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時が経つのは早いもので

「楽〜ほら〜ご飯よ。はい、あーん」「ん」


 生まれ変わって半年ぐらいが経った。まさか本当に生まれ変わってるとは思いもしてなかったが……流石に一ヶ月も経てば人間適応するもので、半年経てば自分の名前に愛着が湧く。


(それにしても、このご飯の時間だけは生き地獄すぎるけどな)


「おいしい?」「ん」


 今目の前で俺にご飯を食べさせてくれてるのは、今生の母親である薫さん。これがまぁ中々の美人さんで、多分実年齢より十歳ぐらい若く見られるだろう。髪は綺麗な黒で、大和撫子って感じだ。


 ご飯が終わると、俺はハイハイで庭へ移動して外を眺めたりする。と言うか、それぐらいしか出来ない。


(流石に外に出るのは心配掛けるしなぁ……)


 あとこの半年で分かったことが一つ、それはここが俺の知らない世界ということ。


 理由は色々ある。まず文字! これにはなんと漢字っぽいのがある。でも知らない字もちらほら、これは多分ひらがな枠。


(でもなんとなく分かるな……)


 次にここの場所の名前、どうやらここは義国って国らしい。流石に日本史選択してたから分かるけど、日本がそんな名前だった時代はない。


 そして一番の決め手が……魔法、なんとこの世界には魔法がある。これが貴族みたいなお偉いさんだけ使えるのかと思いきや、普通に薫さんも料理中に使ってることから、誰でも使えるもんなんだろう。


(魔法は流石にワクワクしちゃうよなぁ、テンション上がるぜ)


 そんなことを考えてると、どっどっと誰かが急いで走って来る音が。まぁ十中八九父親しかいないが。


「おー、また外を眺めてたのかぁ楽。俺には分かんないけど……お前はこう、風とかに趣を感じるタイプなんかもしれないなぁ」


 こんな的外れなことを言ってるのが父親の政行、夜から朝に掛けて仕事をしているらしく、昼頃に帰っては俺に構う。


(まぁ初めて出来た子供だし可愛いよなぁ。でも中身が俺だし、少し不憫だ)


「将来は詩人か? それもいいけど國守もいいぞぉ」


(國守ねぇ……)


國守、政行のやっている仕事らしく、この義国全体の治安維持をしているらしい。つまり警察みたいなもん、自分の父が警察とは中々に誇らしいが、生まれて半年の子供に國守はいいぞぉと言い続けるのはどうなんだと言いたくもある。


「政行さん、楽に國守を強制しちゃダメって言ったでしょう? 楽には自分のしたいことを見つけてさせてあげたいの」


 薫はそう言いながら、政行から楽を奪い取る。


「なんだとぉ、國守はいい仕事なんだぞ! 楽だってやりたいって言ってるぞ、なぁ楽!」「ん」


 親同士の言い争いが激しくなる一方、俺は考える。


(したいことをか……この国には格闘家とかなさそうだしなぁ。前の人生じゃ格闘家なんて目指したせいで、碌に親孝行もしなかったしなぁ)


 格闘家なんて碌なものではないという自覚はある。人をぶん殴り、蹴り、締めて歓声を浴びる競技がまともなわけが無い。それでも格闘家をやめなかったのは、色んな応援があったとか、得意だったとか、理由は色々ある。でも一番はそう、


(格闘技が楽しくてしょうがなかったんだよな)


 きっと今生でも機会があればやるんだろうなと、楽は思った。


 ◇


 最近ちゃんと喋れる様になった男、楽です。


 生まれてから三年以上経ったし、まぁ普通だと思う。そんなわけで、立てるようになったおかげで行動範囲が増えた。主に二階、薫さん達の部屋があるのだが、その中でとても興味深いものを見つけた。


(本、しかも結構たくさんあるな)


 正直これを探しに二階に来たと言っても過言ではない、それぐらい俺には重要な事だ。やっぱり文字が読めないと結構不便だろうし、今のうちに覚えておきたかったのだ。


(簡単な文字の図みたいなのもある。古い奴だし、薫さん達が使ってたのか?)


 図を見て覚えながら本を眺める、これが最近の娯楽だ。本にも色々あり、童話や英雄譚などの物語に、図鑑や辞書みたいなのもある。その中で一番面白いのは「世界の歩き方」という、各国の文化が書いてある本。


「帝国には剣闘士がいるのか。剣かぁ、いいよなぁ剣士。かっけえし」


 剣は浪漫の塊、男なら誰もが分かってくれることだろう。それに現代日本では剣も刀も持つ機会なんかないからこそ、より憧れがあるというものだ。


 だが楽にとって、これらは全ておまけに過ぎない。文字を読めるよう勉強しているのは、たった一つの目標のため。それは……


(火属性の魔法かっけぇな! 雷もいいけど)


 そう魔法。楽にとって魔法は完全な未知の領域でありながら、夢のようなもの。できるならば魔法をバンバン撃って戦いたいのが男心である。そのため、ほぼ毎日楽は魔法の知識を貪った。


(魔法には十の属性があり、その中で人は最大三つの適性を持つ。適性がなければその属性の魔法は使えない……か)


 思ったより魔法はだいぶ才能がものを言うらしい。筋肉とは違い、どれだけ努力しようが魔力量も上がらないとのことで、両利きの様な持ってる人だけに選択肢があるって感じだ。


(俺に適性ってあるのか? そういう自覚は全くないけど。でもなんか力? みたいなのは感じるんだよなぁ、身体の奥から。だから魔力自体はあると思うんだけどな)


 そんなことを考えてると、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「楽〜どこにいるの?」


 薫さんの声が二階に響く。慌てて本を閉じて元の場所に戻そうとするが、足音が近づいてくる。


「あら、ここにいたのね。本を読んでたの? 一体なんの……」


 薫さんが部屋に入ってきて、俺の前にしゃがみこむ。いつものように優しい笑顔だが、その表情が曇っていく。


「……楽、お母さんとお話ししましょうか」


 そう言って、薫さんは俺を膝の上に座らせる。普段なら温かくて安心するのだが、今日はなんだか重い空気を感じる。


(ん? やばいことしたか? 確かに子供が勝手に二階に行ったら怖いか)


 だが自分の想定と違い、薫さんの表情が曇っていたのには別の理由があった。


「楽、あなた……魔法のことにとても興味があるのね」


 俺の前にあった魔法の本を見て、薫さんがそう呟く。


「でもね、楽。お母さん、とても辛いことを言わなければならないの」


 薫さんの声が震えているのが分かる。俺は嫌な予感がしてならない。


(とても辛いこと……?)


「あなたが生まれる前に分かっていたのだけど……あなたはね……」


 薫さんは一度言葉を切り、深く息を吸った。


「楽、あなたは……魔法が使えない病気なの」


「え?」


 その言葉が、俺の頭の中で何度も響く。魔法が使えない? 病気?


「反魔病って言うの。生まれつき魔力を弾く体質で……治すことはできないって」


 薫さんの目に涙が浮かんでいる。俺を抱きしめる腕にも力が入っているのが分かる。


「ごめんね、楽。お母さんのせいで……お母さんがしっかり産んであげれなくて……」


 楽はただ何も言わず、薫さんを抱き返した。


「ごめんねぇ、ごめんねぇ」


 薫さんの悲しい声が家中に響いた。その後、薫さんも落ち着き、下に戻って行った。その時の楽の心情は……


(まじか〜魔法使えないまじか〜結構ショック〜)


 予想以上に軽かった。というか、あまり悲しいと思っていなかった。


(なんか薫さんに申し訳ないな。気の利いたことでも言おうとしたけど、流石に三歳が言ったら可笑しいし。確かに魔法使えないのは残念だけど、残念なだけだしな)


 五体満足なだけで充分だと、楽は思っている。ちなみにこの日の晩御飯は、めちゃくちゃ豪華だった。

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