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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
第二章 ソラとマーレの綺麗な魔力
51/130

3.知らないなら学んでいこう

「あ、そう言えば、俺、こっちのお金、持ってないや」


 食堂まで来てメニューを見た時に気が付いた。


「って言うか、文字もあんまり読めなかった! 勉強しないと!」


 俺がショックを受けたように声を出すと、パストラーレが驚いて言った。


「えっ、ソラってこっちの字が読めないの? 普通にしゃべってるから気づかなかったけど……そうか、翻訳魔道具を使ってるんだね」


「あ、そうなんです」


 そう言って俺は、耳に着けたイヤーカフ型の翻訳魔道具を触る。「へぇ、これがそうなのか」とパストラーレが覗き込むので外して見せると、途端に食堂の中にいる人々の会話が全く理解できなくなった。翻訳魔道具を手に取って触りながらパストラーレが何やらつぶやいているけど、それも何を言っているのか全然分からない。


 するとそれに気付いたのか、パストラーレが微笑みながら何かを言って、翻訳魔道具を返してくれた。「ごめんね、ありがとう」とでも言ったのだろうか。なんとなく記憶の彼方にある言葉を脳みそから引っ張り出してみながら、耳に装着した。


「前は一年に三回来てたけど、三年来なかった間にすっかり忘れちゃって……話せないと分かった時に、これを借りちゃったんです。母さんがいつも使ってるから、使うことに抵抗なくて」


「そうなんだ。レミちゃんも話せないの?」


「いえ、麗美は相変わらず一年に三回はこちらに来ているし……俺と違って、こちらの世界を受け入れてるから、言葉を覚えようとするし、忘れないようにしてると思う……俺はこないだまで……こっちのこと、嫌いだったから……」


 だんだん声が小さくなってしまった俺に、パストラーレは微笑んで、肩をポンポンと軽く叩いてくれた。




** ** **




 パストラーレの(おご)りで飲み物を買って休憩していると、治安部の制服を着た者が機嫌良さそうな顔で近寄って来た。


「やあ、パスト。予約入ってた魔術遮断室にいなかったから探しちゃったよ。ここにいたんだね」


「ああ、レッジェロさん。何の用ですか?」


「ええぇぇぇ、用がなくちゃ会いに来ちゃダメなわけ?」


「用件を言ってください」


 なんだかとっても馴れ馴れしい人と、ぶっきらぼうなパストラーレ、という組み合わせに、俺は目を白黒させる。こんな冷たい態度を取るパストラーレなど見たことがないし、そんな彼の態度に(ひる)む様子もなく、より一層(あお)る言動をするこの青年にも近寄りがたい。

 するとそんな俺に気づいたのか、ふたりが掛け合いをやめて態度を軟化させ、謝罪をしてきた。


「ごめんよ、ソラ。この変人がちょっかいをかけてきたせいだね。申し訳ない。すぐに追い払うから許してね」


「パスト、そんな言い方酷いよ、まったく……ええと、ソラくん、だったよね。覚えてるかな、春の初めに街で魔力暴走者が出て、その時に事情聴取をしたのがぼくだったのだけど」


 言われてようやく気付く。そう言えば、見たことがある顔だった。あの時は混乱していたし、心身ともに疲れていたし、何が何やらよく分からないうちに事情聴取を終えたので、すぐに彼の顔を思い出せなかったが、確かにこの青年だった。


「あ、はい、思い出しました」


「うん、良かった。改めまして、ぼくはレッジェロ・コン・アレグレッツァ。治安部に所属するパストの友人さ」


 レッジェロの自己紹介に、俺の「よろしくお願いします」とパストラーレの「友人じゃありません」の言葉が重なった。レッジェロが「えええ、パスト、ひどーい」と言うのを聞いたパストラーレが嫌そうな顔をするのを見て、俺は笑いだしてしまった。なんだかとても良い関係のようだ。


「ソラくん、きみのこと、気軽にソラと呼んでも良いかい?」


「はい、構いません」


「良かった、ソラ。ぼくのことは気軽にレッジュお兄さんと呼んでくれて良いよ」


「それで結局、何の用なんですか。僕を探してたんでしょう?」


 パストラーレがため息をつきながら会話に割り込み聞くと、レッジェロはうんうんとうなずいた。


「いやぁ、あの奇跡の人命救助をしたソラがこちらに来ているというので挨拶しておこうと思ってさ。しかも魔法訓練をすると言うじゃないか。これはぜひ訓練の様子を拝見させていただきたくてね」


 レッジェロの言葉にパストラーレは彼をじっと見つめた後、またため息をついてから答えた。


「駄目だと言ってもきかないのでしょうね……第二家と、あなたの婚約者様のご意向でしょうから」


「話が早くて助かるなぁ。さっすが第一家の秘蔵っ子だね」


 機嫌が良いレッジェロが「んじゃ休憩中みたいだから、再開する時にぼくも一緒に連れて行ってね」とにっこり笑った。




** ** **




「不得意な魔法ばかりやっていてもつまらないだろうから、今からは風魔法の練習をしよう。前回、見せたのを覚えているかな、僕の人形(ひとがた)を。あの子に歌を歌わせたのだけど」


「はい。アリィさんに似た、とっても可愛い子ですよね」


「なになに、パストの人形ってアリア嬢に似せてるの? わぁ、執着心が気持ち悪ぅい、あ、でも見たい! 見せて!」


 休憩前にいた魔術遮断室に戻ってからの、三人の第一声がこれだった。


「レッジェロさん……邪魔するなら出てってもらいますよ。そして、人形は見せません」


「えええ、良いじゃない、別に減るもんじゃないし……って、分かった、分かりました、邪魔しません、大人しくしています」


 パストラーレに睨まれてレッジェロが黙ると、パストラーレは再び俺に向き合った。


「ソラにはこれから風の魔力で人形を作ってもらおうと思う。僕の人形のように“最高の作品”に仕上げる必要はないから、自分が演奏したい曲を選んで、それに合う人形を思い浮かべると良い。まずはどんな曲にしたいか考えてごらん。なるべく簡単、単純、短い曲が良いよ」


 簡単、単純、短い曲……そう言われて俺が思いつくのは童謡だった。そして頭に浮かんだのは『茶摘み』の歌。麗美が音楽の時間に手遊び付きで習ってきたらしく、ここ一週間は母親と俺相手に何度も相手をねだってきたのだ。おかげで『茶摘み』の手遊びを完璧に覚えてしまっている。


 曲を『茶摘み』にするのは良いが、さて、人形を作るとなるとどうするか。ふたり作って歌わせながら手遊びをさせるのはできるだろうか。俺は一生懸命頭の中でイメージをしながら風の魔力を練り始める。


 ――紺色の着物……赤い前掛け……赤いたすき……白い手拭いを頭に被って……白い足袋に草履……それが、ふたり、向き合って手遊び歌をする。


 そこまでイメージした途端、俺が胸の前で差し出した両手の上に、十五センチメートルくらいの大きさの、二体の人形が現れた。そしてその人形達はすぐさま『茶摘み』の手遊び歌を始める。


  夏も近づく八十八夜

  野にも山にも若葉が茂る

  あれに見えるは茶摘みじゃないか

  あかねだすきに(すげ)の笠


 二体の女性の人形が綺麗な声で歌い、流れるように手遊びをしていく。節目、節目でパンパンと手を叩く音が入るのも楽しく、俺は笑顔で演奏を終えた。知らず汗ばんでいた額を拭って息を吐くと、年長者ふたりが笑顔で拍手をしてくれた。


「ソラ、作り方やコツを教えてないのに、こんなにできるなんて凄いじゃないか! マーレに習ったのかい?」


「えーと、ほんの取っ掛かりだけ教えてもらいましたが、あとはなんとなく、こんな感じかなぁって。パストさんとマーレの人形が、こんな風に歌ってたから」


「へえ、そりゃあ凄い。さすが奇跡を起こすだけのことはある」


 同じ褒められるにしても、前者のパストラーレと後者のレッジェロの言葉のかけ方に違いを感じてしまい、俺はなんとなくからかわれたような気がして口を引き結んだ。


「レッジェロさん」


「うーん、パストったらいつになく過保護だねぇ……分かった、本当に分かりました、口を挟まず大人しく見学します」


 この人の前だとなんだか魔法が使いづらいなぁ、と思いながらなんとか一時間ほど訓練をし、昼食を取りに再び食堂まで向かった。




** ** **




「やあ、奏楽。訓練の調子はどうかい?」


 食堂に向かう途中の廊下で父親と叔父に会った。隣にレッジェロがまだいるので、なんと答えたら良いか分からないまま「うん」と曖昧(あいまい)に返事をする。


「よく考えたら、奏楽はこちらのお金を持っていないと気が付いてね。渡さなくちゃと思ってそっちへ向かうところだったんだよ」


 そう父親が笑うので、思わず大きな声を出してしまった。


「あ、そうだよ、父さん! 俺、さっき食堂で休憩した時、パストさんに飲み物代、出してもらっちゃった!」


「ああ、それは悪いことをしたね、パスト。この昼食はこちらで出すから勘弁してくれ」


「そんな、別に大丈夫ですよ、レチタティーヴォさん。ジュースの一杯くらいどうってことありませんから」


「いやいや、奏楽の訓練をお任せしちゃってるし、ここは出させてくれ」


 父レチタティーヴォの言葉にパストラーレも固辞はせず、ついでになぜかレッジェロの分まで父が昼食代を出すことになり、アルマンド叔父と共に五人でテーブルについて食べることとなった。


「それでですね、先ほどソラの訓練を見学させてもらって思ったことがあるんですがね、アルマンド魔法長官、レチタティーヴォ補佐官」


 楽しく会話をしながら食べ、食後にゆったりお茶を飲んでいると、おもむろにレッジェロが叔父と父親に話しかけた。


「なんだい、レッジェロくん」


「ソラはとても意欲的に訓練をしていると思います。パストラーレも指導の仕方をよく心得ていて感心します。このままいけばソラはどんどん魔力調整を覚え、短期間で様々な魔術が使えるようになるでしょう……しかし」


 レッジェロは一度言葉を切って俺と目を合わせ、そして再び叔父と父親へと視線を戻した。


「ソラに魔法長官就任を願うのなら、まずはこちらのことを知ってもらうのが良いのではないでしょうか。魔法庁でどの部門がどういう形で機能しているのか、そこに所属している者がどう動いているのか、あるいは各部署はどういう働きがあるのか……そういったことをソラは何も知らないのです。それどころか彼は、言葉も文字も知らなければお金の種類も知らない。こちらの者達がどう生活しているのかも。魔法庁という所が人々の暮らしにどう役立っているのか、魔法長官が何を背負っているのか、そういう部分を何も知らなければ、彼が魔法長官になるかどうかを決めるのは、難しいのではないかと思うのです」


「ふむ……」


「どうだね、ソラ。そういう部分を知っていきたいと思うのなら、色々な部署を巡って見学をしてみても良いし、街へ下りて人々の暮らしを見てみるのも良いと思うが……」


 なんだか父レチタティーヴォとアルマンド叔父が、(うかが)うように俺を見てくる。


「うん、見てみたいよ。叔父さんの仕事がどんなことしてるのか知りたい。魔法庁の四つの部門の違いも知りたいし、街の様子も知りたい。俺、あちこち見てみたいよ」


「良かった、奏楽」


「うん。マーレと約束したし、真剣に考えてみたいんだ。叔父さん、魔法長官の仕事内容、教えてくれる?」


「もちろんだよ、ソラ。そうだな……各部署を回ってから最後に見るのが良いと思う。数日間であちこち回って、その後おいで。それまでに教える内容を考えておくから」


「うん、ありがとう、叔父さん」


「では奏楽が各部署を回ることを通達しておこう。明日からで良いかな。日程の時間調整を手配しておくから」


「ありがとう、父さん」


 話がとんとん拍子に決まっていって、なんだか楽しくなってきた。すると横で聞いていたパストラーレが笑顔で「それなら」と言う。


「それなら今日の午後は街へ行こうか。ずっと訓練ばかりしていてもつまらないだろう?」


「じゃあ、街の案内はぼくがしよう。治安部の実働を説明できるし、商工部の紹介もできるから。商工部は魔伝話一本でいつでも見学オッケーだよー」


 レッジェロがそう申し出てくれて、午後の予定が決まった。

 なんだかとてもワクワクしてきた。

 いつの間にか、俺、こちらでの生活に忌避(きひ)感がなくなってきている気がした。




** ** **




一方、その頃のマドリガーレ。


「マーレ。(われ)はそういった礼式を寡聞(かぶん)にして存ぜぬのであるが」


「……」


「マーレ、マーレ」


「え、何かしら?」


「恐らくだがな、グラスのジュースをスプーンですくって飲むという礼儀作法はないと思われる」


「えっ……きゃあ!」

ソラがコントラルト国を避け続けていたので、お父さんと叔父さんはまだ腫れ物に触るような扱いをしています。レッジェロの提案にソラが不機嫌な顔をしなくてホッとしていました。中学生ソラの反抗期具合を想像すると楽しいです。

さて、次話から城下町見学です。陽気な職人達のいる職人街へ行きます。

間章1に出てきたレッジェロが本編でも登場、これからあちこちを案内してくれます。


次回更新は6月22日(金)です。

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