1.婚約の始まりは ~アクアパーク~
本日、人物紹介とプロローグ、第1話、の合計3つを更新しています。
このページから開かれた方は、ひとつ戻ってプロローグからお読みください。
この第1話から2年半前の過去(夏の終わり頃)に飛びます。
「良いんじゃない? 家格も、年回りもちょうど合うし」
そう言って彼は、屈託なく笑った。
六年前、私が十一歳になったばかりの秋。
父曰く「阿呆でわからずやの長老共」の面々が寄り集まり、くだらなくて益体もない相談ごと(これも父による言葉)をした結果、決まったのは、私と彼との婚約だった。
当時、私、アリアは十一歳。
幼馴染の彼、パストラーレは十五歳。
このコントラルト国の五家にあたる第一家、コン・エスプレッシオーネ家の三男である彼は、才能に恵まれ将来をとても有望視されていて、更に容姿も割と整っていたので、彼と恋仲になりたいと望む女の子は掃いて捨てるほどいた。
それでも『元老院』で決められることには逆らえないため、どの家も娘の恋心を積極的に応援することはない。五家それぞれにどのような思惑があろうとも、元老院に少しお伺いをたてて一応お願いしてみる、程度の売り込みで長老達がほだされるわけもなく、数多の少女たちがパストラーレの朗らかな笑顔を独り占めすることなく、これまでは過ごしてきた。
そしてこのたびその元老院で決定した、彼と私の婚約。
彼の意思も、私の気持ちも、互いの家族の心情も何も関係なく、ただ老人達が「このふたりからならば、強い魔力を持った子供が生まれそうだ」と雑談した、というだけで決まった話。
平日の夕方、父が勤め先の魔法庁からの帰り道にパストラーレを学校から連れ出し家まで来た。なぜ彼がここにいるのか、今まで家と何の関係もなかった彼をなぜ急に、父が家族会議の場に呼んだのか分からないまま、手招きされて私は応接室へとやって来た。
そこで聞かされた決定事項。
思わずぽかんと口を開けてしまった。
我に返って慌ててパストラーレの方を振り向くと、その突然の出来事に対して彼は「良いんじゃない? 家格も年回りもちょうど合うし」と、なんのてらいもなく笑ったのだ。
唇を噛みしめ、視線を落として震える私に、彼は慌てふためいて、なんだかあれこれ文章的に支離滅裂となり果てた言葉の羅列を並べ立てたけれど、うつむき、棒を飲んだように動けない私は鼻水を垂らさないようにと集中するのに精いっぱいで、彼の言い分などちっとも頭に入ってこなかった。
年の離れた弟がひとり、部屋の隅で遊んでいて転び、大泣きした声でようやく身体に自由を取り戻す。そして身をひるがえし走って自室に飛び込んだのだ。
廊下から続く自室の居間の扉に鍵をかけ、更に奥の寝室まで走り込み、ベッドに飛び込んでシーツを被るとようやく嗚咽を漏らすことができた。
居間の扉を外から叩く音がする。
誰かが大きな声で呼んでいる。
けれども部屋の外に出ることはできなくて。
私は頭の上から枕を被って覆い、全ての音を遮断した。
今は、誰の話も聞きたくない。
コン・センティメント家、コントラルト国第三家本家で長女として生まれた私に、自由な恋愛結婚などできるはずがないと分かっていた。
それでもまだ十一歳の時の私は、いつか私だけの王子様が現れて、溺れるような恋愛の果てに、夢のようなプロポーズをされて幸せな結婚式をする、という、まったくもって子供じみた憧れを持っていたのだった。
あれから六年。
もうすぐ十七歳にもなる私には現実が見えている。
この婚約は間違いではなかった。
五家の中で強い魔力を持つ者同士が婚姻し、子供をもうけることが正しいのだということ。
他人に勝手に決められた結婚であろうとも、夫婦が互いを尊重すれば信頼し合える関係となり、穏やかな家庭を作ることができるのだということ。
たとえそこに燃え上がるような恋情はなくても、温かい幸せが手に入るのだということ。
そうしてこの国は栄えてきたのだということ。
五家に生まれた義務を果たしながら、自分の幸せをつかむ努力をすることは間違いではない。
だから私は、彼と一緒に歩んでいくことを決めたのだ。
** ** **
「アリィ」
食事の途中で声をかけられ、手を止めた。
「はい、お母さま」
微笑んで視線を向けると、母は笑顔で問うてきた。
「今日はパストと出かけるのでしょう? あちらのお宅にも伺うのだとしたら、渡してもらいたい物があるのよ。預かってくれるかしら?」
「分かりました。食後にお預かりしますね」
そう答えると弟のスピリトーゾが身を乗り出してきた。
「あれ、アリィ姉さま、今日はアクアパークへ行くんじゃなかったの?」
「スーゾ、お行儀悪いわよ」
口の中の物が飛び出しそうな勢いでしゃべり出した弟に、妹のマドリガーレが軽く注意を促した。
妹は私とふたつ違いの十五歳、弟は少し離れて七歳。
弟にとって年の離れたふたりの姉は、保護者同然のようで「お母さまが三人いるみたい」と本人が言っていた。
そんなスピリトーゾは頬をぷっとふくらませて「だーって」と言った。
「だーって、今度アクアパーク行ったらお土産買って来てくれるって言ったじゃない。遊園地は中等部に入らないと行けないから、すっごく羨ましいのに。せめてお土産買って来てくれないと、ぼく、ぼく……」
口をとがらせ、フォークに不満をぶつけるようにお皿の上の卵をつついている。
「スーゾ、今日はちゃんとアクアパークに行くわよ。帰りに少し、パストの家に寄るというだけ。だからお土産はきちんと買って来るから。ね?」
「わあい! アリィ姉さま、大好きー!」
完全に拗ねモードの弟をなだめると、一転、フォークを放り出して全身で喜びを表すスピリトーゾに笑みがこぼれる。
カチャンとお皿にフォークが当たって音がする。「スーゾ、ちゃんと座って」とまたもや注意をするマドリガーレに「はーい」と返事をしながらも「やったー!」と喜びを隠せない弟を見て、どんな物を買っていったら良いかと、私は頭の中で検討を始めた。
** ** **
「よし、まずはあれをしなくちゃね」
パストラーレが私の腕を取って導いたのは、大人気のアトラクション『Water to fish』だ。
迷路の中で空中に浮遊する魚を見つけ、近くに釣り糸と針が見えたらそれを氷魔術で覆い、魚には水魔術で水を与えて次へ行く、というものだ。
氷魔術を行う時に魚に影響を与えないようにできると高得点だし、魚に水を与える時に多すぎても少なすぎてもマイナスで、適量をちょうど魚の口元に放てると高得点になる。
そもそも氷魔法は水系魔術と風系魔術と結界魔術の上級合わせ技の魔術だから、できない人が多い。その場合には釣り針と糸を風魔術で退けるのみとなり、高得点は狙えない。しかも迷路で迷って一定時間以上過ぎると記録無効、けれどもあまりに早くゴールしてしまっても魚の獲得数が少ないので高い得点を取ることができない。つまり制限時間ギリギリまで迷路の中を走りに走って、できるだけ魚を見つけなければならないのだ。更に見つけた魚のそばに釣り糸が垂れていないこともあるから、その場合は水を与えただけの点しか得られないため、運にも左右されるアトラクションなのだ。
日間、週間、月間、年間、と高得点者が表示されているので、皆、何度でも挑戦してそこに名を連ねるのを目標としている。
例に漏れずパストラーレもこのアトラクションで高得点を挙げることを楽しみにしていて、ふた月に一度はアクアパークへ遊びに来るのだ。
毎回連れ出される自分は少し大変だが、ここには他にももう少し穏やかなアトラクションもあるので、まぁ良いかと付き合っている。
さて、二時間近くも並んでようやく私達の順番となった。一回に入れるのは十二人。四つの扉から中に入り、上下左右に分かれた空間をたどって、最終的にひとつになる通路を経てゴールを目指す。この施設が三セットあるのだ。
入り口が一階、階段を上るか降りるかして迷路のフロアーとなり、また階段を使って一階まで行き、四つの迷路が合流する。この合流後の最後の通路には魚が出ないので、時間いっぱいまで粘って得点を稼ぎたい者が終了時間前に階段を見つけてしまったら、魚を探しに再び中に戻る、ということをするらしい。
今日、私が入ることとなったのは二階の右側だった。パストラーレは同じ右だが地下通路となる。
二階は光があふれて全体的にまぶしく、光る魚を探すのが少し難しい。だから高得点を取るには乱反射を避けるように視覚を調整する魔術を使用しながら進まなければならない。
一方、地下通路は光る魚を見つけるのは容易だが、ほとんど明かりが無い中での迷路探索が大変なのだ。こちらもまた、高得点につなげるためには暗視能力を使用しながら探索しなければならない。
どちらも十分の探索の間、視覚調整魔術を使用しながら可能な限り全速力で迷路を走り回り、魚を見つけた途端に釣り糸と針を処理する魔術を使い、すかさず魚に適量の水を魚に放って再び走り出す、という、体力と魔力を非常に使うものなのだ。
「うわぁ、楽しみだなぁ。今日も最高得点稼ぐぞ」
水系魔法の得意なパストラーレはわくわくした様子で入り口が開くのを今か今かと待ち続けている。
私はと言えば、光輝く通路の中に悠然と泳ぐ魚はとても綺麗なので、いつものようにせいぜい小走り程度におさえて楽しもうと思っている。
「それでは、扉が開きます。三、二、一、ゼロ」
魔道機械の声でアナウンスがされ、カウントが「ゼロ」と響いた瞬間に四つの扉が一斉に開いた。すかさず飛び込む人達。私も扉の中へと早足で入り込んだ。
まずは一階の通常フロアーを小走りで駆けていく。数メートル先に二階へ上がる階段が見えた。そこを上ると魚が出現する迷路フロアーだ。
周囲にあふれるまぶしい光の波。
階段を上がる直前、瞳にかけた光量調整魔術のおかげで、キラキラと輝く壁がきちんと壁として認識できる。この魔術の調整が上手くできない人は、乱反射する光で迷路が判別できずに、手探りで先を確かめながら道をたどることになる。
あ、魚を一匹見つけた。
天井付近をゆったりと泳いでいる。
五十センチメートルほどの近くに釣り糸もある。
私は手のひらの上で冷気を練り、人差し指の先から細く噴出させた。縦にスッと指をすべらすと、狙いたがわず釣り糸と針が氷に包まれ、一瞬後にキラキラと崩れて消えた。
それを確認してすぐに隣の魚に取りかかる。
もう一度手のひらの上で今度は水気を練り、魚の目くらいの大きさの水粒を発生させ、ふわっと手を上に差し出すと魚の口元にふわふわと飛んでいった。魚が口をぱくぱくしている所へたどり着くとするりと吸い込まれ、輝くうろこがパリンパリンと剥がれて釣り糸や針と同じようにキラキラと消え去った。
まずは一匹。
次の魚では、糸と針はきちんと消すことができたが、魚に水を与える方がうまくいかず、一回目の放水で少しだけ水量が足りなかったらしい。一度で魚が消えなかったので二回目の放水をしたが、慌てたせいか口元から少々離れた方へ放ってしまった。すかさず指先をちょいと動かして軌道修正したから直前できちんと魚の口元に届けられたけれど。
なので、二匹目の魚は満点ではなかった。
三匹目は釣り糸がないパターンだったため、高得点は望めなかった。
四匹目はなんとか満点を取れたが、五匹目が釣り糸を一発で消せず、三度も冷気を放つ羽目になってしまった。
なんだか今日はあまりうまくいかない。
そうして七匹消した時点で終了時間が迫ってきたので、先ほど見つけた下に降りる階段へ向かい、一階へ行ってゴールの扉をくぐった。
並んでいる時に配布された腕輪を外すと設置されている判定機にはめ込む。判定機が腕輪を自動回収し、私の今回の結果が印刷されて出てきた。
残り十秒となった時点で、ゴールの扉から次々と人が飛び出してくる。
パストラーレはギリギリもギリギリ、残り一秒で扉から転がるように勢いよく出てきて、額の汗を手の甲で拭いながら「危なかった」と笑った。
このアトラクションは、一秒でも規定時間を過ぎると計測不可となり、記録が出ないことになっている。混んでいるアトラクション内で高得点欲しさに、時間をオーバーしてでも粘ろうとする人のための対策だと思う。
パストラーレが腕輪を判定機に入れると、印刷される前に結果が魔光掲示板に出てきた。
「やった、日間一位、週間一位、月間一位を取ったぞ!」
思わずといった様子でガッツポーズをするパストラーレに、周囲の人達が拍手を送った。私も一緒になって大きく拍手をする。
「すごい、すごいわ、パスト!」
「まあ、それほどでも、うん、あるけどね」
髪をかき上げて照れくさそうに笑うパストラーレに、印字された用紙を取り出して渡す。
「はい、これが今回の結果ね」
「どれどれ……魚獲得数十六、内釣り糸と釣り針つきが十四。今回は運が良かったな。釣り糸と釣り針が無い魚が多く出ると高得点にならないからね」
私が七匹だったのに、彼は十六匹も獲得していたという。どれだけ速く走ったのか。あの決して広くはない通路を全速力で走り続けたのかと思うと、その様子が想像できない。
「本当にすごいわね。しかもあなたの入ったのは地下迷路の方だもの。あちらは暗視魔術をかけてもなかなか迷路を速く進むことができないでしょう。それなのにこの数は驚異的だわ」
「そんなことはないよ。どちらかと言うと、僕は地下の方が得意だな。床と壁の構造を見分けることに集中して走っていても、天井付近にいる魚が光を発しているから、魚を見逃すことがないからね。二階の方だと通路も壁も魚も光っているから、迷路に集中することができなくて走る速度が鈍ってしまうから」
「そうなの? でも私は、暗視状態から光る魚を目で捉えるのに、一瞬で光量調整をするのが難しいと思うわ」
「得手不得手の問題だと思うよ。きみは乱反射する光の中で泳ぐ魚との距離感をきちんと把握できるじゃないか。それに、ほら、きみの記録を見ると、正確性が高得点だ。空間認知と魔術を放つ方向、それに魔力を込める量が素晴らしい記録を残している。ああ、やっぱりこの辺はいつもきみに勝てないな。月間一位を取ったって、毎回きみにこの辺りのパーセンテージは負けているからな。まったく嫌になってしまうよ」
大げさに両手を広げて肩をすくめ、ため息をつきながら苦笑する彼に、私は笑って互いの記録用紙を見比べた。
ふたりとも、毎回少しずつ伸びている記録。
このアトラクション『Water to fish』が、魔力量や魔力調整、そして魔術をいかに素早く正確に発動できるかという、訓練及び測定施設も兼ねているのだと父から聞いた時、魔法庁は面白い方法を考えたものだと感心した。
『Water to fish』だけではない。このアクアパークにある全てのアトラクションが、多かれ少なかれ訓練施設となっているのだ。
五歳で第一回の魔力測定をした後、次の春から初等部で魔力の扱いを習い始め、十歳で第二回の魔力測定をした後、次の春から中等部に入って魔術の基礎を学ぶ。その後、十五歳で三回目の魔力測定をすると、魔法庁への就職を目指す人は春から高等部に通い、二十歳の成人まで応用を習得していく。
中等部入学以降からアクアパークが利用できるという決まりもここからきているのだ。
通常、二十五歳を過ぎると魔力量が伸びなくなる。あとは魔力調整術と素早い発動、そして正確性を磨いていくのだ。
パストラーレは二十一歳。まだまだ魔力量が伸び続けている。
「魔力量が伸びている間は訓練を続けて少しでも増やしていかないとならないし、それが止まってしまっても訓練によって調整術とか上達するのだから、ここに通い続けるのは五家の一員としての義務だと思うよ」とは本人談だが、私としては魔法庁の魔力研究部に勤める彼のオタク的な研究意欲から、せっせとパークに通っているのではないかと推察している。
「さて、お腹が空いたから昼食にしよう。今日は何を食べたい?」
そう聞いてきた彼に「そうね」と迷いながら適当に返答し、レストラン街へと足を向けた。
今回からアリアとパストラーレの恋物語と世界観の紹介となります。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
この間章1は、1話ずつの長さが長くなってしまいました。
読みづらかったらすみません。
そしてアクアパークにある『Water to fish』ですが、色々説明があって読むのが面倒でしたね。
でも後でまた出てくるので、内容を少し覚えておいていただけたら助かります。
★『Water to fish』説明★
4つの扉があって2階が左右、地下が左右、この迷路が3セットある施設です。
天井付近を泳ぐ魚はランダム出現、そのそばに釣り糸が出るのは更にランダム。
これを狙って水魔術と氷魔術を撃ち出し消していくという、運にとても左右されるアトラクションです。
入り口は4つありますが、最終的に合流して出口はひとつ、というものです。
後々、前書きで「第1話の後書きにある施設説明を復習してきてください」と書きますので、その時はまた上の説明を読みに来てもらえたら助かります。(12話の予定です)
次回更新は5月4日(金)です。




