3.第一王女とその婚約者
王家への挨拶がようやく終わり、今度は大広間で社交が始まる。まだまだ気の抜けない本番が続く訳だ。
けれども謁見が終わった人が集まる場所へ行くと、先に終えていたセリオーソの夫婦が、いの一番に近寄って来てくれた。順番的に後であったはずのパストラーレとアリアの夫婦も、俺達がグリオ国の王族と話している間に王女との謁見を終えたようで、セリオーソと共に来てくれる。
そうして大人数(しかも第一家と第三家の当主含む)でがっちりと周囲を固められた俺とマドリガーレは誰にも接触することなく、ブリランテ王女退室の時間を迎えることができた。主役が退室すれば、あとは自由参加でいつ帰っても良いのだ。叔父や父はこれを機に、さっさと帰宅する予定を立てている。
思わずホッとした時、陰からスッと近寄って来た人物がいた。
「皆様方、ブリランテ王女からご伝言がございます。この後、別室にてブリランテ王女とレッジェロ様が、ソラ殿とお話されたいとおっしゃっておられます。ソラ殿、マドリガーレ殿、パストラーレ殿とアリア殿のご夫婦、の四名をご案内するよう申しつかりました。どうぞご一緒においでくださいませ。ご同行の皆様は別室にてお待ちいただくよう申しつかっております。どうかご承知を」
丁寧に頭を下げられたけれど、言われた内容は命令だ。
仕方なく、その人物に付いて行くことになった。
移動する時、視界の隅に元老院議長のテンペストーゾ・コン・スピリトゥオと、元老院を裏から操ると言われているレンタンド・コン・エスプレッシオーネがこちらを見つめているのが見えた。思わず振り向いたけど、立ち止まって挨拶をすることもできない。レンタンドがひらひらと手を振ったので、小さく顔だけでうなずくように頭を下げる。それを見とがめたのか、後ろを守るように歩いていたセリオーソが「ソラ、前を向いて。よそ見をしないように」と注意してきた。
相変わらず、この父子の仲は最悪のようだった。
** ** **
「ソラーーー! 会いたかったよ! ほんとに久しぶりだねぇ、元気だった?」
親達と別れ、そこから若者だけになってドキドキしながらもう少し歩いた後、使者が開けた扉をくぐった途端にかけられた声に唖然としてしまった。
レッジェロだった。
既にブリランテ王女とその婚約者であるレッジェロは、この部屋でくつろいでお茶を飲んでいたのだ。
「は、はい……お久しぶりです、レッジェロさん……あの、俺、レッジェロさんが殿下の婚約者だって知らなくって、その……」
ゴールデンウィークに魔法庁と街を案内してもらった際、色々失礼をしたと思う。
思い返すと俺以上に、パストラーレの方が失礼だったが。何しろ、彼はレッジェロをパシリのようにあごで使っていたし、嫌味を言ったり軽くあしらっていたりと、散々な扱いだったから。
だがふたりは友達のはずだ。それが友情で結ばれたふたりの形なのだろうから、そこは他人が口を出すべきところではない。そして俺はレッジェロとそれほど親しい関係ではないのだ。失礼があったからには謝罪をしなければ。
「なあに、ぼくが将来王女と結婚するから、失礼をしちゃったって、謝ろうとか思っちゃってるのー? いやいや、そんなの要らないよぉ。それにまだ婚約段階だからね。婚約なんて、いつ破棄されちゃうか分かんないしー」
レッジェロがそう言った途端、静かに紅茶を飲んでいたブリランテ王女がくるりとレッジェロの方に顔を向けた。
「そなた、婚約破棄する腹積もりがあるのか?」
「ええー、違うよ! そんなの無いって!」
「では、元婚約者……確か第四家の娘じゃったな、そのおなごにまだ未練があるのか?」
「えええー! ご、誤解だよ、ブリンちゃん! 今のぼくはブリンちゃん一筋だって! ブリンちゃん以外には、毛の一本すらぼくの心に入り込む隙間なんてないってば!」
「……そうか? では、吾はそなたが離れる心配をせずとも良いのか?」
「もっちろんだよ! ぼくにはブリンちゃんだけだって!」
「レッジュ……」
「ブリンちゃん!」
「レッジュ!」
「ブリンちゃん!!」
なんだ、このやり取りは。
口を開けて見守っていたが、ハッと気づいて周囲を見回してみると。
マドリガーレは微妙な顔で視線を明後日の方向に向けていたし、パストラーレはまるで「神よ……」とでも言いだしそうな顔でぐったりとしていた。ただひとりアリアだけが、にっこりと微笑みながらふたりのやり取りを見つめている……大物だ。
「そこの迷惑なふたり。いい加減にその芝居がかったやり取りをやめてくれ。こんなものを見せるために呼んだのなら、今すぐ帰らせて欲しい」
パストラーレがうんざりしたように言うと、レッジェロが「酷いよ、パスト、ぼくがブリンちゃんに振られちゃったらきみのせいだよ!」と口を尖らせた。
王女がいるのにこの態度を変えないパストラーレに驚きだ。
「ブリランテ王女殿下、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。今日の生誕祭、とても盛大でしたね。お疲れさまでした」
にこにこしながらアリアが王女に挨拶をする。
「ああ、アリィ、まったく疲れたわ……王族になんか生まれるものではないな。そなたは春から魔法庁に勤めるのだとか。五家に生まれた者がうらやましいわ。吾も職業婦人として働いてみたいのう……」
「でもブリンちゃん、成人したらレッジェロさんの第二家に降嫁するのでしょう? それからなら、どこかに就職することもできるって希望を持っていたじゃない? ダメと言われたの?」
驚くことにマドリガーレまでブリランテ王女をブリンちゃん呼ばわりだ。
今日はもう驚きばかりで頭が付いて行かない。
「そうではないがな……まぁ、その話はまた今度だ。今日は大切な用がソラ殿にあって、勝手ながら呼び出させてもらった。ソラ殿」
「はいっ」
王女に声をかけられて、豪華なソファに座ったまま背筋をピンと伸ばした。
「会いたかった。噂はかねがね、レッジュやマーレから聞いておる。そなたと会うてみたかったのじゃ」
「はい……」
マドリガーレはともかく、レッジェロは一体何を吹き込んでいたのだろう。物凄く心配だ。
「やだなぁ、ソラ」
心を見透かしたように、レッジェロが笑って手を横に振る。
「可愛いソラのこと、ぼくが悪く言うわけないでしょう? ぼく、もうほんとにソラのこと、大好き! 気やすくレッジュお兄さんと呼んでおくれ」
「吾のことも気やすくブリンちゃんと呼んでたもれ」
「さあ、ソラ」
「さあさあ、ソラ!」
真っ白になった頭をどうすることもできない俺は、肩を優しくぽんぽんとパストラーレが叩いて慰めてくれているのに、しばらく気付くこともできなかった。
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色々説明を聞いて分かったことは。
レッジェロが以前の許嫁と婚約を解消したのが約三年前。その直後、彼はブリランテ王女と婚約関係になったのだと言う。そしてその次の春にマドリガーレは高等部に進学し、今まで学校に通っていなかった王女も高等部に入学。ふたりは気が合って親友となったとのこと。
当時レッジェロは二十五歳だったので三十歳まで独身でいることが決まってしまったのだが、彼にとって愛の前にそれは些細なことらしい。とにかくパストラーレとの友情は王女との婚約後も続き、アリアも王女との交流をしているということだ。
よく考えてみたら、第一家、第二家、第三家の本家に生まれた彼らが、王家と交流を持っていても何ら不思議はない。俺は、父親が生粋のお貴族様だということを軽く見ていて、よくその事実を忘れてしまう。気をつけなければ。こちらで生きていくと決めたのだから、これからは王族との関りも大いにあるだろう。
そして、今日のように他国の王族とのやり取りも。
そう言えば、先ほどノービリタ王妃から名指しされたのは、魔法長官としての叔父であった。ドウレッツァ王とのやり取りも、アルマンド叔父が代表して受け答えていた。
俺は今更ながら、魔法長官を引き受けてしまったことを後悔してしまった。
「それはそうと、パスト、アリィ、結婚おめでとう。まだ祝いを述べていなかったことが気がかりじゃったのじゃ」
「ありがとう存じます。王女殿下にお祝いのお言葉をかけていただけるなんて、光栄なことですわ」
「むぅ、いつまでもアリィは固いのぅ。どんなに頼んでも気やすく話しかけてもくれぬし、ブリンちゃんとも呼んでくれぬ……吾は寂しいぞ」
気づくと王女とアリアがやり取りをしていた。王女が懇願の口調なのに、アリアはにこにこしているだけで慌てる様子も改める様子もない。
口を尖らす王女にレッジェロが肩を抱いて慰めた。
「仕方ないよ、ブリンちゃん。パストは超、超、超、超、焼きもちやきなんだから。夫人が誰かと親しく話すなんて許してくれる訳がない。ぼくなんか、夫人に挨拶しようとして何度手を叩き落とされたことか。夫人に話しかけただけで汚い虫を見るような眼を向けてくるし、めげずに何度もチャレンジすると夫人を連れて帰ってしまう。この嫉妬の塊のような男がいる限り、夫人と親しく話すことはできないと思うよ」
「なんと……コン・エスプレッシオーネ家の男達の噂は真であったか。兄の様子を見て、出会ったばかりの女性に対してあれほど夢中になれるとは、正気の沙汰ではないと思うたが、長年独占していてもまだ足りぬとは、第一家の性は誠に宿業なのやも知れぬのう……」
内容的にツッコミどころ満載なレッジェロの言葉にも、それに納得してかなりな感想を言っている王女にも反応せず、パストラーレはさらりと話題を変えた。
「そのカデンツァ王子殿下のお話ですが。今日の殿下のご様子では、グリオ国のアマービレ姫と想いを通じ合われたようですね。半月後の王子殿下の生誕祭で、婚約発表でもしてしまいそうな勢いではないですか」
パストラーレの言葉に、ブリランテ王女はあきれたようにため息をつきながら微笑み、肩をすくめた。
「まさにその通りじゃ。互いにひと目惚れと言っておったのう。数日前にグリオの使節団が到着した時から今日まで、ひと時も離れないとばかりに、びったりとくっ付いておる。まさに、おはようからおやすみまで、の勢いじゃ。こう、そら、この距離まで寄って座り、更に手を握り、額を寄せ合って見つめ合っておるのじゃから……あんなに近寄って、相手の顔がぼやけて見えたりせぬのかのう?」
隣に座るレッジェロに向かって身を寄せ、このくらいの位置だ、と教えてくれる王女に、レッジェロは「ぼくらも真似してやってみようよ」と言って額を寄せてみたが、無表情の王女から「目が悪くなりそうじゃ」と、手のひらでぐいーっと押し返されていた。
レッジェロ、不憫。
「いずれにしても、グリオの姫を娶るとなれば、兄の王位は確定したも同然だ。外交問題につながる。元老院も手出しができなくなるはずじゃ。そなたらには心配をかけたな。魔法長官達にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、承知いたしました、殿下」
「ソラ、会えて嬉しかったぞ。今度、マーレを訪ねて遊びに行くゆえ、ゆるりと話そうぞ」
「はい」
そうして俺達は部屋を辞し、父親達と合流して王宮を後にした。
なんだかとても濃くて、物凄く疲れた一日だった。
とうとうブリランテ王女とソラが話せました。
ソラにとっては衝撃の連続でしたが。
「気やすくレッジュお兄さんと呼んでおくれ」は、ソラがそう呼ばない限り、レッジェロは永遠に言い続けるでしょうね。
でもこんなうざったい第二家の人達のこと、私はとても気に入っています。
さて、楽しいお遊びはここまで。
次話から物語は一気にシリアスに突入します。
お待ちいただけたら嬉しいです。
次回更新は11月21日(水)です。




