第44話 今日は、ここで泊まります
出発の前日、ミナとラグは荷物を並べた。
食料と水。
小鍋と椀。
寝るときに使う布と、雨を避けるための覆い。
借りてきた羽の箱は、中が空でも場所を取った。
ミナが袋を背負うと、鍋の縁が背中へ当たった。
ラグに見てもらい、布を挟んで位置を変える。
紐も、右手で外せるところへ揃えた。
「これなら、急いで下ろすときも困らなさそうですね」
「はい。箱は、ラグさんの方で大丈夫ですか」
「少し背が伸びたと思って、木の枝に気をつけます」
ラグの袋の横へ、細長い箱が留められていた。
ミナは笑ってから、もう一度、紐の位置を確かめた。
帰りには、その箱へ羽が入る。
今、背負えるかだけでなく、何を持って戻るかも考えた。
*
翌朝、下宿の管理人へ挨拶をして出た。
「明日の夕方までには、戻る予定です」
「気をつけて。帰ったら顔を見せてね」
「はい」
町の門でラグと会い、二人で歩き出す。
位置の共有と記録は、出発前に動かしてあった。
公開配信は、まだ始めていない。
見慣れた休憩所を過ぎると、道は少しずつ高くなった。
木の間から、白い石の混じった斜面が見える。
地図では一つの曲がり角でも、実際には手前に低い岩があった。
ミナは標識の番号と、岩の形を記録した。
帰るときは、反対側から見ることになる。
曲がった後に一度振り返り、見え方も覚えておいた。
袋は、いつもの採取より重かった。
足腰を弱く強化すると歩きやすくなるが、肩の紐まで軽くなるわけではない。
坂を上り終えると力を緩め、次の休憩で袋を下ろした。
「鍋が、少し右へ寄っていました」
「歩いてみると、置いたときとは変わりますね」
ミナは包みを寄せ直した。
水を飲んでから、出発時刻を書き足す。
「今日は、早く着いても、そのまま遠くまで行かないのですよね」
「ええ。明日の仕事の前に、泊まる場所を確かめます」
ラグが地図の印を示した。
まだ明るいうちに、そこへ着く予定だった。
*
宿営地の柵が見えたとき、太陽は高くなっていた。
小屋の脇に、薪が積んである。
荷を下ろしている人も、二人いた。
ラグが門のところで声を掛け、利用の紙を見せる。
ミナも名前を伝えた。
管理の人が、泊まる小屋と、水を使う場所へ案内してくれた。
寝床の区画は布で分けられ、入口から離れたところへ荷を置ける。
夜に門を閉める時刻と、見回りのことも聞いた。
「火は、あちらの炉で。終わったら、灰の始末まで頼むよ」
ミナは柵の内側の炉を見た。
石で囲まれ、鍋を掛ける棒がある。
「夕飯を作ってもいいんですね」
「もちろん。薪は使う分を、こちらで受け取って」
ミナは礼を言い、帳面へ場所を書いた。
今夜の台所が、決まった。
荷物を下ろし、持ってきたパンで昼食を取った。
ラグと向かい合って座る。
食べ終わった後も、町へ戻るために急いで立たなくてよかった。
「少し、変な感じです」
「いつもなら、帰りの時刻を見始める頃ですね」
「はい。今日は、ここへ帰ってくるんだなって」
小屋の入口を見た。
寝台のある下宿は、今夜は遠かった。
*
休んでから、二人で短い下見へ出た。
寝具や夕飯の材料は、小屋へ残す。
ミナは水と必要な道具、槍を持った。
袋が軽くなっても、来た道で歩いた分の疲れは残っていた。
管理の人から、最近、鳥を見た辺りを聞いてある。
その場所へ続く道と、戻る目印を確かめるのが、今日の仕事だった。
ラグが、柔らかい土の前で止まった。
「この跡を、見てください」
細い線が、三つに分かれていた。
ミナは膝を曲げ、近くから見る。
ギルドの図にあった足の形を思い出した。
「鳥の、前の指ですか」
「ええ。ただ、これだけで石羽鳥だとは決められません。大きさと、続く方も見ましょう」
少し先にも、似た跡があった。
石の上では途切れ、土のところでまた見つかる。
ミナは場所を描き、石へ乗った後の行き先は、空けておいた。
草の間に、灰褐色の羽が落ちていた。
ラグが周りを見てから、ミナを呼ぶ。
ミナは羽を取り、見本と比べた。
軸は曲がっていた。
根元も欠けている。
依頼の箱へ入れるものではなかったが、持ってきた小さな包みに別に収めた。
後で見分け方を確かめる材料にはなる。
そのとき、斜面の向こうで草が動いた。
ラグの右手が、斧の留め具へ触れる。
ミナは槍を持ち直し、彼の近くで止まった。
石の間から、鳥の頭が出た。
図よりも、嘴が太く見えた。
胸が持ち上がり、脚が地面を蹴る。
「あ……」
尾羽が、石の色から浮いた。
ミナが数える前に、鳥は低い草の向こうへ走った。
羽を少し広げ、段差を越える。
次の岩の陰へ入ると、もう見えなかった。
ラグは、追いかけなかった。
鳥が消えた方と、ミナの足元を順に見る。
「今の辺りを、書いておきましょう」
「今日は、追わないんですね」
「戻るまでの時間と、先の道をまだ確かめていません。こちらが走れば、あちらも遠くへ行くでしょう」
ミナは地図を開いた。
見つかったからといって、すぐ採れるわけではなかった。
「段差を越える前に、羽を開きました。あそこから、土のある方へ行ったように見えます」
ラグが、その場所へ目を向けた。
「明日、跡の続きを見てみましょう」
ミナは印をつけた。
来た道と、鳥が走った道は、途中から分かれていた。
*
戻るとき、ラグはミナに歩く位置を少し変えてもらった。
自分のすぐ後ろではなく、顔を向ければ見える斜め後ろ。
道が細いところでは、また一列へ戻る。
「明日、向こうへ動く前に、ミナさんの位置も確かめたいので」
「私も、ラグさんの腕が見えます」
ミナが言うと、ラグは少し立ち止まった。
以前の護衛では、守る者を後ろへ置くことが多かった。
敵を見て、近づく。
その間、後ろの者は動かずにいてくれる方がよかった。
ミナは、相手の動きも、残したい素材も見ている。
自分の背中だけを見せておけば済むわけではない。
「私が大きく動いたら、そちらから見えたことも教えてください」
「はい。鳥の方ばかり見ないようにします」
ラグはうなずき、道へ戻った。
明日は、倒す前にも、二人で確かめることがありそうだった。
*
宿営地へ着くと、ミナは小鍋を炉へ運んだ。
昼の休憩の間に、水へ浸しておいた割り豆がある。
新しい水で煮始め、干し肉を細く切った。
塩が出るので、味をつけるのは少し待つ。
ラグが受け取ってきた薪を、炉の脇へ置く。
ミナは水晶を台へ固定し、鍋と自分たちの手元が映る向きにした。
ほかの利用者は、画面の外にいる。
「こんばんは。今日は、ここで泊まります」
配信を始めると、しばらくして数字が一になった。
〈こぐま:着いたんだな〉
「はい。下見もしてきました。石羽鳥は見えましたけど、今日は追わずに戻りました」
〈こぐま:そうか。明日の場所は、少しわかったか〉
「見えたところと、走っていった方を、書いてあります」
ミナは帳面を指した。
場所を詳しく映すのではなく、今日したことを話す。
「夕飯は、豆と干し肉の汁にします。粉も持ってきたので、小さい団子を入れますね」
椀へ粉を取り、水を少しずつ足した。
混ぜる匙が重くなったところで止める。
丸く大きくするのではなく、薄く平らにしておく。
〈こぐま:大きい方が、腹にたまりそうだ〉
「厚いと、真ん中が煮えるまで待つので。今日は小さくして、何個か食べます」
〈こぐま:なるほど。数で増やすんだな〉
ミナは笑ってうなずいた。
豆が柔らかくなったのを確かめ、汁へ団子を落とす。
一度に入れすぎず、煮えたものから椀へ分けた。
残りを入れる前に、水と味も確かめる。
視聴者が、二になった。
〈もふもふ:こんばんは。今日は、ご一緒なんですね〉
「はい。明日も、一緒にお仕事です」
ミナは、隣のラグへ顔を向けた。
彼も水晶へ少し頭を下げる。
「こんばんは。今夜は、私もこちらにおります」
〈もふもふ:旅先でも、お声を聞けて嬉しいです〉
ラグが文字を読んでから、ミナを見た。
何を返せばよいか、少し迷ったらしかった。
「……ありがとうございます。明日のご報告も、よいものにできればと思います」
「羽を持って帰れるといいですね」
ミナが言うと、ラグはうなずいた。
*
椀から、湯気が上がった。
ミナは団子を割り、真ん中まで煮えていることを確かめた。
干し肉の味が汁へ出て、豆と一緒に食べると、塩をたくさん足さなくてもよかった。
ラグが匙を取り、一口食べる。
「泊まりの仕事で、夕飯を楽しみに歩いたのは、久しぶりです」
「いつもは、何を食べるんですか」
「すぐ食べられるものが多いですね。温かいものも作りますが、今夜は、食べる前から楽しみがありました」
ミナは、鍋の中へ目を向けた。
持ってきたものを煮ただけでも、楽しみにしてもらえた。
〈こぐま:温かい飯があると、休んだ気になるな〉
「はい。明日の朝も、火を使えるそうです」
〈こぐま:こちらも、そろそろ飯だ。明日も気をつけて〉
ミナが礼を言うと、少しして数字が一へ戻った。
もふもふさんは、もう少し見てくれていた。
残りの団子も煮上げ、今日の料理を映して配信を閉じる。
ラグと鍋を空け、道具を洗った。
食料の包みには、明日の分が残っていた。
*
小屋へ入ると、ミナは寝る区画へ布を広げた。
靴を脱ぐ。
足を伸ばすと、歩いた分の重さがあった。
今日は、いつもの寝台ではない。
壁の向こうから、誰かが荷を動かす音も聞こえる。
ラグと翌朝の出発時刻を確かめた。
槍と袋は、探さずに持ち出せるところへ置く。
帳面には、鳥が見えた場所と、羽を開いて段差を越えたことを書いた。
その次に、夕飯の団子の大きさも残した。
同じ日に、どちらも覚えた。
灯りを消す前に、小屋の戸が閉まる音がした。
ミナは布へ横になった。
少しだけ眠りにくかったが、やがて、明日の道を考える途中で目を閉じた。
*
「ミナさん。朝になりました」
ラグの声が、仕切りの向こうから聞こえた。
ミナは起き上がり、薄く明るくなった窓を見た。
どこにいるのかを思い出し、足元の靴へ手を伸ばす。
外から、低く短い声が聞こえた。
少し間を置いて、もう一度。
「今のは……」
「石羽鳥の声ですね。どの辺りからか、朝食の後に確かめましょう」
ミナはうなずき、靴を履いた。
今日は、あの尾羽を持ち帰る日だった。
*
その頃、山麓の町の家で、ロゼッタは青菜を洗っていた。
リュネールでの仕事を引き継ぎ、数日かけて帰ってきたところだった。
旅の袋は入口へ置いた。
土産の包みだけ、先に食卓へ出してある。
夫は水晶の記録と、台の上の粉を見比べていた。
「帰ってきたと思ったら、夕飯の仕事が増えたな」
「これ、おいしそうじゃない? 今夜、作ってよ。私は葉を洗うから」
「そこまで決めてあるのか」
夫が笑って、卵を椀へ割った。
水晶の中では、ミナが青菜を刻んでいた。
「この子と、調査をしたんだな」
「うん。採ったものを、後で使うところまでよく見てる子。乾かす時間も、株によって違ってね」
ロゼッタは洗った葉を持ち上げた。
「うちのは、あの菜より茎が太い。育った場所も、刈った時期も違うし」
「それで、刻む大きさは?」
「……茎は小さく。葉は、そこまで細かくしなくてもいい」
「先に、そっちを聞きたかった」
ロゼッタは笑い、布で水気を取った。
夫が刻んでいる間に、旅の上着を脱ぎ、掛ける。
戻ると、生地へ菜が混ざっていた。
鍋で焼き始めると、夫は匙を持ったまま、記録の続きを見た。
「今、返すのか」
「縁を見て。まだ柔らかい」
「記録は、もう返したぞ」
「うちの鍋と火は、向こうと違うから」
夫が鍋へ目を戻した。
少し待つと、縁が持ち上がり、裏へ焼き色がついていた。
皿へ取り、二人で食卓へ運ぶ。
夫は先に用意してあった汁物も出した。
「留守の間、裏の水桶を替えたよ」
「漏れてた方?」
「ああ。あと、娘から便りが来てる。食べ終わったら読んで」
ロゼッタはうなずき、薄焼きを取った。
茎には少し歯応えがあり、葉の匂いも残っていた。
「おいしい。これ、次に帰ってくるときも作って」
「次は、いつだ」
「まだ決めてない。決まったら、先に知らせるよ」
「では、今いるうちに、もう一度でもいいな」
ロゼッタの手が止まった。
夫は残りの一切れを、彼女の皿へ寄せた。
「菜は、まだあるから」
「……うん。それもいいね」
ロゼッタは一口食べ、旅の途中で見た雨雲の話をした。
夫は自分の汁物を飲みながら聞いた。
土産の包みは、食後のお茶のときに開くことになった。
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