11.婚約者は色々な顔を見せる ~対戦準備~
翌日。
終業式だった。
明日からは冬休み。
あと十日足らずで月が変わり、そうなればすぐ王太子である第一王子の生誕祭があるため、その慌ただしさが街を覆っている。国を挙げてのお祭りとなるからだ。歩いている人も皆、忙しないながらもどこか浮かれている様子だ。
学校の帰りに私は魔法庁へ向かった。
昨日のうちにパストラーレがレッジェロに連絡を取り、魔法庁内の一室を借りて三人で話し合いする約束をしたのだ。レッジェロはしばらく黙って、それから了承してくれたと言う。恐らく私から、断りの返事がくることは予想しているだろう。
パストラーレは「どんな風に粘って説得して来るか分からない」と言っていたが、私の決心は変わらない。既にパストラーレを選んだのだから。
私が今回の件でできることはふたつ。
ひとつは、パストラーレを選んだことを両親に宣言し、事態収拾の助力をお願いすること。
もうひとつは、レッジェロにしっかり断りを入れること。
これが凄く大事だとパストラーレから言われ、ひとつ目は昨夜、両親にきちんと頭を下げてお願いした。あとはふたつ目だけだ。
並々ならぬ決意を持って、私は魔法庁に足を踏み入れた。
** ** **
「やっぱり。そうだと思っていましたよ」
私が誠意を込めて謝罪をすると、レッジェロはサラリとそう言った。
肩をすくめ、面白くなさそうにパストラーレを見て、それからひとつため息をついた。
「六年前になるけどね……ぼくが高等部卒業するまで半年という頃。祖父が歯ぎしりしながら帰ってきたんだ。『コン・エスプレッシオーネ家の三男坊にしてやられた!』ってね。そろそろぼくにも婚約者を選ばねばならないと一族は考えていた頃だった。しかし十五歳時魔力測定でおおよその才能は分かるとしても、魔術の応用を学び、習得しなければ本当に才能を発揮できるかどうかは分からない。持てる才能を活かせてこその能力だからね。より良い遺伝子を継ぐ者を一族に迎えるため、そろそろ年頃で才ある娘達の中から有力な候補に打診をし始めるか、と思っていた矢先。きみはたった十五歳の分際で、第三家の十一歳の長女をまんまと攫っていったのだ。こちらだって第二家だ、同じ準備期間があれば勝敗は拮抗すると思うが、完全に出遅れてしまっては勝負にならない。更に本家の十五歳が打って出ると事前情報を得た第一家の分家の若者や、第三家の者達が、こぞって青田買いを始めてしまい、祖父が気づいた時には第二家は完璧に取り残されてしまっていた。まったく……あの時に煮え湯を飲まされたというのに、今回もまるで歯が立たないなんて悔し過ぎるじゃないか。ぼくには、もう第五家の十一歳の少女か、一般学生出身の者しか残っていないから、その中から選ぶしかない。しかも一般卒の成人済みの女性は魔法庁に勤めてすぐに買い手がつく。婚約者がいないのは未成年の現役一般女子学生のみ、ときた。ぼくがきみを恨んだって仕方がないと思わないかい、パストラーレ?」
まるで表情筋が動かないパストラーレは、冷めた目でレッジェロを見返した。
「あなたの今の状況は同情に値するけど、こちらに譲るつもりはまったくない。しかも六年前のできごとはそちらの情報収集不足。こちらが責められる筋合いはない」
それを聞いて、レッジェロは「お」という顔で面白そうに見つめてきた。私の顔とパストラーレの顔を何度も見比べて「そうか」と言う。
「そうか。とうとう彼女に本性を晒したんだね。おめでとう、羊の皮を被った獣さん。アリアさんは、きみをまるごと受け入れてくれたのかい?」
嫌気が差した気分をそのまま打ち出したと言うに相応しい仏頂面でパストラーレが「おかげさまで」と返答する。
「なあんだ、つまらない。ちょっとくらい修羅場があったら良いなと思っていたんだけど。まぁ、これだけ長く一緒にいたんだから、今更本性のひとつやふたつ、知れたところで関係ないか。きみの性格が悪いのくらい、きっと長年の付き合いでバレていただろうしね。でもさぁ、内緒だけれど、実のところ『愛想をつかされちまえ』って思ってたんだよねぇ」
ここで本人に告げてしまったら内緒も何もないではないか。
私はあきれてしまったが、パストラーレは「どうも」と素っ気ない。
そんなパストラーレの様子を眺めて、レッジェロはスンと鼻をひとつ鳴らした。
「ねぇ、パストラーレ。きみ、なんか変わったよね。今までは、部署も違うし、そんなに親しくはないとは言え、職場の先輩であるぼくに対して、一応礼儀にかなった態度を取っていたよね。なのに今日のきみはなんなの?」
不満をこぼすレッジェロに、パストラーレは無言で答える。
相手をじっと見つめたまま、微動だにしない。
横で見ていて私はハラハラしてしまうが、どうしようもない。そのまま黙って見守っていると、あきらめたようにレッジェロが言葉を繋いだ。
「あーあ……本当につまらないよ。これでお終いにしたくないなぁ……そうだ、パストラーレ。ひとつ付き合ってくれないか。魔術勝負をしようよ」
「魔術勝負?」
「そう。ぼくがこんなに嫌な思いをしたのに、きみ達は雨降って地固まる、では、まるっきりぼくは割に合わない。少し埋め合わせをしてくれたまえ。そのくらい、してくれても良いだろう?」
パストラーレは無表情でしばらく視線を左右に動かした後「何をすれば良いんだ」と冷たく言った。
それに対して苦笑しながら首を傾げ、パストラーレと私の方を見てくるレッジェロ。
「そんなに邪険にしなくても良いと思わないかい? ねぇ、アリアさん?」
「用が無いようならこれで失礼する」
レッジェロが私に話しかけてきた途端、私の腕を取って席を立とうとするパストラーレ。
私は一緒に立ち上がるかどうか迷ってしまった。
「待った、ちょっと待ってよ。ったく……本当に心が狭いなぁ。これだから独占欲が強いコン・エスプレッシオーネ家は。ちょっと話しかけただけじゃない……はぁ……待ってよ。分かったから。話を進めよう」
本当に困ったような、あきれたような、疲れた表情で「座ってよ」と促し、レッジェロは提案をし始めた。
「魔術勝負をしたいと思う。そうだな、きみの得意な水魔術と、ぼくの得意な土魔術でいこう。でもそれだと勝負が見えているから、お互いに全力を尽くした結果、自分が不得意な方の魔術結果を相手に見せて、これならば、と相手を納得させることができたら良し、ということにしたい」
「具体的には?」
「水魔術の勝負では、アクアパークの『Water to fish』でそれぞれ前回の記録を上回ることが勝利条件。特に、ぼくはこれがあまり得意でなくて数値にバラツキが多いから、きみに納得させるだけの結果を出せたら良しとさせてくれ。それからもうひとつ。土魔術の方では、フラワーガーデンで『Pyramid of flowers』の勝負をしたい。これも、前回の記録紙をとっておいているだろうから、それを上回る結果を出せたら良しとしたい。ついでに前回の画像もあれば提出、だな」
「そちらの言い分は理解した。だがしかし、こちらにメリットがない以上、受ける筋合いはないな。そちらの横やりなど第一家の力で叩き潰せば良いだけだし」
そんなパストラーレの物言いに、レッジェロは慌てて言い募る。
「待ってよ、そちらにも益があれば良いんだね? それなら、きみがぼくを納得させるだけの力を見せてくれたら、祖父に頼んでそちらへ出している一切のちょっかいを止めてもらうよ。それから、ぼくがこれから選んでいく現役女子学生の中で、きみの一族の者が狙っている子がいたら、あらかじめ言っておいてくれたら該当する子はぼくの婚約者候補にはしない……これでどうだい?」
レッジェロが出してきた条件を、目をつぶって検討しているパストラーレ。
しばし沈黙した後、ゆっくりと目を開いて言った。
「『Water to fish』と『Pyramid of flowers』の記録判定用紙は保存してあるが、『Pyramid of flowers』の写真は撮っていない。判定用紙を見てもらえば分かると思うが、僕はそれほど土魔術が得意ではないので、実際に作った物を見て、良しとするか判定して欲しいのだが、それでも良いか?」
パストラーレがそう言うと、レッジェロはホッとしたように「それで良いよ」と受け入れた。
納得し合った男達の横で、私はひとり、まだ納得できないでいたので質問をする。
「つまり……勝敗を決めるのではなく、相手の力量を見極めたい、ということでしょうか?」
私が疑問に思ったことを聞くと、レッジェロは「つまり、そういうことだね」と笑った。
「黙ったまま引き下がるのは悔しいから、これだけ実力のある相手だからこそ身を引いたんだ、とぼくに思わせて欲しいということだ。裏での画策だけでなく、正面切って勝負して、第一家出身の者としての力を見せて欲しいんだ」
レッジェロの真剣な瞳に、パストラーレは無表情のまま「良いだろう」と答えた。
** ** **
対決の日程と詳細を決めた後、帰路につく。
作戦会議をすると言って、パストラーレは私の家に寄って行った。
「ああ、もう、疲れたぁ」
私の部屋の居間で長ソファの端に私を座らせた後、自分はゴロリと横になって、ちゃっかり膝枕を獲得した彼は、私の腰に両腕を巻きつけ、更に私の腹に頭をぐりぐりとこすりつけながら、思いっきり愚痴を言う。
「面倒くさいんだよ、ああいうの……本当にもう……」
「そうなの? 落ち着いたやり取りをしていたと思ったんだけど……」
私がそう言うと、彼は口をへの字にしてむくれた。
「無表情は、自分の内心を読ませないためのテクニックだよ。ぶっきら棒で冷たい言い方も、相手をひるませるのに役立つ。向かい合う相手に対して優位に立つために仕込まれた技さ。普段、あまりああいう対応をしないから、たまにすると疲れるんだよ……」
「そうなのね。では、あの姿が本来のあなた、という訳ではないということなのね?」
彼は少し考えて「うーん」と首を傾げる。
「うーん……一概にそうとも言えないけど、それが全てではないと言うか……うーん……多分、だけど。あまりに訓練され過ぎて、最初は被っていただけのはずの仮面が、自分の顔に貼り付いて本物になっちゃったって表現が一番正しいのかな。元の性格や遺伝子的に受け継いだ性質もあると思うけど、恐らく元々僕はあんなに冷徹な感じじゃないと思うんだ。それでも長い間あれを被っていたので、あれは既に僕の一部になってしまったんだね」
その、一部、という姿を私に見せたくなくてずっと隠していた、という訳か。
ならば、私に見せていた姿は。
「ねぇ……あなたが冗談や軽口を言うのは……それも仮面、なのかしら……?」
不安になって聞いてみる。
あれもこれも全てが仮面なのだとしたら、彼の本来の姿はどこにあるのだろうか。
ずっと見てきた彼は、私が彼だと信じていた姿は、全て偽物だったのだろうか。
だとしたら、私はパストラーレの何を知っていると言うのだろう。
これから彼の隣で寄り添って歩んでいかれるのだろうか。
信頼し合える夫婦となれるのだろうか。
「最初はそうだったね。でも今はもう、あれも僕の本当の姿さ。え、よく分からない? うーん、なんて言ったら良いのか……たとえばさ、一卵性の双生児でも、違う環境で育ったらまったく違う性格になるって聞いたことがあるでしょう? 人は生まれながらの性質がベースになって性格形成されると思うけど、それは環境によって様々に変化していくのだと思うんだ。僕にとってきみの隣で馬鹿なことを言い続けることは、最初は狙ってやっていたことだけど、今ではそれが当たり前になってしまって、心にも身体にも染みついていると思うんだよね。きみの笑顔が見たいという気持ちから始めたことだけど『アリアを笑顔にさせたい』という思いがあって、僕の隣にきみがいるという環境がある限り、この行動パターンは変わらないと思う。一生変わらないなら、もうそれは僕の性格ということで良いんじゃないかな?」
パストラーレはそう言って笑ったけれど。
そんな定義で良いのだろうか。
「それじゃあ、あなたが時折うっかりで何かの失敗をするのも、私を笑わせるためにわざと始めたことなのかしら?」
私がそう問うと、彼は「残念ながら、あれは元々の性質!」と清々しく破顔一笑で答えた。
** ** **
ひとしきり雑談をした後、彼はようやく私の膝からどいて起き上がり「それじゃあ、そろそろ作戦会議をするか」と言った。
「作戦会議って……別に、私には関係ないでしょう? 見守るだけ、見届けるだけよね?」
「いいや、違うね。きみにも色々動いてもらわないとならない。きみの力が必要だ。助けて欲しい」
「わ、分かったわ」
向き合い、真剣に頼んでくる彼に、戸惑いながら了承をした。
「それで、何をすれば良いの?」
「まずね……」
** ** **
慌ただしい月末を過ごし、月が明けた。
せっかくの冬休みなのに、パストラーレは作戦の事前準備のために奔走していて、ほとんど会えなかった。
魔術対決は今から三週間後。
魔法庁で対決を決めた日からは四週間後だ。
レッジェロの勤める部署は魔法庁の中の治安部なので、第一王子の生誕祭が行われる近辺は忙しいという。そのため、この日程を先方が出してきたのだ。
パストラーレはそれがありがたいと言って色々準備をしているらしい。
第一王子への挨拶もそこそこに彼は一族との集まりに出かけてしまって、その後の披露パーティにも一緒に参加してくれず、少々不満が残る第一王子の生誕祭となってしまったが、仕方がないと父から苦笑と共になだめられた。
その後も、二週に一度の遊園地へも行かず、彼の家に訪ねて行くこともない。私の家に彼が時折前触れもなくやって来て、彼曰く「エネルギー充填」をしていく。まったく何をそんなに準備することがあるのか、私にはちっとも分からないけれど。それでも彼はいつも疲れているようだ。仕事もあるのに大変だなと思う。私には何も手助けできないことが申し訳なかった。
そんな感じで日々を過ごして。
とうとう、第一回目の対戦する日がやって来た。
次話からいよいよ魔術対決です。
パストが何をするのかお楽しみに。
1話早い告知ですが、次話で『Water to fish』での魔術対決をしますので、この章(間章1)第1話の後書きで書きました、
「第1話の後書きにある施設説明を復習してきてください」
をここで記します。
『Water to fish』の概要を覚えていない人は読み返してきていただけると助かります。
次回更新は5月28日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




