2.謁見(えっけん)
第三家の当主であるアルマンド叔父と共に出席する形になったので、俺達は大広間に入場するのもほとんど最後に近い順番だった。そのため、パストラーレの父親である第一家の当主セリオーソの夫婦と、共に控室で話しながら待ち続け、入場のために呼ばれるまでゆったりと過ごすことができた。しかも、セリオーソのコン・エスプレッシオーネ夫妻、アルマンド叔父とアンティフォナ夫妻、パストラーレとアリアの夫婦、そして俺の両親と、強力なガードがあったため、俺とマドリガーレは大広間に入るまで他者から話しかけられることがなかった。本当にありがたい。
そして今、俺達はコントラルト国の第一王女であるブリランテ王女の前で頭を下げて挨拶をしている。なんだか妙に威圧感と言うか、オーラと言うか……とにかく存在感が凄い王女を前にして、どうして良いのか分からず、少しだけ挙動不審になってしまっていた。
いや、問題は王女のオーラだけではない。
その隣で鷹揚に構えている男がいることが、俺にとって一番の驚きだったのだ。
第一王女の横でどっしりした貫録を見せつつ、それでも飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を醸し出し、にこにことこちらを見ているのは。
第二家本家の跡取りである、レッジェロ・コン・アレグレッツァであった。
彼は治安部に勤める将来有望な二十七歳で、結婚が早いこちらの国では珍しい独身男性だと思っていたのだが……未成年の王女と婚約していたのなら結婚が遅くても仕方がないと、ようやく理解した。
彼は明るく元気でとてもお人好しで、ゴールデンウィークにこちらに来た時、俺が魔法長官になるかどうかを判断するためには、まず魔法庁内を巡ってどんな部署や仕事内容があるのかを知り、街を歩いて人々の暮らしを自分の目で見ることが必要だと言って、案内を買って出てくれたのだ。
そうして振り返れば、職人街と商人街を彼から案内してもらった時、魔法庁前の転移装置で偶然、元老院議長であるテンペストーゾ・コン・スピリトゥオと会った際、議長がレッジェロに向かって「そなた、もう少し年相応に落ち着きなされ。殿下にご迷惑をお掛けするのではない」と言っていたことがあったのを思い出した。そうか、議長が言っていた“殿下”というのがブリランテ王女のことだったのかと、今更のように理解したのだ。
そのテンペストーゾ議長が、あの場で自然部の視察に付いて行くよう言ってくれたから、俺は夏休みに貴重な経験ができたし、魔法長官になる決心がついたのだ。俺の周囲の大人達はテンペストーゾ議長を毛嫌いし、警戒し続けているのだが、前回の視察については、俺自身は感謝している。まぁ、過去の経緯を聞いたので判断が難しいが……テンペストーゾ議長と仲が良いと言われている、パストラーレの祖父レンタンドも、俺の第一印象としては別に悪くなかった。なぜ大人達があんなに警戒しているのかイマイチ分からないのだが、この俺の「分からないと言っているところ」が大人達には不安なのだと言われ、少し混乱する日々を送っている。ともかく、自分はこちらのことをよく知らないし、まだたったの十五歳の子供なのだから、と周囲の大人達に全て任せている状態だ。なんだかちょっと納得いかないけれど、飲み込むしかないと思っている。それに、パストラーレとその父セリオーソを見ていれば分かるが、彼らもちょっと一筋縄ではいかない性格をしているのだから、第一家の性質と力は侮れないはずだ。だからきっと、人の良さそうに見えたレンタンドも……。
つらつらと考えているうちに、第一王女との謁見が終わっていた。
慌てて親達に合わせて一緒に頭を下げ、精一杯礼儀正しく御前を辞した。
思わず小さくため息が漏れる。
「ソラ、なんだかちょっとぼうっとしていた? この後は国王陛下と王妃陛下へのご挨拶よ。気を抜かないでね」
エスコートのために俺の肘の内側に軽く手をかけたマドリガーレが、一瞬俺の腕をギュッと握った。
「うん、ごめん、気を付けるよ」
苦笑してそう言うと、彼女は「うん」と小さくうなずいて笑ってくれた。
そして父親達の後に続き、今度はコントラルト国王であるグランディオーゾ王と、ノービリタ王妃の前に進み出た。
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魔法長官であるアルマンド叔父、魔法副長官のアンティフォナ叔母、魔法長官補佐官を務める父レチタティーヴォ、そして秘書の母蘭々が順番に名乗り、続いて俺とマドリガーレが名前を告げると、代表してアルマンド叔父が国王と王妃に向かって滔々(とうとう)と挨拶を始める。さすがあの王女の父親であり一国の王である、威厳があって自然に頭が下がる思いがした。
叔父の流れるような長い挨拶の後、国王は叔父に話しかけ、叔母と話をし、両親とも会話をした後、次は、とばかりにこちらへ視線を向けた。
「そなたがソラか」
「はい、陛下」
臆せず返事をするのが難しかったが、気力を振り絞って声を出した。
「成人後、魔法長官見習いになることが決まったらしいな。精進するように」
「はい、精一杯努めます」
続いて国王がマドリガーレにも「副長官として長官を支えるように」と声を掛けるのを聞き、そのまま流れるように退去する予定だったのだが、その前に王妃が「陛下」とストップをかけた。
「陛下、兄が魔法長官の一家と話をしたいのですって」
王妃の言う“兄”とは隣国グリオの国王、ドウレッツァ王のことである。
俺は事前に説明を受けていた、コントラルト国王家と、グリオ国王家の関係を思い返した。
コントラルト国のグランディオーゾ王は、第一王子カデンツァと第一王女ブリランテを産んだ妃が病に倒れ儚くなった後、グリオ国王の年の離れた末の妹姫と出会い、劇的な恋をしたと言う。それはまさに運命の出会いであったと詩人が歌い、歌劇の演目にもなったくらいらしい。十歳の年の差カップルはノービリタ姫の成人を待って成婚となり、生まれてきたのが第二王女と第二王子、第三王子という訳だ。
ノービリタ姫が生まれてすぐに父王が亡くなり、グリオ国は成人したばかりのドウレッツァが即位したが、彼はこの末の妹をことのほか可愛がったという。ドウレッツァ王は即位直前に結婚をしていたが、数年間子ができなかったのも妹姫をことさら可愛がる理由になったのだそうだ。その妹姫を嫁に出すにあたって、彼は本当の父親以上に保護者として立派に務め上げ、彼女が何ひとつ不自由しないように全てを整えて、コントラルト国に送り出したとのことだった。
一方、それほどまでに愛されて育ったノービリタ姫は、嫁いだ後も数年ほどは何かと「国の兄が言っておりましたが……」と口にしていたとのこと。国王であり夫であるグランディオーゾ王は「それが彼女の個性であろう」と取り合わなかったが、コントラルト国の重鎮達は「王妃はグリオ国王の傀儡なのではないか」とか「グリオ国王と組んでコントラルト国の乗っ取りを考えているのではないか」と囁いたことがあったのだと言う。グランディオーゾ王は「根も葉もない話だ」と一笑に付したが、第一王子カデンツァと第一王女ブリランテは、未だ怪しんでいると叔父は言っていた。
その真偽は定かではないが、他の周辺国が、半月後のカデンツァ王子の生誕祭で招待を受けて祝いに来るという中で、グリオ国のみがブリランテ王女の生誕祭にも招待されていることは事実だ。しかも国王であるドウレッツァ王と第一王子デヴォート、第三王女アマービレと、三人も王族が駆け付けたのだ。何かがおかしいと考える人はいるであろうと、父が難しい顔をして言っていた。
そのノービリタ王妃が「兄が魔法長官の一家と話をしたいと言っている」と言い出した。賓客席にいるグリオ国の王族三人がわざわざこちらへやって来て、五家の当主とは言え、ただの一貴族であるアルマンドに話しかける必要があるのか。
彼ら三人が既にこちらへ向かって歩き始めているのに、グランディオーゾ王は「良いか、アルマンド」とわざわざ確認を取ってきた。叔父は笑顔で「大変光栄に存じます」と答え、頭を下げる。周囲の大人が合わせて首を垂れるのを見て、俺も慌てて一緒に礼をした。
「そなたらが魔法長官の一家か。顔を上げよ」
重々しい声が聞こえ、皆に合わせて恐る恐る視線を向けると、グランディオーゾ王よりもよほど気難しそうな髭をたくわえた男がいた。年の頃は五十歳前後か。グランディオーゾ王も決して威厳がない訳ではないのに、ドウレッツァ王と比べると見劣りすると感じてしまうくらい覇気が物凄い。
視線をそらすように横にずらすと、ドウレッツァ王の隣には、第一王子デヴォートと見られる人物がいた。こちらは二十代後半か三十代になった頃という感じだ。穏やかに微笑みを口元に湛えつつも、油断ならない瞳がこちらを量っているように感じた。
その隣へ目を向けると、そこには俺と同じ年頃の少女がいた。第三王女アマービレであろう。可愛らしい雰囲気を醸し出し、一心に見つめるその視線の先を見ると――。
そこにはコントラルト国第一王子カデンツァがいた。
彼もまた瞳をそらさずアマービレ姫を、熱に浮かされたように見つめ続けている。
『こ、これは、次の慶事が決まったのかな……?』
色恋に疎い俺でさえ気づくほど、ふたりの年若い男女の間には桃色の空間ができ上っていた。グリオ国王とアルマンド叔父が何やら難しい言葉でやり取りをしているが、俺はあの恋に落ちたてのふたりが気になって、ちっとも頭に入ってこなかった。
――人って、あんな風に恋しい人を見つめるものなんだ。
自分もあんな様子でマドリガーレを見ているのかと、ちょっと目が泳いでしまった。
あんなではないとは思うのだけれど……。
そんなことを考えているうちに、グリオ国のデヴォート王子に話しかけられ、思わずビクッと体を震わせてしまった。慌てて顔を王子に向けると。
「そなたが次期魔法長官というソラ殿か。まだお若いようだが、おいくつになられる」
「は、はい、あと数日で十六歳になります」
「そうか。隣にいる愛らしい女性が、副長官になられるとか」
「はい、マドリガーレ・コン・センティメントと申します。わたくしは十八でございます」
「ほう。いずれもお若く才能にあふれたおふたりとのこと。更に有能な補佐官がそなたらには付くと聞いておる。なんとも羨ましい。隣同士で古より何度となく縁戚関係を結んでいると言うのに、我が国はまるで魔力の向上が見られない。仕方なし、数で勝負と我が王家は多産でなんとか保っているが、そなたらのような優秀で才能あふれる若者を目の当たりにすると、なんとも羨ましくて敵わぬな。我が国にもそなたらのように魔力の強く、多い子らが生まれてきてくれぬかと切望する」
「は……」
なんと返答して良いのかまったく分からないようなことを言われ、頭を下げることしかできなかった。
御前を辞して、ようやくゆっくり言葉の意味を反芻してみたが。
言われたことは、ただただ俺とマドリガーレ、そしてパストラーレのような魔力の多い人材が不足しているということだった。何しろあの短いやり取りの中でデヴォート王子は、二度も「なんとも羨ましい」と言ったのだから。
……それほど、隣国グリオは魔力的に困窮しているということなのか。
大魔術で魔力が国にゆきわたらなければ、黒い魔流は祓いきれず災害が起きやすくなる。田畑の実りも思うようにいかず、都会では吹き溜まりができて治安も悪くなるだろう。
そう言えば自然部の視察に同行した時に、案内と指導をしてくれたフリオーゾが「グリオ国では春の大魔術では祓いが足りず、夏に王族が数十人もの人数で各地へ派遣され、小規模大魔術を行って祓いをする」と言っていたと思う。
隣国の王と王子がねっとりした視線をこちらに向けていたのも、さっきはなんとなく嫌な気持ちになったのだが……こうしてグリオ国の事情を思い出してみると、なんだか少し同情してしまった。
王家の方々との出会いです。
これからソラは、貴族として、魔法長官候補者として、こういった人達との付き合いをしていかねばなりません……大変です。
そしてとうとう仮想敵国の王と第一王子が出てきました。
まだたった16歳のソラに、何かできることはあるのでしょうか。
次回更新は11月19日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




