第52話 帰ってからも三人で
出発前、マルタは左手を盾へ通した。
強く握り、少し向きを変える。
昨日見てもらった帯は、手首の傷からずれた位置に収まっていた。
「今のところ、平気です」
ギルドの職員へ見せ、留め具を戻した。
ミナはその隣で、昼食の包みを確かめる。
卵と玉ねぎを挟んだ薄焼きパン。マルタの分は、一枚多く焼いてきた。
「帰ってきても、もう一度見てもらおう」
「うん。今日は、自分でも途中で見る」
ラグの腰には、いつもの片手斧があった。
借りた剣は、宿へ置いてきている。
三人で戻る時刻を確かめ、町を出た。
*
休憩所までの道では、マルタが昨日の練習の話をした。
「横を通ってもらうとき、盾を寄せすぎない。後ろを見ようとして、全部そっちへ向かない」
歩きながら小さく肩を動かし、すぐに戻す。
「あ、歩いてるときに練習すると、道からずれちゃうね」
「今は、前を見よう」
ミナが笑うと、マルタも足元を見た。
石を越え、少し歩幅を小さくする。
分かれ道で地図を開いた。
ここから先は、初めて歩く。
ミナは標識を記録し、戻る方の景色も見た。
位置の共有と記録は動いていたが、公開配信は始めていない。
丘へ続く坂は、長くはなかった。
それでも、上まで一度に歩けば息が上がる。
ミナは途中の平らなところを示した。
「ここで、水を飲んでもいいですか」
「ええ。丘へ上がる前に、荷物も見ましょう」
袋を下ろすと、背中が涼しくなった。
ミナは水を飲み、靴の中で足の指を動かす。
脚はまだ軽かった。息も、少し待つと落ち着く。
前なら、遅れないようにと坂の上まで歩いていたかもしれない。
今は、着いた後にも仕事があるとわかっている。
ラグが道の先を見てから、二人へ向き直った。
「この先では、まず姿と周りを確かめます。見つけても、すぐに追わないように」
ミナとマルタはうなずき、袋を背負った。
*
丘の上には、短い草と、土の見える場所があった。
石の陰で、灰色が動く。
ミナは足を止めた。
太い嘴が、草から出ている。
石羽鳥だった。
けれど、前に見たものより、胸が大きい。
頭を上げると、草の上へ首が長く出た。
「前のより、大きいです」
ミナが言ったとき、その奥でも頭が上がった。
もう一羽。同じくらい大きな体が、石の陰から出てくる。
「二羽、見えます」
「こちらでも見えました。まだ、近づかないでください」
ラグは二羽の間と、丘の向こうへ目を向けた。
ミナも、別の姿がないか見る。
必要な羽は四本だった。二羽とも倒さなければならない仕事ではない。
「道の方へ戻りましょう。ここから先へは進まずに」
ミナは背後を確かめた。
低い石が一つあるが、その左は空いている。
マルタが盾を外し、ミナの前へ立った。
下がり始めたとき、手前の鳥がこちらを向いた。
奥の鳥も、草をつつくのをやめる。
ラグが斧を取った。
「袋を置いて、槍を。マルタさんは、手前をお願いします」
ミナは道の脇へ袋を下ろした。
槍を両手で持ち、盾の真後ろへは寄らない。
ラグが通る右側を空け、低い石の左へ退ける場所を残す。
手前の鳥が、胸を低くした。
奥の一羽は、その横を抜けて右へ走る。
「右にも来ます」
「見えています。そのまま下がってください」
ラグが二羽の間へ出た。
だが、手前の鳥は彼へ向き直らず、マルタの盾へ走ってきた。
硬い音がした。
マルタの肩が押される。
後ろの足が土を削り、半歩ずれた。
前に出会ったネズミを受けたときより、重かった。
「こっちは、受けてます!」
盾は前を向いたままだった。
マルタは鳥を押し返そうと追わず、足を置き直す。
ミナも一歩下がり、二人の間を詰めないようにした。
右の鳥が、石の方へ向いた。
その向こうは、ミナのいる場所へ続いている。
羽が少し開く。
胸が持ち上がった。
「右の鳥、石を越えます!」
声に出すと、ラグは追っていた足を止めた。
鳥が地面を蹴る。
彼は石へ上がらず、その脇を回って、下りる先へ向かった。
ミナは左へ下がった。
足腰へ薄く魔力を回したまま、槍の先を右の鳥へ向ける。
自分へ来たら、そこからもう一歩退く。
土へ下りた鳥が、首をこちらへ向けた。
その横へ、ラグが届く。
斧が短く動いた。
鳥の脚がもつれ、もう一度、刃が入る。
「ミナ、後ろ、空いてる?」
マルタの声に、顔を戻した。
盾の前では、もう一羽が嘴を引いていた。
「空いてる。私も下がる」
ミナは、マルタが動く分を空けた。
鳥の胸が沈む。
「もう一回来る!」
盾へ、二度目の音がした。
マルタは後ろへ一歩動き、踏ん張り直した。
左腕だけで突き返そうとはしない。
右の鳥から離れたラグが、こちらへ戻った。
「右から入ります。盾は、そのままで」
「はい!」
マルタは首を右へ向けかけ、前へ戻した。
鳥の頭を見て、盾の端を寄せすぎない。
ミナも、ラグの通る道へ槍を出さずに待った。
盾の外へ伸びた首に、斧が入った。
鳥の体が傾く。
ラグは尾の方へ大きく振り抜かず、前へ出て、必要なところへもう一度刃を入れた。
羽と脚の動きが、やがて止まった。
*
ミナは、すぐには槍を下ろさなかった。
ラグが二羽の状態を確かめ、周囲へ目を向ける。
自分も、来た道と草の続く方を見た。
「ほかの動きは、見えません」
「こちらも。少し、そのまま待ちましょう」
マルタが息を吐いた。
盾の上から見える耳が、ゆっくり起きる。
「重かった……。足、動いちゃった」
「後ろへ下がれたよ。私も、ちゃんと動けた」
ミナが言うと、マルタは足元を見た。
盾を支えた場所から、道の方へ足跡が続いている。
周囲を確かめ終えてから、二人は道具を下ろした。
マルタが帯を外し、手首を見る。
「腕は疲れました。でも、擦れたところは痛くないです」
新しく傷ができていないことを確かめ、ラグもうなずいた。
「ずっと同じ場所で受け止めなくてもよいのです。退く道を残していただけたので、戻れました」
彼は二羽の方へ目を向けた。
一羽へ斧を入れている間も、もう一羽は動いていた。
そちらをマルタが受け、ミナが下がる場所を知らせていた。
二人だけなら、同じようには動けなかった。
「お二人とも、助かりました」
ミナは槍を持つ指を緩めた。
心臓はまだ速い。大きな嘴が、自分へ向いた瞬間も覚えている。
けれど、怖いままでも、右と前の動きを見て声を出せた。
「ミナさん、右の鳥を見ていてくれましたね」
「マルタが、前にいてくれたので」
ミナは盾へ顔を向けた。
「右を見てる間も、こっちを守ってくれてたから」
マルタは盾を膝に置き、少し笑った。
「私、二羽とも見ようとしてたら、どっちにも間に合わなかったかも」
水を飲み、しばらく休んだ。
息が落ち着くのを待ってから、ミナは素材を収める布を出した。
*
ミナは二羽の尾を順に確かめた。
土へ倒れた拍子に、軸が裂けたものもある。
長さと根元の傷を見て、条件に合う四本を選び、布を広げた。
ラグが周りを見て、マルタはミナの少し前へ立った。
ミナは包丁を取り、羽の付け根へ刃を入れた。
軸を引っ張らず、周りを外して一本ずつ取り分ける。
「私、何か持つ?」
「今は、このままで大丈夫。箱へ入れるとき、布の端を押さえてもらえる?」
マルタがうなずいた。
最後の一本を採り終え、ミナは刃を収める。
四本を並べ直し、根元が箱の中でぶつからないように包んだ。
蓋を閉じると、マルタが笑った。
「揃ったね」
「うん。あとは、持って帰る」
ラグが箱を袋へ留める。
ミナは時刻を確かめ、小さな食用の包みも出した。
マルタが、その手を見た。
「まだ、何か採るの?」
「砂肝。前に食べて、おいしかったの」
「……この鳥の?」
ミナはうなずいた。
マルタは鳥から包みへ目を移し、それからラグを見た。
「ラグさんも、食べたんですか」
「ええ。最初は、同じように聞き返しましたが」
「そっか。じゃあ、私も食べたい」
返事が思っていたより早くて、ミナは顔を上げた。
「嫌じゃない?」
「ちょっとびっくりした。でも、おいしかったんでしょ?」
ミナは笑って、二羽から砂肝を取り分けた。
前に採ったものより、こちらも大きかった。
羽とは別に包み、残すものの始末を済ませる。
依頼の分は揃った。これ以上、鳥を探しには行かなかった。
*
休憩所へ戻り、使える火元を借りた。
砂肝を整えて火を通し、帰るまでの間に傷ませないようにする。
その間に、三人で昼食を食べた。
マルタは薄焼きパンの包みを開いた。
一口かじり、端を指で押す。
「ほんとだ。冷めると、折ったところも柔らかい」
「持って歩いても、中が出にくかった?」
「うん。食べるところまで、ちゃんと挟まってる」
ラグも自分の昼食を食べながら、二人の包みを見た。
「次に出かける前に、私も作り方を覚えたいですね」
「パンを広げるところなら、私もできますよ」
マルタが答えた。
ミナは火元を見てから、残りのパンを食べた。
帰る道を歩く分の力が、まだ脚に残っていた。
*
町へ着いたのは、決めていた時刻より早かった。
羽は四本とも受領された。
採取地と、前に見たものより大きい二羽がいたこと、それぞれの動きも報告する。
マルタの手首には、新しい傷はなかった。
報酬を分けると、彼女は硬貨をしまい、ミナへ顔を向けた。
「夕飯、私も材料代を出すね」
「芋と玉ねぎを買おうと思って」
「じゃあ、一緒に買いに行こう。今日は、何を作るの?」
「砂肝と合わせる。少し酸っぱくすると、おいしいんだ」
帰り道の店で、三人分の芋と玉ねぎを選んだ。
ミナは料理用の酢も少し買う。
ラグが包みを持ち、マルタが芋の袋を引き受けた。
*
下宿の台所で、ミナは配信を始めた。
管理人へ頼んだ時間の中で、片づけまで終える予定だった。
「こんばんは。今日は、三人で石羽鳥の尾羽を採ってきました」
視聴者の数字が、一になった。
〈こぐま:無事に帰ったか〉
「はい。手首も、擦れていませんでした」
マルタが水晶へ左腕を向けた。
ミナは、前より大きな二羽に出会ったことを話した。
マルタが一羽を受けている間に、もう一羽へラグが向かったことも。
〈こぐま:二羽か。前を受けている間に、横へ回られたんだな〉
「はい。後ろを空けてもらって、下がれました」
マルタが答え、盾へ目を向ける。
〈こぐま:下がった後も、ラグが戻る道は残せたか〉
「はい。ラグさんが、右から入るって言ってくれたので。私、今日は追いかけませんでした」
マルタは言ってから、少し笑った。
「明日は荷物をまとめます。三日後には、王都へ行くので」
ミナは鍋へ顔を戻した。
芋を茹で、小さく切る。
玉ねぎは薄く切って炒め、柔らかくなったところへ、火を通して持ち帰った砂肝を入れた。
温まったものを芋と合わせる。
塩と、酢を少し。乾いた香草も指で崩して入れた。
「これ、全部混ぜていい?」
「うん。芋を潰さないくらいで」
マルタが匙を動かす。
ラグはパンを皿へ分けてくれた。
文字板へ、新しい文字が出た。
〈こぐま:そういえば、王都で盾の講習があったな〉
〈こぐま:ちょうど、そっちが着く頃だったはずだ〉
マルタの匙が止まった。
「新人でも、受けられますか?」
〈こぐま:そのための講習だ。王都のギルドで申し込める〉
続いて、予定の日と会場が書かれた。
マルタは布で手を拭き、旅程の紙を取り出す。
「着いてからだ。治療院へ行く日とも、重なってない」
「書いておこうか」
「お願い。私、帰ったら宿で聞いてみる」
ミナは日時を書き写した。
隣から、丸い耳が帳面をのぞいている。
「こぐまさん、ありがとうございます。行ってみます」
〈こぐま:盾も持っていくといい。帯を直した話も、講師にしてみろ〉
「はい!」
マルタは紙を大事に畳んだ。
王都へ向かう荷物に、持っていくものが一つ増えた。
*
砂肝をかじると、マルタは少し目を大きくした。
「思ってたより、こりっとする」
「硬すぎない?」
「ううん。芋と一緒に食べると、違うところがあっていいね。酢も、酸っぱすぎない」
もう一口、今度は玉ねぎも取る。
ラグは匙を置き、水晶へ顔を向けた。
「本日は、盾にも食卓にも助けていただきました」
「食卓は、混ぜただけです」
「そこを待っている間に、私は皿を用意できましたので」
マルタが笑った。
ミナは自分の皿へ匙を入れた。
温かい芋に、塩と酢が染みている。
鳥の姿を思い出しても、今はちゃんと、おいしいと思えた。
こぐまさんが夕飯へ抜けるのを見送り、短い配信を終えた。
食べ終わる頃、ミナは椅子の上で足を少し動かした。
ふくらはぎは張っている。けれど、立って皿を洗うのが嫌になるほどではなかった。
マルタと並び、洗ったものを順に渡す。
「今日、盾を構えてるとき、ミナが声を出してくれてよかった」
「私も、止まっててくれたから、後ろが見えたよ」
布を持つマルタの手が、少し止まった。
それから、椀の水を拭き取る。
「……うん。今日は、ちゃんと帰って、夕飯まで作れたね」
ミナもうなずいた。
まだ片づけは残っている。
でも、三人で終えられる。
次に出かける話をする前に、マルタの出発の荷物を整える日が来る。
ミナは乾いた皿を棚へ戻し、講習の日を書いた紙が濡れない場所にあるか、もう一度確かめた。
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