第54話 行ってみたい場所
マルタを見送った翌朝、ミナは昼食の包みを二つ用意した。
自分の分と、ラグの分。
昨日まで買い足していた粉は、今日は少し残る。
袋へ収め、出発の時刻を確かめた。
今日の依頼は、何度か歩いた場所での薬草採取だった。
町の門でラグと会い、二人で道を進む。
隣にもう一人並ぶ分だけ、道が広く見えた。
*
採取地へ着くと、ミナは株の前へ袋を置きかけた。
すぐに手を止め、横へずらす。
「そこだと、戻るときに通りますね」
ラグの声に、ミナはうなずいた。
「マルタが、前に立ってくれるときの置き方でした」
ラグは道と斜面を見比べた。
「今日は私が、両方を見ます。こちらから手元が見える範囲で進めましょう」
ミナも退くところを確かめ、作業を始めた。
包丁を入れ、葉を布へ並べる。
一つの場所で揃えようとせず、株の育ち方を見て少し移動した。
ラグが別の方を確かめる間は、刃を収める。
戻った声を聞いてから、次の葉へ手を伸ばした。
三人でできたことを、そのまま二人で続けるわけにはいかなかった。
けれど、先に声を掛けることは、今日も使えた。
必要な量が揃うと、ミナは葉を数え直し、包みを閉じた。
魔物には出会わなかった。
帰り道の坂も、歩幅を小さくして下りる。
休憩所で袋を下ろしたとき、ラグが顔を向けた。
「帰りの足取りも、揃っていますね」
「今日は、葉が軽いので」
「ええ。それに、袋も背中で動いていません」
ミナは肩の紐へ触れた。
出発前に長さを直して、荷物を背中へ近づけていた。
前は袋が揺れるたび、肩を上げて止めようとしていた。
「帰ってから、まだ料理もできそうです」
言ってから、少し笑った。
ラグも水を飲み、袋へ戻す。
「夕飯まで考えられるなら、よい帰り道ですね」
*
昼食を終えて歩き出すと、街道を馬車が通った。
ミナは道の端へ寄り、車輪が離れていくのを見た。
マルタも今頃、どこかで昼食を食べているだろうか。
自分で焼いたパンの包みを、膝の上へ広げているかもしれない。
「ラグさん」
顔を向けてもらってから、ミナは言った。
「私も、知らない町へ行ってみたいです」
「次の採取地、ということでしょうか」
「それも。でも、町で何を売っていて、どんなものを食べているのかも、見たいです」
ラグは歩く速さを落とした。
ミナも隣へ並ぶ。
「いつか、自分の店を持ちたいって、前に話しましたよね」
「ええ」
「食堂で教わったものは、たくさんあります。でも、それだけで、全部知ってるわけじゃないので」
コルナから来たときも、店に並ぶ食材は少し違っていた。
魔物を食べると言って、驚かれたこともある。
同じ材料を、別の使い方で食べている人もいるのかもしれない。
「マルタ、習いたいことがあるから、王都へ行ったでしょう。私も、行きたい場所があるなら、何が必要か調べてみようと思って」
ラグはしばらく聞いてから、うなずいた。
「では、旅をするための仕事も探しましょう。宿と道を使えるなら、全部歩いて行く必要もありません」
「一緒に、行っていただけますか」
「予定と仕事の内容を確かめてからになりますが。私も、見たいものはございます」
「何ですか?」
「よい刃物を扱う店があれば、寄りたいですね。それから、靴の底を長持ちさせる職人にも興味があります」
ミナはラグの靴へ目を落とした。
自分を連れていくこと以外にも、旅の用事ができる。
「じゃあ、私、ギルドで聞いてみます」
*
納品が終わっても、ミナは窓口を離れなかった。
「別の町で受けられる採取の仕事は、ありますか」
職員が顔を上げた。
ミナは、ラグと一緒に行くつもりであることと、旅の日数も含めて相談したいことを伝えた。
「でしたら、こちらの案内も見てください。現地の支部で受けるものと、こちらで申し込んで行くものがあります」
出された紙には、知らない地名が並んでいた。
報酬の数字も、近場の依頼より大きいものがある。
けれど、必要な日数を読むと、帰るまでの食費も宿代も増えた。
ミナは一枚ずつ、条件へ目を移した。
根を土ごと運ぶ薬草。荷車が必要だった。
森の奥で採る樹液。今の登録では入れない区画が含まれている。
魔物から採る腱の、少量の試験採取。
最後の紙で、手を止めた。
「こちらは、採った後の処理も、仕事なんですか」
「はい。革細工に使う糸の材料です。こちらの工房が、別の土地からも仕入れられるか確かめたいそうで」
必要なのは、量を揃えることだけではなかった。
どこから外したか。洗い、乾かすまでにどう扱ったか。
その手順を記したものも、試料と一緒に納める。
ミナは指で、その行をたどった。
「同じ名前の素材でも、採るところで状態が違うかもしれない、ということですか」
「それと、処理の違いですね。取引を始める前に、使える状態を現地の採取人とも共有したいと」
町までは、乗合馬車で二日。
現地での下見と採取には、数日の余裕を取る。
試料は乾かしてから持ち帰るので、今日採って明日戻る仕事ではなかった。
ラグが対象と採取区画を確かめた。
小型の獣型の魔物で、経験のある戦闘役の同行が条件になっている。
道に詳しい現地の案内役も、支部を通じて頼むことができた。
「その方の費用も、こちらで払うのですか」
「この依頼では、指定の案内費は工房が負担します。移動と宿泊には補助がありますが、全額ではありません」
ミナは補助の条件を書き取った。
討伐できなかった場合の報告も、仕事に含まれている。
試料を持ち帰った分の支払いとは、別だった。
「資料をお借りして、費用を調べてもいいですか」
「どうぞ。申し込む前に、工房の見本も確認できます」
ミナは紙を受け取った。
向こうから呼ばれたわけではない。
自分で聞いて、知らなかった仕事の条件が手元へ来た。
*
乗合馬車の窓口で、往復の料金と、次の出発日を聞いた。
荷物を預ける条件も、紙の端へ書く。
その後、ラグが武器屋へ寄ってもよいか尋ねた。
借りた剣は宿へ戻ってから持ってきて、ミナも一緒に店へ入る。
「使ってみたか」
「ええ。振った後に戻るところと、仲間の横を通るところを」
ラグは剣を台へ置いた。
大きく戻しすぎたこと、疲れると握り直しが増えたことを説明する。
店主は刃を確かめ、彼が示す場所を見た。
「この長さなら、動ける。重さを先へ増やすのは、やめた方がよさそうだな」
「私もそう思います。手元の方で受ける形は、まだ相談したいのですが」
店主は奥から、別の長剣を持ってきた。
借りたものに近い長さで、手元寄りの刀身には、刃をつけていない厚い部分がある。
そこから先は細くなり、切るための刃が続いていた。
「こちらも持ってみてくれ。受けるなら、この辺りを使う。ただ、広さは盾と比べるなよ」
ラグが右手で握り、試し場へ移る。
ミナは離れて、向きを変える足を見た。
少し振って、止める。
手元へ戻し、もう一度、ゆっくり動かした。
「柄のここが、少し当たります」
「巻き方を替えられる。鞘と留め具も、今の背負い方に合わせた方がいい」
値段と、調整に掛かる日数が伝えられた。
新しく一から打つものではないが、そのまま持ち出すのでもなかった。
出来上がってから、もう一度練習する日も必要になる。
ラグは馬車の日程を確かめた。
いちばん早い便を選ばなければ、その時間を取れる。
「こちらを、お願いしたいと思います」
ミナは顔を上げた。
「決めるんですか」
「ええ。借りた剣で、確かめたいことは見えました。次は、自分で使うものを覚えたいので」
ラグは台へ剣を戻した。
「一羽へ向かう間、もう一羽を止めてもらいました。私も、仲間が作ってくれた時間に、届くところを増やしたいのです」
店主が、握る位置へ印をつけた。
ラグは試用の返却を済ませ、預けていた金と新しい代金を精算した。
まだ仕事の斧は持っている。
けれど、次に練習場へ行くときには、自分で選んだ剣がある。
*
夕方、ミナは下宿の台所で粉を捏ねた。
今日は、焼くパンにはしない。
水と塩を加えてまとめ、布を掛けて少し置く。
その間に青菜を洗い、卵を椀へ割った。
「こんばんは。今日は、麺を切ります」
配信を始めると、しばらくして数字が一になった。
〈帰り道:こんばんは。粉から作るんですね〉
「はい。食堂でも、余った粉で作っていました」
生地を台へ出し、粉を薄く振る。
借りた伸ばし棒を転がすと、端が少しずつ広がった。
〈帰り道:前の薄いパンを焼いたんですが、冷めてから折ったら割れてしまいました。厚すぎたのでしょうか〉
ミナは文字を読み、棒を止めた。
「厚さもありますけど……焼き色は、濃くつきましたか」
〈帰り道:ぱりっとするくらい、両側を焼きました〉
「それだと、水分が少なくなったのかもしれません。私も、焼いたばかりをそのまま置くと、端が硬くなることがあります」
生地を少し持ち上げ、台へ付いていないか見る。
「粉や水の量でも違うので、次は一枚だけ、焼く時間を短くして比べてもらえますか。具を挟んで持っていくなら、折れるくらい柔らかい方が使いやすいです」
〈帰り道:やってみます。香ばしくしようとして、焼きすぎたかもしれません〉
「すぐ食べるなら、それもおいしいと思います」
ミナは笑って、棒を動かした。
褒めてもらうだけでは、知らなかったことだった。
画面の向こうでも、粉を混ぜ、鍋へ広げて、折ってみた人がいる。
薄く伸びた生地を、粉を挟んで緩く畳む。
包丁で端から細く切った。
麺をほどくと、長さの違うものが台の上へ並ぶ。
〈帰り道:こちらは、パンよりずっと硬い生地なんですね〉
「はい。切った形が残るくらいにしています」
鍋で湯を沸かし、麺を茹でた。
別に温めた青菜の汁へ溶いた卵を流し、椀で麺と合わせる。
匙だけでは取りにくいので、小さな食事用の叉も添えた。
ラグが来たのは、湯を切り終えた頃だった。
旅の資料を持っている。
「今夜は、帳面に粉を掛けずに済みそうですね」
「食べてから、広げましょう」
ミナは水晶へ顔を向けた。
「別の町へ行く仕事を、調べています。まだ申し込んでいませんけど、必要なお金も聞いてきました」
〈帰り道:旅先でも、料理はされるんですか〉
「台所を使わせてもらえたら。そこで食べているものも、知りたいです」
言葉にすると、見たいものがまた一つ増えた。
ミナは麺を映し、挨拶をして配信を閉じた。
*
少し太く切れた麺には、噛むと粉の味があった。
青菜の汁と卵が絡む。
ラグは叉へ少量ずつ取り、椀を卓へ置いたまま食べた。
「切るものが変わると、食べ方も変わりますね」
「次は、もう少し揃えて切ります」
「太いところも、私は好きですよ」
ミナは自分の麺を見て、笑った。
食器を洗い、台を乾かしてから、二人で資料を広げた。
馬車の往復料金。
途中の宿と、現地で泊まる日数。
食費は、持っていく分を差し引く。
旅の間も下宿の部屋を残すので、その分も忘れなかった。
ラグが数字を確かめ、帰りが遅れた場合の分を加えた。
「こちらは、使わずに帰れれば、そのまま残ります」
報酬から補助のない費用を引くと、近場の仕事ほど多くは残らない。
ミナは、その数字をしばらく見た。
「行くだけで、結構掛かるんですね」
「ええ。仕事があるから、旅が全部安くなるわけではありません」
ミナは頷き、財布に残す分も書いた。
今までの報酬と、今回の補助があれば、余裕を残して行ける。
帰ってから、次の仕事を探すまでの食費も取っておけた。
「私は、これでも行きたいです。腱を外すところは、見本を見てから確かめたいですけど」
「では、明日、工房で確認しましょう。現地の支部にも、日程を問い合わせて」
ミナは馬車の候補へ印をつけた。
ラグの剣を受け取り、練習してから出られる便だった。
翌日、工房で見せてもらった試料には、切ってはいけない繊維と、取り除く部分があった。
ミナは指示を聞き、見本の形を帳面へ写した。
わからない工程は、その場で聞いた。
ギルドへ戻り、二人で申込書へ名前を書いた。
現地の受け入れを確認してもらい、出発前にもう一度、窓口へ寄ることになった。
ミナは帰り道、預かった地図を開いた。
採取地の印より先に、町の市場の場所が目に入る。
「ここ、どんなものを食べているんでしょう」
ラグも地図へ目を向けた。
「着いたら、見に行きましょう」
ミナはうなずき、地図を畳んだ。
マルタへ話したいことが、もうできていた。
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