16.婚約者には勝てない ~ここから始まる~
本日は2話同時更新しています。
その1話目です。
あれからも私達の生活に変わりはない。
彼は私に隠し事がなくなったせいか、色々話してくれたり愚痴をこぼしたりしてくれるようになった。風魔法で人気商品になりそうなお土産の商品開発を、魔道具開発部の人と組んで試作中だとか、レッジェロが昼食時や通勤時に会うと、あれこれ話しかけてきてうざったいだとか。
そして相も変わらず、私とパストラーレは二週に一度、遊園地という名の訓練及び測定施設へ通っている。
今日来たのはウィンドヒルだ。
二番目に得意な魔法として風の名を上げるパストラーレは、今日も出した結果記録にご満悦であった。ホクホクした顔をしながら次のアトラクションへと向かう。私の大好きな『Wind song』だ。
たくさんある魔術遮断部屋のひとつを貸し切り、中に入った。より取り見取りに取り揃えてある楽器の中から、パストラーレがタンバリンと鈴とアームを取り出して来てセットする。その間、私はいつものバイオリンの調弦を始めた。
「タンバリン、こんな感じで良い?」
「ええ、それで良いわ。ありがとう、パスト」
「どういたしまして」
そう言って、水の人形を作り始める彼に続き、私も両手のひらの上で魔力を練り、水、土、風、炎、と人形作成をした。今日のこの子達の装いは、ほんの少しだけおめかし風。衣装の色はそれぞれ、水は青、土は黄色、風は緑、炎は赤で、膝丈のワンピースに花をたくさん付けてある。髪にも花冠や花飾りをつけ、両手にお花を持たせてみた。
「やあ、今日の子達も可愛いね!」
「そうでしょう? 力作よ」
「僕はそんなにこの子の衣装を変えるとかできないからなぁ。きみの器用さには本当に感心するよ」
「あら。でもこの子は本当に綺麗よ。腰までのストレートの髪が、川の流れにさざめくように揺れているのもステキだし、ひざ下丈のシンプルなワンピースの裾がひらひらと波打つのも良いわ。何より、この青銀色に柔らかく光を放っているのがとっても幻想的だわ。あなたの子は最高傑作だと思うの、私」
「本当? ありがとう! きみをイメージして作った子だから、きみに褒めてもらえるのが一番嬉しいよ!」
私の褒め言葉に喜んで、パストラーレが人形を腕の中に抱き寄せ、愛でる。
妹のマドリガーレは以前、この子が私に似ていると言っていたけれど、それは本当のことだったらしい。
またひとつ、コン・エスプレッシオーネ家の執着を知ってしまったようだが、ため息で流して演奏に取りかかることにした。
「じゃあ、始めるわよ?」
「うん」
バイオリンの音を響かせて、足でリズムを取っていく。
今日の曲は『丘の上の結婚式』。
昔、田舎の若者達が結婚する時に村中でお祝いをしたところから作られた歌だ。
楽しさと嬉しさがにじみ出ているような曲調だ。
バイオリンに合わせて人形を踊らせる。手を取り合ってくるくると回りながら、ステップを踏んでいくのだ。
パストラーレの子が歌いだすと、それに合わせてハーモニーを奏でさせる。
調子が出て来たら風魔法を使用して、タンバリンと鈴も鳴らしてみた。
うん、良い感じ。
いつの間にか、パストラーレがカスタネットを取り出して来て叩き始めた。生来のリズム感のせいか、それとも人形を操りながらのリズム取りが難しいのか、少したどたどしくて、時折リズムを外している。
難しい顔で頑張ってカスタネットを叩く彼のそばに、バイオリンを弾きながら近寄り、下から覗き込むようにして笑顔を向けてみた。
驚いた顔をするパストラーレ。
もったいない。
楽しい演奏をしているのに、難しい顔なんかしていたら、もったいないわ。
体で拍子を取りながら笑顔で弾き、四人の人形も彼の周囲を踊りながら回らせてみた。
ひとりの子が手に持った花で彼の頬をつつき、それからくるりと回る。
続いて次の子が彼の顔の前に来て、花で彼の鼻をくすぐった。
今度はその次の子と最後の四人目の子が、両側から同時に彼の頬へとキスをして。
また全員で、歌いながら回って踊る。
とうとう彼も、難しい顔を引っ込めざるを得なくなったようで、笑いながらカスタネットを叩き始めた。リズムは大幅にずれているが、そんなの全然関係ない。楽しければ良いのだ。
だって、これは幸せの歌なのだから。
演奏が終わって、ひとしきり笑い、いつものように映像録画魔装置に、記憶媒体と魔石をセットし、起動させた。ここに来るたびに彼との演奏を録画している。楽しい思い出と共に記録を残せることがとても嬉しい。
「ああ、今日も楽しかった!」
使用した楽器を片付けながら満足の息を大きく吐く。
幸せな気持ちでいっぱいだ。
「幸せだな……」
パストラーレが私の心を代弁したように口にした。
ああ、演奏を一緒にすると気持ちもひとつになるのね。
「私も幸せよ」
彼に笑顔を向けると、パストラーレは私を抱きしめてくれた。
「前にも言ったけど。これから僕達は、一生ふたりでこうして寄り添って演奏を続けていくんだろうね。きみの見事な魔術演奏を一番近くで聴くことができて、一緒に音楽ができて、僕は本当に幸せ者だよ」
彼の言葉に胸が熱くなる。
言葉が出なくて、彼の瞳を見つめ、笑顔を向けることしかできなかった。
「あのね、何度も言うけど、僕が羽を休められるのはきみの隣だけ。僕を癒すことができるのはきみだけなんだ。そうして安らぎを得るだけじゃなくて、きみと一緒なら、僕は一生、心から笑って生きていけると思う。一生寄り添って演奏を続けていくというのは、この魔術演奏だけじゃなくて、僕達の人生そのものなのだと思うよ。苦しい時だって、困ったことがある時だって、きみとこうして演奏をするように、笑いながら、踊りながら乗り越えていきたい。僕を幸せにしてくれるのはきみだけだし、きみを幸せにするのは僕でありたい。十歳の時にそう決心したし、本当はその前からずっとそう思っていた。そして、今もその気持ちは変わらないし、もっともっと強くなっている。だから……だから、一生、僕の隣にいてください」
ものすごい衝撃を受けた。
身体中の細胞全てが歓喜に震えているようだ。
いつもの彼の、ふざけた様子はどこにも見えない。
私をからかって遊ぶ様子もない。
本当に幸せそうな笑顔でそう告げられて。
思わず彼の唇にそっと寄り添った。
十一歳の時に泣いた私に教えてあげたい。
大丈夫だよ。
あなたの大好きなパストラーレは、あなたのことを愛してくれているよ、って。
あなたがちょっと引くくらい、あなたは愛されているんだ、って。
特別な、世界でひとつだけのバラを捧げてくれるのよ。
そして綺麗なスミレの花を私だと言って、何度もくれるの。
そんな彼に対して、私はまだマーガレット以上の物を渡していない。
でも、これからいくらでも時間はある。
彼の気持ち以上の物を返せるかどうか分からないけど、頑張ってみたいと思っている。
それでも、彼の、私に対する気持ちにはなかなか勝てる気がしない。
そのくらい彼は一心に私を愛してくれるし、大事にしてくれている。
それを、十一歳の時、泣いた私に教えてあげたい。
長い間、私がこだわっていたせいで、彼を悩ませ、苦しめてしまったから。
でもそんな風に私が後悔していても、彼はそんな必要はないって言うかも知れない。
今が幸せだから、それで良いよ、って。
ああ、本当に彼には勝てないな。
そんな風に思いながら、ちょっとだけしょっぱい味のするキスを終えた後。
彼は優しくハンカチで私の頬を拭ってくれて。
退室時間を知らせるライトがクルクルと回りながら点灯する中。
手を繋いで、一緒に部屋を出て行った。
アリィとパストの過去物語はハッピーエンドとなりました。
そして副題どおり、ふたりの愛の物語はここから始まります。
少しでもお気に召していただけたら嬉しいです。
この後、続けてエピローグの更新です。
お話は現在に戻ります。




