2.婚約者は研究オタク? ~フレイムタウン~
弟のスピリトーゾ用にお土産を買い、帰りにパストラーレの家に寄って、母から頼まれた物を彼のお母様に手渡すと、彼から少し部屋に寄ってお茶でも飲んでいかないかと誘われた。
ちょっとためらいながらも了承すると、パストラーレの部屋の居間に入る。
勧められたソファに座ると、彼が私の横にドサッと腰を下ろした。
いつものことだが、向かいのひとり掛けではなく、こちらにわざわざ座ってくるのが少々居心地悪く、彼に気づかれないように気をつけて、ほんの少しだけ距離を開けた。
出された紅茶をひとくち飲むと、パストラーレは大きく息をつく。
「ああ、今日も色々遊んだな。僕は楽しかったけど、きみはどうだった?」
「ええ、そうね。とても楽しかったわ。アクアパークはおもしろいアトラクションがたくさんあるし、アーケードゲームも充実しているもの」
「良かった。ではまた八週間後に行こうね。まぁ、その前にフレイムタウンとウィンドヒルとフラワーガーデンに行くけどね」
二週間ごとに水、炎、風、土の遊園地へ通い続ける彼を、私が研究オタクと位置付けているのは間違いではないと思う。職場で色々魔力研究をしながら、自己研鑚にも手を抜かず、そしてその成果をそれぞれの遊園地のアトラクションで確かめているのだから。
もちろん遊具ゆえに高得点を獲得できるかどうかは運にもよるのだが、たまたま運がない場合……たとえば今回の『Water to fish』では、迷路をひた走りしていても魚の出現率が少ない場合がある。更に出現した魚に釣り糸と釣り針のセットがついていない場合もあり、その確率が高いと高得点には結びつかない。
そうした運の無い回に当たってしまった場合、パストラーレは当たり前のようにもう一度最後尾に並び直す。二時間以上かけて並んで再び挑戦することに何の疑問も持っていないあたり、魔法庁が考案した訓練及び測定施設だということを、彼が素直に受け入れて利用している事実に他ならない。
魔法庁が世間に広くアピールし、職員にも積極的に活用するよう勧めているとは父から聞いているが、他の職員達の利用率も質問してみると、パストラーレほど頻繁に通い続ける職員は少ないと言う。
けれども、それが自分の婚約者だ。
受け入れるしかあるまい。
私の右隣に座る彼はソファの背に左腕を乗せ、私の方に体を少しだけ向けて話し続ける。
背もたれに身を預けている私の背中に彼の腕が回っているような状態は、この部屋を訪れるたびのことなので、もうすっかり慣れた。
このわずかな距離がいっこうに縮まらないまま。
婚約関係になってもう六年。
付かず離れずの曖昧で微妙な距離感を、もっと縮めたいのか、それとも離れたままにしておきたいのか、自分でも自分の気持ちが判断できず。
いつものように穏やかに笑顔を保ちながら、私は彼の話に耳を傾け続けたのだった。
** ** **
「アリィお姉様、いる?」
部屋の扉へのノックと共に、妹のマドリガーレが声をかけてきた。
「いるわよ。どうぞ入って」
入室の許可を出すと、マドリガーレが瞳を輝かせて「今、少しお話しても良い?」と聞いてきた。笑顔でうなずくと、妹は目の前のソファにぴょこんと跳ねるように座った。
「今日、十五歳時魔力測定だったの! すべての値が望んだとおりの良い結果になったわ! ほら、見て!」
喜びを隠せない様子で妹は、私に測定結果用紙をぐいぐいと押し付けてきた。
弟のスピリトーゾに対してはいつも「礼儀を忘れるな」と小言を言っているくせに、自分が興奮するとこうして淑女としてのたおやかさをどこかにポイっと投げ捨ててしまう妹は、見ていて本当に楽しい。長女として注意を促さなければならないのだが、どうしても微笑ましくて見逃してしまう。いけないとは分かっているのだが。
「ふふっ、本当に嬉しそうね。では見せてもらうわ。ああ、そうね、総魔力量も素晴らしい数値だし、水、土、風に炎まで……すごいわ、各魔力量だけでなく、それを操る器用さも群を抜いてトップレベルね」
「そうでしょう? お父様に聞いてみたら、お父様の十五歳時魔力測定の時より良い数値なんですって!」
「まぁ、それなら、あなたの夢である魔法長官にきっとなれるわね」
「そうなの! そうなれたら良いと思っているのよ! ……でも、二年後にソラが測定して、その結果次第、ということだから……」
ソラというのは私たちの従弟だが、このコントラルト国には住んでいない。
父の兄の長男で、私たちより年下の十二歳。この従弟のソラが、五歳時と十歳時の魔力測定でコントラルト国史上最高の結果を出しているのだ。
魔法庁の魔法長官である父は甥のソラの才能を買っていて、将来は自分の後を継がせたいと考えているようだ。しかし当の本人は魔法に欠片も興味がなく、普段は魔術とはまったく縁のない生活をしているのだ。異世界間結婚をした伯父は一家で異世界である日本に住んでいて、今までは年に三度、短期間ではあるが、伯父に連れられてソラも魔術訓練をしにこの国へ訪れていた。それが去年の冬を最後に、もう半年以上こちらに来ていない。例年、春と夏と冬に訪れがあるのだが、春と夏は学校生活多忙を理由に顔を出さなかったのだ。
伯父は父の補佐として魔法庁に勤めているので、毎日ゲートを利用しコントラルト国へ通っている。そうすると仕事の後でこの館に顔を出すこともあるのだが、伯父によると、ソラは魔術にもここでの生活にも興味がなく、ましてや魔法長官になることなど頭の片隅にもない様子だと言う。そしておそらく、次の冬も彼を連れてくるのは難しいだろう、とも。
けれども二年半後にソラは十五歳になる。十五歳時魔力測定は義務であり、ソラもそれを逃れることができないであろう。
しかも才能あるソラを、元老院が聞き分けよく手放してくれるはずなどあるわけがない。
マドリガーレは魔法長官である父の姿を見て育ち、幼い頃から父の姿に憧れ、そして己の生まれ持った才能に溺れず常に努力を重ねて生きてきた。
妹が魔法に対して手を抜くところなど見たことがない。いつでも真摯に取り組み、能力のすべてを磨いてきた。
それもこれも父の跡を継いで魔法長官になるためのもの。
彼女にとって、魔法など興味がないという態度を取り続ける従弟に魔法長官の座を簡単に渡すのはとてもつらいことだろう。
それでも、この国は何もかもを元老院が決めてしまう。
本人のやる気や意思など関係なく。
二年半後のソラが十五歳時魔力測定で相応の結果を出せば、元老院は必ずソラを魔法長官見習いとするだろう。決して逃がしてはくれないはず。そしてソラがどんなに抵抗しても、それが聞き遂げられるとは思えない。
その時、妹は、従弟は、あきらめて元老院の指示に従うのだろうか。
六年前、婚約を受け入れた私のように。
魔力測定結果用紙を前に、今後どこを重点的に取り組んで数値を伸ばすか、真剣に悩んでいるマドリガーレを目にして。
妹に隠れてこっそりとため息をついた。
妹の幸せを、私は心から願っていた。
** ** **
「夏休みが終わって半月もすると、少しは暑さが和らいで良いね。前回ここに来た時は本当に暑くて、炎なんか操りたいなんて全く思わなかったからね」
「そうね。前回ここに来たのは二ヶ月前でとても暑かったものね。二週間前はまだ少し暑かったけど、アクアパークで助かったわ」
アクアパークへ行ってから二週間後。
今日はフレイムタウンに来ている。
もちろん横にいるのはパストラーレ。
到着して一番に目玉アトラクションへと並び、いつものごとく二時間待って訓練及び測定をした。あまり得意でない炎の魔術なのに、まあまあ満足できる結果を出したパストラーレはホクホク顔で昼食を取った。
午後はいつものように、その他の小規模アトラクションを回る予定だ。
パストラーレが連れて行ってくれたのは『Flame Flower』。
これも彼のお気に入りのアトラクションだ。午後は必ずここで長く時間を取る。
『Flame Flower』とは、手のひらサイズのガラスケースの中に炎の魔術で花を作るという、ワークショップのような所だ。
このガラスケースが特殊で、魔法を半永久的に留めることができる。ガラスケースの中に炎で花を作り、蓋をして係員に結着の魔術をしてもらえば完成だ。
どんな花を作るかを選ぶのはそれぞれ好みで、壁にたくさんの見本が置いてあるからその中からひとつ選んで作成テーブルに持って行き、参考にして作るのだ。ただし自分の技量を見誤って難しい花を選んでしまうと、子供の粘土細工程度の幼稚な作品になってしまうので注意だ。
このガラスケースには仕掛けがあって、完成後、裏面の下部にあるボタンに触れて炎の魔力を注入すると、花びらがチラチラと揺れ動くのだ。緻密に作られた完成品に魔力を送ると赤やオレンジに花びらの色が変化しながら揺れ、とても美しい。更に炎の魔力を注入する時、ほんのわずか水や風や土の魔力を一緒に込めると、炎の色が青や緑、そして黄色へと波のように変化し、とても幻想的な花となる。
女性に人気のコーナーで、プレゼントにも最適だ。
「今日はどんな花にしようかな」
パストラーレがガラスケースふたつ分の支払いをする。
これは特殊なガラスケースなので結構なお値段なのだが、パストラーレは毎回ためらいなく購入していく。ガラスケースは再利用できて、次回来る時に持ってきたら中の花を消去して新しい花を作ることができるので、もったいないからそうしようと何度か提案したこともあったのだが、パストラーレは首を縦に振らず「僕のお金で買うんだから、好きなようにさせてよ。ね?」と笑うので、もう何も言わずに私の分も出してもらっている。
作業テーブルを確保すると、壁一面に並んだガラスケースの中から待ち時間の間に選んで取っておいた自分の好みの見本花をよく観察した。
これは私の最も得意とする分野だ。
炎の魔術を魔力の大きさに任せてドンと放つのではなく、微量で調節しながら細かく形作っていくのだから。細部にわたって緻密に魔力を張り巡らせていく作業は集中力が必要で、根気強く粘らなければならない。
ある程度満足いく花が完成すると、大きくひとつ息を吐いた。
「アリィ、できた?」
隣で微笑むパストラーレに笑みを返した。
「ええ、終わったわ。出ましょうか」
並んでいる人たちに場所を空けるよう、手早く片づけをして席を立つ。
タウン内のベンチで一息ついて、互いの作品を見せ合った。
「今回もまた……細かいのを作ったね、圧巻だよ」
パストラーレの素直な称賛に、私は得意になって鼻を高くする。
「そうでしょう? 三本でも良いかと思ったけど、五本の方が素敵かと思って頑張っちゃったわ。ラベンダーは群生しているからこそ綺麗なんだものね」
「そうだね、とても美しい。きみが頑張ったからこそ完成した、素晴らしい作品だよ」
彼にたいそう褒められ、私は照れくさくなって手のひらの中のガラスケースに視線を落とした。
今日、私が選んだのはラベンダーの花。一本一本に小花がたくさんついていて、更に一本だけだとあまりラベンダーに見えないために、五本作って葉も少々つけたのだ。
おかげでラベンダーには見えるが、時間をとても使ってしまった。
「ごめんなさい、私が終わるまでずいぶん待ったかしら?」
「いや、僕の方も今日は頑張ったから、そんなには待たなかったよ」
見ると、パストラーレの作った花は一輪のバラだった。私は首をひねる。
最初は皆、花弁が五枚くらいの単純な花から作り始めるが、慣れてきて思うとおりに魔力を調整できるようになると、次の段階で挑戦するのが大抵バラなのだ。言わば、バラは中級者の入り口だ。
パストラーレは五家に生まれたのだから、早い段階で中級者から上級者になっていて、今更バラを作るのに頑張らなくても良いはずなのに、と疑問に思ったが、パストラーレが「じゃあ、いつものように交換しよう」と言うので考えていたことが散ってしまい、それで大人しくラベンダーの入ったガラスケースを差し出した。
パストラーレがお金を出して購入した物なのだから、パストラーレが交換したいと言えばそうするしかない。その日の自分の作品がどれほど気に入っていようとも、あるいは満足できない中途半端な出来で、人様に差し上げられるような物でなかったとしても、彼は私の作品を持ち帰りたいと言う。それに慣れてしまった今、何の疑問も持たずに交換に応じてしまうのだ。
交換したガラスケースに少しだけ魔力を注入してバラの花びらをちょっとだけひらひらさせた後、私は鞄の中に大事に入れて持ち帰った。彼も私の作ったガラスケースを目の高さに掲げ、何度も魔力を注入して「本当に綺麗だね、ひとつひとつの花びらが風に揺れているようだよ」と満足そうに笑って持ち帰ってくれた。
何度も何度も、私の作った花が美しいとか素晴らしいとか魔力調整の器用さが一級品だなどと褒め続け、更には丁寧さや根気強さも凄いと彼が言い続けるので、嬉しさを通り越して恥ずかしくなってしまった。
それを伝えると彼は「だって、本当にそう思うのだもの。きみの作品を手元に置いておけるなんて、僕は最高に幸せ者だ」と更に恥ずかしいことを言い出したので「もうやめて」とお願いして無理矢理話をやめてもらった。
パストラーレはいつも大げさな言い回しをしたり、ふざけたりしていて、付いて行くのが大変だ。
嫌な気持ちになる訳ではないが、ちょっとだけ、私は困ってしまう。
なんとなくアリィは婚約生活に戸惑いがあるようです。
ふたりの愛情の行方を一緒に見守ってください。
次回更新は5月7日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




