道場に行くんだよあくしろよ
生まれてから早四年、ここまで本当に長かった気がする。
魔法が使えないと分かってからも本を読み続け、結構文字も理解できる様になった。それでもやはり、娯楽がほぼ本と薫さんの料理のみなので、かなーりきつかった。
筋トレだってこんな子供の頃からやったら悪影響だろうから、出来て柔軟体操がいいとこだ。だがそんな風に考えていた俺にも、転機が来た。
「我が息子よ! お前は天才だ。他の子よりも明らかに早熟だし、頭も賢い。だからこそ、お前と一緒に行きたい所がある!」
そう熱弁するのは政行だ。なんだ我が息子って、いや息子だけど。
「一緒に行きたいとこ?」
「あぁ、聞くより見た方がいいだろうから、今から行くぞ!」
「いや、今からごは……」
「そうだな、何事も早い方がいい!」
そう言った政行に抱えられ、俺は家を後にした。
◇
かなりの速度で走って数十分、中々にでかいお屋敷の前で止まった。
「ここだぞ楽、ちゃんと見ろよ〜?」
(見る? 競馬とかじゃねぇよな?)
政行が紹介するもんだし、別に俺は期待してなかった。だが俺の予想は、いい意味で裏切られることになる。
屋敷に入り、最初に耳に入ったのは何かが叩きつけられる音。その直後に聞こえる、やー! サー! といった雄叫び。この時点で俺はここがどういう場所か理解し、久し振りに笑みが溢れた。
(この雰囲気、まじか……!)
政行を追い抜かし、音の鳴る方へと早歩きで進む。そして廊下の先、そこに広がっていたのは……
「ここを持たなければ容易く投げられるぞ」「怪我するから爪は切っとけ!」「あれは闘気を利用した技で……」
歳がバラバラの男達が投げ合い、教え合い、指導する光景だった。
「なんだ楽……急に追い抜くなんて。おぉ、今日は柔の日か」
後ろから聞こえる政行の声なんて、右から左へ通り抜ける。それだけ俺は、目の前の光景に釘付けだったのだ。
「なぁ政行、これ参加していいのか?」
参加したくてしょうがない。楽の心はもう道場に奪われている。そして父である政行は驚いていた。今まで一度もわがまま……というか願いを言って来なかった息子が、初めて言ってきたのだ。
親として聞いてやりたい。そう思っても、道場は危険な場所だ。さすがに四歳の息子にやらせる訳には……でも連れ来たの自分だしな、そう政行が熟考していると目の前から還暦を過ぎたほどの女性が現れた。
「あら政行くん、その子は息子さん?」
「あ、どうも泉さん。この子が息子の楽です。楽、挨拶しなさい」
「どうもこんにちは、楽です」「あら、礼儀正しい子ねぇ」
(泉さんね、袴が似合う人だけど……分かるよ。中心に一本通った姿勢、長年武道を真剣にやっている人だ。やっぱりこういう人がいる道場なら参加したいなぁ。ダメかな、四歳だしいけるだろ)
「それで、その子は体験しに来たの?」
「え、いや……」「はい! 父の使うかっこいい武術を学ぶ為に来ました!」
「はい! うちの息子は俺に憧れて体験に!」
ちょろい。どうもうちの親は、だいぶ親バカだ。だがそのおかげで参加出来そうである。
「なら着替えて頂戴。まずは受け身から練習するからね」「はーい」
受け身。柔道や合気道などの投げが大事な格闘技では必ずある技術で、一番最初に習うものでもある。理由は簡単、投げに対して受け身ができなければ、最悪の場合死ぬからだ。あくまで最悪だが、それでも大なり小なり怪我はする。だから最初に習い、習得しなければならない技術。
楽は持って来られた一番小さな道着に着替え、道場に入る。入って感じる、入らなければ分からない空気。道場特有の畳の匂い……懐かしの我が家に帰ってきたかの様だった。
「楽、怪我しない様に気をつけろよ。ちゃんと見てるからな」
「分かってるよ、絶対に怪我しないから」
受け身の練習で怪我するのは、余程の運動音痴ぐらいである。それに四年間この体にいて、分かったことがある。それは……
「中々センスがあるわねぇ、綺麗な受け身よ」
そう、運動神経がいい。なんか感覚にしっかり体がついてくるというか、これは自分の体ながら成長が楽しみだ。
(早く受け身終わらせて技習いたいな。なんか異世界特有の技とかあるんだろ? まじで楽しいな)
だが多分、まだ俺は技を教えてもらえないだろう。年齢的にね、だから見せてもらうことにした。
「すいません泉さん、何か技を見せてもらえませんか? なんでもいいので」
「技? 受け身は確かにあんまりカッコ良くはないわよね……分かったわ。政行くん、ちょっといいかしら」「あ、はい」
さっきからこっちをチラチラ見てた政行が、こっちに来た。
「今から楽君に技を見せるから、私の腕を掴みなさい」
そう言って泉さんは手を前に出した。それを政行が強く握り締めようとした……その時だった。
政行が宙を舞った。
それはもう美しいまでに弧を描き、投げられた。それを見た楽は思い出した……前世の記憶。何処かで見たことのある技。
(あ、思い出した。確かこれは合気道の……)
「「呼吸投げ」」
「と言います」
楽と泉さんの声が被る。
「あら、知っていたんですか? それはごめんなさいね、じゃあ新しいのを……」
「あの泉さん、父伸びちゃってます」
「あらら。えーこの様にならないために、受け身は大事なんですよ」
ちょうどいい反面教師だな。倒れた政行を見て俺はそう思った。




