↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
52/150

第52話 帰ってからも三人で

 出発前、マルタは左手を盾へ通した。

 強く握り、少し向きを変える。

 昨日見てもらった帯は、手首の傷からずれた位置に収まっていた。


「今のところ、平気です」


 ギルドの職員へ見せ、留め具を戻した。

 ミナはその隣で、昼食の包みを確かめる。

 卵と玉ねぎを挟んだ薄焼きパン。マルタの分は、一枚多く焼いてきた。


「帰ってきても、もう一度見てもらおう」


「うん。今日は、自分でも途中で見る」


 ラグの腰には、いつもの片手斧があった。

 借りた剣は、宿へ置いてきている。

 三人で戻る時刻を確かめ、町を出た。


     *


 休憩所までの道では、マルタが昨日の練習の話をした。


「横を通ってもらうとき、盾を寄せすぎない。後ろを見ようとして、全部そっちへ向かない」


 歩きながら小さく肩を動かし、すぐに戻す。


「あ、歩いてるときに練習すると、道からずれちゃうね」


「今は、前を見よう」


 ミナが笑うと、マルタも足元を見た。

 石を越え、少し歩幅を小さくする。


 分かれ道で地図を開いた。

 ここから先は、初めて歩く。

 ミナは標識を記録し、戻る方の景色も見た。

 位置の共有と記録は動いていたが、公開配信は始めていない。


 丘へ続く坂は、長くはなかった。

 それでも、上まで一度に歩けば息が上がる。

 ミナは途中の平らなところを示した。


「ここで、水を飲んでもいいですか」


「ええ。丘へ上がる前に、荷物も見ましょう」


 袋を下ろすと、背中が涼しくなった。

 ミナは水を飲み、靴の中で足の指を動かす。

 脚はまだ軽かった。息も、少し待つと落ち着く。


 前なら、遅れないようにと坂の上まで歩いていたかもしれない。

 今は、着いた後にも仕事があるとわかっている。


 ラグが道の先を見てから、二人へ向き直った。


「この先では、まず姿と周りを確かめます。見つけても、すぐに追わないように」


 ミナとマルタはうなずき、袋を背負った。


     *


 丘の上には、短い草と、土の見える場所があった。

 石の陰で、灰色が動く。


 ミナは足を止めた。

 太い嘴が、草から出ている。

 石羽鳥だった。


 けれど、前に見たものより、胸が大きい。

 頭を上げると、草の上へ首が長く出た。


「前のより、大きいです」


 ミナが言ったとき、その奥でも頭が上がった。

 もう一羽。同じくらい大きな体が、石の陰から出てくる。


「二羽、見えます」


「こちらでも見えました。まだ、近づかないでください」


 ラグは二羽の間と、丘の向こうへ目を向けた。

 ミナも、別の姿がないか見る。

 必要な羽は四本だった。二羽とも倒さなければならない仕事ではない。


「道の方へ戻りましょう。ここから先へは進まずに」


 ミナは背後を確かめた。

 低い石が一つあるが、その左は空いている。

 マルタが盾を外し、ミナの前へ立った。


 下がり始めたとき、手前の鳥がこちらを向いた。

 奥の鳥も、草をつつくのをやめる。


 ラグが斧を取った。


「袋を置いて、槍を。マルタさんは、手前をお願いします」


 ミナは道の脇へ袋を下ろした。

 槍を両手で持ち、盾の真後ろへは寄らない。

 ラグが通る右側を空け、低い石の左へ退ける場所を残す。


 手前の鳥が、胸を低くした。

 奥の一羽は、その横を抜けて右へ走る。


「右にも来ます」


「見えています。そのまま下がってください」


 ラグが二羽の間へ出た。

 だが、手前の鳥は彼へ向き直らず、マルタの盾へ走ってきた。


 硬い音がした。


 マルタの肩が押される。

 後ろの足が土を削り、半歩ずれた。

 前に出会ったネズミを受けたときより、重かった。


「こっちは、受けてます!」


 盾は前を向いたままだった。

 マルタは鳥を押し返そうと追わず、足を置き直す。

 ミナも一歩下がり、二人の間を詰めないようにした。


 右の鳥が、石の方へ向いた。

 その向こうは、ミナのいる場所へ続いている。


 羽が少し開く。

 胸が持ち上がった。


「右の鳥、石を越えます!」


 声に出すと、ラグは追っていた足を止めた。

 鳥が地面を蹴る。

 彼は石へ上がらず、その脇を回って、下りる先へ向かった。


 ミナは左へ下がった。

 足腰へ薄く魔力を回したまま、槍の先を右の鳥へ向ける。

 自分へ来たら、そこからもう一歩退く。


 土へ下りた鳥が、首をこちらへ向けた。

 その横へ、ラグが届く。


 斧が短く動いた。

 鳥の脚がもつれ、もう一度、刃が入る。


「ミナ、後ろ、空いてる?」


 マルタの声に、顔を戻した。

 盾の前では、もう一羽が嘴を引いていた。


「空いてる。私も下がる」


 ミナは、マルタが動く分を空けた。

 鳥の胸が沈む。


「もう一回来る!」


 盾へ、二度目の音がした。

 マルタは後ろへ一歩動き、踏ん張り直した。

 左腕だけで突き返そうとはしない。


 右の鳥から離れたラグが、こちらへ戻った。


「右から入ります。盾は、そのままで」


「はい!」


 マルタは首を右へ向けかけ、前へ戻した。

 鳥の頭を見て、盾の端を寄せすぎない。

 ミナも、ラグの通る道へ槍を出さずに待った。


 盾の外へ伸びた首に、斧が入った。

 鳥の体が傾く。

 ラグは尾の方へ大きく振り抜かず、前へ出て、必要なところへもう一度刃を入れた。


 羽と脚の動きが、やがて止まった。


     *


 ミナは、すぐには槍を下ろさなかった。

 ラグが二羽の状態を確かめ、周囲へ目を向ける。

 自分も、来た道と草の続く方を見た。


「ほかの動きは、見えません」


「こちらも。少し、そのまま待ちましょう」


 マルタが息を吐いた。

 盾の上から見える耳が、ゆっくり起きる。


「重かった……。足、動いちゃった」


「後ろへ下がれたよ。私も、ちゃんと動けた」


 ミナが言うと、マルタは足元を見た。

 盾を支えた場所から、道の方へ足跡が続いている。


 周囲を確かめ終えてから、二人は道具を下ろした。

 マルタが帯を外し、手首を見る。


「腕は疲れました。でも、擦れたところは痛くないです」


 新しく傷ができていないことを確かめ、ラグもうなずいた。


「ずっと同じ場所で受け止めなくてもよいのです。退く道を残していただけたので、戻れました」


 彼は二羽の方へ目を向けた。

 一羽へ斧を入れている間も、もう一羽は動いていた。

 そちらをマルタが受け、ミナが下がる場所を知らせていた。

 二人だけなら、同じようには動けなかった。


「お二人とも、助かりました」


 ミナは槍を持つ指を緩めた。

 心臓はまだ速い。大きな嘴が、自分へ向いた瞬間も覚えている。

 けれど、怖いままでも、右と前の動きを見て声を出せた。


「ミナさん、右の鳥を見ていてくれましたね」


「マルタが、前にいてくれたので」


 ミナは盾へ顔を向けた。


「右を見てる間も、こっちを守ってくれてたから」


 マルタは盾を膝に置き、少し笑った。


「私、二羽とも見ようとしてたら、どっちにも間に合わなかったかも」


 水を飲み、しばらく休んだ。

 息が落ち着くのを待ってから、ミナは素材を収める布を出した。


     *


 ミナは二羽の尾を順に確かめた。

 土へ倒れた拍子に、軸が裂けたものもある。

 長さと根元の傷を見て、条件に合う四本を選び、布を広げた。


 ラグが周りを見て、マルタはミナの少し前へ立った。

 ミナは包丁を取り、羽の付け根へ刃を入れた。

 軸を引っ張らず、周りを外して一本ずつ取り分ける。


「私、何か持つ?」


「今は、このままで大丈夫。箱へ入れるとき、布の端を押さえてもらえる?」


 マルタがうなずいた。

 最後の一本を採り終え、ミナは刃を収める。

 四本を並べ直し、根元が箱の中でぶつからないように包んだ。


 蓋を閉じると、マルタが笑った。


「揃ったね」


「うん。あとは、持って帰る」


 ラグが箱を袋へ留める。

 ミナは時刻を確かめ、小さな食用の包みも出した。


 マルタが、その手を見た。


「まだ、何か採るの?」


「砂肝。前に食べて、おいしかったの」


「……この鳥の?」


 ミナはうなずいた。

 マルタは鳥から包みへ目を移し、それからラグを見た。


「ラグさんも、食べたんですか」


「ええ。最初は、同じように聞き返しましたが」


「そっか。じゃあ、私も食べたい」


 返事が思っていたより早くて、ミナは顔を上げた。


「嫌じゃない?」


「ちょっとびっくりした。でも、おいしかったんでしょ?」


 ミナは笑って、二羽から砂肝を取り分けた。

 前に採ったものより、こちらも大きかった。

 羽とは別に包み、残すものの始末を済ませる。

 依頼の分は揃った。これ以上、鳥を探しには行かなかった。


     *


 休憩所へ戻り、使える火元を借りた。

 砂肝を整えて火を通し、帰るまでの間に傷ませないようにする。

 その間に、三人で昼食を食べた。


 マルタは薄焼きパンの包みを開いた。

 一口かじり、端を指で押す。


「ほんとだ。冷めると、折ったところも柔らかい」


「持って歩いても、中が出にくかった?」


「うん。食べるところまで、ちゃんと挟まってる」


 ラグも自分の昼食を食べながら、二人の包みを見た。


「次に出かける前に、私も作り方を覚えたいですね」


「パンを広げるところなら、私もできますよ」


 マルタが答えた。

 ミナは火元を見てから、残りのパンを食べた。

 帰る道を歩く分の力が、まだ脚に残っていた。


     *


 町へ着いたのは、決めていた時刻より早かった。


 羽は四本とも受領された。

 採取地と、前に見たものより大きい二羽がいたこと、それぞれの動きも報告する。

 マルタの手首には、新しい傷はなかった。

 報酬を分けると、彼女は硬貨をしまい、ミナへ顔を向けた。


「夕飯、私も材料代を出すね」


「芋と玉ねぎを買おうと思って」


「じゃあ、一緒に買いに行こう。今日は、何を作るの?」


「砂肝と合わせる。少し酸っぱくすると、おいしいんだ」


 帰り道の店で、三人分の芋と玉ねぎを選んだ。

 ミナは料理用の酢も少し買う。

 ラグが包みを持ち、マルタが芋の袋を引き受けた。


     *


 下宿の台所で、ミナは配信を始めた。

 管理人へ頼んだ時間の中で、片づけまで終える予定だった。


「こんばんは。今日は、三人で石羽鳥の尾羽を採ってきました」


 視聴者の数字が、一になった。


〈こぐま:無事に帰ったか〉


「はい。手首も、擦れていませんでした」


 マルタが水晶へ左腕を向けた。

 ミナは、前より大きな二羽に出会ったことを話した。

 マルタが一羽を受けている間に、もう一羽へラグが向かったことも。


〈こぐま:二羽か。前を受けている間に、横へ回られたんだな〉


「はい。後ろを空けてもらって、下がれました」


 マルタが答え、盾へ目を向ける。


〈こぐま:下がった後も、ラグが戻る道は残せたか〉


「はい。ラグさんが、右から入るって言ってくれたので。私、今日は追いかけませんでした」


 マルタは言ってから、少し笑った。


「明日は荷物をまとめます。三日後には、王都へ行くので」


 ミナは鍋へ顔を戻した。

 芋を茹で、小さく切る。

 玉ねぎは薄く切って炒め、柔らかくなったところへ、火を通して持ち帰った砂肝を入れた。


 温まったものを芋と合わせる。

 塩と、酢を少し。乾いた香草も指で崩して入れた。


「これ、全部混ぜていい?」


「うん。芋を潰さないくらいで」


 マルタが匙を動かす。

 ラグはパンを皿へ分けてくれた。


 文字板へ、新しい文字が出た。


〈こぐま:そういえば、王都で盾の講習があったな〉


〈こぐま:ちょうど、そっちが着く頃だったはずだ〉


 マルタの匙が止まった。


「新人でも、受けられますか?」


〈こぐま:そのための講習だ。王都のギルドで申し込める〉


 続いて、予定の日と会場が書かれた。

 マルタは布で手を拭き、旅程の紙を取り出す。


「着いてからだ。治療院へ行く日とも、重なってない」


「書いておこうか」


「お願い。私、帰ったら宿で聞いてみる」


 ミナは日時を書き写した。

 隣から、丸い耳が帳面をのぞいている。


「こぐまさん、ありがとうございます。行ってみます」


〈こぐま:盾も持っていくといい。帯を直した話も、講師にしてみろ〉


「はい!」


 マルタは紙を大事に畳んだ。

 王都へ向かう荷物に、持っていくものが一つ増えた。


     *


 砂肝をかじると、マルタは少し目を大きくした。


「思ってたより、こりっとする」


「硬すぎない?」


「ううん。芋と一緒に食べると、違うところがあっていいね。酢も、酸っぱすぎない」


 もう一口、今度は玉ねぎも取る。

 ラグは匙を置き、水晶へ顔を向けた。


「本日は、盾にも食卓にも助けていただきました」


「食卓は、混ぜただけです」


「そこを待っている間に、私は皿を用意できましたので」


 マルタが笑った。

 ミナは自分の皿へ匙を入れた。

 温かい芋に、塩と酢が染みている。

 鳥の姿を思い出しても、今はちゃんと、おいしいと思えた。


 こぐまさんが夕飯へ抜けるのを見送り、短い配信を終えた。


 食べ終わる頃、ミナは椅子の上で足を少し動かした。

 ふくらはぎは張っている。けれど、立って皿を洗うのが嫌になるほどではなかった。

 マルタと並び、洗ったものを順に渡す。


「今日、盾を構えてるとき、ミナが声を出してくれてよかった」


「私も、止まっててくれたから、後ろが見えたよ」


 布を持つマルタの手が、少し止まった。

 それから、椀の水を拭き取る。


「……うん。今日は、ちゃんと帰って、夕飯まで作れたね」


 ミナもうなずいた。

 まだ片づけは残っている。

 でも、三人で終えられる。


 次に出かける話をする前に、マルタの出発の荷物を整える日が来る。

 ミナは乾いた皿を棚へ戻し、講習の日を書いた紙が濡れない場所にあるか、もう一度確かめた。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです。

カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。