15.知りたいんだ
「誰?」と問う声に答えらえず、俺は言葉を探して視線をさまよわせる。
すると目の前の扉が開き、中から姿を見せたのは。
廊下の灯りは魔道具だが、自動で点灯するタイプではないらしく、日が陰った後も暗いままであった。マドリガーレの部屋の窓からの、ほんのわずかな射し陽が彼女の背後を薄く照らし、銀色の髪と白いブラウスの輪郭を朱く染めている。背中まである長い髪は先がゆったりとカールしていて、片側だけを耳にかけ花のピンで留めていた。
普段はちらりと視線を投げかけてくるだけのアメジストの瞳が潤んだように揺れている。その宝石のように光る瞳に真正面からとらえられ、言葉を探していた俺の頭は真っ白になってしまった。
「……何か用?」
彼女の言葉にハッとして、それでも口ごもって「いや、あの、その……」などと、およそ意味のない言葉を羅列することしかできない俺に、マドリガーレはため息をついてドアを大きく開けた。
「どうぞ。中に入って」
灯りを点け、書斎のような部屋から居間の方へ移動すると、ソファに座るよう手で指し示された。マドリガーレは俺が座ったはす向かいの位置に腰を下ろす。
どうして良いか分からない俺と同様、彼女もうろたえているようだった。ソファに腰を下ろす際、テーブルの角に足をぶつけていたからだ。慌てて取り繕うマドリガーレはササッとスカートの裾を戻し、きちんと座り直した後に小声で尋ねてきた。
「そ、それで、急にどうしたの。何か言いたいことでもあるわけ?」
そっぽをむいたまま問うマドリガーレに、思いつくままの言葉を並べてしまった。
「俺! さっき、パストさんから聞いて……父さんと母さんの結婚した時のこととか、アル叔父さんとフォーナ叔母さんの話とか……それで、それで、あんたが五歳の時からいっぱい魔法の練習してたって、ずっとずっと頑張ってきたんだって聞いて、それで……」
「……そう。それで?」
しどろもどろに話す俺に、マドリガーレはちらりとこちらに視線を向けてそう問うた。
その時初めて、自分が何を言いたくてここに来たのかが分からなかったことに気づいた。
とにかくパストラーレの話は衝撃的だった。
そんなドラマが両親達にあったなんて思いもよらなかった。両親に馴れ初めを質問してみたこともない。それはそうだろう、きっとサッカー部の連中だって、親の恋愛に興味を持って聞いてみた奴などいやしないと思う。
だから知らなかったのだ。両親が、叔父と伯母の夫婦が、どんな大きな決断をして家庭を作ったのかを。
そしてそれを知ったこの従姉が、どんな思いで叔父の跡を継ぐべく頑張ってきたのかを。
何を言いたいのかは分からなかった。
それでも、とにかくマドリガーレの所に行かなくちゃ、とだけ強く思ったのだ。
「それで、と言われても……なんて言って良いのか分かんないんだけど……とにかく、衝撃的だった、としか言えなくて……」
しどろもどろの俺に、マドリガーレはため息をついた。
「魔法長官になる決心はついたの?」
「え? いや、そんなことはないけど」
思わずきょとんとした顔をしてしまった俺に、マドリガーレはもう一度ため息をついた。
「じゃあ、本当にいったい何をしにここへ来たのよ」
マドリガーレにそう言われて本当に困ってしまった。
とにかく、マドリガーレに会いに行かなくちゃ、と思ったのだ。だって知らなかったのだ。彼女のことを何も。
冷たい態度を取られる原因も知らなかったし、自分が彼女を傷つけていたということも知らなかった。
同じように、周囲の人達に心配をかけていたことも、気遣わせていたことも、思い遣ってもらっていたことも。
みんな、みんな、知らなかったのだ。だからこそ、バカな言動をしていたのだ。
知らなかったのなら、知れば良い。
……そう単純に考えた。
そうだ、知りたいんだ、マドリガーレのことを。
そうしたら、マドリガーレを傷つけることもなくなるかも知れない。
そうしたら、マドリガーレに嫌われることもなくなるかも知れない。
仲良くできるかも知れないじゃないか。
「あんたのこと、知りたくて」
ようやく出てきた言葉はこれだった。マドリガーレが驚いたように見返してくる。
「知りたいって……何を?」
「なんでも良いよ、何が好きとか、何をしたいとか、どんな魔法が得意とか……あ、そうだ! パストさんが見せてくれた、水の魔法で人形が歌を歌ってくれたやつ、知ってる? あれ、あんたが得意だってパストさんが言ってた! あれ、見せて欲しい!」
急に怒涛のような俺のかぶりつきに対して、驚き戸惑う様子を見せたマドリガーレだったが、言われるままに魔法を見せてくれた。仕方なさそうにため息をつき、疲れたかにも見えたが。
マドリガーレが胸の前に両手を差し出し、魔力の玉を四つ浮かび上がらせる。それが見る見るうちに形を成し、水、土、風、炎、を表す四色の三角とんがり帽子に、それぞれの色のリボンを胸に結んだ小人が、手をつないで四重唱を奏でた。俺が初めて耳にするコントラルトの曲で、春の訪れを喜ぶ明るい歌だ。小人達は楽しそうに笑顔で歌いあげる。短い歌ながら重ねる音程のバリエーションに俺は感心した。
歌が終わると、夢中で拍手をする。
「すっげー! すげーよ、マドリガーレ! 俺、カンドーした! こんなの作りだせるなんて、マドリガーレ、天才!」
俺の手放しの賛辞に、マドリガーレは顔を赤らめて照れ隠しを言う。
「そ、そんなこと、ないわよ。長年の練習の成果だもの」
「いや、そんなんじゃないよ、だってすっげーもん! 俺なんか、これだよ、見てよ!」
そう言うと、俺は先ほど作りだしたタツノオトシゴもどきを手の上に出し、ちょっとだけ調子っぱずれの『聖者の行進』を聞かせてみた。
「あはは、なに、それ!」
マドリガーレが笑う。
小さな子が面白い物を見つけた時のような無邪気な顔で、目を輝かせて。
なんだか胸が高鳴って、俺はワクワクするような気持ちを押さえられなかった。
「ねぇ、他にも何か聞かせてよ。他の曲、何かない?」
ようやくふたりで笑い合うことができました……良かった。
次でとうとうふたりは和解します。
次回更新は4月4日(水)です。




