第51話 三人の間に届くもの
夕飯を一緒に食べた日から、二日後。
ミナがギルドへ着くと、マルタは盾を膝に乗せていた。
「今日は、持ってきたよ」
丸い耳が、盾の上から見える。
隣の職員が帯を緩め、握るところとの位置を確かめていた。
手首の赤みは薄くなっている。傷を見てもらった後、短い練習から再開してよいと言われたという。
「ぎゅっと握ると、ここが寄ってたんだって。置いてあるときだけ見ても、わからなかった」
マルタが右手で帯を示す。
左手を通し、盾を少し持ち上げた。前と同じところへ当たっていないか、もう一度確かめる。
「変だと思ったら、外して見せてください。痛くなるまで続けないように」
「はい。ありがとうございます」
職員を見送り、マルタはミナへ顔を向けた。
「これで、パンを混ぜる以外のこともできる」
「それも、助かったよ」
「じゃあ、どっちもやろう」
ミナは笑って、背負っていた袋を下ろした。
今日は遠くへ行かないので、水も道具も少ない。
それでも、階段を上がった後の息は、以前ほど乱れていなかった。
*
ラグは、借りた剣を持ってきていた。
練習場の使用を申し込み、刃のある道具を使える場所を職員へ確かめる。
「まずは、木のものから。私の剣には、後で付き合っていただきます」
三人で前に使った練習用の道具を借りた。
ミナは穂先のない棒を持つ。ラグの手には、木の剣があった。
マルタが前へ立ち、ミナはその後ろに袋を置いた。
採っている姿勢から、包丁を収めて下がる。
ラグが盾の横を通る位置を確かめた。
「そのまま、止まっていただけますか」
ミナは足を止めた。
ラグの木剣が、二人の間を指している。
「私がここへ戻ると、棒の先と重なりますね」
ミナは棒を少し引いた。
すると、今度は後ろに置いた袋へ踵が触れた。
「あ。袋を、もっと横へ置きます」
「ええ。動かすなら、始める前に」
マルタも肩越しに見た。
「私の横を通るんだもんね。ミナが下がるところと、同じ道にしなくていいのか」
三人で場所を替え、もう一度動いた。
ミナが袋から手を離す。
マルタは盾を前へ残し、ラグの通る側へ寄せすぎない。
木の剣が盾の外へ出て、戻る。
今度は、誰の道具も触れなかった。
「ここなら、ラグさんが戻ってくるのも見える」
ミナが言うと、マルタは足元を見た。
「私、こっちへ出すぎないようにしよう。盾の向きを変えると、足も一緒に動きたくなるんだよね」
ラグはうなずいた。
「私も、そちらが動く前に声を出します。お互い、黙ったまま上手く通れるとは思わない方がよいでしょう」
*
動きを確かめてから、二人は場の端へ移った。
ラグが試用の剣を抜く。
刃を使う場所には誰も入れないようにし、職員が用意した練習の的へ向き直った。
ミナは、木剣を使ったときの位置を見比べた。
借りた剣の方が長い。
ラグが右手で持ち上げると、刃の先が思っていたところより遠くへ出た。
一度、ゆっくり振る。
続いて、的へ刃を当てた。
乾いた音がして、剣が横へ抜ける。
その後の一歩で、ラグは止まった。
「……これは、戻りすぎましたね」
ミナはさっき袋を置いていたところを見た。
「そこまで戻ると、私も、もう一歩下がることになります」
「ええ。斧を手元へ引き戻すつもりで動いてしまいました」
ラグは剣の向きを整えた。
何度か、当てるところより、その後に刃を止めるところをゆっくり繰り返す。
ミナは彼の右肩と足を見た。
大きく振ったときには、戻る途中でも肩が動いていた。
次は、刃の向きが変わる前に、足が収まった。
「今のなら、私、動かなくても待てそうです」
「ありがとうございます。では、私もそちらを覚えましょう」
少し休んでから、ラグは同じ動きを試した。
握り直す指へ力が入っている。
ミナは水筒を持ち、刃が収まってから近づいた。
「手、疲れますか」
「少し。持てる重さと、繰り返して扱える重さは違いますので」
水を飲み、右手を開く。
「新しいものを持つと、手にも説明が要りますね」
「私の槍も、最初、持つ場所を何回も変えました」
「ええ。今日はこちらが、教わる番です」
ミナは剣へ目を落とした。
ラグなら、何を持ってもすぐ使えるのだと思っていた。
けれど、彼も確かめている。
自分たちがいる場所へ合わせて、何度も動き直してくれていた。
*
マルタは短い練習の後、盾を下ろした。
手首を見せ、帯が触れていた場所を職員に確認してもらう。
強い赤みも、新しく擦れたところもなかった。
「今日は、ここまでにしようかな。もう少しできそうだけど」
「うん。次に使ったときも、同じところを見る?」
「見る。帰ってからじゃ、どの持ち方だったかわかんなくなりそうだし」
二人が話している間に、ラグは剣を手入れして鞘へ収めた。
ミナも棒を返す。
袋を背負う前に、一度膝を曲げて持ち上げた。
「ミナさん、その袋は軽いですか」
「はい。今日は道具が少ないので」
「持ち上げるとき、以前ほど肩だけで引いていませんね」
ミナは紐を持った手を見た。
前は、重い袋も立ったまま引き上げようとしていた。
少ししゃがんで近づいた方が、持ち上げた後も体が傾きにくい。
「採取地で、何回も置いたり背負ったりするので。こっちの方が、楽でした」
「帰り道に残る力も、変わってくるでしょう」
ミナはうなずいた。
最近は家へ戻ってから、荷物を解く前に座り込むことが減っていた。
疲れなくなったわけではない。けれど、袋を片づけて、夕飯を用意する分は残っている。
「この前も、次の朝、階段は普通に下りられました」
「それは、よかった」
ラグが微笑む。
マルタは盾を背負い直して、ミナの袋を見た。
「じゃあ、今度の帰りも、夕飯まで元気を残してこよう」
ミナは、今度、という言葉に顔を上げた。
マルタの馬車は四日後だった。
もう一度行くなら、依頼を選ぶ日も必要になる。
*
依頼板には、見覚えのある素材の名があった。
石羽鳥の尾羽。
筆の軸に使うための、根元が割れていないもの。
ミナは、指定の本数を確かめた。
四本。前に持ち帰ったときと同じだった。
ただ、紙に書かれた採取地は違う。
「ここにも、いるんですか」
受付で尋ねると、職員は地図を開いた。
町から続く道をたどり、小さな丘の印へ指を置く。
「ここ数日、姿が報告されています。こちらへ行く依頼にも、注意を添えています」
ミナは道の分かれ目を見た。
途中の休憩所までは知っている。その先の丘へは、行ったことがない。
「前は、泊まりで行きました」
「同じ鳥でも、いる場所は一つではありません。ただ、こちらで必要な分を確保できるとは限りません。見つからず戻った場合も、報告をお願いします」
ラグが地図をのぞいた。
距離と道の傾きを聞き、帰る時刻を確かめる。
ミナの登録で入れる区画の中だった。
マルタは依頼の紙を読み、ミナへ顔を寄せた。
「この鳥、前に行ったときの?」
「うん。走る方が速くて、低い岩のところも越えてきたの」
ミナは帳面を開いた。
羽を広げてから、地面を蹴ったこと。
槍の柄へ嘴が触れたこと。
採った羽の根元を守る包み方も、同じページの後ろにある。
マルタは、絵と短い文を順に見た。
「私、止めることばっかり考えない方がよさそう。横へ行ったとき、追いかけないようにしないと」
「まず、どこへ下がれるかを見ましょう」
ラグが地図の道を指した。
「姿を見つけても、場所が悪ければ追いません。今回は、帰ってから荷物を整える日も残したいので」
マルタは旅程の紙を出した。
「明日なら、まだ二日あります。手首も、もう一度見てもらってから出たいです」
ミナも、自分の予定を確かめた。
明日は別の依頼を入れていない。
水と昼食を用意し、今夜は早く休める。
「私は、大丈夫です」
三人で受付の条件を聞いた。
見つけた数を全部倒す必要はない。必要な羽が揃ったら戻る。
時間に余裕がなくなったら、揃わなくても引き返す。
ラグが戦闘を受け持ち、マルタは退く場所を守る。
申し込みの紙へ名前を書き、ミナは印が押されるのを待った。
前に読んだことのある条件でも、今日は三人で確かめていた。
*
ギルドを出たところで、マルタが聞いた。
「お昼、あのパンにする?」
「卵と玉ねぎの?」
「うん。冷めたのも食べてみたい。私の分、多くしてもらえると嬉しいです」
最後はラグの方も見て言った。
彼はうなずき、自分の昼食も用意すると答える。
「では、出発前から取り合いにならない量を」
「取り合わないですよ。足りなかったら、ちゃんと言います」
マルタが笑い、ミナも粉の残りを思い出した。
今夜のうちに使う分を分けておけば、朝は迷わず作れる。
ラグは借りた剣へ手を添えた。
「明日は、いつもの斧で行きます。こちらは、もう少し確かめてから」
ミナはうなずいた。
自分も、今日練習したことを全部、明日できるとは思わない。
けれど、袋を置く場所と、ラグが通るところは、先に相談できる。
下宿へ戻り、ミナは帳面に翌日の時刻を書いた。
昼食。水。羽を収める布。
途中で戻ると決める時刻も、忘れずに書く。
それから、包丁の鞘を確かめた。
尾羽の記録の隣には、前に取った砂肝のことがある。
もし、無事に羽を揃えられたら。
今度は、マルタにもあの味を知ってもらえるだろうか。
ミナは料理のページを開いた。
帰ってから食べるものを考えられるくらい、今日の体にはまだ余裕があった。
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