14.つらい決断
レチタティーヴォからは泣きながら土下座された。
アルマンドは静かに涙を流しながら、三日三晩アンティフォナを手元から離さず抱きしめ続けた。
そうして過ごして、ようやくアンティフォナは決心したのだ。
魔法副長官になろう、と。
己の実力のなさはよく分かっている。
それでも決めたからには迷わない。
それに見合う力をつけるよう努力すれば良い。
不安はもちろんある。
いや、不安だらけだ。
今まで手を抜いてきたわけでもないのに、今更の努力でなんとかなるのか。
そんな思いが胸の中を嵐のように吹き荒れた。
それでも踏ん張れたのは、アルマンドがいてくれたからだ。
レチタティーヴォの移住は、もちろん元老院の長老達から大反対を受けた。決して許可など出されるはずもなく、レチタティーヴォはあちらに亡命しようとさえ考えたが、父親……マドリガーレにとっては祖父にあたるアモソーゾから「そんなことをすれば、長老達は日本政府に対してお前の引き渡しを要求するかもしれない」と言われ、なんとか元老院を説得する方向で頑張るしかなかった。
長老達は頑固で許す気配はなかったが、レチタティーヴォの意志も堅かった。互いが平行線をたどっていた時、アルマンドとアンティフォナは長老達に啖呵を切ったのだ。
「自分達が、成人後すぐ結婚をし、魔法長官と副長官となって必ずやコントラルト国を良い国に導いていく」と。
自信のかけらもなかったアンティフォナが、長老達の前で宣言するのはとても恐ろしかった。
数年後だと考えていた結婚も、今すぐなど、ためらってしまう。
それでも、やらねばならない時がある。
尻込みをせずに動かねばならない時がある。
だから決めたのだ。
もちろん、そばに愛するアルマンドがいたから。
アルマンドが全身全霊をかけてアンティフォナを支え、導いていくと決意をしたから。
実はアルマンドにとってもきつい決断だった。
本来ならば、魔法長官は副長官から多大なる助けを得られるはずだ。長官だけではまかないきれない部分を、普通なら副長官が一手に引き受けてくれるのだから。
しかも退職後の行く先は、元老院議長と副議長、ふたりでどちらになるか選ぶことができるはずなのだ。
魔力が高くても、魔法以外の部分を統括する才能が優れているとは限らない。一般人には魔力が少ない者が圧倒的に多く、彼らは、魔道具は使っても魔術とはあまり関係のない職業に就き、生活をする。それを治めていくのは元老院なのだ。
魔法副長官の方が、性格的に豪胆で行動力がある場合も多い。長官は魔力が大きい方が務めるが、努力と研究と自己研鑚に励む者が多く、内向きの性格をしていることも多いのだ。次男のアルマンドと長男のレチタティーヴォの関係もそうであった。そういった時は副長官が議長になり、長官が副議長となる。その選択ができるはずなのだが。
アルマンドはその時、副長官の地位に振り回されて苦労するであろう妻を支え、導き、後々は議長になって、アンティフォナといることで安らぎを得ながら国を率いていくことを決意したのだ……全てを己で引き受ける決意を。
ひとえに、アンティフォナと離れたくない、共に生きていきたい、そんな愛ゆえの決心だったのだ。
……そんなふたりの恋物語に、幼いマドリガーレは憧れた。
なんて素晴らしい結びつき。
まるで絵本の中のできごとのよう。
魔法長官の銀糸を散りばめた黒の衣装、濃いえんじ色に裏打ちされたマントをまとう父親は、子供の目から見ても格好良く見えた。颯爽と歩き、魔法庁内でも市井でも迷いなく指示を出している。
国の要となる職に就く父親は、マドリガーレにとってヒーローだったのだ。
利発な弟が家を継ぎ、領地にいる一歳下の従妹に副長官をお願いして、長官となった自分がコン・センティメント一族と共に国を支えていくことを夢見ていた。
マドリガーレにとって、両親は憧れの存在だった。
夢の全てであった。
五歳の時、初めての魔力測定で、父が同じ年齢時に出した数値を超えた結果を出した時から、自分の中で道が決まった。
それから日々の訓練を欠かさず続け、少々の病気や怪我などはないものとして頑張り続けた。
それなのに。
憧れの魔法長官の座を、従弟に渡すのは悔しい。
吐き気が出るほど拒否したくなる。
それでも、魔法に対して背を向けて逃げ続けてきた従弟が、ようやく魔法と向き合ったのだ。そしてみるみるうちにその才能を開花させていく。その様子を間近で見て、認めないわけにはいかなかった。
常々、あんなにも才能があるのに努力をしない奏楽が不思議だった。魔法と向き合わず、逃げ続けている奏楽が気に入らなかった。将来のことを何も考えず、能天気に生きている奏楽にイライラした。
彼の決断次第で己の将来が違ってしまうのに、真剣に取り組んでくれない奏楽が嫌いだった。
本家の人間である自分の職が決まらないと、分家やその一族の同じ年頃の皆も職業を選べないのに、三年もこちらに来てくれない奏楽に腹が立った。
元老院が目論んでいるように、将来彼と一緒に魔法長官と副長官になり、夫婦として国を支えていくなど、マドリガーレには全く考えられなかった。
――それでも。
従姉弟としてなら、上手くやっていかれるのではないだろうか。
いや、上手くやっていくように、努力をしなければならないのではないだろうか。
そう思うようになってきた。
魔法長官になるためにしてきた努力が無駄だったと思うと悔しくて仕方なかったが、年下の頼りない従弟が務める魔法長官を、魔道具開発部の長官として支えるための努力だったと、思いなおせば良いのではないか。
幸い自分は総魔力量も多いが、魔術を扱う器用さも群を抜いている。道具を扱ったり作ったりするのが得意なコン・センティメント家の血筋は自分達姉妹にもしっかり遺伝していて、姉が工芸局局長、妹が魔道具開発部長官となって従弟の奏楽を支える。それで良いのではないか。
そう言えば領地にいる叔父のところに、自分より三歳年下の従弟がいる。年齢的には奏楽の一歳年下だし、彼も良い才能を持っているので、彼に奏楽の副長官となってもらえば良いのではないか。
そう思えるようになってきたのだ。
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すっかり日が陰り、部屋の窓から名残のような朱色の光が壁の一部を照らしている。
マドリガーレは机の前を離れ、部屋の隅にあるピアノの前に座って音を鳴らした。
指慣らしをしばらくした後、一曲弾いてみる。
音楽は良い……頬を雫が伝った……何も考えず、その曲にのみ集中していられるから。
その世界観に入り込み、この世のしがらみを忘れられる。
悲しい曲、楽しい曲、喜怒哀楽を全て演奏者が表現する。マドリガーレにとって魔法は生きる糧だが、音楽は純粋な趣味として続けることができた。
弾き終わって思わずため息をつくと、部屋の外で小さな音がした。
「誰?」
慌てて袖で涙を拭う。
問いに答えがない。
不思議に思ってドアを開くと、そこにいたのはマドリガーレを悩ませ続ける原因の、奏楽だった。
マーレは本家の生まれなので一族を守る責任があります。
一族の同じ年頃の子達が困っている様子を見てソラに怒りを感じていました。
マーレの事情を理解していただけましたでしょうか。
ラスト、ソラがマーレを訪ねてきました。
ふたりの会話、再び、というところで次週です。
次回更新は4月2日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




