第47話 同い年でした
帰った翌日、ミナは採取へ行かなかった。
朝食の後で旅の袋を空にし、底へ入り込んだ草を取る。
寝る布を干し、鍋を棚へ戻した。
槍の柄には、石羽鳥の嘴が触れた跡があった。
ひびがないか確かめると、浅い傷だけが残っていた。
立って片づけているうちに、脚が重くなった。
まだ使うものを机へ置き、椅子へ座る。
今日は、強化して続きをする必要はない。
ミナは足を伸ばし、帳面へ昨日の帰り道を書き足した。
鍋を持ってもらったこと。
休んでからなら、次の標識まで歩けたこと。
ラグへ、翌日の午後ならギルドへ行けそうだと連絡した。
返事には、午前に道具の店へ寄る予定だとあった。
次の仕事は、まだ決めていなかった。
*
翌朝、ラグは武器屋へ入った。
右手で戸を押すと、店主が顔を上げる。
斧を直しに来たのかと聞かれ、ラグは首を振った。
「ほかのものも、確かめたいと思いまして」
店主は壁へ目を向けた。
短い剣から、柄の長いものまで並んでいる。
「使う相手は?」
「魔物が多いですね。今は、槍を持つ者と二人で仕事をしています」
「前を受け持つ?」
「ええ。ただ、相手が増えたときに、どこまで受け持てるかを考えております」
店主が一本を下ろした。
ラグは右手で握り、刃を床へ向けたまま重さを確かめる。
斧よりも、手から先が長かった。
奥の試し場へ案内された。
人のいないところで、ゆっくり持ち上げる。
振った後に止める位置が、いつもの斧とは違う。
「軽いですな」
「振りやすい方がいいと思ったんだが」
「振るだけなら、そうですね」
ラグは、刃を戻した。
相手を止めるとき、どこへ力が掛かるかも見たかった。
店主に頼み、重さの違うものも持たせてもらう。
長いものは、届く範囲が広い。
だが、石の間や、仲間の近くでは扱い方が変わる。
重くすれば、どこにでも届くようになるわけではなかった。
ラグは、斧を振ってからミナの方へ戻った距離を思い出した。
次には、自分の横に誰かが立つ場合も考えた。
店主は、その間、急かさずに待っていた。
「決まりそうか」
「今日は、決めずに帰ります。もう少し、使う場所を考えてから伺いたい」
「わかった。長さだけじゃなく、刃と柄の重さも見ておくよ」
「お願いいたします。私の右手にも、相談する時間をやりたいので」
店主が笑い、剣を受け取った。
ラグは礼を言い、店を出た。
腰に戻したのは、いつもの片手斧だった。
*
午後、ミナはギルドでラグと会った。
「脚は、いかがですか」
「昨日より、軽いです。階段も、普通に下りられました」
「それは何よりです」
次の仕事の候補を見る前に、講習の案内を確かめた。
採取のものだけでなく、複数人で動くための実地講習もある。
集合する場所、持ってくる道具、参加できる資格。
ミナは、一つずつ読んだ。
「これなら、私も受けられるんですね」
「ええ。私と動く場合も、ほかの方と組む場合も、役に立つでしょう」
ラグが言ったとき、受付の方から声が聞こえた。
「採取の護衛ですね。盾を使う経験は、ありますか」
ミナは、そちらへ顔を向けた。
大きな袋を背負った人が立っていた。
ラグよりは小さいが、自分よりずっと背が高い。
革鎧の下から、太い腕が出ている。
背の袋には毛布が留められ、脇に大きな木の盾があった。
丸い耳が、少し下がっていた。
淡い金色の短い髪の間から、暖かな茶色の毛が見える。
短い口元と、丸い黒い鼻。
熊の亜人だった。
「……あります。でも、まだ、教わりたいです」
声は、ミナが思っていたより若かった。
「手当てなら、少しできます。小さな傷とか、包帯とか」
「でしたら、こちらの講習も見てみませんか。護衛の仕事を選ぶ前に、動き方を確かめられます」
職員が、ミナたちの見ている案内を示した。
大きな人の顔が、こちらへ向く。
琥珀色の目が合ったので、ミナは小さく頭を下げた。
近くへ来ると、盾はますます大きく見えた。
木の縁に金具があり、表面には擦れた跡が残っている。
丁寧に拭いてあるのか、泥はついていなかった。
ミナは案内の前を空けた。
相手が紙を見る間に、ラグへ少し顔を向ける。
「大きい方ですね」
声を落として言うと、ラグはうなずいた。
「たぶん、ミナさんと同い年くらいですよ」
「……え?」
ミナは、もう一度相手を見た。
盾の上へ置かれた手が、自分より大きい。
けれど、案内を読む横顔には、あどけなさがあった。
*
「あの、ここ、見てもいいですか」
熊の少女が、紙の端を指した。
ミナが少し横へ動くと、彼女は礼を言って覗き込んだ。
「三人以上で、順番を決めて動く……」
読んだところで、口が止まった。
盾を支える指が、少し握り直される。
ミナは別の行を指した。
「道具は、今使っているものでいいそうです。私も、これを受けようかと思っていました」
少女が、ミナの槍を見た。
「槍を使うんですね」
「はい。まだ、覚えているところです」
「私も、まだです」
少女は言ってから、ラグへ目を向けた。
「ご一緒の方ですか」
「はい。ラグさんです。私はミナといいます」
「私は、マルタです」
マルタは盾の向きを直し、二人へ頭を下げた。
ラグも名乗り、挨拶を返した。
「この町へ来たばかりなのですか」
「はい。乗合の馬車で、昨日着きました」
袋から、小さな紙を出す。
案内と見比べるためのものらしく、場所と日程が書いてあった。
「王都へ行く途中なんです。治療院で、見習いの審査を受けたくて」
ミナは顔を上げた。
王都で学ぶ。
自分が地図で見ている場所より、もっと遠いところへ向かう人だった。
「そこへ、手当てを習いに行くんですか」
「はい。紹介していただいて。審査までは、まだ時間があるので、ここで少し仕事をしようと思っていました」
マルタは、紙の端を折り目に沿って畳んだ。
「見習いの申し込みは、十三歳からできるんです」
「十三歳……」
「私、今年、十三になったので」
ミナは、言葉を探して少し止まった。
ラグが自分を見るのが、横からわかった。
「私も、十三歳です」
今度は、マルタの目が丸くなった。
「同い年なんですね」
「はい」
ミナはうなずいた。
上を向いて話しているのに、同い年だった。
マルタは少し嬉しそうに笑った。
丸い耳も、先ほどより上がっていた。
*
受付で、三人は講習について聞いた。
道具を使って、仲間との距離や、退く順番を確かめるものだった。
経験のある参加者と、学び始めた者を混ぜて組むという。
ラグは、経験者側の参加ができるか尋ねた。
「はい。こちらもお願いしたいところです。指導役の職員が付きますので、普段の仕事で気になることも伝えてください」
職員が、参加者用の紙を出した。
ミナは登録札を置いた。
マルタは、隣で紙を見ていた。
「手当ての途中で、前にいる人が戻ってきたら……そういうときも、聞いていいですか」
「もちろんです。何を受け持つか、組んだ人と相談する練習もします」
マルタはうなずいた。
けれど、すぐには筆を取らなかった。
ミナは自分の名前を書いてから、隣へ顔を向けた。
「私、前に、下がる道を見ておくのを教わりました。でも、相手が来ると、まだ慌てます」
マルタが顔を上げる。
「次の講習で、ほかの人と動くときも、練習できたらと思っています」
「……私も、慌てます」
マルタは、盾へ目を落とした。
「大きいので、できそうに見えるみたいなんですけど」
言ってから、少しだけ笑った。
ミナも、つられて笑いかけ、言葉を選んだ。
「私も、最初、同い年とは思いませんでした。でも、手当てはできません。そちらは、マルタさんに教えてもらいたいです」
「包帯なら、少し」
返事の声が、先ほどよりはっきりした。
マルタは筆を取り、自分の名前を書いた。
講習は、二日後の午前だった。
集合する場所と、雨の場合の案内を三人で確かめる。
受付を離れると、マルタが小さく息を吐いた。
「申し込めました」
「はい。二日後、ですね」
ミナは自分の紙を見た。
新しい名前を、一つ覚えた。
*
ギルドを出る前に、マルタが小さな紙を広げた。
宿の場所を探しているらしかった。
窓から通りを見て、紙へ目を戻す。
ミナには、そこへ書かれた店の名前に見覚えがあった。
「その角なら、私の帰る方です」
「そうなんですか」
「途中まで、一緒に行けます」
ラグは、これから別の窓口へ寄る予定だった。
ミナがマルタと歩くことを伝えると、門の外まで見送り、二日後の約束を確かめた。
大きな盾が、マルタの歩き方に合わせて動く。
通りが狭くなると、彼女は盾を体へ寄せた。
向かいから来た荷車へ道を空け、ミナが隣へ戻るまで待つ。
「お昼、まだ食べていなくて」
マルタが、通りの店を見ながら言った。
「この辺りで、パンを買えますか」
「はい。あそこの店です。焼いた玉ねぎの入ったものもあります」
「いい匂いがしますね」
マルタの歩く速さが、少し変わった。
店先へ着くと、並んでいるパンを真剣に見ている。
「ミナさんは、どれが好きですか」
「玉ねぎのも好きです。何か挟むなら、こちらの、皮が薄いものが」
ミナは棚を示した。
いつも料理の材料として選ぶときとは、少し違う。
同い年の人から、好きなものを聞かれていた。
マルタは玉ねぎのパンを買った。
包みを受け取ってから、もう一つの棚へ目を向ける。
値札を見て、財布の中も確かめた。
「大きい方にして、よかったです」
店から離れると、マルタが言った。
「小さい方でも足りますかって聞かれたんですけど、たぶん、足りないので」
ミナは笑った。
「私も、歩いた日は、いつもより食べます」
「今日、歩いていなくても、お腹は空きました」
マルタも笑った。
先ほど案内を読んでいたときとは、違う顔だった。
*
宿へ曲がる角で、二人は立ち止まった。
「案内してくれて、ありがとうございました」
「私も、こちらへ来るので」
ミナは、自分の紙へ目を落とした。
二日後の集合場所が、書いてある。
「講習の日、入口で待っています。私、場所はわかるので」
マルタはうなずいた。
「じゃあ、そこで。……よろしくお願いします、ミナさん」
「はい。マルタさん」
呼ぶと、マルタがもう一度笑った。
パンの包みを大事そうに抱え直し、宿へ向かう。
ミナは少し見送ってから、下宿の方へ歩いた。
今日は、仕事を受けていない。
買った素材も、報酬もなかった。
それでも、帳面へ書きたいことができていた。
マルタさん。
十三歳。
玉ねぎのパンが、好きかもしれない。
二日後、また会う約束をした。
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