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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
間章1 薔薇とスミレとマーガレット
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7.婚約者は幻想を見せる? ~放課後の訪問者~

 それから数日後。

 季節はもうすっかり冬となり、そろそろ冬休みに入ろうかという月末。

 学校が終わって帰ろうと校舎の玄関を出たところで、私はふいに声をかけられた。


「アリア・コン・センティメントさん」


 聞き覚えのある声にそちら向くと、第二家のレッジェロ・コン・アレグレッツァがいた。

 この間の王女の生誕祭で会ったが、今日はなんとなく疲れたような様子である。


「先日は失礼いたしました、レッジェロさん」


 実は、第二家とうちの第三家はそんなに交流がない。父親同士、母親同士がそれほど仲良くないからだろう。特に父親達は職場でのちょっとした意見の相違が時折あるらしく、幼馴染として過ごしたパストラーレとは違い、レッジェロとは年齢が八歳違いということもあって、小さい頃も今もそんなに親しく話した記憶はない。せいぜい国の催しや式典で顔を合わせて挨拶をする程度だ。

 その彼がなぜ、学校までやって来てわざわざ声をかけてきたのだろう。

 先日も何か私に話したげな様子が見えたのだが。


「アリアさん、突然で失礼ですがあなたと話をしたいのです。これから少しいかがでしょうか。今が難しければ、近いうちに時間を取ってもらう形でも良いのですが」


「あの……どういったお話でしょうか」


「少々相談したいことができてしまったのです。ぼくの話を聞いてからご両親やパストラーレに相談しても良いですし、あなただけで考えてくれても構いません。とにかく一度話を聞いて欲しいのです。どうでしょうか」


 少しだけ苦い顔で微笑む相手に、私は否と返すことができず。

 車溜まりで待つ運転手に(わび)て「少しだけ帰りが遅くなる」と家に連絡を入れるよう頼んだ後、彼と共に校内に戻ってティールームへと足を運んだのだった。




** ** **




 静かな音楽が流れる放課後のティールームには人気(ひとけ)が少なく、窓際で話せば奥にいる給仕係に話の内容を聞かれることもないだろう。

 ふたりの前に紅茶が置かれ、給仕係が去る。彼はカップに口をつけた後、大きくひとつため息をついた。


「実は……困った事態となっているんだ。あなたは、ぼくが第四家のイントラーダと婚約していることを知っている?」


 イントラーダは私よりもふたつ年上の十九歳。同じ学校で魔術を学んでいる先輩で、ハキハキした行動的な女性だ。

 そう言われて、先日の王女の生誕祭では会えなかったことを思い出す。レッジェロの婚約者として彼の隣にいるはずだったのに。


「はい、もちろん」


「そのイントラーダに……これは内密にして欲しいんだが……病が見つかってね、今度手術をすることになったんだ。もちろん難しい手術ではないし、命にかかわるような病気でもない。ただ……今後、子供が授かる確率がすごく少なくなるらしい」


「え……そう、なんですか……」


「ああ。そこで、それを聞きつけた元老院が、ぼくとの婚約を破棄しろと言い出した。彼らは、ぼくの遺伝子を優秀な腹で残したいらしい。実のところ……ぼくと彼女は元々そんなに相性が良くないと言うか、気が合わなくてね、彼女は同じ学年の男子学生にほのかな想いをいだいているのだ。それでも元老院で婚約を決められたからには、五家に生まれた者としての義務を果たさなければと彼女はあきらめていたが、子供が授からないのならば我慢してぼくのところへ嫁ぐ必要がない。彼女にとって、今回の病は渡りに船だったのだろう。喜んで婚約破棄の話を進めようとしてきている」


 なんと返答したものか迷っていると、彼は苦笑してため息をもうひとつ吐いた。


「そこで、一部の元老院の中で密かに持ち上がっているのが、あなたとパストラーレとの婚約を取り消して、ぼくとあなたを(めあ)わせられないか、という案らしい。五家の中の本家に近い血筋で残っている独身女性は、あなたの妹を除けば、あとは第五家の、先日十一歳になったばかりの少女が一番年長だ。もうすぐ二十五歳のぼくとでは、あまりに年が離れすぎている。そこで長老たちが考えたのが、十一歳の少女もパストラーレとなら十歳違いで、まあまあ許容範囲ではないか、ということだ」


 耳に入ったはずの言葉が、頭の中でうまく処理できない。


「あなたの妹のマドリガーレさんは、年回り的にはぼくにも許容範囲なのだけれど、元老院の中ではソラくんと一緒になることが内定されているらしく、もう次代の魔法長官はソラくん、その次はソラくんときみの妹さんとの子供になると、内々に決めているらしい」


 想像もしていなかった事実を次から次へとつきつけられて、私は思考が停止したまま言葉を発することができなかった。


「その様子では……お父君から、あなたは何も聞いていないようだね。元老院が決定事項として発表してしまえば、この事態は動かし難くなってしまう。その前に互いの両親世代が積極的に動く必要があるし、大前提としてぼくやあなた、あるいはパストラーレという当事者達の意思が重要で、それを親世代に熱心に説くことによって、親達も頑張って動いてくれるということに繋がるのだと思う。そこで、あなたに聞きたい。今回のこと、どう思う? パストラーレとの婚約を無効にして、ぼくと婚約しなおすことに抵抗はないかい? それとも、どうしても彼でなくては嫌かな?」




** ** **




 静かな音楽が流れ続ける店内で、私だけ時間が止まってしまったように動けない。

 無言のままふたりで見つめ合っているが、目が合っているのに相手の姿は私の網膜に映っていない気がする。


「アリアさん、息、してる?」


 目の前で手をひらひら振られてハッと気づく。

 息……止まっていたみたい。

 胸に手を当てて大きく息を吸い、呼吸を整えているとレッジェロが笑いだした。


「本当に、あなたは何も知らされていないのだね。今、我々の親世代ではこの話題で揉めに揉めている。パストラーレももちろん今回の件を知っていて、彼の父親と共に動き回り、その上、陰ではこっそり元老院にいる自分の祖父にも働きかけたりしているようだよ」


「そ、そうなのですか……」


 何も知らなかった。

 父も、同じ魔法庁に勤める母も、私に何も教えてくれなかった。


 ――もちろん、パストラーレも。


 なぜ誰も私に教えてくれなかったのだろう。


「あなたに心配をかけたくないからとか、あなたを守りたいからとかかも知れないけど、あなた自身の婚約話だ。当事者抜きでことを進めるわけにはいかないだろう。そう思ってぼくは今日、ここへ来たんだ。先日の王女殿下の生誕祭で声をかけてみたところ、あなたからは何も反応が返ってこなかったからね」


「ええ……そうね、そうよね……」


「今、突然こんな話を聞いて決断を迫られても、答えが出せるわけが無いことは分かっている。無理を強いているのは重々理解しているが、それを承知で問いたい。ぼくがあなたと会って話ができる機会は、そうはないからね。パストラーレとの婚約を破棄して、ぼくと新たに婚約を結び直すということを、どう考える? 今の正直な気持ちを聞かせて欲しい。」


「あ、あの、私……急に言われても、その、私……」


 うろたえきって、何を言って良いのか、何を考えるべきなのか、ちっとも分からない。

 選べば良いのだろうか。

 でも、何を判断基準に。


 誰か、誰か頼れないのか。

 いや、ここには頼れる人は誰もいない。

 何より、自分で答えを出さなければならないことではないか。


「レッジェロさん、私……」


「アリア!」


 顔を上げて、少しでも自分の心の内を語ってみようとした時、ティールームの入り口からパストラーレが飛び込んできた。

 一瞬、と言って良いほどに素早く彼が私のそばに来て、両手で私の頬を包み込み優しく話し出す。


「アリィ、寄り道するなんていけない子だね。ご家族が心配しているよ。さぁ、帰ろう?」


 ゆったりと微笑んで私の腕を取ると、スッと立ち上がらせる。

 つられるように席を立った私は「パスト、でも、あの、あのね」などと意味のない言葉しか口にすることができなくて。「大丈夫だよ、アリィ」と微笑むパストラーレになす術もなく付いていくしかできない。

 その時、彼の前にレッジェロが立ちはだかった。


「待つんだ、パストラーレ」


 とっさに彼の後ろにかばわれ、私はレッジェロから隠された。


「どいてくれませんかね、レッジェロさん?」


 彼の背中から伝わる緊張感とは裏腹に、パストラーレの口調は少々芝居がかっている。

 こっそり背後から覗くと、レッジェロが虚をつかれたような顔をしていた。


「きみはいつもそんな感じなのかい? それが彼女に見せるきみの姿? ……はっ、笑ってしまうよ、おかしいね。そんな感じで今まで過ごして来て、これからも上手くいくと思ってる?」


 せせら笑うレッジェロに、パストラーレは相手をぐいと押して横に除けさせ、足早にティールームを後にする。私も彼に腕を引かれ、そのまま小走りで。


「彼女に幻想ばかり見せているんじゃないよ、羊のようなパストラーレ。きみだって本当は分かっているだろう? 彼女にしっかり向き合わないと、ぼくが横から(さら)うからね」


 後ろから追ってきた言葉から逃げるように、パストラーレは私を連れて廊下を走り、昇降口を飛び出したのだ。

なんだか急な展開です。

アリィと一緒に混乱してくださっていると、作者が喜びます。(笑)


次回更新は5月18日(金)です。

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