4.婚約者は大げさ ~ウィンドヒル~
今日はウィンドヒルに来ている。
例によって例のごとく、二時間並んで目玉アトラクションである訓練及び測定施設でパストラーレが素晴らしい記録を出した後、私たちは『Wind song』へとやって来た。
この『Wind song』は、たくさんある部屋のひとつを三十分間貸し切り、中で魔術を使って音楽を奏でるという場所だ。
この部屋の中では魔術を使って発現しても、それが失敗した時に魔術が飛び散ったり暴走したりしないようにしてあるのだ。こういう魔術遮断部屋では色々な魔法の練習ができる。炎の魔術を使って失敗しても周囲が燃えてしまったり一緒にいる人が火傷を負ったりしないし、水の魔術を失敗しても辺りがびしょ濡れになったりしない。
こういった部屋は学校に備え付けられているだけで、一般の人が自宅に持っているようなものではない。ただし五家やそれに連なる家はその限りではなく、パストラーレも私も自宅に魔術遮断室がある。
けれどもなぜわざわざ遊園地に来てまでここを利用するのかというと、この部屋には自宅や学校と違って、より取り見取りに楽器を取り揃えてあるのだ。魔術を使ってその楽器を鳴らしても良いし、自分が演奏しても良い。器用な人は魔術で楽器演奏をしながら、自分も実際に他の楽器を演奏したり歌ったりする。そしてこの部屋の中でならどんな魔術を使っても楽器が痛まないのだ。学校や自宅の“魔術を訓練する場”としての部屋とは違う。それが、私達がいつもこの部屋を利用する理由だった。
パストラーレは魔力量があるので大きな魔術を使うのは得意なのだが、あまり器用さがないので、専ら演奏をするのは水魔術で作る人形が歌う歌だ。
けれども私は器用さが得意で総魔力量もある程度はあるので、ここでは色々な演奏を思い切り楽しんでいる。
「今日は……これと、これを使おうと思うの」
私はいつものバイオリンを手に取り、ウィンドベルとタンバリンをアームにセットした。
「歌は『収穫祭』で良いんだよね?」
「ええ、そうよ。いつものように、あなたの子が主旋律を歌って、私の子達がハーモニーを奏でるわね」
パストラーレの確認質問に答えて、私はサッと両手のひらの上で魔力を練り上げ、水、土、風、炎、と人形作成をしていく。今日のこの子達の装いは、カントリー風のワンピースにエプロン、髪はそれぞれツインテールやポニーテール、それから三つ編みと耳の下でふたつのお団子、と違いを作った。衣装の色は基本色の、水は青、土は黄色、風は緑、炎は赤だ。
うん、可愛くできた。
満足してひとつ大きくうなずいた後、四人の子達に綺麗なハーモニーを歌わせてみた。
うんうん、良い調子。
私は嬉しくなって、急いでバイオリンの調弦をする。
その間にパストラーレも両手の上で魔力を練り、自分の人形を作り出していた。
彼の人形はいつも水の子だ。
体長が二十センチメートルほどで、私の作る子達より一回り大きい。青銀色の光を放ち、腰まで伸びたストレートの髪が川の流れにさざめくように揺れている。ひざ下丈のシンプルなワンピースの裾がひらひらと波打っていた。
この子は、私はあまりそうとは思わないのだが、マドリガーレが言うには私に似ているらしい。まぁ、でも、彼にとって身近な女性である私に人形が似るのは、ある程度仕方のないことだと思う。
パストラーレの子が閉じていた目を開くと、きらめく瞳が宙を見つめ、綺麗な歌声を響かせ始めた。
私はそれに合わせて自分の四人の子達にハーモニーを重ねさせていく。
調子が出て来たら、そこにバイオリンをつける。
歌は『収穫祭』。
陽気な曲で、複数人で回って踊りながら歌うのだ。
バイオリンを自分で演奏しながら風の魔術を操り、タンバリンで拍子を取っていく。間奏に入るとウィンドベルをシャラシャラリと鳴らし、楽しい雰囲気が増していく。
パストラーレの子も陽気に歌いながらくるくると回り、私の四人の子達も手拍子をしつつ、踊りながらハーモニーを奏でていた。
演奏が終わると、大きく息を吐いてふたりで椅子に座る。
やはり自分で演奏しながら、人形を四人分操り、なおかつ風魔術をふたつ使って楽器を奏でるのは、いくら器用さが売りの私でもちょっと大変だった。
パストラーレが弾けるような笑顔で大きく拍手をしてくれた。
「すごい、やっぱりすごいよ、アリア! きみの演奏は本当に素晴らしいよ! 僕なんか自分の人形に歌わせるだけで精一杯なのに、きみときたら自分で演奏しながら複数魔術を使うんだから! きみは、本当は音楽家になるべきだったのかも知れないね!」
放っておくと次から次へと褒め言葉が途切れないので「では、これを録画しましょうよ」と言って笑う。映像録画魔装置に魔石を入れ、起動させて記憶媒体をセットした。
バイオリンで前奏を奏で、そこに四つのハーモニーが重なる。そしてタンバリンで拍子を付けると、パストラーレの水の子が歌い始めた。
楽しい。
本当に楽しい。
パストラーレと笑みを交わし合い、背中や肩が触れるように寄り添い、足で拍子を踏みながら演奏を続けていく。
五人の人形がくるくると踊りながら私達の周囲を回っている。
ああ、楽しい。
なんて楽しいのだろう。
最後の一音を皆で合わせて、ジャン、と終わらせた時、自分達が演奏者なのに「素晴らしかったわ!」と叫んでしまった。
彼が笑いながら録画装置を止めに行く。
「きみの声も最後に入ってしまったよ? まぁ、家族に見せるくらいだから、別に良いけどね」
そう言って笑う彼に、私は「だって本当に楽しかったから」と言い訳をした。
そんな私にパストラーレは優しく微笑み。
「ああ、確かに、とても素晴らしい演奏だった。これから僕達は、一生ふたりでこうして寄り添って演奏を続けていくんだろうね……きみの見事な魔術演奏を一番近くで聴くことができて、一緒に音楽ができて……僕は本当に幸せ者だよ」
パストラーレが片手で私の肩を抱き、もう片方の手は腕を広げ、またもや大げさな表現をしてハハハと笑う。
彼ときたら本当にいつも、調子の良いことばかり言う。
毎度のことなので、微笑んで何か返そうと思ったら、入り口のライトが点灯してクルクルと回った。
「ああ、もう終了五分前なのね」
五分後には次の利用者が入るので、あと三分くらいで退出しなければならない。
慌てて使用した楽器を片付け、きちんと二分前には部屋を出られた。ここは使用後の楽器が手入れ要らずなのも嬉しい。
「楽しかったから、また次回も付き合ってね」
私がそう頼むと、彼は「もちろん。姫の願いならばなんでも叶えますとも、我が姫ぎみ」とふざけて笑った。
もう。
いつだってこんな風に茶化すのだから。
毎度のことなのに、また思わず噴き出してしまった。
** ** **
今日は休日だが、二週に一度の遊園地へ行く日ではない。
けれどもパストラーレから「たまには家にお茶でも飲みにおいでよ」と誘われて、午後のお茶の時間に彼の家を訪れている。
玄関先で、休日なのに仕事の用事で出かける彼の長兄に会い、挨拶を交わした。
「ご無沙汰しております」
「ああ、アリア、久しぶりだね。まぁ、もっとも、きみの話は毎日のようにパストから、それこそ耳にタコができるくらい聞いているから、あまり久々な感じはしないけどね」
軽快に笑うパストラーレの長兄に、この兄弟は本当にいつも冗談ばかり言っている、と微笑んだ。
パストラーレがやってきて「いらっしゃい」と私に笑みを向けた後、長兄に対して「おい、やめろよ」とひと睨みする。
そこへ奥からふたりの母親が出て来て「本当のことよ、アリア。この子ったら、毎日毎日、僕のアリィがどうした、僕のアリィがこうした、と、そればかりなのだから」とクスクス笑いながら近づいてきた。
この冗談癖は家系なのだとあきらめて、私は丁寧に頭を下げる。
「お邪魔いたします、おばさま。母からよろしくお伝えするよう申しつかっております」
「そうね、今度はご家族でいらしていただけると嬉しいわ。うちは男ばかりでつまらないのよ。あなたやマドリガーレさんや、もちろんあなたのお母さまもいらしていただけたら、きっとこの大男共ばかりの暑苦しい家も、華やかでステキな空間になると思うわ」
彼の母親の言う通り、第一家であるコン・エスプレッシオーネ家は、パストラーレを含め男ばかり三人の子供を授かったのだ。うちが女、女、男、という三人の子供がいることを、彼の母親は折に触れてうらやましがる。
それでもコン・エスプレッシオーネ家の息子達は三人とも魔法庁に勤め、それぞれの分野で活躍しているので、優秀な子供を持ったことを世間からとてもうらやましがられているはずだ。
無いものねだりとはこのことだと私は苦笑する。
「そうだわ、パスト。このまますぐに部屋に引っ込まないで、応接室で少しお話ししていきなさいな」
「え、母上、それは……」
彼の母親の提案に、パストラーレは慌てて引き留めようとする。けれども古今東西、母親の言葉に息子が勝てたためしはない。
「良いわよね、アリア? 少しわたくしに付き合ってくださらない?」
にっこり笑って首を傾げる彼の母親に、私も笑顔で「喜んで」と返した。
がっくりとうなだれたパストラーレの姿が見えたが、どうしようもない。
息子は母親には勝てないものだ。
ちなみに、彼の長兄は母親が顔を出した途端、パッと身をひるがえして玄関を出て行ってしまっていた。
** ** **
「アリィィィィ……」
彼の部屋に戻ってきてソファに座った途端、パストラーレはぐったりと私に寄りかかって来た。
彼の母親のお茶に付き合って小一時間。
上機嫌な彼女からようやく解放された時は、私はともかく彼がどっと疲れてしまっていた。自分の母親と話をするのに何がそんなに疲れるのか、私にはちっとも理解できない。
お茶を飲みながら女ふたりで楽しく話していると、仲間はずれのような気分になったのだろう。「こんなことなら朝からアリィに来てもらえば良かった」と愚痴をこぼすパストラーレは「あら、良いわね。アリア、今度は朝からいらっしゃいよ。一緒にお出かけしましょう」と見事に切り返され、私が「はい」と返事をしたものだから、より一層むくれてしまっていた。
気持ちは分かるけれど、結婚したならば彼の母親とうまくやっていかなければならないのだから、私が関係性を築くのを邪魔しないで欲しい。
目指せ、可愛い嫁。
嫁と姑がもめた時、夫は役に立たないというのが定説だ。
私は彼に頼らず、姑とのより良い関係を作ることに努力をしたい。
そう思っているが、今べったりと私にはりつく彼に冷たい態度を取りたい訳ではない。機嫌を損ねているような様子に、困ったなと思いながら話しかけた。
「パスト、今度はうちに来てはどう? うちのお母さまなら、あなたのことを邪険にしたりしないわよ」
ほんの少しだけ顔を上げて、上目遣いでチラリと見てきた彼は「……そうするよ」とつぶやいた。
** ** **
しばしそのままの姿勢でいたけれど、いっこうにパストラーレは私から剥がれる様子がない。
拗ねている彼は少し可愛いかも。
そう思って微笑ましくなり、彼の背中を、トン、トン、トン……と緩く叩いていると、しばらくして彼が顔を上げた。
「ん、機嫌なおった」
そう言って笑う彼に私も笑みを返す。
ああ、こんなやり取りは素敵だな。
最後にもう一度私をぎゅっと抱きしめた後、彼はゆっくりと私から身を離した。
今回ウィンドヒルで演奏した音楽はポルカを想像して書きました。
参考動画はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=HwmQahJW6Yg
音楽サークル【FloatingCloud】様、ありがとうございます。
とてもわくわくして楽しい曲です。
良かったら皆様もお聞きになってみてください。
次回更新は5月11日(金)です。




