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ソラと異国と綺麗な魔法  作者: みんみん
間章1 薔薇とスミレとマーガレット
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6.婚約者は素っ気ない ~第一王女の生誕祭~

 あまり気の進まない日がやって来てしまった。


「嫌だわ、アリアったら。さっきからため息ばかり。気をつけてね、パストに暗い顔なんて見せたくないでしょう?」


 母に言われて気づく。

 そうか、私はため息を何度もついていたのか、と。


「そうね……気をつけるわ」


 頑張って微笑むと、隣でマドリガーレが不満をこぼした。


「でも行きたくないのは仕方ないわよね。ブリランテ様の生誕祭に行くのは別に構わないし、お祝いしたい気持ちもじゅうぶんにあるのだけど、あのご老人方ともご挨拶を交わさないとならないと思うと、気が進まないのは分かるわぁ」


 口を尖らせて文句を言う妹に、苦笑しながらも同意する。


「そうね……あなたは特にそうでしょうね。嫌なことも言われると思うわ」


「そうでしょう? やっぱりそう思うわよね。私もそうだろうと思っていたわ……なんとかして、王女様にお祝いの言葉を述べたらさっさと帰れないかしら?」


 ぶつぶつ言い始めた妹に、母は苦笑してなだめた。


「それは叶わないことだと分かっているでしょう? マーレ、あなたは今日、お父さまとわたくしのふたり、必ずどちらかと一緒にいるようにしてね。独りになったらご老人方に囲まれて餌食にされてしまうわよ」


 なだめている割には怖いことを言う母。

 横で聞いていた父も「うんうん」と重々しくうなずいている。


「アリアはパストラーレと必ず一緒にいるように。マドリガーレは私達から決して離れないように。ふたりとも、これを絶対に忘れず、決してひとりになるような馬鹿な真似はしないでくれよ」


 両親から散々脅されて、私も妹も返事をする声が小さくなる。

 母が不安そうな顔で見守る中、その空気が分からないスピリトーゾが楽しげに話しだした。


「お母さまもお姉さま達も、とっても素敵なドレスだね! 綺麗にお化粧もして、みんなお姫様みたーい!」


 明るい笑顔のスピリトーゾにつられ、少しだけ気持ちを立て直した。


「そうね。今日はみんな、綺麗に着飾る日なのよ。第一王女様の生誕祭なの」


「へぇ、良いなぁ。みんなダンスを踊って、美味しい物をいっぱい食べるんでしょう? ぼくもドレミと踊りたいし、美味しい物たーくさん食べたいなぁ。良いな、みんな。ぼくだけお留守番でつまんない。ぼくも行きたいー」


 スピリトーゾはまだ七歳なので城のパーティには呼ばれない。

 私から見れば行かなくて良い弟の方が(うらや)ましいのだが、彼は一緒に行きたいようだ。

 でも行ってみたら分かるが、いくら豪華なメニューが並んでいても料理なんか食べている暇はないし、常に気を張っていないといつ嫌な思いをするか分からないので、油断して顔に出さないように笑顔を保たなければいけないし、気まずい人との会話では場を持たせるために、つい飲み物ばかり口にしてしまって、お腹がちゃぷちゃぷになってしまうし、ドレスが邪魔でお化粧室に行くのは大変だし、パーティとは気ばかり疲れてしまうものなのだ。


 思わずもう一度ため息をつくと、パストラーレが到着したと知らせがあった。

 玄関ホールに彼がいて、私を見るといつも通り大げさに両手を広げ「なんて美しいんだ、僕の婚約者は!」と言った。そのまま「ドレスも素晴らしいし、髪型も似合う! その髪飾りとネックレスは……」と賛美が始まってしまったので「もう、挨拶くらいさせてよ」と笑った。


 「それもそうだ」と言葉を止めてくれたので、改めて私や家族は彼と挨拶を交わせたのだった。


「それでは、お嬢さんをお預かりします」


 両親の前で礼をすると、パストラーレはエスコートの形で私に腕を差し出した。

 そっと手を添え彼の誘導に合わせて歩き出すと、後ろから声がかかった。


「頼んだよ、パストラーレ」


 いつもと少し調子が違う真面目な父の声に、ハッとして振り向く。

 すると心配そうな父の顔がそこにあった。


「ええ。大丈夫です」


 答える声にパストラーレを振り仰いだが。

 彼は私と反対向きに振り返って父に対応していたため、彼がどんな表情をしているか確認することはできなかった。




** ** **




 王宮の大広間では、全ての招待客が入場し王族の登場を待っている状態であった。

 私達が名を呼ばれて入場した後に数組入場をし、第五家から順番に当主が呼ばれて私の両親も扉をくぐった。招待客入場の最後はパストラーレの両親だ。第一家の当主夫妻はさすがに貫禄(かんろく)があり、見事な衣装と華やかな装飾品に他の招待客達も思わずため息をこぼしていた。


 パストラーレの両親が会場の奥までたどり着くと、少々さざめいていた人々がシンと押し黙った。


 いよいよ王族方の登場だ。

 階段上の奥の扉に皆が注目する。


 豪華な扉が開かれ、名を呼ばれるごとに麗しい方々が優雅に降りて来た。にこやかな笑みをたたえて壇上の定位置に着席していく。

 本日呼び上げられた最後の名は、今日の主役であるブリランテ第一王女であった。

 光を浴びてゆったりと降りて来る姿は、十五歳とは思えない優雅さで、微笑みを(たた)えた表情には高貴さがにじみ出ている。


 壇上まで降りてきた第一王女の手を取り、王が開会の宣言をする。

 第一王女の生誕を祝い、平和と国の発展と幸福を祈り、生誕祭が始まったのだった。




** ** **




 祝賀を述べる列に並びドキドキしながら順番を待ち続けていたが、とうとう私達の番になった。

 案内人に名を呼ばれ、パストラーレと共に王女の前で頭を下げる。


大儀(たいぎ)である」


 微笑みながらそう応える王女に、これで本当に十五歳なのかと驚く。

 私より年上と言われても納得できそうなほどの堂々とした(たたず)まいだ。


 私とて第三家に生まれたからには、幼い頃から立ち居振る舞いを仕込まれてきている。けれどもこの気品はさすが王族としか言えまい。そこに在るだけで圧倒される存在感がひしひしと感じられた。


(われ)も春から高等部に通うこととなった。これまでは城でひとり学ぶのみであったが、春からは皆と共に学び、競い合っていくこととなる。学校生活は初めてゆえ、不慣れで戸惑うことも多かろう。アリア、そなた、先輩として吾を助けてたもれ。よろしく頼んだぞよ」


「恐れ多きお言葉でございます。ブリランテ様を誠心誠意お支えさせていただきます」


 少々声が震えてしまった。

 年下の相手に向かっている気がまるでしない。

 自然に頭が下がり、敬意を払った。


「わたくしも王女殿下に誠心誠意お仕えさせていただきます。アリアが王女殿下をお支えするならば、それを陰で支えるのがわたくしの役目。アリアを通して殿下にお仕えする所存です。また魔法庁魔力研究部門にてしっかりと務めを果たし、コントラルト国の益々の発展に尽力したいと存じます。本日は誠におめでとうございます」


 パストラーレの言葉の後、共に礼をする。

 それに対しブリランテ王女から「大儀であった」と声がかかり、ふたりでもう一度礼をして座を下がった。




** ** **




「緊張したわ……」


「僕もだよ」


 ゆっくりと壇のあった場所から離れ、気を抜くために受け取った飲み物をひと口飲んだ後、ようやく人心地がついて、思わず口をついて言葉が出た。

 それにパストラーレも息を吐きながら答えてくれた。


「去年は怪我をして欠席だったし、一昨年はまだあなたが成人ではなかったからお父さま達と一緒に参加したので、後ろで頭を下げていれば良いだけだったし……初めての経験で、緊張しちゃったわ」


「そうだったね。ああ、あそこにきみのご家族がいるよ。あちらに行こうか」


 彼の指し示した方向を見ると、王女に祝辞を述べた者達が誘導される歓談場所で両親と妹が誰かと話している様子が見えた。

 パストラーレの言う通りそちらに向かおうとして、ふいに目の前に現れた人物に驚く。


「やあ、パストラーレ。久しぶりだね」


 相手は、第二家の長男であるレッジェロ・コン・アレグレッツァであった。

 隣にいるはずの第四家のイントラーダが見当たらない。彼女はレッジェロの婚約者であるのだが、席を外しているのだろうか。


「久しぶり……ではない気がしますよ。魔法庁で時折顔を合わせていますからね」


 素っ気なく返すパストラーレに驚く。心なしか、私が添えている彼の腕が固くなっている気がする。

 驚いて彼の顔を見上げたが、特にいつもと変りない微笑みを浮かべていた。


「そうか。ではアリア嬢、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「用件は何でしょうか」


 私が返事をする前に、パストラーレが答えた。

 そんなに仲が悪い関係だったかと内心首をひねる。


「まぁまぁ、そんなに嫌わないでくれよ。互いに五家として国を支えていく身だ。少しくらい交流を持ったとしても悪いことではないと思うよ」


 軽く言葉を返し、私の方へ首を少し傾げて微笑んでくる相手に対し、パストラーレはどこまでも素っ気ない。


「特に用事がないようですから、僕達はこれで失礼します。では」


 そう言って少しばかり強引に、私の手を取りその場を離れる。

 私は彼の態度に疑問を持ちながらも、なす術もないと大人しく連れ去られた。

 途中、ちらと振り向いて様子を(うかが)うと、レッジェロはまだこちらをじっと見ていた。

 その貼り付いたような笑顔に、なぜか不安を覚えた。




** ** **




 パストラーレから誘導されるままに早足で家族の元に向かうと、あちらでは彼の両親が声をかけてきたらしく、それまで話していた者が立ち去っていくところであった。


 よく見えなくて確かではないけれど……第四家出身の元老院の方ではなかったかしら。


 人ごみに紛れてしまい、確かめることはできなかった。


 そのまま彼と共に両親たちのところへ足を運ぶ。

 私達に気づいた妹が、母に声をかけてこちらに注意を向けてくれた。


「やあ、パスト。首尾よく王女殿下への祝辞は述べられたかな?」


 彼の父親の言葉に「それはもう。完璧ですね」と彼は笑う。

 「おやおや」と笑う彼の両親に、彼は「それにしても」と話し始めた。


「それにしても、第一王女殿下は誠にご成長されましたね。存在感が半端ない。圧倒されてしまいましたよ」


 彼の両親もそれにうなずく。


「そうだな。恐らく外国へ嫁がれると噂されているが、あれでは生半可な王族では相手にならぬぞ。十歳くらい年上の、しかも王位に近い場所にいる男子でなければ、相手が(かす)んでしまいそうだ」


「本当にそうですわね……昨年と比べても、ますますご利発になられて。昼に行われた魔力測定でも素晴らしい結果を出されたと聞き及んでいます」


 この場にいる誰もが『王子に生まれなかったのが残念だ』と心の中で思っているが、もちろん誰もそれを口にしたりしない。

 この国の王位継承は王子の中で一番魔法的に優れている者と決められている。

 第一王女の上に兄である第一王子がいて、王女より少しだけ魔力が少ないと言われている。しかしそれでも十分なほどには優れていた。


 しかもその第一王子は人柄が良く、人好きする笑顔で民を魅了し、国民の支持率は高い。第一王女の二歳年長で、このまま長じて王位を継がれたとしてもどこからも文句はつかないはずだ。だが第一王女は外国に嫁すと以前から言われている。それを誰もが惜しいと思っているのだ。王子であったなら成人後も、王位継承権を残した公爵としてこの国に残れるのに。


「それはそうと、マドリガーレにはどなたか話しかけて来られたのかしら?」


 パストラーレの母親からそう問われて、妹は「いいえ、まだ誰も」と微笑んで答えた。

 それに対し彼の両親はにっこり笑って返す。


「そうか。間に合って良かった。老害共がやってくるのはこれからだな。アル、手を貸そう」


「ありがたい。助かるよ、セリオ」


 父の名を呼んで、パストラーレの父親は助力を申し出てくれた。

 互いに愛称で呼び合う父親達は、普段から互いを親友と称している。


 恐らくこの会が終わるまでの間、元老院の面々が父の所へやって来て、ソラの成長具合の探りを入れたり、妹に声をかけてソラとの婚約をほのめかしてみたりするのだろう。

 私達の家は五家なので、他の家に挨拶に回ったりはしない。ここで待っていれば、交流したい者は勝手にやってくるだろう。それに対応をしながら、面倒な相手にはそこそこなところで追い払う助けをしようと、パストラーレの父親は申し出てくれたのだ。


 本当に助かった。

 これで今回も妹は守られるだろう。


 ホッとして妹と視線を合わせると、互いにふふっと笑い合った。妹は朝からずっと青い顔色をしていたが、ようやく少しだけ安堵(あんど)したのだろう。


「良かったわね、マーレ」


「ええ、本当に」


 姉妹で手を取り合っていると、父がパストラーレにこっそり話しかけていた。


「そちらはどうだった? ここから様子を見ていたが……」


「何でもありませんでしたよ。大丈夫です」


「そうか、良かった」


 私にはなんだかよく分からなかったが、ふたりの話は彼の父親にも理解できているようだった。

 振り向くと、母達はふたりで仲良くおしゃべりをしている。


 私と妹は、頭上に疑問符を浮かべたまま視線を合わせ、首を傾げてちょっと肩をすくめた。

 大人の話はよく分からない。


 それでも、ブリランテ王女に祝辞を述べた後、こちらにも挨拶をしに来る人々がやってき始めたので、緊張をしつつ、微笑みを浮かべながら対応するのに追われ、疑問に思ったことやそれまでの出来事などは、流されていってしまったのだった。

王族の登場です。

王様と第一王子と第一王女がいる、ということだけ頭の隅にでも置いておいてください。

それから第二家のレッジェロ・コン・アレグレッツァ。

この辺り、おさえておいていただけたら嬉しいです。


次回更新は5月16日(水)です。

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