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第49話 三人で行ってみます

 講習の後、三人で選んだのは、染め物に使う葉を採る依頼だった。


 休憩所から、水路沿いの道を少し歩く。

 必要なのは、十分に育った、傷みの少ない葉。

 量は少なく、昼過ぎには採取地を出られる見込みだった。


 受付で登録と依頼の条件を確かめてもらう。

 ラグが討伐と警戒を受け持ち、マルタはその補助に入る。

 出発は二日後に決めた。


「王都へ向かう予定は、大丈夫ですか」


 ミナが聞くと、マルタは旅程の紙を出した。


「うん。次の馬車までは、まだ日があるから。でも、泊まりになる仕事は、今はやめておきたいです」


 ラグにも聞こえるように、言い直している。

 彼は地図へ指を置いた。


「今回は日帰りにしましょう。予定より掛かりそうなら、揃わなくても戻ります」


 マルタは、ほっとしたようにうなずいた。


 別れる前に、ミナは配信で一緒に行く人の話をしてよいか尋ねた。

 名前を伝えることは構わないと、マルタは答えた。


     *


 その夜、ミナは下宿の台所で、短い配信をした。


「同い年の、マルタという子と講習を受けました。次の採取は、ラグさんと三人で行きます」


 視聴者の数字は、一だった。

 こぐまさんが、しばらくして文字を送ってくれた。


〈こぐま:三人で練習したのか〉


「はい。盾を持っていて、手当てもできる子です。交代するとき、返事を待つ練習をしました」


 ミナは、自分が下がりすぎたことも話した。

 盾があれば、好きな場所で待っていてよいわけではなかった。


〈こぐま:初めて組むなら、行く前にも確かめておくといい〉


「はい。採る間に誰がどこを見るかも、相談します」


 明後日持っていく布を畳み、配信を閉じた。

 帳面の出発予定には、三人の名前が並んでいた。


     *


 出発の朝、マルタは町の門へ早く来ていた。


「今日は、紙を見たの一回だけ」


 ミナが挨拶すると、大きな袋の紐を持ち直して笑う。

 ラグは二人の水と道具を確かめ、出発時刻を記録した。


 位置の共有と記録は動かしてある。

 公開配信は始めなかった。


 マルタの盾が、背中で揺れた。

 歩く速さを落とし、ミナの隣へ並ぶ。


「これくらい?」


「うん。この速さなら、続けて歩ける」


「よかった。私、気づくと先へ行っちゃうから、速かったら言ってね」


 ミナはうなずいた。

 マルタの一歩は、自分より長い。

 合わせてもらっていることが、隣で見るとよくわかった。


 休憩所で一度袋を下ろし、ラグが水路の道を確認した。

 先に通った人から、新しく崩れた場所はないと聞く。

 魔物の姿についても尋ねたが、今朝は見ていないという返事だった。


「見ていないことと、いないことは違います。こちらでも確かめましょう」


 ラグが言うと、マルタは盾の留め具へ触れた。


     *


 採取地には、幅の広い葉がまとまって育っていた。


 ミナは見本と照らし、葉の裏も見た。

 若い株は残し、採るものへ指を添える。

 袋を置く場所を決めてから、包丁を取った。


 マルタが、すぐ前へ立つ。

 盾を構えた背中で、水路の方が見えなくなった。


「マルタ、少し右へ寄ってもらえる?」


「ここ、邪魔だった?」


「袋を持って下がる方を、見ておきたくて」


 ミナが示すと、マルタは一歩ずれた。

 今度は盾の端と、道の両方が見える。


「ここなら?」


「うん。ありがとう」


 ラグは、少し離れて斜面側を見ていた。

 マルタが水路へ顔を向ける。

 二人が同じ場所を見続ける必要はなくなった。


 マルタが、袋の横の見本へ目を落とした。


「葉っぱなのに、持って帰る形まで決まってるんだね」


「重ねすぎると、下の方が蒸れるの。染める前に傷むと、使える分が減るから」


「そっか。袋を守るだけじゃなくて、中も守るんだ」


 ミナは布の空いたところを示した。

 急いで退くときは、ここを折って葉を押さえる。

 マルタにも見てもらい、包む順番を確かめた。


 ミナは葉を外し、布へ並べた。

 包丁を収めて周りを見たとき、マルタが目だけをこちらへ向ける。


「今のところ、動いてないよ」


「あと、この株から二枚採るね」


 手元を見る時間を、先に伝えた。

 マルタがうなずいてから、次の葉へ触れた。


     *


 半分ほど揃ったところで、ラグが手を上げた。


 ミナは刃を止めた。

 水路の向こうの草が揺れている。

 石の脇から、尖った毛のある背中が出た。


 水棘ネズミだった。

 前に調査の帰り道で出会ったものと、よく似ている。


「手を止めて、道具を収めてください」


 ラグは斧を取り、草の続く方へも目を向けた。

 マルタは盾を上げる。


 ミナが鞘へ包丁を入れる間に、ネズミが水路の浅いところを渡った。

 草へ隠れ、次には近い石の横へ出る。


「マルタ、右の石のところ」


「見えた。ミナ、下がって」


 盾の向きが変わった。

 ミナは袋の紐を持ち、道の方へ動く。

 まとめ終えていない葉を、急いで重ねようとはしなかった。


 ネズミが地面を蹴った。


 木の盾へ、硬い音がした。

 マルタの肩が少し揺れる。

 踏ん張った足は、その場に残った。


「止まってます!」


 ラグへ向けた声だった。

 だが、次の瞬間、マルタの足が前へ出かけた。

 盾の外へ逃げたネズミを、追って塞ごうとしている。


「そこで待ってください。右へ回ります」


 ラグの声に、足が止まる。

 ミナも袋を下ろし、槍を持ち直した。


 盾の横を抜けたネズミへ、ラグが斧を入れる。

 土の上で体が傾いた。

 彼はミナたちとの間に立ち、動きが止まるまで離れなかった。


     *


 すぐには採取へ戻らなかった。


 ラグが周りを見て、ほかの動きがないか確かめる。

 ミナも水路の向こうを見た。

 草の揺れは収まり、聞こえるのは水の音だった。


「マルタ、手、大丈夫?」


 盾を下ろしたマルタは、手首へ目を落とした。

 革の手袋の端と、盾を支える帯が重なっていた。

 ずれたところが擦れ、毛の間に小さな赤い傷ができている。


「あ、ここ。痛いと思った。握り直したとき、変なところで押さえちゃったみたい」


 反対の手を当てかけ、途中でラグを見た。


「今、手当てしてもいいですか」


「ええ。周りは私が見ます。道の側で、座ってください」


 返事を聞いてから、マルタは盾を地面へ置いた。

 傷をきれいにし、右手をそっと当てる。


 ミナは隣で、布の包みを持った。

 マルタの目が手首へ向く。

 呼吸がゆっくりになり、指の下へ淡い光が見えた。


 少しして、手が離れる。

 赤みは残っていたが、血は止まっていた。


「これ以上、すぐにきれいにはできないけど。少し楽になった」


 マルタは小さく息を吐き、布を当てた。

 盾の帯の位置も直す。


 ミナは、さっきまで彼女が立っていたところを見た。

 自分が道具をしまう間、あそこで受け止めてくれた。

 今は、ラグが周りを見てくれている。


「待っててくれて、ありがとう。包丁、ちゃんと収められた」


「私、追いかけそうだったよ。ラグさんに言われて止まっただけ」


「でも、止まってくれたから、私も後ろへ行けた」


 マルタが顔を上げた。

 それから、直した帯へ指を通した。


「……うん。次は、先に声を出したい」


     *


 少し休んでから、残りの葉を確かめた。


 広げていた布は動いていなかった。

 下がるときに踏んだものもない。

 ミナは一枚ずつ包みへ移し、数を確かめる。


「足りない分は、ここから採れそうです。時間も、まだあります」


 ラグが採取地の周りをもう一度見た。

 マルタにも、盾を持つ腕の具合を尋ねる。

 痛みが強くないことを確かめ、短い時間で終えることにした。


 マルタは先ほどより、ミナから少し離れて立った。

 退く道を空け、盾の端から水路を見る。


 ミナは必要な分を揃え、袋を閉じた。

 続けて採る代わりに、休憩所へ戻る。

 ネズミの位置は記録し、ギルドへ報告するための分もラグが収めた。


 木陰へ着くと、マルタが盾を持ったまま聞いた。


「今、下ろしていい?」


「うん。こっちは見えるよ」


 ミナが道の方を示す。

 ラグもうなずくと、マルタは盾を置き、袋の上へ座った。


「ずっと持ってると、やっぱりお腹空く」


 パンの包みが、大きな手の中へ出てきた。

 ミナも自分の昼食を出した。


     *


 帰り道で、マルタは手首を何度か曲げてみた。

 包帯はずれていない。

 ラグが具合を尋ねると、強く握り続けなければ平気だと答えた。


 その後、彼が道の先を確かめに少し前へ出たとき、マルタがミナへ顔を寄せた。


「私、本当は、パラディンになりたいんだ」


 ミナは歩く速さを落とした。


「治療をする騎士?」


「うん。助けが来るまで守れて、その後、自分でも手当てできる人」


 マルタは、盾の縁を見た。


「小さい頃、そういう人に助けてもらって。治療も、最初はその人に教わったの」


 言ってから、ミナの方を見た。


「でも、まだ全然。今日だって、手袋のところを擦ったし、追いかけそうだったし」


「私は、盾で止めてもらえたから、道具を置けたよ」


 ミナは、自分の袋へ手を置いた。


「手当てするところも、初めて見た」


 マルタは黙って聞いた。

 それから、少し口元を緩める。


「まず、王都でちゃんと習いたい。今日できなかったことも、忘れないようにしないと」


 ミナはうなずいた。

 王都へ行く理由が、前より少しわかった。


     *


 ギルドでは、葉の納品と、魔物の報告を別々に済ませた。


 包みを開くと、職員が葉の状態を確かめる。

 必要な量は揃い、傷みも条件に収まっていた。

 完了の印が押される。


 マルタの手首も見てもらい、今日はもう盾の練習をしないように言われた。

 彼女は素直にうなずいた。


 報酬を分けた後、マルタが二人を見た。


「また、一緒に行きたいです。腕が治ってから。王都へ行く前に、もう一回」


 ラグは、二人の袋と盾へ目を向けた。


「では、予定を合わせましょう。次の候補も、三人で確かめて」


 ミナもうなずいた。

 次に広げる地図には、マルタの歩ける距離も書ける。


 ラグは斧の留め具を確かめた。

 今日、盾の横から回り込めた場所を思い出す。

 仲間の隣を通り、前へ出て、戻る。

 長く届くだけでは足りない。

 その狭い場所でも、止めて向きを変えられるものを、店で持ってみたかった。


「次は、パンももう一つ持ってくる。今日、少し足りなかった」


 マルタの声で、ミナが笑った。


「じゃあ、挟むもの、私も考えてくるね」


 帰りの約束が、もう一つできた。


     *


 その出発前の夜、王都の家で、バルドはミナの報告の記録を見終えた。


「ふむ。三人か」


 水晶を置き、壁に掛けてある盾を取る。

 ミナが屈む位置を、椅子の手前へ思い描いた。

 ラグは、その横にいる。


 盾を構え、半歩ずれる。

 自分がまっすぐ下がると、後ろの者へ近すぎた。

 少し角度をつければ、横の者が前へ出られる。


 最初は、床も鳴らなかった。


 もう一方から相手が来た場合を考える。

 足を開き、向きを変える。

 後ろの者がまだ道具を収めていないなら、ここで止める。


 踏み込んだ。

 床板が、どん、と鳴った。


 台所から、妻が顔を出した。


「あなた。何してるの」


「三人の場合の、盾の位置を」


「ここ、家だよ。床を踏み抜くつもり?」


 バルドは、自分の足元を見た。

 椅子が少し動いている。


「……悪い」


「続けるなら外で。椅子は戻してね」


「ああ」


 盾を壁へ立て掛け、右へ寄った椅子を戻す。

 妻はそれを見届けてから、台所へ戻った。


 庭へ出ると、バルドは盾を持ち直した。

 土を踏み、今度は小さく向きを変える。


 横を通る仲間のために、盾ごと道を塞がない。

 ただし、相手を受ける場所は残す。

 その間合いは、盾を持つ子の腕の長さや、足の運びによっても変わる。


 まだ、その子が動くところは見ていない。

 バルドは構えを解いた。


 次に聞くなら、どこへ下がり、どこで交代したか。

 それを覚えておこうと思ったところで、窓が開いた。


「ご飯、できたよ」


「ああ。今、行く」


 夕飯まで待たせるつもりはなかった。

 バルドは盾を抱え、靴の土を落として家へ入った。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです。

カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。

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