第56話 案内をお願いします
翌朝、ミナは馬車へ乗る前に、宿の裏で脚を伸ばした。
寝台から起きたときは、昨日座っていたところが少し固かった。
けれど、朝食を食べ、荷物を運ぶうちに、いつものように動けるようになった。
「今日は、川に沿って進むよ」
乗り場で会ったナディムが、道の先を示した。
荷物の積み込みを待つ間に、ミナは地図を開く。
「ローデンにも、川があるんですか」
「町の近くを通っている。大きな船が入る川ではないが、水を使う工房が多いんだ」
ミナは地図の線を指でたどった。
昨日から、名前の横に思い浮かべられるものが増えている。
*
昼前の休憩では、通りの反対側に、浅い籠を重ねた荷車が止まっていた。
籠には細長い実が並び、上から布が掛けてある。
「あれも、乾かしているんでしょうか」
「いや、町へ運ぶところだね。重ねて押し潰さないようにしている」
ナディムの話を聞き、ミナは籠の縁を見た。
上の籠が、下の実に触れない高さになっている。
袋へ詰めるのとは、持っていき方が違った。
「同じ荷車でも、全部箱ではないんですね」
「箱が合うものもある。空気を通したいものもある。帰りに何を積むかでも、変えるよ」
ミナは、試料を入れる容器を現地で受け取ることを思い出した。
物を収めるだけでなく、どういう状態で着くかを考えて選ぶ。
自分が葉を包むときにも、していたことだった。
馬車へ戻る前に、飲み水を足した。
ラグは係の人と、到着してから荷物を受け取る場所を確かめている。
腰の剣は、休憩が終わると、また決められたところへ収めた。
*
ローデンへ着いたのは、午後だった。
門をくぐると、道の端を細い水路が流れていた。
板を渡して入口を作った店がある。
荷車の車輪が石へ当たり、リュネールとは違う響き方をした。
乗り場で荷物を受け取ると、ナディムは肩に掛けた袋の紐を直した。
「私は、先に取引先へ顔を出してくる」
「私たちは、ギルドへ行ってきます」
「仕事の後なら、川沿いの市場も見られると思う。夕方まで開ける店が多い。私もそちらへ行くよ」
「また、お会いできるかもしれませんね」
「ああ。昨夜の話の続きは、まだ聞けていないからね」
ナディムは笑い、荷を引く人の後について歩き出した。
ミナは教わった道を、地図へ書き足した。
市場へは、明日の支度を終えてから行きたい。
*
ギルドの窓口では、リュネールから持ってきた紙を見せた。
職員は印と名前を確かめ、二人を横の机へ案内した。
机の向こうには、少年が一人座っていた。
暗い青色の髪が、額へ少し落ちている。
赤茶の短い外套と、濃い色の胴着。
膝の横へ、使い込まれた肩掛け袋を置いていた。
「今回、案内をお願いしているキリルさんです」
少年は椅子から立った。
「キリル。十四だ。あの辺は、うちの村から近い」
「ミナです。十三です。よろしくお願いします」
ラグも名乗り、椅子を引いた。
「ミナさん、お荷物はこちらへ。足元を空けておきましょう」
「ありがとうございます」
ミナが袋を置く間、キリルは二人を見比べた。
貴族のお嬢様なのだろうか。
それにしては、服も袋も地味だった。
槍の柄には、何度も握った跡がある。
「採るのは、そっちがやるの?」
ミナへ向けた問いだった。
「はい。素材を持ち帰るところまで、私の仕事です」
「ふうん。あんまり歩くの遅いと、日が暮れるぞ」
頭へ、こつんと軽いものが当たった。
ラグの右拳だった。
「口の利き方を考えろ。こちらは、お前の仕事相手だ」
「……まだ何も言ってないだろ」
「今、言った」
キリルは頭へ手をやり、少しだけ声を落とした。
「だって、十三なんだろ。お前も、まだ採取を始めたばっかりじゃないの?」
「一緒に採取へ出たのは、もう何度目かになる。その前には、一人で行っていた」
ラグが答えると、キリルの手が頭から離れた。
「えっ? 一人……?」
「はい。最初は、見習いでも行ける場所で」
ミナがうなずくと、キリルは机の上の袋へ目を移した。
それから、ミナの顔を見直す。
「ふ……ふうーん……」
「今は見習いも卒業している。一人前の採取人だ。今回の仕事も、ご自分で選ばれたものだよ」
「あの、まだ教わることも多いので……」
ミナは袋の紐を膝へ寄せた。
一人前と言われると、少し背中がむずむずする。
札は変わったけれど、今日も確かめたいことを書いてきていた。
キリルは、その帳面へ目を落とした。
「や、やるじゃん」
「ありがとうございます」
素直に返すと、キリルは目をそらした。
けれど、ミナが地図を机へ置いたときには、自分の袋をずらして場所を空けてくれた。
「どれくらい歩くんですか。休憩を入れた時間も、教えてください」
職員が、二人の間へ依頼の紙を広げた。
「その点も含めて、先に確認しましょう」
*
今回求められているのは、角兎の腱だった。
革細工の糸に使うため、処理の違いを確かめる試料を持ち帰る。
数を揃えるだけでなく、取り出した状態と、洗って乾かした過程も記録する。
ミナは工房で写した帳面を開いた。
職員はそれを見て、乾燥に使える場所を教えてくれた。
支部の作業小屋に、貸せる棚があるという。
「獲物を探して奥へ入り続ける依頼ではありません。予定の区画で見つからなければ、その状況を報告してください」
ラグがうなずいた。
「案内はキリルさん。護衛と危険時の指示はラグさん。素材の採取と処理はミナさんにお願いします」
職員はキリルへ顔を向けた。
「キリルさんは、この区画へ通じる道を知っています。ただし、報酬を受けて案内するのは今回が初めてです。討伐や素材の扱いに詳しい案内人としての手配ではありません」
「道なら、わかる」
「はい。その道を、二人に説明して、一緒に戻ってくる仕事です」
キリルは、机の地図へ指を置いた。
ラグも地図へ目を落とす。
「危険があれば、まず知らせろ。魔法を使う場合も、先に声をかける。勝手に追わない。それでいいか」
「……わかった」
「知らないことは、知らないと言っていい。道の先まで知っているふりをされる方が困る」
キリルは少し顔を上げた。
それから、地図の端へ指を移した。
「こっちの斜面は、俺も最近は行ってない。川の手前までなら、先週も通った」
「では、今回はそちらで予定を組みましょう」
職員が、行く範囲へ印をつけた。
*
窓口での確認を終えると、三人は空いている机へ移った。
キリルは、道を順に説明した。
町を出てからは緩い坂が続く。
荷車の道を離れ、古い石の橋を渡る。
その先に、地図にはない分かれ道があるという。
「左は川へ下りる。右の、根が道へ出てる方。雨の後だと下の道はぬかるむ」
「水を汲めるのは、橋のところですか」
「その上流。橋のすぐ下は、畑から流れてくるところがある」
ラグが、水の場所を地図へ記した。
ミナは、帰りに荷物が増えた場合の時間を尋ねた。
キリルは、少し考えた。
「行きと同じにはならないと思う。橋の手前の坂、帰りは上りになるし。荷物が重いなら、そこで休んだ方がいい」
「そこに、袋を下ろせる場所はありますか」
「平たい石がある。三人なら座れる」
ミナは帳面へ、小さな丸を足した。
「ありがとうございます。地図だけだと、そこまではわかりませんでした」
キリルは、地図を引き寄せた。
「まあ、あそこは何度も歩いてるから」
さっきより、説明が長くなった。
角兎を見かけた場所も教えてくれたが、いつでもいるとは言わなかった。
ミナは、その場所と、見た時期を分けて書いた。
「魔法も使えるんだ。火と風。道案内だけじゃないぞ」
「魔法を、専門に習っているんですか」
「そう。王都では冠位に教わるんだぜ」
ミナは筆を止めた。
ラグが、机越しに尋ねる。
「弟子になるのか?」
「……魔法ギルドの講習。ちゃんと、冠位が教えるやつだ」
「それは、楽しみですね」
ミナが言うと、キリルは一度うなずいた。
「仕事の金も、向こうへ行くのに使う。リュネールを通って、それから王都へ行くつもり」
「リュネールは、私たちの町です」
「え、そうなの?」
「はい。今回は、そこから来ました」
ミナは地図の外側を指した。
来た道を戻った先にリュネールがあり、王都へはそこからさらに進む。
自分たちにとっての帰り道が、キリルにはこれから行く道だった。
「じゃあ、町のことはそっちが知ってるわけか」
「いつも行く店なら、お教えできます」
「武器屋も?」
「そちらでしたら、私も少々」
ラグが答えると、キリルはその腰の鞘を見た。
今度は、剣について尋ねようと口を開いた。
けれど、ミナが帳面をめくったので、先にそちらへ目を向けた。
*
作業小屋では、棚の場所と、使える桶を確かめた。
職員から受け取った容器を並べ、ミナは大きさを帳面へ書いた。
濡れたものと乾いたものを分けられるよう、包む布も移す。
「乾かすの、ここで待つんだろ」
キリルが棚を見上げた。
「はい。持ち帰れる状態になるまで」
「だったら、火の魔法を使えばいいじゃん。温めて、風で一気に乾かせる」
ミナは、布に包んでいた小さな見本を取り出した。
工房で、比べるために預かったものだった。
一つはまっすぐ伸び、もう一つは縮れている。
「熱をかけすぎると、使えなくなるそうです」
キリルは身をかがめた。
「これ、同じもの?」
「はい。強く引いたときにも、違いがあるそうです。私も、実際に試すのは今回が初めてですけど」
ミナは依頼の紙を開いた。
乾燥の手順を変えた場合には、その条件も記すように書いてある。
「早く乾けばいい、ではないんだな」
ラグが言うと、キリルは紙へ手を伸ばした。
「……ちょっと見せて」
ミナは、読みやすい向きへ回した。
キリルの指が、報酬の数字を通り過ぎる。
その下の、試料の状態を指定した行で止まった。
「風も、強ければいいわけじゃないのか」
「埃がつかないようにしたいです。使う前に、どのくらいの風か見せてもらえますか」
「……できるよ。そのくらい、弱くもできる」
「では、明日、相談させてください」
キリルは紙を返した。
ミナは見本を包み直し、明日使う道具の横へ置いた。
明日の道は、キリルが知っている。
持って帰るものは、自分が確かめる。
危険があれば、ラグの指示を聞く。
机へ並んだ三人分の荷物を見て、ミナは帳面の最後へ出発の時刻を書いた。
「明日は、案内をお願いします」
キリルは肩掛け袋を取り、短くうなずいた。
「橋までの道から、ちゃんと教えるよ」
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カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。




