第48話 交代をお願いします
約束した朝、ミナがギルドへ着くと、マルタはもう入口にいた。
木の盾を足元へ置き、案内の紙を見ている。
ミナに気づくと、丸い耳が上がった。
「よかった、合ってた。違う入口だったらどうしようって、三回くらい紙を見ちゃいました」
「こちらで合っています。ラグさんも、ここへ来ます」
ミナが紙を出すと、マルタは自分のものと並べた。
同じ集合場所が書いてある。
「今日、盾を使うところもありますよね」
「はい。持ってくる道具に、書いてありました」
「よし。……持ってきたのに出番がなかったら、ちょっと寂しいので」
マルタは盾を持ち上げた。
ミナには、両手でも重そうに見える。
その縁を拭く手つきは、慣れていた。
ラグが来ると、三人で受付へ向かった。
名前を確かめてもらい、ギルドの裏の練習場へ案内される。
ほかにも、盾や棒を持つ参加者がいた。
ミナは、槍を壁際の置き場へ収めた。
練習では、穂先のない短い棒を借りることになっていた。
ラグも斧を預け、木の剣を受け取る。
「今日は、相手を倒す練習ではありません」
指導する職員が、地面へ引いた線を示した。
「誰がどこを見るか。動くとき、誰に知らせるか。組む相手が変わっても、確かめられるようにしましょう」
*
最初は、三人で狭い道を退く練習だった。
マルタが盾を構え、ミナは少し後ろへ立つ。
ラグは横に位置を取り、二人の間を通れる幅があるか確かめた。
職員が、先を布で包んだ棒を盾へ当てた。
ゆっくり、押す。
マルタの脚が曲がった。
盾は、ほとんど動かなかった。
ミナは、その背中を見た。
自分が盾で受けたときには、腕が先に痛くなった。
マルタは足を踏ん張り、体ごと支えている。
「受け止められますね。では、後ろへ一歩」
「はい!」
返事をしたが、足はすぐには動かなかった。
押される方へ力を入れたまま、次の一歩を探している。
「押されなくなるまで、待たなくていいですよ。少し角度を変えて」
職員が力を緩め、マルタにやり直してもらった。
今度は盾を斜めにし、一歩下がる。
その踵が、ミナの棒の先へ近づいた。
ミナは慌てて先を上げた。
「すみません。下がる場所を、空けていませんでした」
「私も、後ろ見てなかった。ぶつからなくてよかったです」
マルタが振り向いたので、盾も一緒に横を向いた。
職員が棒を下ろす。
「顔だけで確かめられる位置に、お互い立ってみましょう。盾まで向け直すと、前が空きます」
三人で位置を変えた。
ミナは少し横へ寄り、棒を引く。
マルタが、肩越しにこちらを見た。
「ここなら見える。ミナさん、下がります」
「はい。後ろは空いています」
今度は、足が重ならなかった。
ミナも同じだけ退き、ラグが横から道の方を確かめる。
線を越えたところで、職員が止めた。
マルタは盾を下ろし、息を吐いた。
「押し返すより、難しいですね。下がろうと思うと、どっちの足からだったかなって」
「私も、棒を戻すのが遅れました」
ミナは足元を見た。
マルタの盾が前にあっても、自分のすることは減らなかった。
見える場所と、空けておく場所が変わった。
*
次は、仲間が負傷したという想定だった。
ミナの左腕へ、赤い布が巻かれる。
傷の目印で、実際に痛むわけではない。
片腕を使いにくい場合として、棒を置き、後ろの印まで移動する。
マルタは前で盾を持つ。
ラグはその横で、近づく相手を受け持つ役だった。
「手当てを始めるまでの動きも、確かめます」
職員の合図で、練習が始まった。
前から、棒が盾へ近づく。
ミナは赤い布を押さえ、後ろへ下がった。
足元の印を踏まないよう、少し横へ回る。
マルタが、こちらを見た。
「あ、待って。手を見せてください」
盾が下がった。
マルタは、そのままミナへ向かってくる。
ラグが空いた場所へ入り、木の剣を上げた。
「止めましょう」
職員の声が響いた。
マルタの足が止まる。
ミナの腕へ伸びかけた手も、そのまま下がった。
「今、前を受け持つ人は決まっていましたか」
マルタはラグを見た。
彼は、さっきまで自分がいたところに立っている。
「……また、やっちゃった」
声が小さくなった。
盾の縁へ目を落とす。
「私、傷が見えると、早く手当てしなきゃって思って。それで、前も見なきゃって……」
「一度に、両方を見ようとしたのですね」
ラグが剣を下ろした。
マルタはうなずき、盾を握り直した。
「結局、どっちも間に合わなくなるんです」
*
ミナは、赤い布から手を離した。
自分が下がったところへ、マルタが来ようとした。
その間に、ラグが前へ動いた。
横からも相手が来ていたら、彼はそちらを離れることになっていた。
「手当てに来てもらう場所は、ここでいいですか」
ミナが足元を示すと、職員はうなずいた。
「はい。まず、そこまで退いてください。マルタさんが来るまで、動けるなら自分で傷を押さえます」
ミナは、もう一度布へ手を置いた。
ラグはマルタの方へ向き直った。
「治療へ行く前に、私へ知らせてください。前を引き受けます」
「言えば、動いてもいいんですか」
「私が、引き受けられると返事をしてからです。別の相手を受けているかもしれませんので」
マルタは顔を上げた。
ラグの剣と、地面の線を順に見る。
「返事を待つ。……勝手に、行かない」
「ええ。できない場合も、そうお伝えします」
ミナは、二人の間の道を見た。
自分がそこに立っていると、交代するときにぶつかる。
「私は、こちらへ下がります。ラグさんが前へ出る場所を、空けておきます」
少し横の印を指した。
マルタは、その場所を確かめた。
「じゃあ、そこまで来たら教えてください。私、前を向いて待ちます」
「はい」
職員が、もう一度始める位置へ戻った。
*
二回目も、すぐにはうまくいかなかった。
ミナが後ろへ移る。
マルタは盾を構えたまま、口を開いた。
「交代を、お願いします」
「こちらは、まだ相手が残っています」
ラグが、横から出された棒へ剣を向けていた。
職員が動かす、もう一人分の相手だった。
マルタの脚が、一歩動きかける。
けれど、そこで止まった。
「わかりました。まだ、ここにいます」
声を聞き、ミナは傷を押さえたまま待った。
マルタの背中が見える。
盾の上端から、丸い耳が少し出ていた。
ラグが横の棒を外へ逸らし、前へ位置を変える。
「今なら、交代できます。右から入ります」
マルタは、すぐには盾を下ろさなかった。
ラグの肩が横へ並ぶのを見て、それから後ろへ下がった。
今度は、前を向く人が残っていた。
「ミナさん、手を見せて」
マルタが膝をついた。
ミナの腕を、両手でそっと支える。
赤い布を傷と見立て、持ってきた包帯を当てた。
集中すると、マルタの返事が少し遅くなった。
職員が前から声を掛けても、顔を上げるまでに間がある。
「手当ての間も、前を見続けるのは難しいですね」
そう言われ、マルタはうなずいた。
「傷を見てると、そっちばかりになっちゃいます」
「では、その間、誰に見てもらうかを決めておきましょう」
ミナは、包帯を巻いてもらった腕を見た。
頼むときに言うことが、少しわかった。
できないことも、同じように知らせる必要があった。
*
休憩を挟み、同じ動きを何度か繰り返した。
ミナが退く。
マルタが交代を頼む。
ラグが位置を変え、前を引き受ける。
途中でマルタの声が小さくなり、ラグが聞き返したこともあった。
ミナが下がりすぎて、手当てをする人まで遠くへ動かしてしまったことも。
止まって確かめ、やり直す。
ラグは、一度、盾の横から前へ出た。
マルタが受け止めている間なら、相手の正面へ立ち続ける必要はなかった。
自分が動いても、その場所を見ている者がいる。
剣を戻し、もう一方を見る余裕ができた。
木の剣を握る右手を、少し持ち直した。
長さも重さも、店で持ったものとは違う。
それでも、隣に盾がある場合の動きは確かめられた。
終わりの合図が出ると、マルタは盾を下ろした。
「腕より、頭が疲れました」
額の毛を手の甲で押さえる。
ミナも棒を下ろし、笑った。
「次に下がる場所を、ずっと考えていました」
「私、途中から、声を出すのも忘れそうだった。でも、一回は待てました」
マルタがラグを見る。
「ええ。待っていただけたので、前へ入れました」
耳が、ゆっくり上がった。
職員は、次に練習したいことを各自の紙へ書くように言った。
マルタは盾を壁へ立て掛け、筆を取った。
*
昼になると、三人で練習場の脇の腰掛けへ座った。
ミナは持ってきた包みを開いた。
薄いパンに、朝焼いた卵と、柔らかく炒めた玉ねぎを挟んである。
汁を残しすぎないようにしてから包んだので、底は濡れていなかった。
「それ、ミナさんが作ったんですか」
マルタが、パンの断面を覗いた。
「はい。お昼まで置くので、冷ましてから包みました」
「おいしそう。私、パンと干し肉だけです。朝は宿で食べたけど、もうお腹空いちゃった」
大きな包みが、膝の上へ置かれた。
ミナは自分のパンを見て、まだ手をつけていない一切れを差し出した。
「よければ、少し」
「いいんですか? じゃあ、こっちもどうぞ。まだ口をつけてない方です」
マルタは自分のパンを割り、ミナへ渡した。
ラグも持参した食事を広げる。
一口食べたマルタが、すぐに包みを見た。
「甘い。玉ねぎ、昨日買ったパンのより柔らかいです」
「卵に入れる前に、先に炒めたので」
「こんなふうに作れるんですね。うちでも、やってみたいな」
マルタは、次の一口をゆっくり食べた。
ミナも、もらったパンを口へ運ぶ。
皮が厚く、よく噛むと粉の味がした。
*
食べ終え、手を拭いてから、ミナは巻いてもらった包帯のことを聞いた。
「端が、腕を動かしてもずれませんでした。留め方を、もう一度見せてもらえますか」
「できます。練習用の、こっちを使いましょう」
マルタが清潔な布を出し、自分の腕で見せた。
毛があるので、布が引っ掛からないよう指を添えている。
「強く締めたらいいってものでもないんです。私、最初、ぎゅっと巻きすぎました」
ミナが真似をすると、マルタは布の端を少し直した。
「そこ、少し重ねて。うん、それなら取れにくいです」
「ありがとうございます」
ミナが言うと、マルタは布を畳みながら、こちらを見た。
「私のこと、マルタでいいですよ。同い年なんだし」
ミナは手を止めた。
呼んでみようとして、少し口を開く。
「……マルタ」
「うん。私も、ミナって呼んでいい?」
「はい。……うん」
言い直すと、マルタが笑った。
ミナも笑ってしまった。
「難しかったら、少しずつで。私も、さっきから戻っちゃってるし」
大きな手が、布を包みへ収めた。
ミナは、その手元を見てから、もう一度顔を上げた。
「マルタ、さっき、待ってくれてありがとう」
「こっちこそ。ミナがどこにいるか教えてくれたから、探さなくて済んだよ」
練習のときより、言葉が出るまでに時間が掛かった。
けれど、返ってきた声は近かった。
*
ギルドへ戻ると、三人で依頼板を見た。
マルタは護衛の紙へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。
代わりに、ラグへ顔を向ける。
「もし、短い仕事で、盾を使う人が必要なら……私も、一緒に行ってみたいです」
最後の方は、少し小さくなった。
ラグは紙を見てから、二人へ向き直る。
「では、行く場所と、受け持つことを相談しましょう。今日の練習でできたことも、まだ難しかったことも」
「私も、三人で採るときの置き場所を考えたいです」
ミナは、近い区画の採取依頼を指した。
マルタが隣へ来て、同じ紙を見る。
ラグが受付で空き日程を確かめている間、二人は地図を広げた。
ミナは道の印をたどり、説明の途中で横を向いた。
「マルタは、ここまで歩いたことある?」
名前を呼ぶために止まる間は、今度は少し短かった。
※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です
読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです。
カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。




