↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/139

第65話 六人分のお昼ご飯

「仕事場のお昼を、頼めないかな」


 夕食の皿を洗っていると、隣に立った下宿人が言った。

 先日、キリルたちと鶏肉を食べ比べた人だった。


 ミナは水を止めた。


「お昼ご飯、ですか」


「うん。布の倉庫で帳面をつけてるんだけど、今度、荷を入れ替える日があってね。六人、順番にしか休めないの」


 いつもなら、外で食べたり、家から持ってきたりするという。

 その日は皆の分をまとめて頼もうと話していて、ミナの料理を思い出したらしい。


「この前のご飯、おいしかったから。もちろん、お代は払うよ」


 ミナは、濡れた手を布で拭いた。

 六人分なら、食堂で作っていた量より少ない。

 けれど、鍋からそのまま出せるわけではなかった。


「いつ、召し上がりますか」


「三日後。昼の鐘が鳴る頃に、最初の二人が休む予定」


「最後の方は、どれくらい後になりますか」


 相手が、少し考えた。


「そこは、聞いてくる。届いたら全員すぐ食べるわけじゃないものね」


「あと、使えるお金と、苦手なものも……」


 聞きたいことが増え、ミナは机から帳面を取ってきた。


 管理人にも、台所を使える時間を相談する必要がある。

 器は借りられるだろうか。

 六人分を運ぶ方法も、まだ決めていない。


「少し、考えてからお返事してもいいですか」


「もちろん。無理なら遠慮なく言ってね」


 ミナは頷き、日にちを書いた。

 その下へ、小さく『六人』と足した。


     *


 翌日、ミナは倉庫を見せてもらった。


 台車の通る床には、ところどころ布の繊維が落ちていた。

 食事をする部屋は、荷を置くところとは別にある。

 机と長椅子、水を汲んだ桶。

 奥には湯を沸かす小さな火床があった。


「鍋を温め直すのは、難しいですか」


「湯なら沸かせるけど、料理の面倒を見る人は置けないな」


 倉庫の責任者が答えた。

 六人の休憩は、最初から最後まで、鐘一つ分も空かないようにするという。


 食べられないものを確かめ、予算も聞いた。

 皆、よく動くので、腹にたまるものがいいらしい。


 帰り道、ミナはパン屋と肉屋の前で値段を確かめた。

 料理の候補を二つ考えていたが、汁物はやめることにした。

 温め直せず、運ぶ器も重くなる。


 下宿へ戻り、材料を書き出す。


 豚肉と白豆の小判焼き。

 パン。

 蕪の酢漬け。


 肉だけで作るより、白豆を混ぜた方が予算に収まり、量も出せる。

 食堂でも、肉が少ない日に使っていた組み合わせだった。


「白豆は、ちゃんと潰した方がいいね」


 管理人が帳面を覗いた。


「はい。粒が大きいと、分けるときに崩れやすいので」


 朝食の片づけが済んだ後なら、台所を使ってよいと言ってもらえた。

 薪と油は、使った分を払う。

 運ぶときは、倉庫の空いている手押し車を借りられることになった。


 材料代に、包む紙の代金を足した。

 薪と油の分も入れる。

 残る金額を見てから、ミナはもう一度、作る量を数えた。


「これなら、できます」


 その日のうちに、献立と代金を伝えに行った。


     *


 試しに作る分は、自分の昼食にした。


 柔らかく煮た白豆を潰し、細かく刻んだ豚肉と、炒めて冷ました玉ねぎを混ぜる。

 塩と香草を加え、手の中で平たく整えた。


 厚すぎると、真ん中まで火が通るのを待つ間に表面が乾く。

 薄すぎても、白豆のところから割れやすい。

 ミナは一つを少し押し直し、鍋へ並べた。


 焼き色をつけて返し、蓋をして中まで火を通す。

 最後に蓋を外すと、肉の匂いに、甘い豆の香りが混ざった。


 焼きたてを一口、味見する。

 柔らかいが、匙で触れただけでは崩れない。

 塩も、これでよさそうだった。


 残りは、実際に使う蓋付きの箱へ入れた。

 紙を敷き、パンも隣へ置く。

 倉庫まで運んで、最後の人が食べ始める頃まで待つことにした。


 待っている間に、蕪を薄く切った。

 塩をして置き、出てきた水を絞って、酢と少しの油で和える。

 こちらは、下宿の夕飯にも添えられる量にした。


 時刻を確かめ、箱の蓋を開ける。


「……パンが」


 底の方が、少し湿っていた。

 肉の汁だけではない。

 箱にこもった湯気が、紙にも回っている。


 食べられないわけではなかった。

 でも、パンの皮を噛んだときの感じが、買ってきたときとは違った。


 食堂では、客の来る順に皿へ盛っていた。

 同じ食材を同じ量使っても、この箱へ一緒に入れると、別の仕上がりになる。


 ミナは帳面へ、二つの四角を描いた。

 小判焼きの箱と、パンの籠。

 荷物は一つ増えるけれど、分けて運んだ方がよかった。


     *


 夕方、残しておいた材料で、もう一度だけ試した。

 今度は短く配信もする。


「今日は、運んでから食べるお昼ご飯を考えています」


 最初の一人が入ってきた頃、ミナは焼き上がった小判焼きを台へ移した。


〈帰り道:お出かけ用ですか?〉


「お仕事場へ、届ける分です。今日は、その前に試しています」


 頼んだ人の名前や倉庫の場所は出さず、食べるまで少し時間があることを話した。


「お昼に、パンも同じ箱へ入れてみたんですけど、湿ってしまって」


〈帰り道:前に教わったパンの温め方とは、逆のことを考えるんですね〉


 ミナは頷いた。


「今回は、パンに湯気が回らないようにします。熱いものと分けて、こちらは別の籠に」


 数字が二になった。

 夕餉係さんの名前が出る。


〈夕餉係:お届け先では、お皿へ移せますか〉


「はい。お皿と匙は、あります」


 文字を読んで、ミナは空いた小皿を並べた。

 小判焼きを二つ。

 パンを一つと、蕪の酢漬けを端へ添える。


 酢漬けは、運ぶ間も別の小壺へ入れておくことにした。

 盛るための匙も一緒に渡す。


〈夕餉係:取り分ける方が迷わずに済みそうですね〉


「はい。私が帰った後にも、同じくらいずつ取れるようにしたいです」


 自分が皿へ盛るところまでしか、考えていなかった。

 届いた後に、誰が蓋を開けて、どれを取るのか。

 そこまで想像すると、用意するものが少し変わった。


 ミナは、食べる順番を確かめるように小判焼きを割った。

 湯気が落ち着いても、豆の入った中身は柔らかかった。


「温かさが少しなくなっても、こちらは大丈夫そうです」


 今度は、別に置いたパンを一口食べた。

 皮は、まだ歯に当たった。


     *


 届ける日の朝、ミナは目が覚めると、窓より先に時刻を見た。


 まだ、慌てなくていい時間だった。

 台所へ下り、朝食を食べる。

 皆の片づけが済んでから、自分の材料を広げた。


 白豆は、戻すところから時間を見て用意してある。

 買っておいた肉を涼しい保存箱から出した。

 玉ねぎを切り、炒めている間に、豆を潰す。


 六人分。

 一人に二つずつなので、小判焼きは十二個だった。


 まず同じくらいの大きさへ分ける。

 最後の一人だけ小さくならないよう、全部並べて見比べた。

 少し大きいものから、小さいものへ足す。


 食堂の台にも、こんなふうに皿が並んでいた。

 店主が鍋を見ている間に、ミナが順に添え物を置く。

 今日は、鍋を見るのも、出す時刻を決めるのも自分だった。


 蕪の壺を閉じ、パンの数を確かめた。

 焼き始める前に、洗える道具は洗ってしまう。


 鍋に入るのは四つずつ。

 試したときと同じ間隔を空け、最初の四つを焼いた。

 空いているところへ、もう一つ押し込みたくなる。

 けれど、それでは返すときに隣へ当たりそうだった。


 火を見て、返す。

 蓋をしている間に、次の四つを置く場所を空けた。


「いい匂いだね」


 管理人が入口から声をかけた。


「あと、二回焼きます」


「手は足りてる?」


 ミナは台を見回した。

 今、手を止めると困るのは、鍋の前だった。


「手押し車が届いたら、入口の内側へ置いていただけますか」


「わかった」


 頼むことを一つ決めると、鍋へ目を戻せた。


 最後の四つを焼き終え、中まで火が通っていることを確かめた。

 箱へ収める前に強い湯気を逃がし、二つずつ取れるよう並べる。

 パンは別の籠へ。

 壺は布で包み、車の中で動かないところへ収めた。


 六人分を数え終えてから、もう一度時刻を見た。

 予定していた出発の時刻に、間に合っていた。


     *


 手押し車の取っ手を握り、通りへ出た。


 背負う荷物とは、重さの掛かり方が違う。

 石畳の継ぎ目では歩く速さを落とし、箱が跳ねないようにした。

 曲がるときも、内側へ急に寄せない。


 道を見に来た日に、幅の狭い裏道を避けておいてよかった。

 少し遠回りでも、こちらなら車を押して通れる。


 倉庫の入口で声をかけると、下宿人が出てきた。


「ありがとう。ちょうど、手を洗い始めたところ」


 食事の部屋へ運び込み、箱と籠を置いた。

 小判焼きは一人に二つ。

 酢漬けはこの匙で取り、パンは隣から取ってもらう。


 最初の二人へ説明していると、一人が皿を持ったまま尋ねた。


「これ、何が入ってる?」


「豚肉と白豆、玉ねぎです。豆は潰してあります」


「ああ、だからこの大きさなんだ」


 男は腰を下ろし、一口食べた。

 ミナは、空いた車の取っ手へ手を置いて待った。


「うん。柔らかいな。肉だけのより、これ、食べやすい」


 隣の人は、蕪を食べてからパンへ手を伸ばした。


「こっち、もう少し取ってもいい?」


 ミナは壺の中を見た。

 皆へ行き渡るよう、少し余裕を持たせてある。


「はい。少しでしたら」


「口がさっぱりする。これ、いいね」


 ミナの肩から、少し力が抜けた。

 小判焼きだけでなく、一緒に食べるものも選んでよかった。


 全員が食べ終わるまで、ここで待つ必要はなかった。

 空の器と車は、夕方に引き取りに来る約束だった。


「では、また後で伺います」


 そう言って外へ出たところで、昼の鐘が鳴った。


     *


 夕方、箱の中は空になっていた。


「最後の人、どうでしたか」


 ミナが尋ねると、下宿人は奥へ声をかけてくれた。

 布の束を置き終えた人が、手を拭きながら来る。


「私が最後。ちゃんと二つ残ってたよ」


「冷たくなって、硬くなっていませんでしたか」


「焼きたてほど熱くはなかったけど、硬くはなかった。パンも、べたべたしてなかったし」


 そこで少し考え、付け足した。


「よく食べる人には、パンがもう少しあると嬉しいかも」


 ミナは帳面を開いた。

 全員の量を増やすのか、欲しい人だけ一つ足せるようにするのか。

 次に頼まれたら、そこも先に聞こうと思った。


 責任者が来て、約束の代金を渡してくれた。

 ミナは数を確かめ、受け取ったと伝える。


「時間通りで助かった。また、こういう日があったら聞いてもいいか」


「はい。その日の予定と、人数を伺ってからになりますけど」


「それでいいよ」


 ミナは頭を下げ、空の器を車へ載せた。


     *


 下宿へ戻ると、借りた器を洗った。

 薪と油の代金を管理人へ渡し、残りを帳面と見比べる。


 肉。豆。玉ねぎ。パン。

 紙と、そのほかの材料。


 全部を引いた後に残る分が、今日の仕事の報酬だった。

 すぐにもう一度作れば、試作の時間は減らせるだろう。

 でも、人数や場所が変われば、また考えることが増える。


 ミナは、料理の分量の下へ書き足した。


 パンは、別に運ぶ。

 追加が欲しい人がいるか、先に聞く。

 曲がり角では、車をゆっくり押す。


 レシピだけでは、今日と同じ昼食を届けられなかった。


 階段を上がろうとすると、管理人に呼び止められた。


「手紙が来てるよ。渡すの、食べ終わってからにしようと思ってたんだけど」


 ミナは振り返った。

 まだ、自分の夕飯を用意していなかった。


「先に、ご飯ですね」


「そう。六人には届けたんだから、自分の分も忘れないで」


 差し出された封筒には、マルタの名前があった。

 ミナは椅子へ座り、夕飯が温まる間に封を開けた。


 講習のことや、王都で会った人の話が続いている。

 その先の一行で、顔を上げた。


『家へ帰る前に、リュネールへ寄ってもいい?』


 ミナは、机の上の料理の帳面を引き寄せた。

 今度食べてもらいたいものが、また一つ増えていた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。