりの男をじっと見ていると、横でパストラーレが「なんだ、この茶番は……」とつぶやくのが聞こえた。
「それで、この子が連絡のあった魔法長官候補者かい?」
「はい、ソラと言います。ソラ、この人は工業部長。商工局のうち職人と工房を統括している人だよ」
レッジェロが紹介してくれた人は、先ほどの工場で働く者達が着ていたような作業服ではなかったが、魔法庁で見た、いかにも魔法使いという風体ではなく、やはりどこかしら職人っぽい感じのする男だった。年齢的には父親よりも少し年上なんだろうと思う。
「なんだなんだ、固いなぁ、レッジュ。コモドおじさんと呼んでくれなきゃ嫌だ」
「一応、挨拶だけはけじめをつけようと思っただけですよ、コモドおじさん」
なんだか凄く軽いやり取りをしているが、これがこちらの大人の挨拶として標準なのかどうかが分からず、俺はふたりを呆然として見つめ続けるしかできなかった。
「それで、きみがソラくんかい?」
「は、はいっ!」
「ソラ、と気安く呼んでも?」
「はいっ、構いませんっ」
「それじゃあ、ソラ! ようこそ工業区職人街へ! ここは陽気な職人が集まる、明るい街だよーん」
父親よりも年長者であろう男性が「だよーん」と言うことに衝撃を受け、俺は言葉を返すことができなかった。しかも「私のことは気軽にコモドおじさんって呼んでおくれ」と言われて目を白黒させてしまう。そう言えば午前中にレッジェロからも「気軽にレッジュお兄さんと呼んで」と言われたのだった。
パストラーレから「ソラ、衝撃的なのは分かるけど、戻ってきて」と笑いながら言われ、ようやくハッと気づいて「よ、よろしくお願いします」と頭を下げた。
そこで説明されたのは、ここは工業部署で、この前クラスメイトから借りて読んだファンタジー・ライトノベルでいうところの、職人ギルド的な役割をしている感じの場所だった。
鉄鉱石や鉱石の採掘から、インゴットを作成する専門の職人、それを加工する職人、それら全てをそれぞれの場所へ卸す専門の人、など、全部ひっくるめて統括しているとのこと。
職人というからには木工職人も石工職人もその他様々いるわけで、石の採掘はこの商工局の工業部で扱っているらしいが、材木の切り出しは第四家が率いる農林水産局から取引購入しているらしい。
ここへきて初めて知ったのだけれど、商工局は第二家が担っているとのこと。そして魔法庁治安部もだが。レッジェロが言うには、立国初期にこのシステムが作られる際、工業部は元々陽気な職人の気質を色濃く持つ第二家がすんなり収まる方向で話が進み、第二家自身はそれで満足していたのだが、第五家以外の三家が次々と自分達の治めたい部局をあれこれ先に取っていってしまった結果、残ったものも引き受けなければならなくなってしまったとのこと。
「まぁ、第二家は皆のんびりしてて楽天家ばかりだし、結果的に商業部も治安部も性に合ってたみたいだから、これで良かったんだよ」とはレッジェロ談だ。
その後、工業部の建物を出て、いくつか工房を見学させてもらった。どこでも歓迎され、皆気さくに挨拶をしてくれる。色々な工具があってそれを説明してくれたり、作っている物がどこでどんな風に使われるのか教えてくれたりして、俺は楽しくてどんどん質問してしまった。
大きな物を作る大型の工場もあれば、細かい作業をする小さな工房もあった。見たことが無いような巨大な道具があったり、こんな物でどうやって作業するのか疑問に思うくらい極小の道具があったり、何に対してどんな風に使うのかまったく想像もできないような工具があったりと、不思議満載の工房ばかりであったが、どこもみんな共通して職人が楽しそうに作業していて、全員が「この仕事を好きだ」と言って笑っていた。皆、己の仕事に誇りをもっていることが、言葉や表情からうかがえる。そう言えばテレビで日本の職人さんやその仕事を紹介する番組があって、見たことがあったなと思い出し「職人さんって良いなぁ」と思った。
そんな風に職人街をざっと一巡りして、転移装置所の前まで戻って来た。これから商人街へと移動するのだ。
転移装置のある建物の周囲には、工業部長――何度も乞われたけれど最後までコモドおじさんとは呼べなかった――や周辺の工房の方々が見送りに来てくれていた。驚いたことに最初に見学した工場の職人さん達もいる。挨拶もせず、ただ入り口からそっと覗いただけだったのに、二十人くらいの人達が押すな押すなの勢いだ。皆一様に、陽気で笑顔で弾ける笑い声で、先ほどの真面目一直線の表情とギャップがあり過ぎ、驚いてしまった。
それを説明してくれたのはレッジェロだ。
彼らは一般人でありながら、遡れば第二家の血筋を持つ人達らしく、陽気で明るい性質は同じだと言う。見学者がいるとあまりに調子に乗ってはしゃぎ、我先にもてなそうとするあまり、見学者に怪我をさせそうになってしまったことが何度かあったため、あの大型工場に勤める者達は見学者が来た時は私語を一切禁じられ、真面目に働かなければ事務仕事に異動させられてしまうと決められてしまったらしい。第二家出身の人達は、人数が集まれば集まるほどノリで興奮度が上がっていくようだ。恐ろしい。
レッジェロが言うには「恐らくソラが見学してた時は、みんなメッチャ格好つけて仕事に打ち込む姿を見せつけて、内心『俺ってカッコいい!』と酔っていたり、満足感にニヤニヤ顔が緩むのを堪えるのに必死だったりしたと思うよ?」だそうだ。
そんな風に大歓迎を受けた職人達に笑顔で大きく手を振り、大勢の人達から次々にかけられる「また来いよ!」の大声と、千切れるのではないかと心配するほど手を振ってくれる者達に見送られ、俺は転移装置に乗ったのだった。
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一方、その頃のマドリガーレ。
「マーレ、授業が終わったのだが、気づいておらぬのか」
「え、あ、そうだったのね」
「ノートも全然取っておらぬではないか……今日はやけに先生の顔ばかり見て集中して聞いておると思うていたが、その実、まったく聞いておらぬのじゃったか……」
「えっ、そ、そんなことないわ。ちゃんと授業は聞いていたわよ?」
「……マーレ。机の上に置いてある教科書が、上下逆さじゃ」
「ええっ」
「いつにも増して、うすらぼんやりだのう。まったく、この休み時間しっかり休憩し、次の授業こそきちんと集中するのだぞ?」
「え、ええ、頑張るわ、ありがとう」
テレビ東京の『和風総本家』というクイズ番組が大好きです。
家族で毎週見ています。
家族の中でたまに誰かが正解すると、皆で褒め称えます。
とにかく問題が難しい番組です。(笑)
司会者さんサイコー。
さて、次話は商人街に行きます。
次回更新は6月25日(月)です。




