第76話 一緒に食べませんか
二度目の採取から戻ると、サフィナの腹が鳴った。
ギルドの納品台で、最後の包みが受け取られたところだった。
ミナは顔を上げたが、サフィナは平然と控えの紙を畳んだ。
「ちょうど終わったね」
「途中から、少し急いでいた気がしたけど」
ハーシムが言った。
「手は抜いてないよ」
「それは見てた」
初めて一緒に出かけてから、三日が過ぎていた。
今日も町に近い岸で、水縁草の葉を集めた。前に教わった見分け方をミナから説明し、サフィナに確かめてもらってから採り始めた。
帰りの籠には、前回見せたのと似た布の仕切りが入っていた。
報酬を分けると、サフィナが通りへ顔を向けた。
「何か買って帰ろうかな。ミナは?」
「作ろうと思っています。よかったら、一緒に食べませんか」
二人の目が、同時にこちらを向いた。
ミナは袋の紐を握り直した。
「今日、台所を借りられるんです。お二人の時間があれば、ですけど」
「ある」
サフィナの返事は早かった。
「何を作るの?」
「市場で見た、甘唐を。中に具を詰めて焼こうかと」
「あれ、切って焼くだけじゃなくて?」
「半分にして、器にします」
サフィナは、自分の腹へ手を当てた。
「……待てると思う」
「買い物の間にパンを一つ食べておいたら」
ハーシムの提案には、少し迷ってから頷いた。
*
ギルドの通りを一本曲がったところに、小さな食事処があった。
ナディムに教えてもらった店だった。
昼の客が引けてから夕方の仕込みまでなら、竈の一つを借りられる。昨日、店主に会い、使う時間と薪の代金を決めてあった。
何度もナディムの家の台所を借りる前に、ほかにも作れる場所がないか聞いてみたのだ。
この店を借りるのは、今日が初めてだった。
途中で買った甘唐は、ミナの手のひらに収まるくらいの大きさだった。
ふくらんだ実の表面がつやつやしている。
「細い方は辛いのが混じるよ。こっちなら甘い」
サフィナが、籠を分けて置いている店を選んでくれた。
ミナが料理に使う分を伝えると、果肉の厚いものを探してくれる。
「よく買うんですか」
「家で作るときはね。種を取って、肉と鍋に入れて、火が通れば終わり」
「順番も同じ?」
ハーシムが尋ねた。
「だいたい」
「だから前に、片方だけずいぶん柔らかかったんだ」
「食べられたでしょ」
サフィナが見返すと、ハーシムは頷いた。
「味はよかった。肉も、噛めばちゃんと」
「それ、褒めてる?」
ミナは二人の顔を見て、少し笑った。
採取中は短い合図ばかりだった人たちが、ここでは随分違う調子で話している。
サフィナがパンをちぎり、半分をハーシムへ渡した。
「今日はミナが作るから、柔らかいんじゃない」
「頑張ります」
「頑張らなくても、普通に作ってくれればいいよ」
そう言われると、肩が少し軽くなった。
*
食事処では、壁際の席を使わせてもらった。
ハーシムは盾と剣を邪魔にならないところへ置き、水差しを運んだ。
サフィナは袖をまくり、ミナと並んで手を洗う。
「何をすればいい?」
「甘唐を洗っていただけますか。私は、先にお肉を」
買ったのは、石羽鳥の細かな肉だった。
形が揃わない切れ端は、厚く切り分けたものより安い。今日はさらに刻むので、それで十分だった。
包丁を動かす間、サフィナはまな板を覗いていた。
「採るときより速いね」
「こちらの方が、長くやっているので」
細かくなった肉を器へ移し、手と道具を洗う。
店から分けてもらった茹で豆を潰し、刻んだ玉ねぎと塩、乾いた香草を加えた。
豆の方が肉より多い。
「それでも肉の味になる?」
「はい。焼いている間に、豆にも汁が入ります。豆だけのところも、ぱさぱさしにくくなると思います」
半分に切った甘唐から、種と白い筋を取った。
くぼみに具を詰め、盛りすぎないよう表面をならす。
サフィナも一つ詰めてみた。
真ん中が、こんもりと高くなった。
「……多い?」
「少しだけ。平らな方が、火が揃うので」
匙で削った具を、次の甘唐へ移す。
サフィナは二つを見比べた。
「採った葉を、厚く重ねないのと同じか」
「似ているかもしれません」
鍋に薄く油を引き、具の面を下にして並べた。
じゅっ、と音が上がる。
サフィナが嬉しそうに鍋を見た。
「もうおいしそう」
「まだ、生です」
「わかってるよ」
背後の席で、ハーシムが笑った。
*
同じころ、レオンはギルドの奥で、最後の書類を受け取っていた。
サハルへ着いたのは昨日だった。
実務班との移動は商隊より身軽だったが、出発前の準備と途中の打ち合わせに日を使った。
今朝は、エルディア側の担当者と測定具を並べ、記録の取り方を確かめていた。
「明日は、この三地点を先に回ります」
現地の魔術師が地図を示す。
レオンは印の脇に、小さな文字を書き足した。
「川岸の測定時刻も残してください。朝と午後で、水位が変わる場所があるそうなので」
「わかりました。討伐記録の方は、夕方までに宿へ届けます」
「お願いします」
資料を鞄へしまい、外へ出た。
食事を後回しにしたことを思い出したのは、通りで肉を焼く匂いを嗅いだからだった。
教えてもらった食事処は、まだ戸が開いていた。
だが、入口で声をかけると、店主は首を横に振った。
「昼の煮込みは終わったよ。パンと豆なら出せるけど」
「それで構いません」
返事をしてから、奥を見た。
台所に、見覚えのある少女がいた。
水晶の小さな画面で見るより、ずっと小さい。
鍋の中へ水を少し足し、蓋をかぶせている。
「……こなべさん?」
少女の手が止まった。
*
ミナは、戸口に立つ若い男を見た。
赤みのある茶色の髪に、明るい色の上着。
旅の埃は払ってあるが、裾にはまだ薄く跡が残っていた。
「はい。配信を、見てくださったんですか」
「記録を何度か。玉ねぎとチーズをパンに載せていた」
「ありがとうございます」
あの料理を、外国で会った人が知っている。
ミナは少し背筋を伸ばした。
「今は配信じゃなくて、友達と……」
言いかけて、サフィナの方を見た。
サフィナは気にした様子もなく手を振った。
「一緒に仕事して、これからお昼」
若い男は頷いた。
「邪魔をした。俺も食事を頼んだところだから」
そう言って、空いた席へ向かいかける。
ミナは鍋を見た。
甘唐は六つに分かれている。少し具が余ったので、小さく丸めて隙間に置いたものもあった。
「あの。よかったら、一つ召し上がりますか」
男が振り向いた。
「いいのか?」
「はい。全部同じ大きさではないですけど」
「じゃあ、パンはこちらの分も追加してもらおう」
彼は店主に声をかけた。
サフィナがミナの横で、小さく笑った。
「四人になったね」
*
レオンと名乗った男は、王国から仕事で来た魔術師だった。
ミナがリュネールから来たと話すと、王都でそこへ向かう道の話を聞いたことがあるという。
サフィナとハーシムも名乗り、席の間を詰めた。
ミナは一度台所へ戻り、蓋を開けた。
甘唐の皮が少ししんなりしている。
一番厚く詰めたものの中央を割って、肉と豆の具まで火が通っていることを確かめた。
「焼き色をつけた後で、水を入れるんだな」
レオンが、席から尋ねた。
「はい。強い火のままだと、中が温まる前に外が焦げるので」
「途中から、火を弱めればいい?」
「それでもできます。でも、蓋をして蒸した方が、中まで火を入れやすいです。最後に蓋を取って、水を飛ばします」
ミナは鍋を火の中心から少しずらした。
底にはまだ熱がある。水気が減ると、音も変わってきた。
「今は、もう薪を足さなくても」
「火が小さくなっても、鍋が熱いからか」
「はい。薄い鍋だと、もっと早く冷めますけど」
レオンは竈と鍋を交互に見た。
「魔法の火でも、同じだな」
「魔法でお料理されるんですか」
「湯を沸かすくらいは。焼くと、火は揃えているのに仕上がりが違うことがある」
ミナは、並んだ甘唐へ目を落とした。
「材料を置いたときも、冷めると思います。たくさん入れると、最初の音が消えるので」
「同じ火を出し続ければ、同じ温度になるわけじゃない、か」
レオンが言った。
難しい魔法の話になるのかと思ったが、彼が次に見たのは、鍋から出ている細い湯気だった。
「何を見て、火を動かすかが違うんだな」
「私は、音と匂いも見ます。……聞きます」
言い直すと、レオンの口元が少し緩んだ。
「わかった。まず、何を聞けばいいか覚える」
ミナも笑い、鍋を火から下ろした。
*
甘唐を皿に移し、鍋に残った汁を少しずつかけた。
皮の縁には焼き色がついていた。
匙を入れると、肉と豆の具が柔らかく崩れ、その下から甘い汁が出てくる。
サフィナは一口食べ、皿を見た。
「甘い」
「辛くない方を、選んでいただいたので」
「うん。でも、いつもより甘い気がする。肉の方にも、こっちの味が入ってる」
ハーシムは、皮ごと切った一口をパンへ載せた。
「豆が入っているのもいいね。汁を全部パンで拾わなくて済む」
そう言いながら、皿の端に残った汁はパンで拭った。
ミナが見ていると、少し照れたように笑う。
「残す理由もないから」
レオンは、しばらく黙って食べていた。
最後の一口を飲み込んでから、皿へ匙を置く。
「これは、次も食べたいな」
ミナは顔を上げた。
「よかったです」
「肉が多ければいいと思っていたけど、これなら豆を入れたい」
材料が安かったから、と言おうとしてやめた。
今日の豆は、足りないところを埋めただけではなかったらしい。
サフィナが残りの甘唐を切り分け、ミナの皿へ一切れ寄せた。
「作った人も、ちゃんと食べて」
「食べていますよ」
「話してる間、止まってた」
ミナは匙を取った。
甘唐はまだ温かく、柔らかな豆には肉と香草の味がした。
*
片づけを始めたころ、店の戸口に人影が止まった。
昼前、ギルドで依頼を説明していた職員だった。
レオンを見つけると、持っていた封筒を示した。
「こちらでしたか。宿へ届けるところでしたが、お渡ししても?」
「ありがとうございます。討伐記録ですね」
「はい。天災冠様の到着について、領主館にも連絡が済んでいます」
皿を拭いていたサフィナの手が止まった。
ハーシムが顔を上げた。
ミナは、手に持った匙を見た。
それから、レオンを見た。
「……冠位の、方なんですか」
レオンは封筒を受け取り、少し間を置いた。
「言っていなかったな」
「王国の?」
「ああ。攻撃魔法の方で」
サフィナがミナへ顔を寄せた。
「それって、王様が認めたっていう?」
ミナは頷いた。
さっきまで、その人に竈の火を弱める話をしていた。
「すみません。私、魔法のことは、まだあまり……」
「料理の話だろう。知らないことだったから聞いた」
レオンは、何でもないことのように答えた。
受け取った書類を鞄へ収め、空いた皿を重ねる。
「俺の術の話なら、俺が説明する。今日は、こっちが教わった」
ミナは、握っていた布を広げ直した。
「では……お口に合って、よかったです」
「それは本当に」
隣でサフィナが息を吐いた。
「びっくりした。普通にパン、取ってって頼んじゃった」
「近くにあったからな」
ハーシムが口元を押さえた。
ミナも、少し遅れて笑った。
*
店を出るとき、レオンは仕事先の連絡場所を書いて渡してくれた。
「しばらくは調査で町を出る。魔法のことで聞きたいことがあれば、戻っているときに」
「ありがとうございます。お仕事、気をつけて」
「そちらも」
ミナは、紙を帳面へ挟んだ。
サフィナとハーシムの予定を書いた頁に、また一人、サハルで会った人の名前が増えた。
レオンが通りを曲がってから、サフィナが言った。
「ミナの配信って、王国ではそんなに有名なの?」
「いえ。見てくださる方が、少しずつ増えたくらいで……」
「さっきの人、また見ると思うよ」
「そうでしょうか」
「次も食べたいって言ってたし」
サフィナは自分の籠を背負い、空になった皿を包んだミナの袋を見た。
「私も、次は作ってみようかな」
「甘唐ですか」
「うん。まず、全部一緒に鍋へ入れるのをやめる」
「それなら、俺もまた食べたい」
ハーシムが言うと、サフィナは少しだけ彼を睨んだ。
今度はミナにも、笑っていいやり取りだとわかった。
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