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第70話 派遣は一名です

 王城の会議室で、グレンは自分の席に資料を置いた。


 窓際では、リゼが鞄から小さな部品を取り出している。

 バルドは椅子へ腰を下ろし、机との間を少し広げた。

 隣の席には人がおらず、封をした報告書だけが置かれていた。


「セリカは、まだ戻らないのか」


 バルドが札を見て言った。


「現地の部隊への引き継ぎが残っているそうだよ」


 グレンは答え、手元の議題を揃えた。

 最後の数枚に、エルディアの名があった。


 向かいで、リゼも同じ辺りを開いている。

 目が合った。

 彼女は何も言わず、紙を一枚めくった。


     *


 王認冠位は、国王が各分野の最高峰と認めた者に授ける称号だった。


 剣や盾、攻撃魔法だけではない。

 暮らしを支える魔法にも、道具を作る技術にも、素材を見つけて持ち帰る仕事にも、その頂点に立つ者がいる。

 同じ部隊に属しているわけではなく、普段の仕事も、暮らす場所も違った。


 半年に一度、王城で成果と課題を持ち寄る。

 それが王認会議だった。

 遠征や治療などで席を外せない者は、報告書を送ることも認められている。


 自分には容易でも、ほかの者には難しいことがある。

 反対に、自分一人では片づかない仕事もある。

 この席で必要になるのは、倒した魔物や完成した道具の数だけではなかった。


 国王が着席し、書記が最初の報告を告げた。


 グレンは立ち上がり、地図を広げた。


     *


「先に報告した峠道は、退避場所の整備後、荷車を分けて通す運用が始まっています」


 万象冠の指が、道の途中で止まった。


「ただ、入口で止めた車列の情報が、反対側へ届くまでに時間がかかる。双方から入って、途中で動けなくなりかけた例がありました」


「見張りを増やすか」


 国王の問いに、グレンは地図の二か所を示した。


「人数を増やす前に、通してよいと判断する担当を決めたいです。現場ごとに別の判断で動くと、連絡役だけ増やしても同じことが起きます」


 戦闘も魔法もこなす男の提案は、まず、人の役割を揃えるところから始まった。

 引き継ぎに必要な記録と、連絡が途絶えた際に止める位置を説明する。


 バルドが低く言った。


「待たせる場所には、歩いて逃げる道も残せ。車を置いていく場合がある」


「そこも入れてある。現地の護衛と、もう一度歩いて確かめたい」


 書記が提案を書き留めた。

 グレンは地図を畳み、次の者へ机を空けた。


     *


 盾冠バルドが出したのは、講習の記録だった。


「新人向けの講座は、王都の外でも記録を使ってもらっている。ただ、見て覚えるのと、身体を動かせるのは違う」


 大きな指が、紙の一行を押さえた。


「盾の構えだけ真似る者がいる。後ろに誰がいるか、どこへ下がるかまで、組んで確かめる場を増やしたい」


 盾役が一歩下がり、その間に負傷者を移す。

 治療のために手を空ける者と、その間を守る者を交代する。

 紙には、少人数でも試せる動きが描かれていた。


「立派な盾を買う前でも、できることはある。採取人や荷運びも受けられるようにする」


「各地へ、お前が出向くのか」


「全部は無理です。教える側を集めて、先に一度、動きを見ます」


 言ってから、バルドは少し眉を寄せた。


「俺の腕力を、そのまま真似させんように」


 リゼが頷いた。

 彼の盾を持ち上げるところで、講習が終わってしまっては困る。


     *


 匠冠の報告では、金具が机を一周した。


「交換用の部品は届いていても、現場の工具では外せない例が残っています。部品だけ揃えても、直せなければ同じなので」


 リゼは、金具の溝を示した。

 新しい工具を一式買わせるのではなく、地方の工房でも扱える寸法へ揃えるという。


「全部を一度に替える必要はありません。壊れやすい箇所から、順に。修理した人が、どこを替えたか残せる印もつけます」


 続いて、補助具の試用記録へ移った。


「立つ、座る、荷を持つ。動けるようになった結果、前より長く働いて疲れる方もいます。装置に異常がないことと、使う方に負担がないことは別です」


 斜め向かいで、オルヴェンが静かに頷いた。


「その日の使いやすさだけでなく、使用後まで聞き取る形に変えています。量を増やすのは、それを確かめてからにしたいです」


 誰か一人の名前は出さなかった。

 道具の良し悪しを判断するには、使った後の暮らしまで知る必要があった。


     *


 営生冠オルヴェンは、眼鏡を直してから図を開いた。


「浄水、加熱、保温を、それぞれ必要な間だけ動かす試験は進んでいます。終わった処理を切り離しても、ほかの機能を止めずに済むようになりました」


 複雑な術式の図の横に、簡単な操作の絵が添えてあった。


「ただ、魔力の消費が減っても、使い方が難しければ普及しません。次は、実際に水を汲み、湯を使う人たちに試してもらいたい」


「研究棟の者では足りないか」


「私たちは、仕組みを知っていますから。初めて触る人が、どこで迷うかを見落とします」


 オルヴェンは、操作の絵を指した。


「一部が止まったとき、何がまだ使えるか。それも、見てわかるようにしたいですね」


「表示の方は、こちらで相談できます」


 リゼが答えた。

 オルヴェンは礼を言い、引き受ける範囲と試験の時期を、その場で確かめた。


     *


 ロゼッタは、採取品の記録を二枚並べた。


 同じ種類を、同じ日に採ったものだった。

 採った量には大きな違いがない。

 受け取った工房で、使えると判断された量には差があった。


「切るところだけを教えても、途中で蒸らしたり、潰したりすれば無駄になる。採取から納品までを、一つの仕事として教える必要があります」


 探冠の指が、包み方と運搬時間の欄をたどった。


「試験の見直しでは、見分け方と採り方に加えて、帰路の判断も見ています。採取量を増やすことだけが、成績にならないように」


「取らずに残した者も評価する、と」


「はい。次に採れる株までなくしたら、今年の数字はよくても、仕事が続きませんから」


 後ろへ伸びた角を少し傾け、ロゼッタは別の紙を出した。


「教える側も、経験だけで済ませず、条件を残してほしいんです。どの天気で、どれだけ運んで、その状態になったか。ほかの人が確かめられるように」


 グレンは、葉を一枚ずつ見ていた少女の手を思い出した。

 ロゼッタの報告は、各地の仕事の話だった。

 それでも、自分の知る小さな採取の風景と、確かにつながっていた。


     *


 欠席者の報告は、書記が要点を読み上げた。


 武冠セリカからは、討伐を終えた地域の警戒について。

 大型の魔物を倒した後、残った小型の群れが道を変えたため、現地部隊への引き継ぎを続けているという。


 添えられた提案は、身体強化の訓練に関するものだった。

 最大の力を出す練習に偏らず、動きを止める、力を戻す、その後も歩けるところまで確認してほしい。

 実戦では、一撃を放った後にも仕事が残る。


 バルドが、短く頷いた。


 癒冠セラは治療院を離れられず、処置後の負傷者を送り返す際の連絡について、提案を寄せていた。

 傷が閉じたことと、元の仕事へ戻れることを混同しないように。

 何をまだ避けるべきか、本人と受け入れる側へ同じ内容を伝える必要がある、と。


 リゼは、自分の資料の端へ書き足した。


 狩冠ラウラは追跡調査を継続中だった。

 目撃地点だけでなく、古い痕跡か新しいものか、何を根拠に判断したかを報告に残してほしいという。

 複数の目撃が、一体の移動なのか、別の個体なのかで、出すべき人員は変わる。


 空いた椅子の前でも、書類は少しずつ増えた。


     *


「次に、天災冠」


 若い男が立ち上がった。


 レオン。二十三歳。

 攻撃魔法の威力と射程、そして範囲を制御する技術で冠を得た魔術師だった。


 置かれた図には、討伐時の術の到達範囲と、周囲へ漏れた魔力の観測が記されている。


「群れの排除は完了しています。ただ、術の後に測った値だけでは、その土地に元からあった魔力と区別がつきにくい」


 声に迷いはなかった。


「可能な現場では、戦闘前にも測定を入れたい。特に、魔物の出現が続いている場所では。討伐の痕跡を、次の異常だと扱うわけにはいきません」


 オルヴェンが、測る位置について一つ尋ねた。

 レオンは図を寄せ、風下だけでなく、術を通していない側にも測定点を置く理由を説明した。


 グレンはその話を聞きながら、次の議題を開いた。


 昼の休憩を挟んで、対外協力の話へ移ることになっていた。


     *


 エルディアとの合同調査について、担当官が地図を広げた。


 交易路に近い場所で、魔物の目撃と魔力の変動が報告されている。

 現時点で、広い地域に同じ異常が起きていると決まったわけではない。

 測り方の違いも含め、双方の記録を照合する必要があった。


「現地の調査員と、王国からの実務班が合流します。冠位には一名、専門的な判断と現場への助言をお願いしたい」


 集合地はサハル。

 そこから、調査箇所へ向かう。

 受け入れ側には案内と警備の担当がいて、王国の冠位が一方的に指揮を執る派遣ではなかった。


「俺が行けます」


 グレンが言った。


「経路の確認と、複数の調査班の調整なら対応できます。現地の担当者と役割を合わせるところから始められる」


「道具の比較も必要でしょう」


 リゼが続いた。


「測定具の癖が違えば、記録もずれます。設置条件を揃えて確認するなら、私が」


「現場に入るなら、守る者も要る」


 バルドが地図を見た。


「調べている間、手が塞がる。退避の手順まで確かめる役なら、俺が行く」


 ロゼッタも、紙を手元へ寄せた。


「土地の変化と、魔物の移動を結びつけて調べるなら、私にもできることはありますね」


 担当官の筆が止まった。


「……派遣をお願いする冠位は、一名です」


「承知しています」


 グレンとリゼの返事が重なった。


 レオンは、二人を見た。

 続いてバルドとロゼッタへ目を移した。


 仕事を嫌がる人たちではない。

 必要なら、誰もが危険な場所へ行く。

 ただ、長い移動を伴う調査に、これほど間を置かず候補が出るのは珍しかった。


 何か、自分が読んでいない資料でもあるのだろうか。


     *


 国王が、机に置かれた報告へ目を落とした。


「盾冠。先ほど提案した指導者向けの講習は、いつだ」


「来月から、順に」


「匠冠の部品試験も、同じ時期ではなかったか」


「工房の者が進められるところはあります。ただ、最初の確認は私がします」


 リゼは答え、自分の予定表を見た。

 ロゼッタにも、時期をずらせない採取地の調査がある。

 グレンの経路確認は、出発を前倒しすれば引き継げるが、余裕のある日程ではなかった。


 オルヴェンは、誰が残ればどの仕事を受け持てるか、静かに聞いていた。


「営生冠は、どう見る」


「まずは、魔力の観測を比較できる人がよいでしょう。私の分野からも資料は出せますが、こちらの試験を離れる時期ではありません」


 オルヴェンはレオンへ顔を向けた。


「先ほどの報告に、近い問題があったね」


 レオンは、もう一度地図を見た。

 その仕事なら、確かに自分の経験が使える。


 気になったのは、ほかの者たちの反応だった。

 だが、それだけで外国へ出るつもりはない。


「俺が行きます」


 四人が、こちらを見た。


「大きな術を使うためではありません。元からある魔力と、討伐や設備から残ったものを分けて調べる。必要なら、現地の魔術師と、小さな範囲で条件を揃えて確かめられます」


 担当官が日程を示した。

 レオンは手帳を開いた。


「引き受けている討伐は終わっています。講義の予定を確認すれば、この日程で出られます」


 リゼが腕を組み、短く息を吐いた。


「……測定具は、出発前に見せて」


「お願いします」


 グレンも、地図へ指を置いた。


「移動と調査の両方を急がないように。実務班と、現地で最初に話すことをまとめて渡すよ」


 レオンは頷いた。

 立候補した途端に、助言が増えた。


 国王は担当官と受け入れ条件を確かめ、顔を上げた。


「では、今回は天災冠を派遣する。ほかの者は、必要な資料と道具を揃えて支えよ」


 書記の筆が動いた。

 誰も、異議は唱えなかった。


     *


 会議が終わっても、レオンの周りには人が残った。


 バルドが、地図の折り目を押さえる。


「川沿いだからといって、退路が多いとは限らん。荷揚げ場では、荷物で道が塞がる」


「現地で確認します」


「到着したら、まず泊まる場所を知らせて」


 リゼの言葉に、レオンは顔を上げた。


「王城への報告に入れますが」


「私にも。道具の件で連絡するかもしれないでしょう」


 間違ったことは言っていない。

 それでも、どこか妙だった。


 ロゼッタは持参した資料をまとめながら、グレンを見た。


「商隊の方がゆっくりでしょうね」


「積み替えもあるからね。出発日によっては、こちらが先に着くと思う」


「商隊?」


 レオンが尋ねると、二人の会話が止まった。


 グレンが少し考えてから答えた。


「知っている採取人が、サハルへ行くんだ。今回は炊事を手伝いながら、商隊に同行するそうで」


「それで、皆さん行きたがったんですか」


「調査に必要な役割を、提案したのよ」


 リゼが言った。

 レオンは頷いた。


「役割があるのは、わかりました」


 その先を待ったが、リゼは資料を鞄へしまった。

 バルドが咳払いをした。


 オルヴェンだけが、穏やかに茶を飲んでいた。


「その方は、有名な採取人なんですか」


「配信をしているよ。こなべさん、という名前で」


 グレンが答えた。


「こなべ」


 聞いたことのない名だった。


「護衛を頼まれたわけじゃない。向こうにも、したい仕事がある。君は、君の調査を進めてくれればいい」


 グレンは言ってから、少しだけ声を和らげた。


「もし、どこかで会ったら。話してみると、面白いかもしれないね」


     *


 その夜、レオンは派遣の資料を机へ並べた。


 測定具の受け取り。

 実務班との打ち合わせ。

 エルディア側へ、事前に確認しておきたいこと。


 書き出した後で、紙の端に残った名前を見た。


 こなべ。


 閲覧水晶を起こし、入力した。

 今は配信していなかったが、記録が並んでいる。

 最近のものを一つ開いた。


 映ったのは、小さな台所だった。

 少女が鍋の中を見て、玉ねぎを裏返している。


『玉ねぎを焼いてから載せると、パンを長く焼かなくて済みます』


 レオンは椅子へ座り直した。


 魔法の実演でも、希少な素材の採取でもない。

 パンの上で、チーズが溶けていた。


 ここを、あの人たちが見ている。


 画面の端に、文字が出た。

 針しごと。

 灰ねこ。

 名前だけでは、誰なのかわからなかった。


 少女は一口食べ、少し笑った。


 レオンは、隣へ置いた包みを見た。

 帰りに買った夕飯が、まだ開かないまま残っている。


「……まず、食うか」


 記録を止めようとして、手を引いた。

 サハルへ行く話を、まだ最初から聞いていなかった。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです。

カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。

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