12.婚約者は先を読む ~水魔法対決~
とうとう『Water to fish』での魔術対決の日です。
この章(間章1)の第1話の後書きで書きました、
「第1話の後書きにある施設説明を復習してきてください」
をここで記します。
『Water to fish』の概要を覚えていない人は読み返してきていただけると助かります。
「やあ、寒いねっ」
「そうだな。絶好のアクアパーク日和だ」
レッジェロの軽い挨拶にパストラーレが素っ気なく対応する。
今日はこの冬に入って一番の寒さだと天気予報で言っていた。そのせいで、この水の魔術を扱うアクアパークは人気が少ない。冬真っ盛りの今、魔力測定及び訓練施設利用目的でなく純粋に遊びに行きたい人は、炎の魔術を使うフレイムタウンか、花を咲かせ続けるために地面全体を温めているフラワーパークか、どちらかを選ぶだろう。間違ってもわざわざ濡れるかも知れないアトラクションで遊びたいとは思わないはずだ。
パストラーレの気のない返事に、レッジェロは肩をすくめてため息をひとつ吐き「じゃあ、行こうか」と言った。
パークの入り口をくぐると真っすぐに『Water to fish』へ向かう。
園内を歩く人はまばらだが、さすがにこのアトラクションだけは入場を待つ列ができていた。それでも夏の終わりに来た時のような二時間待ちなどではなく、一時間も待たずに施設内に入れそうであった。
しばらく無言で待ち続ける。
十分ほど経って一気に十二人が建物に入場し、列が前へ進む。このアトラクションは一回に付き十二人がプレイできるのだ。並んでいる人の数を見て、おおよそあと何回くらい待てば入れそうかを予想していた。
もう十分無言で立ち続ける。
周囲の人達は友人同士や恋人同士で来ているようなので、彼らから聞こえる会話をなんとなく耳から入れながら時間経過を待つ。
今日、私はここで並んでいる時にレッジェロと会話をすることをパストラーレから禁じられている。話して良いのはパストラーレだけ。それも彼から話しかけられたら答える、自分から話しかけるのはダメだと言い含められているのだ。
何が何やら分からないが、とにかくそれが作戦だというので黙って従っているのだ。
周囲の声を興味もなく聞いているうちに再び十分が経過し、十二人分列が前に進んだ。
きっと次の回か、その次の回で施設内に入場できるだろう。扉の前に案内されて初めて自分が二階になるのか、地階になるのか決まる。子供は親と一緒に同じ迷路に入ることもあるからだ。そして扉の前で更に十分待つと、ようやくスタートとなるのだ。
「いつもこのくらい空いていれば楽なんだけどなぁ」
レッジェロがポツリとこぼしてため息をつく。
「魔法庁が広く宣伝しているのだから混むのは仕方がない。国民の総魔力量を上げたり、魔術を使用する能力を上げたりするのが魔法庁の意図だ」
「……まぁ、そうなんだけどねぇ」
レッジェロの、思わず出てしまったらしい独り言のつぶやきに、珍しくパストラーレが返事をしたので、レッジェロは少しだけ目を見開いてパストラーレを見つめた。
「きみがぼくと会話してくれるなんて珍しいね」
パストラーレはレッジェロを無表情じっと見つめた後、ふん、と鼻で笑った。
「まぁ、前後で並んでいる時にずっと無言では申し訳ないかと、一応先輩に対して気を遣ってみせたのですが。お気に召さないようでしたら今すぐに会話をやめます」
木で鼻をくくったように答えるパストラーレに「やだねぇ」と肩をすくめるレッジェロ。
「やだねぇ、この男は。もう一切裏の顔を隠す気がないんだね。どうよ、アリアさん。こんな男が相手で良いの? 今からでもぼくに乗り換えた方が良くない?」
「うるさい、こっちを見るな、前を向け、アリアに話しかけるな」
「うわっ、本当に心が狭いっ。彼女だって高等部を卒業したら魔法庁へ就職するんだよ? 職場の男達全員、話しちゃダメって禁止するの? 仕事なんだよ、無理でしょう?」
「結婚済みの者や婚約者がいる者は許す。独身で相手がいない男はダメだ。もしアリアが断っても相手にしなくても寄ってくるようだったら、そんな虫けらは僕が制裁を入れるから大丈夫だ」
「えええ……なんだろう、この独占欲の塊……」
「大丈夫だ。コン・エスプレッシオーネ家の男達は大抵そういう性質だから、一族の男の婚約者や妻がいる職場環境はあらかじめ配慮されることになっている」
「うわぁ、なんなの、その制度! 第一家の権力を間違った方向で使ってるよね!」
「権力を押し付けている訳では無い。コン・エスプレッシオーネ家の男達が、嫉妬のあまり職場で問題を起こすたびに大騒ぎになったから、面倒だと考えた当時の魔法長官がそう取り決めただけだ」
「うわ……想像以上に面倒くさい。ますますこんな男と付き合わない方が良いと思うよ?」
レッジェロに顔を覗き込まれて、私はサッとパストラーレの背後に隠れた。
「うわ、傷つくぅ、その態度。ところでアリアさん、こうやって一緒に並んでいるけど、アリアさんはプレイするの?」
あきらめずに話しかけてくるレッジェロにどうしようかと目を泳がせていると、パストラーレが「見届け人だからな」と素っ気なく言った。
そしてそれ以降、レッジェロが何度話しかけてもパストラーレはそっぽを向いたまま返事をしない。私はと言えば、パストラーレの背中に隠れたまま非常に気まずい思いをしていた。
お願いだから私に話しかけないでください。
彼の独占欲は半端ないんです。
さっき私に話しかけたし、彼との付き合いをやめて自分に乗り換えるようになんて言ったせいで、彼の機嫌は最低まで落ちているはずです。
あなたご自身のせいだからあきらめてください。
お願いだから、パストラーレにちょっかいを出さないで!
パストラーレの後ろに隠れながら、彼の服の背中を握りしめてじりじりと耐えていると、そのうちにようやくあきらめたのか、レッジェロはパストラーレに話しかけるのをやめて前を向いた。
ホッとして再び彼の隣に並ぶ。
そうこうしているうちに、ようやく前の回が終わったようだ。
とうとうアトラクション内に入る。
彼と事前に話していたとおり、ふたり並んで中に入って、私が二階の扉へ向かい、パストラーレは地階の扉の前に進むことにする。
前の人からどんどんと扉の前に陣取っていき、首尾よく彼は一番右にある地階の扉の前をゲットできた。私は彼の左隣の扉。四つ並んだ扉の右からふたつ目。レッジェロは私の左側にいて、地階の扉に当たってしまった。一番左の二階の扉には知らない人が並んでいる。
「あーあ……運が良くない。ぼくはあまり地階が得意ではないんだよね……もちろん、二階だってパストラーレほど得点できる訳じゃないけどね。なにしろ、月間一位を取るほどなんだろう?」
「まぁ、そうですね」
「運にも左右されるこのアトラクションでそこまで得点を稼げるなんて、本当に実力者なんだね」
「はい」
相変わらず素っ気ないパストラーレ。
それを聞いて脱力したようにレッジェロは視線をそらした。
「やだやだ、謙遜すらしないよ、この男」
そして、そうこうするうちに前の回が終わるブザーが鳴り。
入場のカウントダウンが開始され、カウントゼロと共に一斉に十二枚の扉が開いた。
** ** **
入り口の扉が開いたと同時に、私達は中に飛び込む。
まずは一階。
明るい照明が照らす中、いつもと違い通路を本気で走って二階へ上がる階段を上る。
二階は光が乱反射し、目がくらみそうなほどキラキラ輝いている空間だ。例によって階段を上がる途中で瞳に視力調整魔術をかけ二階へたどり着くと、私は魚には見向きもせずに下へ降りる階段を探して走る。
得点をひとつも稼がずに階段を下りて一階へ行き、四つの通路が合流する場所まで行って、少しだけ手前で立ち止まった。
ここで時間いっぱいまで待機するのが私の役目だ。
事前に彼は言っていた。
「レッジェロが妨害してくるかもしれない。僕のゴール前の通路に何か細工をするかも知れないし、ゴールの扉前で何かしてきて僕のタイムアウトを狙うかも知れない。何があるか分からないから、きみにはレッジェロの見張りをして欲しいんだ」
私はギョッとして慌てて言った。
「まさか! 対決を言い出したのはあちらなのに、そんなことをするなんて考えられないわ!」
すると彼は、ふん、と鼻から息を出し「僕ならするね」と言った。私があっけに取られていると、彼は「しなければしないで良し。するようだったら、きみが止めてくれたら良い。いくらなんでもきみがじっと見つめる中で、相手も僕に対して妨害行為はしないだろうから」と言った。
そんな訳で、私はここでレッジェロの見張りだ。
パストラーレが無事ゴールするまで見届ける。
彼はタイムアウトぎりぎりまで中で粘るだろうから、私は当然失格となり、記録無効となるだろう。それでも私はただの見届け人なので問題ない。
そう思って自分の通路の中から、息を潜めてゴール前の一本道を見つめた。
最後の直線は、四つの通路が合流するので幅が広くなっている。白いだけの特徴のない無機質な道を、ただただ見続けていた。
すると。
私の通路の終わり部分の少し先を、レッジェロが左から右へ横切って行った。
ああ、残念だけど彼の予想が当たってしまったようだ。
私は静かに進み、右へ折れてパストラーレの通路へと入る。
すると、レッジェロが最後の曲がり角で魔術を使おうと手のひらの上で魔力を練りだしていた。
「何をしているんですか?」
私の声にギョッとするレッジェロ。
「……ああ、見つかっちゃったか」
苦笑をするレッジェロに、私は手のひらの上で既に練り上げた魔力を相手に向かって打ち出す姿勢を取る。
「待った! 怒らないで! やめて、こっちもやめるから! ほんのちょっと意地悪しようとしただけだよ、パストラーレに危害を加えるような魔法なんて使おうとしてないから!」
レッジェロが笑顔でゴールの方へゆっくりと歩いてくるので、私もそろそろと後退りする。そのまま相手と距離を取るように、私はゴール前の一直線の方へ後ろ向きのまま進んでいくと、レッジェロは貼り付いた笑顔のまま、自分の通路へ戻って行った。
彼が地階へ戻る階段がある通路を進み、曲がり角を曲がる直前、私は相手の背中に向けて声をかける。
「このまま、最後まで私はここで見張りをしていますから」
そう言うと、レッジェロは振り返ってひとつうなずき、そのまま角を曲がって行った。
私は大きく息を吐く。
――疲れた。
悪意がある人に対して魔力を練ったことなんて初めてだ。
すごく緊張した。
もっとも練っていたのは風の魔法で、相手の足元に当ててよろけさせるくらいの威力しか持たない魔力量であったが。運が悪くても尻もちをつくくらい。
胸がドキドキしたまま、パストラーレの通路へ戻る。
先ほどレッジェロがいた辺りまでの間に、何か異常がないか調べるためだ。
何もなかったことを確かめて、私は元の位置に戻り待機を続ける。
そのままどんどん時間が過ぎていって、終了一分前に知らない人が左から来てゴール前の直線通路へ進み、扉から出て行った。
そして残り三十秒を切ってから、急ぎ足のレッジェロがゴールする。
残り二十秒。
残り十秒。
タイムアウトまでのカウントダウンが始まった。
まだパストラーレは来ない。
残り八秒。
来た!
走る音がする。
残り五秒、四秒。
私はゴール前の直線をまばたきもせず見つめている。
まだ彼の姿は確認できない。
残り三秒。
見えた!
パストラーレがゴールに向かい全速力で走って行く。
残り二秒。
彼の背中に向かって、心の中で声援を送る。
残り一秒。
扉を開けた。
大きなブザー音が終了したことを知らせる。
私は力が抜けてしまって、思わずへたり込んで座ってしまった。
開いたままのゴールの扉から係員が「中の人、大丈夫ですか? 速やかに外に出ていただきたいのですが……」と声をかけてくる。
パストラーレが走ってきて私の腕を取り、立ち上がらせてくれる。晴れやかな笑みを私に向け、耳元で「良くやった、アリア」と言ってくれた。
日本の教育で「暴力はいけません」と言われて育つように、この世界では「攻撃手段として魔法を使ってはいけません」と教育されます。
特に貴族は魔力量が多いので、冗談でなく人死が出ますから……。
さて、次話はこの対決の結果です。
次回更新は5月30日(水)です。




