5.婚約者はどこかうっかり ~フラワーガーデン~
「ありがとう、アリア。母上に、きみとの時間をずいぶん取られてしまったと悔しかったのだけど……きみを堪能できて良かったよ」
「まぁ、パストったら」
堪能するって、私をなんだと思っているのかしら。
パストラーレは本当に冗談が好きな人よね。
私はおかしくなって笑いだした。
ふと見ると、ローテーブルの中央に、先日私がフレイムタウンで作った、ラベンダーのガラスケースが置いてあった。何気なくそれを手に取り眺めてみる。
「ここに飾ってくれているのね」
「うん。最新作はいつもここ。八週間経つと新しいのがもらえるから、そうしたら新作をここに置いて、ここにあったのは保管場所に移すんだ。こっちだよ、来て」
パストラーレは私の手を取り、立ち上がらせてひとつ奥の扉まで連れて行く。
扉の奥は書斎で、正面の窓の脇に置かれた、どっしりとした机の上に、炎の花のガラスケースがいくつか載っている。
「来て、こっちにもあるよ」
もうひとつ別の扉をくぐると、そこは寝室だった。柔らかな光が入る落ち着いた空間の中で、壁際にベッドが置かれている。脇にはベッドサイドテーブルワゴンがあり、その上にもガラスケースが数個載せられていた。
「いつでも目に入るように置いておきたくてね」
そう言ってパストラーレはサイドテーブルの上のひとつを手に取る。
「それは、初めて作った物ね」
マーガレットの花だ。
初めて作るにもかかわらず、花弁五枚では物足りない気がして、二十枚もあるその花に挑戦したのだった。結果は微妙な感じ。ものすごく下手というわけでもなく、それでも上手にできたとはとても言えない、苦笑したくなるような作品だった。
「嫌だわ、そんな下手な物。もう捨てちゃってよ」
私が笑ってそう言いうと、彼は目を見開いて「とんでもない」と言った。
「とんでもない。これを捨てろだなんて、恐ろしいことを言わないでくれ。本当に……これをもらった時は、本当に嬉しかったんだ。一生大切にしようと決心したんだから」
「まぁ、大げさね」
「大げさじゃないよ。初めてフレイムタウンに行ってから三年。二ヶ月ごとに炎の花は増えていくけど、今でもこの初めてもらった花が、一番大切だし思い入れがある。特別なんだよ、この花だけは」
そう言って、パストラーレは裏のボタンに魔力を通した。
虹色に変化しながら花びらがチラチラとさざめく。
彼はそれを見つめながら優しい微笑みを浮かべていた。
私にとって、このマーガレットの花は失敗作に近い作品だ。自分が魔法的にも、それから実際の手先も器用なことを自覚しているので、この程度の作品を大事にされて何度もじっくり見られることに、少しだけ抵抗がある。
新しい作品の方が比べられないほど上手にできているのに。
毎回見本どおりではなく工夫して、この世にひとつだけの私らしい作品に仕上げているのに。
それほど頑張って作り上げている物よりも、こんな拙い花の方が良いだなんて……と私は少しだけ気分を損ねた。
「そうなの? それなら今度から作っても交換はしないことにするわ。せっかく作っても大事にしてくれないのなら、私が自分で愛でた方が良いものね」
私の言葉にぎょっとした彼は慌て、一瞬で私の前までやって来て、手を取りぎゅっと握り込んだ。
「ちょ、ま、待って、ち、違うから! 新しいのを大事にしてないなんて言ってない! いや、ものすっごく大切にしてるから! 毎回新作をもらえるの、とっても楽しみにしてるから! だからこれからもきみの花をちょうだい、いや、ぜひとも交換してください! お願いします!」
必死な様子の彼に、また思わず笑ってしまった。
今日の彼は、なんだか可愛い。
ふふふと笑うと彼が口をへの字にしてつぶやいた。
「……今日のきみは、なんだか意地悪だ」
私はもう一度、ふふふ、と笑った。
** ** **
さて、今日はフラワーガーデンに来ている。
ここは土の魔術を研鑽する遊園地だ。
そして今、私とパストラーレは二時間並んで『Pyramid of flowers』の扉の前にいる。
このアトラクションはその名の通り、土魔術でピラミッドを作り、そこに花を咲かせていく、というものだ。ひとりで挑戦もできるがふたりで対戦もすることができるので、私たちはいつも対戦型にしている。と言っても、同じ部屋でひとりひとつずつピラミッドを作っているというだけだが。
パストラーレは土の魔術成形は早いのだが、どうしても端が欠けたりいびつな形になったりと、綺麗な立方形に仕上げるのが少し難しいようだ。だが時間をかけたからといって美しくできあがる訳でもないので、それが悩みどころらしい。魔法の器用さが少し足りない彼の課題はここでも出ている。
けれどもピラミッド型に積み上げた土に埋め込んだ花の種に水魔術で必要な水分を与え、種の成長を促進させて咲かせるのはさすが水魔法使いの第一人者だと言える。水分が足りなければ発芽も成長もしないし、多すぎてもピラミッドが崩れて下に土が流れ落ちてしまう。すると下段に咲かせた花も一緒に流されてしまうのだが、彼にはその調節は危なげが無い。
綺麗な立方形の土を魔術で作成、その中央に花の種を植えつけて、それをどんどん積み上げてピラミッドを作る。制限時間二十五分の間にできるだけ高く積み上げるのがひとつ目の目標だ。
そしてふたつ目が綺麗に花を咲かせること。
花を咲かせるやり方は二パターンあって、立方形の土を自分の力量に合わせた高さまで積んでから、全体に水分を与えて全ての種を発芽させ、花を一気に咲かせるやり方がひとつ。これは花の成長具合や茎が延びる方向を一定にすることが難しくなくできるので、成功すればとても美しい仕上がりになる。ただしこのパターンの失敗例としては、土台を大きく作り過ぎたせいで時間内に頂上まで土を積み上げられなくなったり、花を咲かせるところまでたどり着かなかったりということがある。
もう一パターンは、土台の土を四つ作り、中央にひとつ載せた後、すぐに花を咲かせてしまうやり方だ。この場合、先に二面の花を咲かせられるので、様子を見つつ土台から縦(というか、斜め)に一列ずつ増やしていかれる。高さに満足した時点で残りの二面の花を咲かせれば良いので、慣れないうちはこのやり方の方が完成させるのは簡単だという。
私達はここに通い始めて三年だし、八週間に一度は挑戦しているので、前者のパターンでやっている。私は現在、時間内に九段まで積み上げて花を綺麗に咲かせることができるのだが、十段目となると、上部四~五段の土が積み終わらないか、花をあきらめることになる。
パストラーレと違って魔力錬成のスピードに課題がある私は、魔術発動時間を早める努力をしている最中なのだ。
魔術発動時間を早めると綺麗な立方形の土の塊ができないか、というとそういう訳でもないので、丁寧さの方で手を抜いて早く作れば良い、というのは実際の手で作る工作と違って無理なのだ。手のひらの上で魔力を練る時間を純粋に短くするよう集中する練習を常々しているので、ここに来るたびに積める土が少しずつ多くなってきてはいる。
日々の練習の成果が目に見える形で表れて、しかもそれが美しかったりわくわくしたり数値としてはっきり見えたりするこのシステムは、本当に良くできている。魔法庁のアイデアは素晴らしいと何度でも感心する。
オタクのパストラーレでなくても、通いたくなる気持ちは理解できた。
扉が開いて中に入ると、入り口付近にある棚に荷物を置く。
部屋の左右に四角いマス目が並んでいるので、その一方の前に立った。
パストラーレが「用意は良い? それじゃ、始めるよ」と言い、スタートボタンを押すと同時に制限時間が一秒ずつ減っていき、私たちはそれぞれピラミッドを作り始めた。
種をふたつ、脇にある器から取り出し、両の手のひらの上で土の魔力を練り上げて中央に種を入れ込む。次に床に描かれているマス目と同じ大きさに成形し、手のひらを差し出してふわりと飛ばすと角のマス目の上に着地させた。角の土は二方向に発芽させないとならないので、角に置く土を作る時だけは種をふたつ入れ込むのだ。それと同じように、中央の尖頭部分は四方と上に発芽させるので、五つも種を埋め込まなければならず、発芽させる方向を調整するのがとても難しい。
集中してどんどん土を作って床に並べていき、十列×十列の底辺ができたので、続いて上方に積み上げていく。
わき目も振らず作っていたので「終了まであと三分です」のアナウンスが流れて驚いた。
やっぱり今日も間に合わない。
……いいえ、それでも最後まで頑張って作る。
残り時間一分で一番上の一個まで積み上げ、間髪入れず手のひらの上で水魔力を練って一気にピラミッドに水を与えた。
土魔術で全ての種に発芽と成長を促すと、立方形の土塊の中から一斉に芽が伸びて来て葉が茂り、蕾がついた。そのまま魔力を叩きつけるように魔術を使い続けると、ぶわっと全ての花が瞬く間に開いて――――。
「終了です」のアナウンスと共に、手の上の魔力がフッと消滅した。
時間制限内しか魔力を使えないよう、この部屋は作られているのだ。
こめかみを汗が流れる。
肩で息をしていると、隣から感嘆の声が聞こえた。
「すごいじゃないか、アリィ! 十段、完成したんだね! おめでとう!」
見ると、破顔一笑。
パストラーレが両手を広げて祝福してくれていた。
「本当……初めて、十段できたのね。自分でも驚いているわ」
「日頃の練習の成果が出たんだね。しかも、茎の伸びる方向、高さ、花の咲く向き、葉の茂り具合、全てが揃っていて隙間が無い。土面がこんなに見えないピラミッドなんて、きみくらいしかできないんじゃないかな」
彼の惜しみない称賛に、私はようやくじわじわと喜びが湧いてきて、胸の中が弾むような気がしてきた。
「ありがとう、本当に嬉しいわ!」
パストラーレが記念写真を撮ってくれたので、私もお返しに彼と彼のピラミッドを撮ると言ったら、彼は苦笑を浮かべて断ってきた。
「あら、どうして? 遠慮しないで」
「いや、遠慮じゃなくて……見てくれよ、いくつか、角の土に種をふたつ入れ込むのを忘れてしまったんだよ。所々禿げた花の山なんて、美しくないだろう?」
頭を掻き掻き、笑い続けるパストラーレ。
この、常にどこかうっかりしている彼を見ているのは楽しい。
一生、この彼のそばでうっかりを見続けることになるのだなと、少しだけ嬉しくなった。
私も笑ってひとつ息を吐くと、退出時間が来たので荷物を持って出口をくぐった。
アクアパーク、フレイムタウン、ウィンドヒル、フラワーガーデン、と、一通り紹介し終えました。
私も魔力があったらこんな遊園地へ行ってみたいです。
さて次話からお話が動きます。
次回更新は5月14日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




