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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
間章1 薔薇とスミレとマーガレット
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13.婚約者は人畜無害の顔で笑う ~水魔法対決後~

 外に出ると、まだ彼は記録用の腕輪をしたままだったので、外して記録測定器に入れ込んだ。

 私は腕輪を外すと係員にそのまま返す。タイムアウトで失格となったからだ。


 五秒ほどで記録用紙が出て来始めるが、その前に、魔光掲示板にパストラーレの結果が表示された。

 どよめく周囲。


「あ! 年間一位だ!」

「わぁ、すごい記録だ!」

「すげえ、なんなの、あの数値!」


 私も掲示板をじっと見つめる。

 間違いない、パストラーレの名が表示されている。隣に記録が出た日付。今日だ。


 日間一位、週間一位、月間一位、年間一位、四行全てにパストラーレの名と記録、今日の日付が並んでいる。

 パストラーレは印刷された記録用紙を取り出し、私の隣へとやってきた。

 そして私をしっかりと抱きしめる。


 「キャー!」とか「わぁ」とか(はや)し立てて騒ぐ外野を気にもせず、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめた後、彼は幸せそうな顔で私に笑いかけた。胸がいっぱいになって彼の背に腕を回したところで、後ろから声がした。


「ああ、もう……本当に悔しい。ここまで敵わないとは思わなかったよ」


 もう色々あり過ぎて頭がいっぱいいっぱいの私だったが、声をかけられハッとして振り向くと、少し離れた場所で苦笑いのレッジェロが立っていた。

 途端に機嫌が急降下するパストラーレ。


「ああ、そう言えばいたんだっけ。まったく……空気が読めない奴だな。婚約者たちが愛情を交わすのを邪魔するなよ」


「きみ、大概(たいがい)失礼だよね」


「仕方ないか……そちらの記録用紙をみせてもらおう。そういう取り決めだったからな。僕の方はあれで納得してもらえただろう?」


 片手で私を抱きしめたまま、パストラーレは記録用紙を受け取るために、もう片方の手をレッジェロに差し出す。渡された用紙を受け取ると、チラリと見て鼻でフンと笑った。


「こんなものが実力であるはずがない……何をした?」


「それは、きみの婚約者殿に聞いてもらえば分かると思うよ?」


「私は……私が見たのは、レッジェロさんがパストラーレの通路に入って行ったというだけです。魔力を練り上げていたから、何かをしようとしていたのだろうとは思いますが、発動直前で私が声をかけたらやめてくれましたから」


 ふたりでじっとレッジェロを見つめていると、相手は両手を小さく広げてひょいと肩をすくめる。


「別に、パストラーレに危害を加えるつもりはなかったよ。ただ、まぁ、最後の直線に入る直前の角を曲がったすぐの場所に、氷でも薄く張っておこうかなって思っただけ。きみはカウントゼロぎりぎりまで地下で粘ってくるだろうから、その氷で滑ってたたらを踏んだらタイムアウトしてくれるんじゃないかなってさ。もちろん、運悪く転んで腰でも打ってくれたら万々歳という気持ちだったけど」


 聞かされた言葉に目も口もぽかんと開けたまま閉じることができない。

 なんてこと。

 勝負を言い出したのはそちらなのに。

 驚きすぎて声が出なかった。


「ふん。それでアリアに見とがめられて、すごすごと自分の迷路に戻ってから慌てて魚狩りを始めたのか。そのやり取りでずいぶん時間を食ったから、こんなに無様な結果となったわけだ」


 レッジェロの記録は、普段私が出しているよりも低い数値だった。

 私はこのアトラクションの二階の風景が大好きで、キラキラと波打つ光の空間に漂う魚を思わず眺めてしまうのだ。光る魚の(うろこ)が周囲の輝きを反射して、それは、それは美しいのだ。それを堪能しながら小走りで進んでいくので、私の記録は毎回決して高くはない。全速力で走り回る人達とは比べものにならないのだ。

 その私よりも、低い記録だなんて。


「そうだね。それに今回は驚くほど魚の出現率も悪かった。ぼくの道選びが悪かっただけかも知れないがね。まぁ、運に見放された回だったよ」


「人を罠に()めようとするからだろう。変な画策をするから天に見放されたんだ。悪いことはできない、という証拠だな」


 自嘲する言葉をつぶやいたレッジェロ相手に、パストラーレは容赦なく言い放った。傷に塩を塗り込む仕業(しわざ)だ。相手の心を完膚なきまでに叩き潰す所業は、第一家にはお得意中の得意らしい。

 それを聞いてレッジェロは「うわぁ……その台詞、第一家の者から聞くとほんと違和感……」と微妙な顔をする。そして、その後でにっこりと笑った。


「来週はフラワーパークだね。ここと違って暖かいから楽しみだよ。大丈夫、来週は正々堂々と戦うつもりだから。自分の得意分野で画策しても仕方ないしね。実力でパストラーレをドーンと引き離すつもりだから」


 そう言ってレッジェロは去って行った。「さむーい、こんな気温が低い日に、水魔法なんて使うもんじゃないねぇ」などとつぶやきながら。

 その背中がアクアパークの出口をくぐって出るのをぼんやり眺めた後、パストラーレが「僕らも帰ろう。身体が冷えてしまった」と言った。肩を片手で抱かれたまま園の外に出ると彼の車が迎えに来ていて、運転手が扉を開けてくれたので大人しく中に入った。


 暖房が効いた車内でパストラーレと寄り添い合い、ホッとため息をつく。

 体中の緊張が解けたみたいだ。


「今日のあなた、運があって本当に良かった」


 魚が短時間にたくさん出てくれること、それから釣り針と釣り糸のセットができるだけ出てきてくれること……それが高得点の条件だ。事前に彼から「幸運の女神に祈っておいてくれ」と頼まれたので、私は毎日一生懸命、天に彼の幸運を願っていたのだ。


 すると。


「ああ、それね」


 事も無げに彼が笑う。


「運を良くするために、あらかじめ動いておいたからね」


「ええっ!」


 驚いてパストラーレを凝視すると、かれはにっこりと笑いかけてきた。


「何もしないで運に頼るなんて、僕がする訳ないでしょう? 何をしたか知りたい? それは僕の部屋に着いてからね。きみの家で、きみのところの使用人に聞かせるわけにはいかないから。ということで、謎解きは到着まで少し待っててね」


 そう言うパストラーレの人好きする微笑みに、なんだか怖いものを感じてしまった。



** ** **




 パストラーレの部屋の居間で、出してもらった紅茶を飲む。

 熱が喉を通って身の内に沁み込んでくると、ようやく人心地が付いた。ソファの背もたれに寄りかかると、腰や背中の緊張も解ける。深い息が漏れた。


「さて、僕のお姫様がお待ちかねのようだから、謎解きをご披露いたしましょうか」


 笑いながらいつものように私の肩に片手を回し、身体をこちらに向けて彼はそう言う。


「ええ、聞きたいわ。でも、使用人達に聞かれてしまっても良いの?」


 私が心配してそう聞くと、彼は事も無げに笑った。


「もちろん。この家の者達は、第一家に勤めているんだよ。コン・エスプレッシオーネ家の秘密を知らない訳がないだろう。それにここは本家だし。しっかりと信用のおける者しかいない。しかも今回は彼らにも手を貸してもらっている。安心して良いよ」


「そ、そうなの……」


 周囲を見回すと、ワゴンテーブルの上のお菓子を準備してくれている者、それを補佐する者、壁際で控えている者達、皆、優しく微笑んでいた。


「納得できたなら説明を始めるよ」


「ええ」


 パストラーレに声をかけられ、私は彼の方へと体を向けた。


「今回、僕が事前に手を回したのは……」




** ** **




 今回、僕が事前に手を回したのはふたつ。


 ひとつは、アクアパークの運営部門に手を回し、今日の午前中のみ、僕の入る地下迷路で魚の出現率を上げ、全ての魚に釣り針と釣り糸をセットするようにさせた、ということ。


 もうひとつは、人を集めて『Water to fish』に並ぶ人数を調整し、僕があらかじめ入ることにしていた部屋に僕が当たるようにしていた、ということ。


 いいかい、詳しく説明するよ。

 まず、魚の出現率の方だけどね。


 『Water to fish』は、ひとつの部屋に、左の二階、左の地下、右の二階、右の地下、と四つの迷路があって、それが三セットで一回十二人スタートとなるよね。

 僕は入る部屋を三セット目の右の地下と決めた。十二枚並んだ扉の一番右端だね。


 一族に言って手を回し、その迷路だけを特別に、魚出現率を最大まで上げるよう、そして釣り針と釣り糸を必ず魚とセットで出すよう、アクアパークに手配したんだ。そして僕の入場予定の地下迷路の内部地図を受け取り、道順を暗記する。更にスタートから何秒後にどこから魚が出現し、どんどん増えていく順番を覚えた。これで効率の良い迷路探索ができる。そして数日前から営業時間終了後に、何度か練習させてもらったんだ。ぶっつけ本番なんてリスクは(おか)せないからね。


 次に人を集めて『Water to fish』に並ぶ人数調整をしたという件だけどね。


 これだけ下準備をしたのに、僕が三セット目の右地下迷路に入れなかったら何にもならないじゃない?

 だから一族に言って人を集め、僕らが『Water to fish』に着く少し前から待機し、前に並んでもらったんだ。僕らの前に並んだ三十三人、あれは全員第一家の者達だ。ここにいる彼らも協力してくれていたはずだよ。


 もちろんそれより前には一般客が並んでいる。直前になって列を離れたり、あるいは誰かが場所を取っていて待ち合わせしていた人が横入りしたり、そういったアクシデントがあって人数調整が上手くいかない場合もある。十歳になったばかりの子供なら、親と一緒にひとつの迷路に入るのか、それともひとりでチャレンジするのか、扉の前に並んでみないと分からないしね。

 だから、その人数を見極めるために周囲から監視する係も近くに配置させた。


 そして、あと二十分で施設内に入れる、扉の前に並べる、という時になって、僕が並ぶ場所が確定する。そこから先は、全てうちの者だからだ。一般の客とうちの手の者達が施設内に入ったところで、次の回に入るのが一族の者十二人、僕たちと一緒に入るのがあの男の前に九人、となるようにし、あぶれた者は列からそっと離れる。確実に僕が一番右の地階になれるように、ね。


 あとは、彼らが離れるタイミングを計って、レッジェロに話しかけ、後ろを振り返らせて手の者が列を離れる瞬間を見られないようにした、ってだけだよ。

 あの男はおしゃべり好きだからね。話しかければ嬉々として乗ってくるだろうと思っていたが、計算通りで笑ってしまったよ。


 一族の者が列を離れ、怪しまれないくらいじゅうぶん距離を取ったから会話をやめた。

 え、何も問題ないでしょう?


 それで僕は首尾よく目当ての扉の前に陣取れたってわけさ。


 そして……きみにあの男の監視を頼んだんだ。

 何もなければ良いけれど、何かあった時のために、保険を掛けるのは大事なことだよね。

 僕の通る通路、そして最後の直線で、あの男が何かしたら大変だし。

 そしたら案の定で、それこそ笑ってしまったよ。

 どこまでも想像通りだ。


 ここまでくれば、後は僕が真剣にプレイして結果を出すだけだ。

 下準備は万端、体調管理も万全、実力を発揮できるよう集中し、気を抜かず、万全を尽くした。

 結果はこの通り、年間一位まで記録総なめさ。

 まぁ、これだけお膳立てして、僕の実力なら当然だけどね。


 ……あ、そうそう。

 もうひとつ、仕組んだことがあった。


 列に並ぶ時に、あの男を先に並ばせて、僕らが後から行く。

 そうすることによって、あいつは三セット目の左の地下迷路にあたることになる。あいつは地下の方が苦手だという情報を得ていたから、当然の措置だね。

 そしてその地下通路だけは、魚の出現率を極端に下げてもらうよう手を回していたんだった。

 それでも釣り針と釣り糸は漏れなくセットで出すよう手配したから、多少違和感があるかも知れないという程度に抑えられるようにしておいたけどね。多分、今日の午前中、あの部屋に当たった人は全員「今日は運が悪かったな」で済んだと思うよ。怪しむ人はいないんじゃないかな。


 逆に、僕と同じ部屋に当たった人は凄くラッキーだったはずだよ。自己最高記録を出したんじゃないかな。まぁ、それでも僕と同じだけの数値を叩き出せる人物は、そうはいないだろうけどね。でも、ま、僕を抜いたならそれはそれで良いけど。あの男に僕の記録を見せつけてやったから、あとはもう、どうでも良いしね。




** ** **




 あっけに取られて開いた口が塞がらない。


 ここまで手を回していて何が「幸運の女神に祈っておいてくれ」だ。


 よくもまあ、恥ずかしげもなくレッジェロに対して「人を罠に()めようとするからだろう。変な画策をするから天に見放されたんだ。悪いことはできない、という証拠だな」などと言えたものだ。


 この、いかにも『僕、何も悪いことしてません』といった表情で優しく微笑む姿は、人畜無害の顔をしている。


「これは、騙されるわ……」


「そう? ありがとう」


 褒めていない、と思いつつため息をひとつ()く。


「それじゃあ、来週のフラワーパークでも、色々画策しているのね……?」


「まぁね……でも、そんなに今回ほどあくどいやり口ではないよ。真っ向勝負、するつもりだから」


 そう言う、にっこり笑顔がなんだか怪しい。


「真っ向勝負する、と言いながら『そんなにあくどいやり口ではない』って、やっぱり何かはするつもりなのね?」


「あれ? 分かっちゃった?」


「分かりますとも。それに、そのいかにもっていうような笑顔が怪し過ぎます」


「ああ、嬉しい! きみも第一家の嫁に相応しい資質を備えているんだね! 夫の笑顔ひとつでそこを見破れるようになってくれるなんて、理想的じゃないか! ……ああ、こんな関係になれるのが夢だったんだ。夢のまた夢だと思っていたけど、叶うなんて幸せ過ぎる……夢かな? 夢なら覚めないで欲しいな。覚めちゃったらもったいないから、覚めないうちにキスさせてくれない?」


 調子に乗って顔を寄せてくるパストラーレに、ぴし、とひとつデコピンをしておいた。

パストが何をしたのかしっかり書いたら長くなってしまいました……この男は、もう。(汗)

次話は土魔法対決です。


次回更新は6月1日(金)です。

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