第50話 今の手に合うもの
採取の翌朝、ラグは武器屋へ戻った。
店主は、前に持たせてくれた剣を台へ置いた。
その隣には、刃の長さが少し違うものがある。
「使う場所は、考えられたか」
「ええ。昨日は、盾を持つ者と一緒でした」
ラグは、店主に三人の位置を説明した。
盾が相手を止めている間に、横へ回る。
近づき、刃を入れ、仲間の方へ戻る。
「盾の横を通れること。振った後に、近くで止められること。それから、私が前を引き受ける場合もあります」
店主が二本目を示した。
ラグは右手で握る。
前に持った剣より、少し重かった。
けれど、重さが先の方だけに集まってはいない。
試し場で、ゆっくり向きを変えた。
椅子を盾役の位置に見立て、その脇を通る。
刃を戻したとき、斧の頭を引き戻すのとは違う感覚があった。
「こちらは、もう少し使ってみたいですね」
「その体なら振れるだろうが、疲れた後も確かめてくれ」
ラグはうなずいた。
まだ二、三度動かしただけだった。
「手元の方で、相手の攻撃を受けることも考えております。刃のこちら側を厚くするなら、扱いは変わりますか」
剣を台へ戻し、柄に近い部分を示した。
「変わる。重さを増やせばいいだけじゃない。どこで何を受けるかにもよる」
店主は紙へ、簡単な線を引いた。
「盾と同じ広さにはならないしな。まず、普通の剣で戻し方を見た方がいい」
「では、順番に。私も、持っただけで使いこなした顔をするのは控えます」
店主が少し笑った。
ラグは試用の期間と、代金を聞く。
預ける金額を書いてもらい、借りるための紙へ名前を記した。
今日から仕事の斧を替えるわけではない。
練習場で使い、手入れをして返す。
長さと重さを比べてから、次の形を相談することになった。
鞘へ入った剣を受け取り、右手で持ち方を確かめた。
自分のものとして買う前に、覚えることが増えた。
*
ミナは、その日の午後、マルタとギルドで会った。
手首の傷をもう一度見てもらうためだった。
赤みは薄くなっていたが、盾の帯が同じ場所へ当たるのは避けた方がよいと言われた。
「今日、盾は置いてきたよ。宿へ出るとき、なんか忘れ物した気がしたけど」
マルタは、包帯の上へ袖を戻した。
「次に使う前に、帯の位置も見てもらうんだって」
「うん。治っても、また擦れると困るもんね」
二人で、次の仕事の案内を読んだ。
けれど、申し込みはしなかった。
予定を決める前に、手首の具合を確かめる。
昨日、三人でそう話していた。
ミナは紙から顔を上げた。
「今日の夕飯、よければ一緒に食べない?」
丸い耳が、すぐに上がった。
「いいの? 宿のご飯、頼む前でよかった」
「薄いパンを焼いて、玉ねぎと卵を挟もうと思って。ラグさんにも、夕方に来てもらう予定なんだ」
「食べたい。何を持っていけばいい?」
「使うものは買うけど……一緒に選んでもらえると、助かる」
マルタはうなずいた。
市場へ歩きながら、何個の卵を使うか、パンはどれくらい焼くかを相談した。
ミナは二人分のときより、多めに粉を買った。
*
下宿の台所は、管理人へ頼んで使う時間を決めてあった。
マルタは入口で、少し身をかがめた。
袋を下ろし、空いている腰掛けを見つける。
「どこへ座っても大丈夫?」
「そこなら、戸を開けても当たらないよ」
ミナが台を空けると、マルタは買った包みを並べた。
玉ねぎと卵、粉。
帰りに買い足した青菜は、塩を少し入れた湯で煮ることにした。
ラグが来たのは、ミナが玉ねぎを切り終えた頃だった。
マルタが用意した布で手を拭き、卓の端へ腰掛ける。
借りた剣は鞘に入れたまま、台所の作業場所から離して置いていた。
「剣を、買ったんですか」
「借りたものです。まずは、練習で確かめようと思いまして」
ラグが答えると、マルタも剣へ顔を向けた。
「昨日の斧とは、ずいぶん違いますね」
「ええ。私の手も、違うと言っております」
彼が右手を開いたので、マルタが笑った。
ミナは玉ねぎの椀を持ち上げた。
「今日は、こちらをお願いします。卵を割るまで、待っていてもらってもいいですか」
「承りました。今夜は、いつもの匙の方が働きそうです」
*
マルタに、配信へ映ってもよいか尋ねた。
彼女は水晶と、自分の上着を順に見る。
「このままで、いいの?」
「うん。嫌だったら、鍋だけ映すよ」
「嫌じゃない。話すとき、どこを見ればいいかだけ教えて」
ミナが水晶の位置を示すと、マルタは少し顔を近づけた。
「ここね。よし」
ラグにも向きを確かめてもらい、配信を始めた。
「こんばんは。今日は、三人で夕飯を作ります。こちらが、この前お話ししたマルタです」
「こんばんは。昨日、ミナとラグさんと、葉を採ってきました」
マルタが手を振った。
ミナは、手首のことも短く報告した。
今日もう一度見てもらい、盾の練習は休んでいる。
数字が一になり、文字が出た。
〈こぐま:手首はどうだ〉
「昨日より、痛くないです。まだ同じところを擦らないようにって言われました」
マルタは包帯へ触れず、袖の上から指した。
ミナは、道具を収める間に盾で止めてもらったことを話す。
ラグが回り込むまで、マルタがその場で待ったことも。
〈こぐま:帯と握り方も、次の練習で見てもらうといい。強く握ったときに当たる場所が変わることもある〉
「あ、それも聞いてみます。置いてるときは、痛くなかったので」
マルタが返事をすると、ミナも帳面の端へ書き足した。
*
玉ねぎを小鍋で炒め、柔らかくなったところへ卵を入れた。
ラグが椀を支え、ミナが混ぜた卵を注ぐ。
固まりすぎる前に寄せ、具の分を先に取り出す。
鍋を整えてから、今度は薄いパンを焼いた。
マルタが粉を混ぜた生地を、ミナが丸く広げる。
「これ、もう返していい?」
「端が少し離れてから。真ん中は、まだ柔らかいから」
「なるほど。待ってると、触りたくなるね」
マルタは匙を置き、鍋を見守った。
ミナが裏へ返すと、薄い焼き色が見える。
「私の分、少し大きくてもいい?」
「一枚を大きくすると、鍋から出るかもしれない。もう一枚焼こうか」
「そっか。枚数で増やせばいいんだ」
パンを皿へ取り、次の生地を入れる。
視聴者の数字が、二になった。
〈もふもふ:こんばんは! 今日はお二人ともいらっしゃるんですね〉
ラグが水晶へ頭を下げた。
マルタも隣で挨拶をする。
文字は、すぐに続いた。
〈もふもふ:こなべさん……! その子、どんなさわり心地ですか!〉
「え……」
ミナは匙を持ったまま、文字板を見た。
ちょうど焼き上がったパンを皿へ移し、鍋を火から外す。
マルタが文字を読んで、こちらへ顔を向けた。
「触ってもいいよ? ミナ」
包帯のない方の袖を、少しまくる。
ミナは匙を置き、指についた粉を洗い落としてから、腕へそっと触れた。
「……ふわふわ」
「でしょ。手の方は、もうちょっと硬いよ」
毛の表面へ、もう一度指を滑らせる。
押すと、柔らかな毛の下に、しっかりした腕があった。
〈もふもふ:ありがとうございます……!〉
「私、何のお礼を言われたんだろ」
マルタが首を傾げる。
その横で、ラグが袖口から出ている右腕を卓へ乗せた。
「私も、いかがですか?」
ミナが顔を上げる。
ラグは真面目な顔で、続けた。
「ただ、こちらは少々、年季が入っておりますが」
〈もふもふ:ぜひ……!〉
「……画面からは、触れませんよ?」
ミナが言うと、マルタが声を出して笑った。
ラグの口元も、少し緩んだ。
差し出された腕へ触れる。
短い毛は、マルタのものより少し硬く感じた。
同じように毛があっても、触った感じは違った。
「ラグさんは、こっちの方がさらっとしています」
「ご感想まで頂戴して、恐縮です」
〈こぐま:パンは冷めないか〉
ミナは皿を見た。
まだ、挟むものを分けていなかった。
「続き、作るね」
「ミナ、料理の続きは手を洗ってからね!」
マルタが、水のある方を指した。
ミナはうなずいてから、彼女の腕へ目を戻した。
「……もう一回だけ、いい?」
「いいよ」
ラグは椀を寄せ、二人が笑い終えるまで待ってくれた。
*
ミナは手を洗い直し、残りのパンを焼いた。
卵と玉ねぎを真ん中へ置き、折って椀の脇へ添える。
青菜の汁も三人へ分けた。
マルタの皿には、約束どおり一枚多く載っている。
一口食べると、彼女はパンを持ったまま目を細めた。
「これ、焼いたばかりだと、外が少しぱりっとするんだね」
「冷めると柔らかくなるから、包んでも持っていけるよ」
「次は、お昼にもこれがいいな。私も、生地混ぜるところならできたし」
ミナは自分の皿から顔を上げた。
また一緒に行くときの食事を、マルタも考えていた。
料理を映して、配信を終える。
こぐまさんは先に夕飯へ抜け、もふもふさんは最後まで見てくれていた。
水晶を片づけると、台所が少し静かになった。
*
食べ終えた後、マルタは布を出して皿を拭いた。
ミナが洗い、ラグが片づける場所を空ける。
「王都へ行く前に、あと何回、一緒に行けるかな」
ミナが聞くと、マルタは手を止めた。
乾いたところへ布を置き、旅程の紙を出す。
「馬車は、六日後。手首がよくなったら、もう一回は行きたい。宿で、出発の荷物もまとめないといけないけど」
「そっか。じゃあ、先に具合を見てからだね」
「うん」
マルタは紙を畳んだ。
「今日のパン、家にも書いて送ろうかな。ちゃんと食べてるかって、心配してると思うから」
ミナは、棚の帳面を見た。
自分も姉への手紙に、書けることが増えた。
同い年の友達ができたこと。
三人で仕事をして、今日は一緒に夕飯を作ったこと。
「私も、お姉ちゃんに書こう」
ラグが、洗い終わった椀を棚へ戻した。
次に使う順に並べてから、二人へ顔を向ける。
「出発の日が決まっているなら、その前の仕事は余裕を持って選びましょう」
ミナとマルタはうなずいた。
次も一緒に行きたい。
それと、予定どおり学びに向かうことは、どちらも大事だった。
帰る前、マルタはまだ残っている生地の椀を見た。
「最後の一枚、焼いてもいい?」
「うん。もう、返すときもわかる?」
「端が離れてから。今日は、忘れないと思う」
ミナは鍋を戻した。
今度は、マルタの持つ匙を横で見守った。
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