15.婚約者は花に想いを託す ~土魔法対決後~
レッジェロは茫然としてつぶやく。
「パストラーレ……きみに聞きたいことがあるんだけど」
「なんなりと」
「あと三十分、この部屋に人が入らないよう手配したって言ったけど、手配したことの中に、この花の種の件も入っているんだね?」
「その通り。魔術対決が決まってから今日まで時間は五週間あった。だから一族の中で『Pyramid of flowers』に関わっている者を呼び出し、スミレの花を使用できないかと相談をした。ご存知の通りここで使われる種は、土と水の魔術であっという間に発芽、成長して花を咲かせられるよう改良されたものだ。しかも、退出扉が開くと自動的にピラミッド全体が消滅するよう設定されている。だからスミレの種を同じように改良できないか、と依頼した。そして僕らのひとつ前の人が退出したら、出口の係員が僕の方だけスミレの種の入った箱と交換する……それが今回した裏工作だ」
レッジェロは「そうか……」とつぶやいた。
「そうか……でも、魔術的数値はともかく、見た目は本当に美しいピラミッドだ。ぼくはいつも、速く大きく高く山を作ることが最上だと思っていたし、色々な花が咲くのに茎の高さを揃えようとか、花を全て外側に向けて表面が全て花の正面になるようにとか……そういったことにばかり気をつけて魔術を使っていたよ。ぼくのピラミッドと並んでいるせいか、きみのは三段しか違わないのにとても小ぶりで可憐に見える。そしてきみの咲かせた花は、様々な方向を向き、高さもバラバラ。それでも小さな花が群生しているせいか、一面の菫色が優しい美しさを広げている。自然と言うか、なんと言うか……野草なのにこんなに綺麗だなんて、正直驚いたよ」
「僕が今回スミレを選んだ理由は、この花がアリアへ贈るのに相応しいと思ったからだ。スミレは彼女そのものだ。慎ましやかで控えめ。彼女の在り方は力強く、どんな状況でも受け入れ、自身の中で収めて納得し、前を向き微笑んで生きていく。野草のスミレは彼女そのものだと常々思っていた。そこへ僕自身の愛をメッセージとして込められるのだから、今回咲かせる花はもうこれしかないと思ったんだよ」
私の腰に回されたパストラーレの腕がギュッと力を込める。
包み込まれる温もりと力強さが心地良い。
そっと寄り添うと、つむじに唇を寄せられた。
「なるほどねぇ……恐れ入ったよ。記録の数値的にはぼくの圧勝なのに、見た目的にはきみの力を認めざるを得ない。アリアさんへの想い、込みで攻められたら、実力プラス愛情……か、執着心かは分からないけど、純粋な実力プラスアルファが加わってしまったようなものだものね。ああ、本当に美しい。扉を開けたらこれが全て消えてしまうのがもったいない気分だよ」
「問題ない。スミレの花は、フレイムタウン内にある『Flame Flower』でいくつも作ってアリアには贈ってある。あとは記念撮影でもすればそれで良い」
そう言うとパストラーレは自分のカメラをレッジェロに渡し、ピラミッドの前でふたり並ぶ姿を撮影してもらった。言葉で頼まれた訳ではなく、ただカメラを渡されただけなのに、大人しく写真撮影してくれるレッジェロに「素直な人だな」と感じた。
そして返されたカメラで何枚かピラミッドの写真を撮った後、パストラーレは「そろそろ出るか」と言った。
** ** **
外に出た私達は、たくさんの人で賑わい華やぐガーデンの中で立ち止まり、今回の決着と今後のことを確認し合った。
レッジェロはパストラーレの実力を認め、私との婚約話をストップさせることを確約してくれた。そして新たな婚約者候補は一週間後から選定し始めるとのことで、最初に交わした『第一家の一族の男性がいずれ婚約を打診したいと考えている女性がいたら、この一週間のうちに名を伝えてくれれば婚約者候補から外す』も履行してくれるとのこと。
一連のやり取りを終え『Pyramid of flowers』の前で解散した私達は、そのままふたりで私の家まで帰って来た。
家族に報告をし、労ってもらうと、私の部屋にふたりで入る。
お茶とお菓子を出してもらった後は、扉を少し開けておくことを条件に使用人には下がってもらった。
「ああ……やっと終わった。これでようやくアリィといっぱい過ごせるよ。まったく、忙し過ぎてアリィに全然会えなかったから、もう完全にアリィ不足でたーいへん!」
そう言いながらパストラーレは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
少しだけ「きゅっ」と声が漏れてしまうと、慌てて腕をほんのちょっと緩めてくれた。けれども強めの腕はそれ以上緩まることはなく、私をしっかりと閉じ込めていた。
「六年も前に僕だけのものにしたはずだったのに、今になってこんな風に横やりを入れられるなんて思ってもみなかった……婚約というのは絶対じゃなかったんだな。もうこれは、きみが成人したらすぐにでも結婚をしないと。きみの誕生日当日に結婚式をして籍を入れるのはどうかな……いやでも、誕生日はアリィが生まれて来てくれた記念すべき日だからぜひお祝いをしたい……となると、誕生日の翌日がベストかな。いやいや、誕生日の準備も結婚式の準備も、並行してするとなるとどちらかがおざなりになってしまうかも知れない。それは嫌だ。どっちも大切な日なのだから、しっかりバッチリ用意万端整えて当日を迎えなければならない……いや、待てよ、そのために今からしっかりと計画を立て、第一家の力を総動員して事に当たれば完璧に用意を整えられるか? そうだ、それが良い! 僕の手にかかればアリィの誕生日会も結婚式も、忘れられないくらいのものに仕上げられる! コン・エスプレッシオーネ家の名に懸けて、やり遂げてみせるとも!」
拳を握りしめて力説するパストラーレに、私は「まぁ、そういう話はまたそのうちにしましょう」と微笑んだ。ちょっと鼻を鳴らしたパストラーレは「そうだね」と小さく返事をする。
「それより……私、聞きたいことがあったのよ」
「なんだい、愛しいアリア」
「もう、真面目な話よ?」
「心外だな、僕はいつだって大真面目だよ?」
軽い頭痛を覚えたが、気にしないようにして話を進める。
「さっき……スミレの花を私に喩えてくれたでしょう? その時に、『Flame Flower』で作ってくれた花の中にスミレがいくつかあるって言っていたのが気になって……」
「そうなの? 何が知りたいの?」
「今まで交換してうちにある、あなたの作った炎の花……あれは、スミレ以外にも意味があるの?」
パストラーレは愛し気に私を見つめていた。
「もちろん、全部の花に意味があるよ」
そう言って彼は立ち上がり、私の腕を取って出窓まで導く。そこに飾ってある花をじっと見つめたあと、ひとつを手に取って手前に置いた。
「これが二番目に作った作品、チューリップ。花言葉は『理想の恋人』。それから、これが三番目に作った物で、カリン『唯一の恋』。そして四番目は……」
パストラーレはガラスケースを手に取って、手前に並べながらひとつひとつ花の名前と花言葉を口にしていく。
「四番目は、これ。サクラソウ『初恋』、五番目はこっち、リナリア『この恋に気づいて』」
はっとして彼の顔を見る。
そんな私に気づかず……気づいたのかも知れないが、そのまま彼は語り続けた。
「六番目はスミレ。きみを思って作った。花言葉は『謙虚』『誠実』『小さな幸せ』。きみそのものの花を見つけたと思ったんだ」
私はパストラーレを見つめ続ける。
「七番目はバラ『愛』、八番目は桃『私はあなたの虜』、九番目はコスモス『愛情』、十番目はナデシコ『純愛』、十一番目がシロツメクサ『私を思って』、十二番目がスターチス『愛の喜び』、十三番目がもう一度スミレ、十四番目がカーネーション『深い愛』、十五番目がカスミソウ『永遠の愛』、十六番目がタンポポ『真実の愛』……」
頬をひとすじの涙がつたった。
彼は微笑み続ける。
「僕はこれでも魔法庁魔力研究部期待の新人なんだよ。この一年間、研究して実現したことを十七番目の花で試してみて、見事作り上げることができた。このスミレ、今まで作ったふたつのスミレとは違うんだ。魔力を注入してみて」
頬を手のひらでぐいっと拭い、彼が差し出すガラスケースを受け取って裏のボタンに炎の魔力をそっと送り込んでみる。
赤やオレンジに花びらの色が変化しながら揺れてとても可愛らしい。
思わず微笑んでいるとパストラーレが「風の魔力も一緒に通してみて」と言った。
この炎の花は通常、炎の魔力を注入する時、ほんのわずか水や風や土の魔力を一緒に込めると、炎の色が青や緑、そして黄色へと波のように変化し、とても幻想的な花となる。完成品は女性に人気でプレゼントにも最適だ。
なので、言われたとおりに風の魔力を込めてみたのだが。
「あら? 緑色にならないわ……」
おかしい。
今、確かに風の魔力を送り込んだはずなのに。
「今度は土の魔力を」
彼の言う通り、土の魔力を込めてみたが、今度も色は変わらず。
本来なら黄色に変わるはずだったのに。
「では、水の魔力を入れてみて」
言われるがまま、水の魔力を送ってみると。
「鮮やかな青になったわ!」
花全体のベースが炎の赤で花びらの先端だけが魔力の色に変わり、チラチラと波のようにさざめく通常の炎の花ではなく。
スミレの花そのもののように、綺麗な薄い青がそこにはあった。
花の中央にある雄しべや雌しべ、そして花びらの先端が濃い青となってチラチラ波のようにさざめき淡く光っている。
「なんて綺麗……」
ガラスケースを目の高さに持ち上げ、うっとりと見とれていると、パストラーレが苦笑を浮かべた。
「やっぱり気づいていなかったんだね」
「あ、ごめんなさい……」
「そうじゃないかと思っていたよ。その分だと前回交換したバラも、気づいていないでしょう?」
私は目を見開き、慌てて最後に残ったひとつのガラスケースを手に取り魔力を通した。
まずは通常の炎の魔力。
綺麗な赤だ。
その後、風、土、水、と次々に魔力を入れていくが、赤とオレンジのままで何の変化もない。
疑問に思ってもう一度炎の魔力を流し込むと。
「あっ」
「気が付いてくれた?」
炎の色が真っ赤だった。
普通なら、赤やオレンジが入り混じり、メラメラと炎が燃えているような色なのだが、このバラは魔力を通すと純粋な赤に変化した。
よく見るとスミレと同じように、花びらの先端がほんのわずか光り輝いている。
「こんなことができるのね……素晴らしいわ。とっても綺麗」
「だろう? ここ数ヶ月、これの研究ばかりしていたんだ。上司にはあきれられちゃったけど、魔道具開発部と共同研究していて、実用可能になったらフレイムタウンで売り出そうと思っているんだ。僕にとってお金は目的じゃないけど、儲けが見込めるものじゃないと研究を続けるのは難しいからね」
「そうなのね。でもこんなに綺麗なのだから、みんな欲しがると思うわ。『Flame Flower』は今でも大人気で混んでいるのに、ますます並んでしまうわね」
「まぁ、魔法庁が作ってお土産用に売り出すって方法もあるけどね。フレイムタウンに製法を教えてしまうより、そっちの方が儲かるかな。ま、実用化にはもう少しかかるから、後で考えれば良いことだ。つまり、僕が言いたいのは、この花は世界中にひとつしかないってこと。僕の愛を込めた、きみだけに捧げる花だ」
赤いバラの花言葉くらいなら、私だって知っている。
『あなたを愛しています』だ。
『Flame Flower』では皆、花弁が五枚くらいの単純な花から作り始めるが、慣れてきて思うとおりに魔力を調整できるようになると、次に挑戦するのがバラなのだ。言わば、バラは中級者の入り口だ。
パストラーレは五家に生まれたのだから、早い段階で中級者から上級者になっていて、今更バラを作るのに頑張らなくても良いはずなのにと、このバラをもらった時、そう言えば疑問に思ったのだった。
こんなところに答えがあったとは。
思い返せば、帰宅して妹のマドリガーレにこれをあげようとした時、驚いて固辞されたし、このバラは特に大切にするように、出窓の所にただ置いておくだけでなく、何度も触ってよく観察するように、と言われたのだった。
妹にはすぐに分かったのだろう。
これが、特別な製法で作られたものだということが。
そして、特別な意味を持たせてあるのだということが。
「何も気づかなくてごめんなさい……」
私がそうつぶやくと、パストラーレは私を腕の中にしっかりと、それでも優しく閉じ込めた。
彼の優しさに心が震える。
胸の響きが身体に伝わり、それを鎮めたくて、パストラーレにぎゅっとしがみついた。
「良いんだよ、アリア。僕の愛するアリア。僕だけのアリア……これは僕がきみに想いを伝えたかっただけで、言わば僕の自己満足だ。きみからのお返しをねだっている訳じゃないから」
お返し、と言われて気が付いた。
私が今まで作った炎の花は、なんだっただろうか。
花言葉など考えてみたこともなかった。
ただ単に、その時に作りたいと心の琴線に触れた物を、壁のサンプルから見つけ出しただけだった。毎回難易度を上げていき、今回はこんなに難しい物ができあがったなどと、完成品に満足していただけだった。
彼に比べて、私はなんて自分本位だったのだろう。
いつも、いつも、自分のことしか見えていない。
彼のことを考え、彼がどう思うか、どう感じるか、どうしたら喜ぶのか……思いやったことがあっただろうか。
「私の……作った花……」
パストラーレが「ん?」と優しい笑顔で聞いてくる。
それに私はためらいながら小さく謝罪をした。
「ごめんなさい……私、あなたと交換する花に意味を持たせたことなんてなかったわ。何の花を作ったのか、名前すら憶えていないの……前回ラベンダーを作ったという記憶しかなくて……」
「気にしなくて良いよ。きみの作った花は、どれもみんな美しくて素晴らしい。魔力調整の器用さが一級品だから、いつでもそばに置いて見ていたいくらいの芸術作品だもの。花言葉なんて気にしなくて良いんだ」
「でも……気になるわ。ねぇ、教えて。あなた、きっと調べているでしょう? 私の作った花と、その花言葉、覚えているのを教えてちょうだい」
私がそう言うと、彼は苦笑して頬をコリコリとひっかいた。
「参ったな……それなら言うけど……ラベンダーは『沈黙』だよ」
「そうなの。他には?」
「えっ、他のも言うの?」
「当然よ。あなたのことだから、毎回私の作った花の花言葉は調べていると思うわ。調べないあなたじゃないって知ってるもの。だから教えて?」
「はぁ……仕方ないな。他に作ったので今覚えているのは、アネモネが『恋の苦しみ』、オミナエシの『はかない恋』、ベゴニアの『片思い』、あとは……ミモザが『秘密の恋』……シクラメンの『嫉妬』……くらいかな」
伝えられた花言葉に頭痛を覚える。
なんだそれは、というようなものばかりではないか。
「べ、別に、選んでそれにした訳じゃないからね……?」
不安になってそう言うと、彼は笑顔で「大丈夫、分かってるよ」と言ってくれ、私の頭をすっぽりと閉じ込めるように抱きしめてくれた。
「大丈夫、分かってるよ。きみが最初に作ってくれた花はマーガレットだから。知ってる? マーガレットの花言葉は『真実の愛』というんだよ。他の花にはない素晴らしい花言葉と、きみが初めて作ってくれた作品という付加価値で、今でも僕の中では特別大事にしているんだ。きみは、あれは失敗作だ、と言うけれど、きみが真剣に作った物を僕が大切にしないなんて有り得ない。僕はきみが最初にマーガレットを作ってくれたから、気持ちを花に込めようと思いついたんだよ。いつでも僕のメッセージがきみの部屋に置いてある……そう考えるだけで、僕はとっても幸せなんだよ」
頭を包み込む腕が温かい。
撫でてくれる手が柔らかい。
優しくて、涙があふれる。
この男性に選んでもらえて良かった。
自分に自信なんかないけれど、彼はこんな私が良いと言ってくれている。
それが本当に嬉しい。
これからは、私も頑張りたい。
彼に相応しい女性でありたい。
彼が笑顔でいられるように努力したい。
色んな思いが心の中で渦巻いて飽和状態となり、涙が溢れて止まらなかった。
種明かしと書きたいことを色々詰め込んだら長くなりました。
花言葉は、花に対していくつもあるので私の好みで選ばせていただきました。
異世界の物語でもありますので「これ違うよ」というのもあるかも知れませんがご了承ください。
次回更新は6月6日(水)です。
次話でこの間章1は最終回になります。
最終話とエピローグの2話同時更新いたします。




