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第43話 動くものを採りに行きます

 ギルドへ行くと、受付の職員がミナを呼び止めた。


「少し、見ていただきたいものがあるんです」


 渡されたのは、薬草の納品をまとめた紙だった。

 種類ごとに、持ち込まれた量と、受け取れた量が書いてある。


 ミナは、二つの欄を見比べた。

 持ち込まれたものが、全部そのまま買い取られるわけではない。

 葉の傷や、蒸れて変わった色を、窓口で確かめてもらっていた。


「この頃、いくつかの依頼で、受け取れる分が増えています。ミナさんが添えてくださった記録と、ロゼッタ様の調査報告を参考に、作業の案内も見直しまして」


 職員が、紙の端を示した。

 濡れた葉を重ねないこと。

 採った場所を分けること。

 帰り道で包みのずれを確かめること。


 どれも、ミナが帳面へ書いてきたものだった。


「ほかの方も、使ってくださっているんですか」


「ええ。採る量が同じでも、傷めず持ち帰れる分が増えますから。依頼先からも、使える素材が揃いやすくなったと」


 ミナは、自分の袋へ手を置いた。

 昨日の葉が、誰かの作るものになる。

 それだけでなく、書いたことも、別の人の仕事に使ってもらえていた。


「全部、私が考えたわけではないんです。講習で教わったことも、ありますし」


「もちろんです。でも、実際に試して、うまくいかなかったところも残してくださったでしょう。そこが参考になるんです」


 ミナは紙へ目を戻した。

 数字の違いが、先ほどより嬉しく見えた。


     *


 職員は、別の案内を机へ置いた。


 革。

 角。

 羽。

 薬草とは違うものが、幾つか描かれている。


「今後、動物や魔物の素材を扱う仕事にも、少しずつ参加してみませんか」


 ミナは顔を上げた。


「素材を、採る方ですか」


「はい。討伐する人と、必要な状態に整えて持ち帰る人が、別の場合もあります。倒せても、使える部分を傷めてしまうことがありますから」


 ミナはガマを思い出した。

 包丁を入れる前に、どこが硬く、どこからなら刃が通るかを見た。

 食堂でも、肉を切るところと、残すところは分けていた。


 けれど、薬草の株は逃げない。

 相手が動くなら、採る前にすることが増える。


「すぐに、一人で受けてくださいという話ではありません。候補を見て、護衛の方とも相談していただければ」


 職員が依頼の束を寄せた。


「危険を伴いますし、今の仕事でも十分よい納品をしてくださっています。急ぐ必要はありません」


 ミナは、描かれた羽を見た。

 知らない素材もある。

 見覚えのある形もあった。


「……簡単なものから、覚えていきたいです」


 言ってから、もう一度紙を見た。


「何を採るのかと、どこへ行くのか。先に、教えていただけますか」


     *


 ラグへ連絡し、午後にギルドで会う約束をした。


 来るまでの間に、ミナは素材窓口で見本を見せてもらった。

 同じ羽でも、軸の曲がったものと、まっすぐなものがある。

 端が折れたものは、使える長さが短くなっていた。


「石羽鳥《いしばどり》の尾羽です。こちらは、筆軸に加工する工房からの依頼ですね」


 灰褐色の羽は、普通の鶏のものより硬かった。

 ミナは、触ってよいと言われてから持ち上げた。


「根元の方まで、必要なんですか」


「ええ。ここに裂け目があると、加工の途中で割れやすいので。強く引いて抜こうとして、傷める人もいます」


 見本の付け根へ、小さな線があった。

 ミナは目へ弱く魔力を回し、線の続くところを見た。

 表から見るだけでは、気づきにくかった。


 良い見本と、傷んだ見本を、帳面へ別々に描く。

 依頼の紙には、必要な長さも書いてあった。

 羽の先が少し欠けていてもよいが、軸の根元を割らないこと。


 全部をきれいに持ち帰ることと、依頼先が使えることは、少し違う。

 ミナは、その条件へ線を引いた。


     *


 ラグが来ると、ミナは案内を広げた。


「魔物の素材を採る仕事を、教えていただきました」


 ラグは椅子を引き、ミナの隣へ座った。

 紙を右手の近くへ寄せる。


「こちらを、受けたいのですか」


「候補です。まだ、場所と、どのくらい時間が掛かるかを全部聞けていません」


 ラグは依頼と地図を並べた。

 職員も、向かいへ座る。


 石羽鳥は、飛び続ける鳥ではなかった。

 大きいものは、人の膝より高い。

 石の多い斜面や草地を歩き、驚くと走って隠れる。

 追い詰めれば、嘴と脚で向かってくる。


 図の鳥には、長い尾羽があった。

 ミナは頭から脚へ視線を移した。

 食堂へ運ばれたものなら、見たことがあった。

 でも、生きて走るところを、間近で見たことはない。


「一羽から、状態のよい尾羽を四本。揃わなければ、採れた分を受け取り、残りは別に手配します」


 職員が数量を示した。

 何羽も倒すことを約束する依頼ではなかった。


「落ちている羽では、だめなんですか」


「軸が傷んでいたり、古かったりするものが多いんです。条件に合えば受け取れますが、今回の数をそれだけで揃えるのは難しいでしょう」


 ミナは、採る前に状態を見る欄へ書き足した。

 ラグは地図から目を離さなかった。


「この場所までは、ミナさんの歩き方で、休憩を入れて半日ほどですね」


「着いてから、探すんですよね」


「ええ。葉の株と違って、前に見た場所へ留まっているとは限りません」


 ラグの指が、道の途中の印へ移った。


「日帰りを前提にすると、見つけた頃には引き返す時刻かもしれません」


 ミナは、紙の下の予定欄を見た。

 一日では、空いている時間が少なかった。


     *


 地図には、ギルドを通じて利用できる宿営地があった。


 採取地へ続く道の途中。

 柵と小屋があり、管理をする人がいる。

 泊まるには、人数と日程を届ける必要があった。


「ここで一晩休み、翌朝から探せます。夕方まで追い続けない日程にしましょう」


 ラグが言った。


「今の私でも、こちらへ行けますか」


 ミナは職員に尋ねた。

 新しい札になってから、選べる採取地は増えた。

 でも、地図に載っている場所へ、どこでも入れるわけではない。


 職員が二人の登録を確かめた。


「今回の区画と素材は、ミナさんの資格で扱えます。討伐を担当するラグさんと、共同で受ける形になります」


 少し先には、別の境界があった。

 鳥がそちらへ逃げても、追わない。

 翌日の出発と、町へ戻る見込みの時刻も決めた。


「宿営地へ戻る時刻と、探索を終える時刻は、別にしておきます。羽を取る時間も必要ですから」


 ラグの言葉で、ミナは欄を一つ増やした。

 倒してからにも、仕事がある。

 見つけた時刻だけで、帰れるかどうかを考えないようにする。


 小屋に泊まる費用と、二日分の食事。

 羽を折らずに持ち帰るための箱。

 それも、報酬から引いて考えた。


 いつもの薬草より高い数字でも、全部が残るわけではなかった。

 道具の貸し出しと宿営の費用を確かめると、二人で分けても、仕事として受けられる額だった。


     *


 受付から少し離れた長椅子で、ミナとラグはもう一度話した。


「泊まりの採取は、初めてですね」


「はい。荷物も、いつもより増えます」


「身体強化を覚えたからといって、今までより多く背負うことを前提にはしたくありません」


 ミナはうなずいた。

 脚が動きやすくなっても、寝具や水の重さは消えない。


「運ぶものを分けて、貸していただく箱も見ます。私は、羽の状態を確かめて、採るところを担当したいです」


「相手が動いている間は?」


 ミナは少し考えた。


「私の足場と、帰る方を見ます。それから、ラグさんと鳥の位置を。尾を傷めない方がいいですけど……それより先に、危なくないように」


「ええ。倒す場所や向きは、私も考えます。見えたことは伝えてください」


 ラグは、図に描かれた鳥の脚を見た。


「ただ、私が追って離れたとき、ミナさんが同じように追いつけるとは限りません。追うかどうかも、二人の位置で決めましょう」


「ここにいて、というときは、先に言ってください。私も、動く前に言います」


 返事を聞き、ラグは顔を上げた。


「怖くはありませんか」


「少し。でも、知らないことを、覚えてみたいです。採れたものを使えるようにする方なら、私にもできることがあると思うので」


 ミナは、見本を描いたページを開いた。

 根元の裂け目を、二本の線で描いてある。


「それと、一泊して行ける場所も、知っておきたいです」


 ラグは、しばらくそのページを見た。

 それから、口元を少し緩めた。


「では、私も日程を空けます。今回は、この二人でできる範囲を、確かめに行きましょう」


「はい」


 ミナは帳面を閉じた。


     *


 共同の依頼として、二人の名前が書かれた。


 出発は、二日後。

 宿営地へ泊まり、翌日の夕方までに町へ戻る。

 受付の印が押されると、ミナは紙を持ち直した。


 泊まる日に、自分の寝台は使わない。

 帰る日の夕飯も、今から少し違って見えた。


 貸し出しの窓口で、羽を収める細長い箱を見せてもらった。

 中の仕切りを指で確かめる。

 強く詰めると、運ぶ途中で軸が曲がってしまう。


 ミナは箱を持ち、袋へどう留めるかをラグと相談した。


「尾羽だけで、こんな形の荷物になるんですね」


「相手は、なかなか細長い忘れ物を残してくれますね」


 ラグが言った。

 ミナは笑い、箱を返した。

 受け取るのは、出発の前日だった。


     *


 帰り道で別れる前に、ラグは自分の腰へ手を置いた。


 右手で斧の留め具を確かめる。

 この斧で仕留められない相手ではない。

 それは、依頼を読んだときに判断していた。


 けれど、倒すまでの間に、ミナは別のものを見ている。

 傷めたくない尾羽。

 処理する場所。

 持ち帰る箱と、帰る道。


 以前、両手で斧を扱っていた頃には、間合いへ入って、重い刃を通す形を繰り返した。

 今の片手斧も、その経験から選んだものだった。

 腕が一本になっても使える形へ、少しずつ直してきた。


 その先を、どれだけ考えてきただろう。


「ラグさん。明日、荷物を合わせてもいいですか」


 ミナの声で、顔を上げた。


「ええ。二人分を、並べてみましょう」


 ミナはうなずき、下宿へ向かった。

 前より歩きやすくなった足で、次の仕事へ進もうとしている。


 ラグは斧から手を離した。

 自分も、前にできたことの続きをするだけでよいとは限らない。

 まずは、今回の道で確かめよう。


     *


 部屋へ戻ると、ミナは机の上へ二日分の紙を置いた。


 いつもの採取では、昼の包みと、帰りの水を考えていた。

 今度は夕飯と、朝食もある。

 相手が見つからなくても、その分は食べる。


 食べるものまで、現地で採れるつもりにしないで用意しよう。

 乾いた豆と干し肉、粉と塩。

 小鍋も、今度は一緒に持っていく。


 ミナは紙へ、作れそうな夕飯を書いた。

 その横に、火を使う場所を宿営地で聞く、と添える。


 帳面を開き、今日見せてもらった羽の絵へ戻った。

 今度は、葉の裏だけではなかった。

 動いている相手から、必要なものを持ち帰る。


 依頼の紙を、そのページへ挟んだ。


     *


 王都の訓練場で、グレンは救援用の縄を地面へ置いた。


「持ち上げる前に、向こうの人へ合図して」


 若い冒険者が、縄を握ったまま顔を上げる。

 段差の上にいた仲間は、まだ足を置き直しているところだった。


「……はい」


 合図を待ち、二人で動いた。

 練習用の荷が、地面へ擦れずに上がる。


 グレンは一度うなずき、横にいた指導役へ位置を譲った。

 今日は道具の使い方を確かめに来ただけで、一日教える約束ではなかった。

 続きは、担当する者が見られる。


 帰り際、別の職員が声を掛けた。


「午後の資料も、見てもらえると助かるんですが」


 グレンは口を開きかけ、時刻を見た。


「急ぎ?」


「明日の夕方までに。運ぶ道具の割り振りです」


「それなら、明日の午前に見よう。今日は、ここまでの予定にしてある」


 職員はうなずいた。

 困った顔にはならなかった。


 外へ出ると、通りに小さな舞台が組まれていた。

 掲示を見て、グレンは足を止める。

 旅の一座が、昼過ぎに芝居をするらしい。


 いつもなら、始まる前に通り過ぎていた。

 帰ってから済ませることを、歩きながら幾つも考えていたからだ。


 今日は、近くの店で昼食を取り、始まる時刻に戻った。

 端の席へ座る。

 背もたれは少し硬かったが、腰の荷を下ろすと楽になった。


 芝居の中では、旅人が道を間違えていた。

 案内したつもりの男も、同じ場所へ戻ってくる。

 隣の子どもが、まただ、と笑った。


 グレンも笑った。

 近道を教える必要も、途中で止める必要もなかった。

 次に何が起きるかを、座ったまま見ていられる。


 終わると、役者たちへ拍手を送った。

 掲示の裏には、次の上演の日が書いてあった。


 グレンは帳面を出しかけた。

 いつもの、仕事の続きを書くページではなく、予定の方を開く。

 次の演目と時刻を、空いている欄へ書いた。


 帰り道、食料品の店へ寄った。

 夕飯の材料を買うだけなら、今からでも間に合う。

 明日の午前に見る資料のことは、その後でよかった。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

読んでいただきありがとうございます。評価、レビュー、応援いただけると幸いです。

カクヨムでも掲載しておりそちらでは各エピソードの挿し絵等も掲載しています。

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