↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
97/127

第97話 連携

「……ミナ。あの灰ねこさんって、万象冠の?」


 サフィナの声が、小さくなっていた。

 ミナは水晶を支えたまま頷いた。


「はい。リュネールにいたときに、一度、会いに来てくださいました」


「会いに」


 サフィナが、そこで言葉を止めた。

 ハーシムは受付の奥を見ていたが、少しだけ眉を上げた。


 ミナには、見慣れた名前だった。

 料理の手順を尋ねたり、道具の置き方を教えてくれたりする人。

 町で会ったときの声も、顔も知っている。


 けれど、職員へ名前を伝えてから、周囲の話し方が変わった。

 離れた国でも、それだけの重さを持つ名なのだと、今になって感じていた。


 文字板には、いくつかの短い言葉が続いていた。

 本当なのか、と聞く人もいる。

 ミナが返事を探していると、奥から職員が戻ってきた。


「こちらで確認を進めています。守備隊からも担当者が来ますので、もう少しお時間をいただけますか」


「はい」


 ミナは水晶へ顔を向けた。


「これから、ギルドの方に詳しくお話をします。配信は、いったん終わりにしますね」


〈灰ねこ:分かった。こちらも、正式な連絡先へつなぐ〉


「ありがとうございます、グレンさん」


 光を落とす前に、もう一度文字板を見た。

 いつもの名前の下に、短く返事があった。


〈灰ねこ:こなべさんたちは、そこで待っていてくれ〉


     *


 待っている間にも、ギルドは動いていた。


 守備隊の担当者が来て、ハーシムから場所を聞いた。

 サフィナには、最後にその岸を歩いた時期を尋ねる。

 職員が紙へ書き留め、元の報告と合わせて奥へ運んだ。


「確認の者を出します。川岸で働いている人たちにも、戻る支度を始めてもらう」


「まだ、来ると決まったわけではないんですよね」


 ミナが尋ねると、担当者は頷いた。


「はい。今は、仕事を切り上げてもらう段階です。道具を片づけている間に危険が近づくと、帰るのが遅くなりますから」


 ミナは、川岸へ並んでいた荷を思い浮かべた。

 あれを全部積み直してから帰るなら、すぐには動けない。


 グレンの身元の確認が済む前に、伝えられることは伝わっていた。

 地図に示した岸と、そこで人が働いているという話だけでも、確かめる理由にはなった。


 しばらくして、別の職員が入口へ出てきた。


「ミナさん。お三方とも、こちらへ」


 案内されたのは、奥の連絡室だった。

 机に据えられた水晶の横で、書記が文字を写している。

 ギルド同士の連絡に使うものだと、職員が簡単に説明した。


「王都側の窓口から、グレン様ご本人であるとの確認が取れました。今はそちらの連絡室へ移られています」


 机の上には、配布用とは違う、大きな地図が広げられていた。


     *


 ダリヤが来たとき、ミナは慌てて椅子から立った。


「そのままでいい。地図を押さえておいておくれ」


 いつもの穏やかな声だった。

 ただ、今日は笑みを向けた後、すぐに机へ視線を移した。


「先に知らせてくれてありがとう。守備隊から話は聞いたよ」


 外套を従者へ渡し、守備隊の担当者と並んで立つ。

 ダリヤは書記へ、こちらの名と同席者を伝えるよう頼んだ。


 ほどなく、返事が届いた。


『突然の照会で失礼した。こちらには、レオンが持ち帰った調査報告がある。最新の状況と照らして、気になる経路があった』


 書記が読み上げる。

 ダリヤは頷いた。


「レオン殿の帰還報告でしたか。こちらでもファリドたちが観測を続けています。ザイード隊からの報告も、昨夜届きました」


 その言葉が送られる間に、守備隊の担当者が地図へ印を置いた。

 町へ入る街道。

 人が集まる荷下ろし場。

 すでに見張りを増やした場所。


「谷へ続く道は、ここで通行を止めています。街道から来るものには、こちらの見張り所が対応します」


 もう一つ、川沿いの作業場へ小さな印を置いた。


「この岸にも巡回は入れています。ただ、常駐ではありません」


 ダリヤが尋ねた。


「最後に通ったのは」


「昼前です。報告では、異常なし。それ以降は、確認中です」


 書記が、時刻も含めて伝えた。

 ミナは地図の端を押さえながら、返事を待った。


『巡回後に、上流から入る可能性は残る。街道を避けて岸を進んだ場合、町側で最初に止められる場所を確かめたい』


 守備隊の担当者が、沢と道の交わるところを指した。


「ここには、水が深い場所があります。普段、人はこの橋へ回る」


「でも、その上なら渡れます」


 サフィナが口を開いた。

 全員の視線が向き、少し背筋を伸ばす。


「今の水量なら、上に浅いところがあるんです。岸へ下りるのが大変だから、荷物があると使わないけど。石の多いところを越えれば、向こうへ出られる」


「最後に見たのは?」


「五日前です。舟から。水は、膝より下くらいに見えました」


 担当者は否定せず、その場所にも印を置いた。


「人が荷を持って使う道だけでは、足りませんね」


「うん。そこも確かめておくれ」


 ダリヤが言った。

 職員が部屋を出ていく。


     *


 王都の連絡室で、グレンは新しい紙へ線を引いていた。


 地図を丸ごと受け取れたわけではない。

 送られてくる地点の説明を、広域図の横へ書き足している。

 現地と同じ番号を振り、距離や道幅には、分かる範囲の数値を添えた。


 背後で戸が開いた。


「グレン」


 バルドだった。

 呼びに行かせた職員へ礼を言い、机へ近づいてくる。


「町へ出るかもしれん、と聞いた」


「まだ確認中だ。ただ、出たときに人が残っている場所がある。退く間を作るなら、どこが使えるか見てほしい」


 バルドは紙へ身を屈めた。

 いつもの笑みはなかった。


「こちらの川幅は」


「広い。正確な数字は照会している。今見たいのは、その手前の通りだ」


 グレンが指す。

 バルドは、送られた説明を一つずつ読んだ。


「狭いところに盾を置けばよい、というだけでもないな。後ろから人が来るなら、逃がす幅が要る」


「ああ。ここで止めると、作業場から戻る人まで塞ぐ」


「人を通してから閉じる場所と、その間、受け持つ場所を分けたい。脇へ抜ける道はあるか?」


 グレンは書記へ質問を渡した。

 返事が届くまでの間に、別の紙を引き寄せる。


 遠くの町へ、今から駆けつけることはできない。

 自分たちが立つつもりで線を引いても、そこにいる者の数や腕が違えば役に立たない。


「使える人数も、先に聞こう。前に立つ者を集めて、ほかを空にしては意味がない」


 バルドが頷いた。

 大きな指が、まだ何も書かれていない町の内側を押さえた。


     *


 サハルの連絡室へ、次の報告が入った。


 川岸の作業場では、仕事を切り上げ始めている。

 手前の道を通った見回りからは、まだ魔物の報告はない。

 上流側へ回った組は、戻っていなかった。


 ダリヤは壁に掛けられた時刻を見た。


「作業場の人を戻そう。道具や荷は、その場へまとめておいていい。持ち帰るために残らせないように」


「承知しました」


「町の外で働く者の名簿も、帰ってきた人数と合わせて。日雇いで入った人を落とさないでおくれ」


 職員が書き留めた。

 書記が、王都から届いた質問を読み上げる。

 盾を置く場所だけでなく、そこから人を逃がす道を確認したいという。


「バルド殿も加わられたそうです」


 ハーシムが顔を上げた。


「盾冠の?」


 書記が頷く。

 ダリヤは一度、ミナへ目を向けた。


「君の配信には、ずいぶん頼もしい人たちがいるんだね」


「……はい」


 それだけを答えると、ダリヤは地図へ戻った。


「助言はありがたく使わせていただこう。こちらの地形と人数を伝えて、実際に置く者は守備隊で決める」


 担当者が頷いた。

 町のあちこちへ置かれていた印が、少しずつ動いた。

 全部を川岸へ寄せることはしない。

 人が戻る道、舟の着く岸、町中で集合を待つ者。

 ミナが知らなかった役目が、地図の上に並んでいった。


「私たちは、何をすればいいですか」


 ミナは尋ねた。

 ダリヤがこちらを見る。


「まずは、明日の採取を見合わせてほしい。今から岸へ確かめに行く必要もない」


「はい。それは、グレンさんにも言われました」


「うん。そのうえで、手伝ってもらえるなら、戻ってくる人たちの案内を頼みたい。ギルドで受付をするから、できることを伝えておくれ」


 ハーシムが言った。


「自分は、護衛と盾を使った防衛ができます。二人とは普段から組んでいます」


「では、それも担当へ。三人一緒に動ける場所を考えてもらおう」


 ミナは頷いた。

 大きな地図のどこを守るか、自分で決めるわけではない。

 けれど、自分たちにできることを、聞かれるまで黙っている必要もなかった。


     *


 連絡室を出た後、ミナたちはギルドで名前を記した。


 サフィナは川沿いの道と作業場を知っていること。

 ハーシムは護衛の経験と、使える装備。

 ミナは採取人の資格に加えて、槍と小盾を使うことを伝えた。


「大きなものを、一人で受け止めることはできません」


「分かりました。勝手に持ち場を離れず、難しいと感じたら担当者へ伝えてください」


 渡された集合場所は、川岸そのものではなかった。

 作業場から町へ戻る道の途中、荷車を待たせるための広場。

 そこへ来た人を、町の内側へ案内する役目だった。

 守備隊の班がつき、三人はその補助に入る。


 装備を取りに戻る前に、ミナは職員へ水晶を示した。


「配信で、作業を切り上げる案内を伝えてもいいでしょうか。川岸で働いている方も、見てくださっているので」


「公表した案内の範囲なら。ご自分で危険な場所を映しに行くことは、しないでくださいね」


「はい」


 外の腰掛けへ戻り、短く配信を始めた。

 今度は地図を広げなかった。


「ギルドから、新しい案内が出ています。川岸の指定された作業場では、今日は仕事を終えて、町へ戻ってほしいそうです」


 案内の場所を、紙のとおりに読む。

 分からなければ、近くの見回りかギルドへ確かめてほしいと続けた。


〈川風:分かった。まだ向こうにいる知り合いがいるから、知らせる〉


「お願いします。知らせに行くために、戻らないでくださいね。連絡を取れる方に」


 返事が届いた。

 舟待ちからも、荷を受け取る予定を確かめる、と文字が来た。


 灰ねこの名前は、増えなかった。

 今はギルドの奥で、あの人の言葉を別の誰かが受け取っている。


「私たちも、町へ戻ってくる方の案内を手伝います」


 ミナはそう伝え、配信を終えた。


     *


 下宿から装備を持ち出すとき、槍の柄が戸口へ当たりそうになった。

 ミナは立ち止まり、先端の覆いを確かめてから、斜めにして外へ出た。


 身体強化の補助帯。

 小盾。

 いつもの包丁。

 水筒と、布を入れた袋。


 採取用の籠は、部屋に置いてきた。


 広場へ着くと、すでに荷車が端へ寄せられていた。

 守備隊の兵が人の通る幅を空け、作業着の男たちが杭と太い板を運んでいる。

 サフィナとハーシムは、担当の兵から説明を聞いていた。


「まだ、慌てて走らせなくていい。こちらを通して、町の中へ。脇の道へ戻ろうとする人がいたら、声をかけてくれ」


 ミナは示された道を見た。

 先には、食堂へ向かう曲がり角があった。


 そこへ、馬の足音が近づいた。


 見回りの一人が広場で手綱を引き、担当の兵を呼ぶ。

 馬の首には、汗が浮いていた。


「上の浅瀬に、新しい足跡。複数です」


 ミナは、槍を持つ手を止めた。


「岸の草が倒れている。街道へは上がらず、川に沿って下っているようです」


 担当の兵が、後ろの者へ伝令を命じた。

 板を運んでいた男たちの歩みが速くなる。


 ハーシムが、盾の帯を締め直した。


「二人とも、今聞いた場所から離れるな」


「はい」


 ミナはサフィナと目を合わせ、道の内側へ寄った。

 町へ戻ってくる最初の一団が、曲がり角の向こうに見えた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。