4.王女による衝撃的な話
冬休みがやって来た。
ブリランテ王女の生誕祭から一週間後のことだ。
実は昨日の金曜日が二学期の終業式だったのだが、俺はその前日の木曜日夜からこちらに来ている。理由は、昨日が俺の十六歳の誕生日会だったからだ。
俺は十二月二十二日に生まれた。こちらでは高等部に進学する春から社交界に身を置くようで、その前年の十五歳の誕生日会は盛大に執り行うとのこと。いわゆる身内版社交界デビューみたいなものか。本来なら俺の誕生日会は去年の冬、この屋敷で盛大に祝われるはずだったのだが、俺が拒否していたため一年繰り越ししたのだ。第三家の関係者のみが集まる祝会とは言え、大勢の人が居過ぎて訳が分からない。マドリガーレの誕生日会で紹介されたはずの人も、初対面の人も、まるで違いが分からずあたふたしていた。
「あなた様が主役です」と言われてあちこち引っ張られながら磨かれ、塗りたくられ、飾り付けられ、できあがった俺は貴公子の格好をしていたのだが。豪華な衣装が似合うような立ち居振る舞いはまったくと言っていいほどできなかった。マドリガーレの隣でうなずいたり、簡単な受け答えや返事をしたりする程度で精いっぱいだった。本当に彼女には感謝しかない。
そして日本では、今日は土曜日。
冬休み突入だ。
昨日の疲れでぐったりしていた俺は、昼食後の日当たり良いサンルームで、つい、うとうとしていた。冬とは言え、ガラスで覆われたこの部屋は暖かい。冬の日差しが燦々(さんさん)と降り注ぎ、ソファでごろりと横になっている俺の身体を、余すところなく温めてくれていた。
そこへマドリガーレが入室して来て目が覚める。彼女はなんだかおろおろしている様子だった。
「どうしたの、マーレ?」
軽くあくびをしながらのんびり聞くと、彼女は「ブリンちゃんから緊急の知らせが届いて」と心配そうな口調で早口に答えた。見るとマドリガーレの手には手紙の封筒らしきものが握られている。
「なんだか王宮で大変なことが起きているのですって。相談したいから、なるべく早めにうちへ訪ねてきたいと言ってきたわ。できることならお父さまやセリオさまのご意見も聞きたいって……それに、レッジェロさんはパストにも同席して欲しいらしく、日程を指定してくれと書かれているわ。私、どうしたら良いのか……王宮内で大変なことって、どうしましょう……」
「落ち着いて、マーレ。俺達だけじゃなくて、父さん達に相談できるなら安心じゃないか。子供の俺達だけで解決しなくて済むんだから。まずはアル叔父さんに魔伝話して事情を説明してごらん。俺達はもう冬休みだからいつでも時間が空いてるけど、父さん達は働いてるんだから、そうはいかないはずだ。大人達で相談して日程を決めてもらい、それを王女様に返事すれば良いだけだろう?」
俺の説明に、ようやく冷静さを取り戻したようでマドリガーレは「うん」と強くうなずくと、魔伝話をかけに走って行った。
なんだか悪いことが起きそうな予感に、温かかったはずの部屋が急に温度を下げたような気がした。
** ** **
その週の半ば。なんとか予定を詰めて大人達は一斉に夕方前に早退した。最近行事続きで疲れているのでリフレッシュが必要だという理由で。その日はたまたま友の家に遊びに来た王女がいて、早退してきた大人達と挨拶をする……というのが筋書きだ。コン・センティメント家に自分の工房があるアリアは、卒業制作のために冬休み中はずっと日帰りの実家通いをしているため、パストラーレが早退すればこの家に直行するのは不自然ではない。そしてセリオーソは俺の主治医なので、時間が空いた今日、ついでに定期検診をしてしまおうと言って親友達と共にこの家に来るという理由をつけた。
なんだか色々まどろっこしいが、王女が婚約者と共に外出するのは、純粋に友と友好を深めるためで、王族の内部事情を漏らすためではないと内外に示さなければならないのだそうだ。大人って本当に面倒くさい。俺には難しいと愚痴をこぼしたら、パストラーレが「そういうのは一切合切僕に任せてくれたら大丈夫だから安心して?」と、とても爽やかな良い笑顔で言ってくれた。大いに安心するところなのであろうが、なんだか薄ら寒い気がしてしまったのはなぜだろうか。とっても頼りになるはずなのに。
そうしてブリランテ王女とその婚約者レッジェロはやって来た。丁寧に手土産を持って、いかにも友達の家に遊びに来ただけというラフな格好で。とはいっても、じゅうぶんに上質な装いではあったが。
しばらくおしゃべりしながら茶を飲んでいると、魔導車が着いて大人達が帰って来た。着替えもせずに入室してくる。早退して帰宅してみたら、娘の所へ王女が訪ねてきていると知って即挨拶に来た、そしてそのまま王女が魔法庁の仕事に興味を持ち、色々質問をしてきたため長居した、というシナリオが書かれたのだ。
「では早速だが、皆が揃ったので相談内容を話したいと思う」
王女が難しい顔をして話し出した。
隣でレッジェロも珍しく神妙な表情をしている。
「お聞きしましょう」
叔父の言葉にひとつうなずいた王女は、皆の顔をぐるりと見回した後、睨むようなギラつく目をしてこう言った。
「兄が……カデンツァ第一王子が、王位継承権を放棄すると言い出した」
「「「えええーーーっ!」」」
長い話し合いになりそうだった。
** ** **
ブリランテ王女の説明によると。
コントラルト国第一王子であるカデンツァは、一瞬で燃え上がった恋に浮かれて、お相手の王女を片時もそばから離さずにいるのだと言う。そして父王に「己の生誕祭が終わったら彼女は帰国してしまう。その前にぜひとも婚約話を進めて欲しい。生誕祭では己のパートナーとして彼女に出席して欲しいし、可能ならばそこで婚約発表もしたい」と言い出したとのこと。
あまりに突然の話で、当然のことながら国王からは許可が出なかった。そして「そなたには大事な話がある故、姫を置いてひとりでついて来なさい」と言われ、渋々付き従ったそうだが、ブリランテ王女が調べさせたところによると、その話の場にはノービリタ王妃とテンペストーゾ元老院議長が同席したとのこと。
「テ、テンペストーゾ様が、そのような場になぜ!?」
大人達の疑問は当然だが、それに対して王女は「分からぬ」とひと言答えたのみであった。そして「話を続ける」と言って説明を開始した。
そして裕に二時間は経った頃だろう、兄王子がその部屋から出てきた時には、青ざめた顔色ながらも、毅然とした立ち居振る舞いであったとのことだった。そして彼はすぐさま妹であるブリランテ王女の元を訪ね「王位継承権を放棄する」と宣言したという訳だった。
驚いた王女は理由を問いただしたが「言えない」の一点張り。「元老院に脅されたのか」と聞くと少しだけ驚いた顔を見せたが「いいや、自分の意思で決めた」と固い顔で言い切ったという。王女はどうしようもなくて「王妃様の差し金か?」とも質問してみたが、それに対しては「まったくそんなことはない。だが理由は言えぬ」と取り付く島もない。
結局何も聞き出せなくて、今度は父親の所へ王女は乗り込んでいったとのこと。だがしかし、ここでも彼女は回答を得られなかった。「高等部へなど行かず、準成人となって元老院へ所属していれば明かせたのだが……」と苦しそうに言われ、後は「もう下がれ」ときっぱり言われてしまったと。
「もう、どうしたら良いのか……」
泣き出す一歩手前くらいの王女の肩に腕を回し、レッジェロが慰めていた。
「そうでしたか……そんなことが……」
「では、次の王太子候補は第二王子アリオーゾ殿下に決まるのでしょうか?」
アリオーゾ王子は、確かまだ十歳のはずだ。
「いや、彼は魔力的に劣っている。王族として不足はないが、王として立つには足りぬであろう。その下の弟、アーデルが二十歳になった時に立太子することになろうぞ……」
「え、いや、しかし、アーデル王子はまだ六歳ではありませんか! 十五歳まであと九年、その後成人まで五年、成人後、陛下の元で代替わりの見習い期間を経ていては、とうていグランディオーゾ王の代替わり時期までに間に合いません! 陛下のご年齢を考えれば、あと七年から十年程度で代替わりをされたいところでしょう……と言うことは……」
皆の視線が王女に向かう。
彼女は大きく長くため息をついた後、静かに結論を言った。
「そう、その通りじゃ。吾が中継ぎの王太女となり、中継ぎの女王となることになる。ただしそうなると、レッジェロはコン・アレグレッツァ家から籍を抜いてもらわねばならぬので、第二家の後継ぎが次男以降に差し替えられる。そして吾とレッジェロの子は、王家には要らぬ子じゃ。第二家の魔力特徴を持つことになるのでな」
「そんな……」
「兄の突然の決心は、第二家を巻き込んで周囲に多大な迷惑をかけるものなのじゃ。そして中継ぎの女王となる吾はもちろん、その王配となったレッジェロの人生をも狂わす。更に吾らは退位し第三王子に王位を譲った後、王家の中で居場所が無いのじゃ。そして兄は……グリオの姫と結婚するために王位継承権を放棄すると言っておるが、グリオ国王の同意は得られぬようじゃ。それはそうだろう。王位継承権を放棄するということは公爵に身を落とすことになる。王族でもない、ただの公爵位の者に大事な娘はやれぬとグリオ国ドウレッツァ王は怒り心頭だそうじゃ。こたびの兄の決意は……誰も幸福になれぬ。何が原因でそう言いだしたのかも分からぬ。もう……吾はどうしたら良いのか分からぬのじゃ……」
両手で顔を覆い、肩を落とす王女。隣にいるレッジェロは静かに座って、ただ王女の背を撫でるだけ。そこにはいつものお調子者の姿は一切ない。
しんとした部屋。誰も口を開かない。息をするのもはばかられるような静けさの中、ようやく口火を切ったのはセリオーソであった。
「殿下、カデンツァ王子が話し合いに呼ばれた際、テンペストーゾ様以外に、私の父レンタンドは同席していませんでしたでしょうか?」
「いや、彼がいたとは報告を受けておらぬが」
「そうですか……ですが、テンペストーゾ様が動かれているのならば、その陰には必ず父の姿があるはずです。わたくしには分かります。それが第一家なのですから」
「お義父さま、ですが、まだそうと決まったわけではありませんわ……」
「アリィ。第一家コン・エスプレッシオーネの闇は深い。何か事が起きればその裏には必ず我が家の力が動いていると思って良い。ましてや父とテンペストーゾ様はいつでも共にいる。カデンツァ王子が奇行に走った直前にテンペストーゾ様がいたならば、原因は彼と父に間違いないでしょう」
「そうなのでしょうか……」
アリアはまだ納得できないようだが、義父となったセリオーソの意見に真っ向から反対するつもりはないようだ。大人しくうつむいて座っていることにしたようだった。
「吾は、使い捨ての道具なのかのぅ……」
「……殿下」
「父王にとって、吾は要らぬ存在なのじゃろうか? たった数年、女王として在れば、あとはもう不要な存在として捨て置けるようなものなのであろうか……そしてそうなることが分かっていても、兄は王位継承権を放棄するのであろうか……兄にとって吾の幸せなど、どうでも良いのであろうか……」
先ほどよりも痛い沈黙が訪れた。
その答えは、誰も知らない。
答えることができない。
「ねぇ」
なんだか悲しくなって、思わず言葉が出てしまった。
「聞きに行こうよ。本人に聞いてみないと分からないでしょ?」
皆が戸惑うようにこちらを見ている。
「だって、聞いてみないと分かんないじゃない。王子がどんな考えで王位継承権を手離すのか、王様がどうしてそれをすんなり許可するのか。王女のことをどうするのか……どう思っているのか」
「それはそうかも知れないが……」
「王女は既に、質問をしに行っているわ」
「そうだな。王家には、元老院に所属して初めて明かされる秘密があるという。今回もそれに当たるのであろう」
「だから何?」
俺はなんだか怒りが湧いてきて、思わず早口になってしまった。
「だって、王女のお父さんとお兄さんだよ? 娘が、妹が悲しんでいるのに『決まりだから』って、酷くない? これじゃ家庭が崩壊しちゃうよ! 娘が悲しんでいるのに理由の説明もなく、娘の将来が暗いのにそれを強要しようとしているなんて、父親として失格じゃん! お兄さんだってそうだよ、妹が不幸になるのに自分の意見を押し通すって何? 全然納得できない!」
「ソラ……」
「しかし、グランディオーゾ王は王女の父親である前に国王だ……時には非情な判断も仕方ないのでは……」
「だから! それが変だっての! 大事な家族を守れなくて、何が王様だよ! 娘ひとりを守れないのに国民を守るなんて、ちゃんちゃらおかしい! 俺、魔法長官になった後、マーレを犠牲にしないとならないなら国を救えないって言われたって、絶対納得しないよ! 何か他に方法が無いか、必死で探すと思う! 王様は間違ってる!」
「ソラ……陛下は、考えに考えられた結果、この決断をされたのかも知れない……」
「だから!」
俺は目に力を入れる。
絶対に引いてなんかやらない。
「だから、それを聞きに行こうって言ってるんだ。理由と、それからどんな考えを持っているのか、を。その上でどうしようもないことだって言うなら、みんなで他に何か方法が無いか考えれば良いじゃん! 俺はこちらのことを良く知らないからあんまり良い案出せないかも知れないけど、パストさんとかセリオ医師とか、考えるの得意でしょ? アル叔父さんも父さんも“発想の第三家”なんでしょ? フォーナ叔母さんも母さんも女性ならではの視点で良いアイデアが浮かぶかも知れない。だからみんなで行くべきだ、王様の所へ。そして俺は『娘を泣かせちゃダメ!』って言ってやらないと気が済まない!」
シーンとした中、ぶはっと噴き出す音が聞こえ、盛大に笑う声がした。
レッジェロだった。
「ソラ……きみ、サイコーだよ! さすが、ぼくが見込んだだけのことはある!」
ひぃひぃ言いながら腹を抱えて笑うレッジェロに、パストラーレがため息をつきながら肩をすくめた。
「仕方ないね。ソラの言うことは一理ある。僕はソラと一緒に行くよ」
「私も!」
パストラーレの言葉に、慌てて手を挙げてマドリガーレが言い募る。笑顔でアリアも「私も行くわ」とおっとりと言った。
そうして大人達がしばらく顔を見合わせた後、ためらいがちに「しかし、陛下にお目通りが叶うのはいつになるやら……カデンツァ王子の生誕祭までに間に合えば良いのだが……」と愚痴をこぼすようにつぶやいたのだが。
その重い雰囲気を破ったのは、今の今まで大笑いし続けていたレッジェロだった。
「大丈夫、安心して。そんなこともあろうかと、カデンツァ王子が妄言を吐き出した途端、すぐ陛下に面会予約を申し入れておいたのさ。約束の日程は二日後、星の曜日の午後二時から。いやあ、ソラ、本当にありがとう。きみを見込んだ甲斐があったよ」
レッジェロの手際の良さに目を白黒させていると、パストラーレが驚いた顔でレッジェロに声をかけていた。
「すごいな、レッジュ。いつの間にそんな芸当ができるようになったんだ?」
「まあね。きみと親しく付き合っているうちに、ぼくも少しは学んだんだよ。魔力対決の時から色々見せてもらったからねぇ。言わばきみは、ぼくの師匠さ。パストせんせーい」
しなだれ掛かられたパストラーレが嫌そうにレッジェロの手を叩き落とすと、皆は一斉に笑った。そう、さっきまで悲壮な顔をしていたブリランテ王女も。
そして俺達は全員で、二日後の午後、国王に直談判しに行くことになった。
3年前、元老院から廃嫡されそうになっていたのが下火になってきていたのに、第一王子は自ら王位継承権を手放すと言い出したのです。
兄から理由を教えてもらえず、そんな無茶を簡単に許す父王にも不信感を抱き、ブリンちゃんは意気消沈しています。
子供らしく真っ直ぐに「理由を聞きに行こう!」というソラ。
そんなに上手く事が運ぶのでしょうか。
次回更新は11月23日(金)です。




