第42話 歩き方が変わりました
講習の翌朝、ミナは寝台の端で足を動かした。
ふくらはぎに、少し張りがあった。
腕も、槍を構えたところが重い。
立てないほどではないが、昨日何をしたかは、体に残っていた。
帳面へ書き、朝食の後で短く練習した。
強化を使わずに歩く。
それから、足腰を弱く支え、同じ速さで戻る。
軽く感じても、大きく踏み出さない。
その後の数日も、長く続けるより、一度切って、同じ強さへ戻すことを確かめた。
次の講習では、荷物を持つときの動きも見てもらった。
腕を強くしすぎる癖は、少し減っていた。
「歩く速さを上げなくても、使い方を覚えられますね」
講師が言った。
ミナは、足元の線を見た。
練習の線の上なら、前より保てる。
その次は、外の道だった。
*
採取へ出る朝、ラグに練習の帳面を見せた。
今日は、休憩所の先の斜面で薬草の葉を採る。
受けたのは、納品条件を知っている種類の依頼だった。
魔法を試すために、行ったことのない遠い場所を選ぶことにはしなかった。
「疲れは、残っていますか」
「今日は大丈夫です。帰った後も、書いてみます」
「では、いつもの時刻で戻りましょう」
ラグが地図を畳んだ。
ミナも荷物を確かめ、町の門へ向かう。
肩の水晶は、位置の共有と記録を動かしていた。
道を歩く間の公開配信は始めなかった。
魔力を保つことだけでなく、標識や周囲を見ることも、今日は確かめたかった。
補助帯は、緊急時のために持っているが、動かしていない。
平らな道では、自分の強化も切った。
少し坂になってから、足腰へ弱く回す。
後ろの足を寄せたとき、上体が前へ流れにくかった。
袋は、同じ重さのはずだった。
けれど、肩へ食い込む前に腰の位置を直せる。
脚を引き上げるために、体を大きく揺らさなくてもよかった。
ミナは顔を上げた。
ラグの背中が、前と同じ距離にある。
いつもなら、この坂の途中で、少し待ってもらっていた。
*
採取地へ着くと、先に袋と槍を置いた。
ラグへ作業する範囲を伝え、包丁を抜く。
葉の裏を見て、縁の傷を確かめる。
目へ、少し魔力が集まった。
今は、その感覚に気づける。
刃を入れるところを見ている間、脚の方は薄くなっていた。
立ち上がろうとして、腰が少し揺れた。
ミナは足を置き直し、いったん止まる。
「大丈夫ですか」
「はい。葉の方を見ていたら、腰の強化が弱くなっていました」
袋の上へ葉を置いてから、姿勢を戻した。
弱い強化でも、ずっと同じままではない。
細かい筋を見ようとすると、慣れた方へ意識が寄ってしまう。
「全部を強くするより、今することに合わせてみます」
「周りを見る分まで、忘れないようにしてくださいね」
ラグが言った。
ミナはうなずき、斜面の上と、道へ戻る方を見る。
葉を見る。
採って置く。
刃を収め、次の株へ移る。
立つ前に、足腰へ回す。
袋を持ち上げるときには、腕と肩にも少し。
その間も、木の向こうから人が来る音は聞こえたし、ラグが位置を変えたことも見えた。
きれいに一つずつ、切り替えられるわけではなかった。
葉を見たまま手を伸ばすこともある。
顔を上げながら、袋を持つこともある。
重なる動作のときに、どこが薄くなったかを確かめた。
何株か採った後で、水を飲んだ。
魔力には、まだ余裕がある感じがした。
でも、屈んでいた脚には、働いた分の疲れがあった。
ラグが、ミナの手元を見た。
「今日は、立つたびに膝へ手を置かなくなりましたね」
ミナは、自分の膝を見た。
「……そういえば」
無理に立ち上がるための勢いをつけずに済んでいた。
採った葉も、急いで袋へ放り込まず、布へ置ける。
速く走れたわけではない。
何度もする動きが、少しずつ楽になっていた。
*
帰りには、袋の中の葉を確かめてから歩き出した。
ラグが先へ立つ。
ミナは後ろへ続いた。
行きより重くなった袋を背負っていても、緩い坂で間が開かなかった。
少し先で、ラグが振り返った。
それから、自分の足元を見て歩調を緩める。
「失礼しました。少し速くなっていましたね」
「でも、ついていけました」
「ええ。歩きやすくなったのが、こちらにも嬉しかったようです」
ミナは、少し笑った。
「ラグさんもですか」
「前は、この辺りで待っていましたので。今日は足音が離れなかった」
ラグは道の曲がる方へ目を戻した。
「ただ、帰りの途中です。今、歩ける分を全部使わなくてもよいでしょう」
「はい。……町でも、まだ歩きますし」
それに、帰ったら夕飯を作る。
ミナは袋の紐を直し、今度は少し緩めた歩調で続いた。
前より早く、休憩所へ戻れた。
腰を下ろすと、脚の強化を切る。
地面へ足を置いた感触が、少し重くなった。
それでも、道具の補助が切れたときとは違い、自分で弱めてから止められた。
水を飲み、ラグと残りの道を話した。
息が落ち着くまで、返事を待ってもらわなくてもよかった。
*
休憩所の向かいでは、畑から出てきた人が、籠を台へ載せていた。
青菜の束が見えた。
ミナは休憩を終えてから、台の前へ寄る。
「こちら、売っているものですか」
「そうだよ。町へ持っていく前に、ここでも少しね」
葉を一枚見せてもらった。
食堂でも使っていた菜だった。
少し辛みがあり、茹でるとその感じが弱くなる。
「今日は、若いところを採ったから。炒めてもいいよ」
「薄焼きに入れても、おいしそうですね」
「細かくすれば、茎も使える。泥はよく洗ってね」
ミナは値段を聞き、小さな束を選んだ。
買った青菜は、納品する薬草と分けて包む。
育てている人から、どのくらいの葉を食べるのかも聞けた。
台の後ろには、同じ菜が並ぶ畝があった。
通り道に生えているものを、勝手に採ってよいわけではない。
「また、こちらへ来たときに見てもいいですか」
「畑へ入るなら声を掛けてね。台に出してあるものは、見ていって」
ミナは礼を言い、ラグのいる道へ戻った。
「今夜の分ですか」
「はい。今日は、これを生地へ混ぜて焼きます」
「帰り道で、夕飯の予定も決まりましたね」
ラグが言った。
ミナは青菜の包みを、少し持ち直した。
*
納品を終えると、予定より少し早い時刻だった。
薬草の状態も、条件に収まっていた。
報酬を受け取り、ラグと分ける。
速く帰れたからといって、もう一件受けることにはしなかった。
下宿へ戻り、袋を下ろした。
肩を動かすと、疲れはあった。
脚も、何もしていない日のようには軽くない。
でも、帰る途中で姿勢を戻せたこと。
坂で待ってもらわずに歩けたこと。
休憩所で、夕飯の話までできたこと。
帳面へ書いてから、少し横になった。
前よりできたことと、休みたいことは、同じ日にあってもよかった。
*
夕方、台所で青菜を洗った。
葉の間を開き、茎の付け根の土も落とす。
よく水を切ってから、細かく刻んだ。
茎は葉より小さくしておく。
粉に卵と水を少しずつ加える。
厚いパンにする生地ではない。
匙ですくうと、ゆっくり落ちるくらいにした。
配信を始めると、しばらくして視聴者が一になった。
〈夕餉係:こんばんは。本日は、葉を混ぜて焼くのですね〉
「こんばんは。はい。帰り道で、畑の方から買いました。少し辛みのある菜です」
ミナは刻んだ葉を見せた。
「今日は卵も入れます。茎は火が通るよう、細かくしてあります」
〈夕餉係:こちらにも、似た菜がございます。葉から水が出て、生地が柔らかくなりすぎることがありまして〉
「私も、混ぜる前によく水を切ります。それでも変わるので、葉を入れてから見ますね」
塩を少し入れ、葉を混ぜる。
鍋へ薄く油を引き、まずは少量を焼いた。
縁が固まるまで待ち、持ち上げて返す。
少し柔らかかったので、残りの生地へ粉を足した。
「菜の量が違うと、粉と水が同じでも変わります。今日は、このくらいにします」
ラグが来ると、手を洗ってから机の方へ座った。
ミナは映る位置を確かめ、次の一枚を鍋へ広げた。
「食べやすい大きさ、どのくらいがいいですか」
「端を持てるなら、大きいままでも構いません。あまり細かいと、追い掛ける方が忙しくなりますので」
ラグが、自分の皿へ目を向けた。
ミナは少し笑い、焼けた薄焼きを四つに切った。
折って持てる大きさにする。
〈夕餉係:切り方まで、お食事に合わせていらっしゃるのですね〉
「はい。匙で食べるなら、もっと小さくしてもいいと思います。今日は、手でも持てるように」
豆と玉ねぎの汁物も温めてある。
粉と青菜だけで、二人の夕飯を済ませるつもりではなかった。
ラグが一切れ取り、少し冷ましてから食べた。
「縁のところが、香ばしいですね」
「薄い方が、少し固く焼けます。中は、葉のところが柔らかくて」
ミナも一口食べた。
噛むと、青菜の匂いがした。
茹でて食べるときより、少し辛みが残る。
卵の味と一緒になると、それもおいしかった。
〈夕餉係:次は、こちらの菜で試してみます。主も、いつもの菜を別の形で食べるのがお好きなようです〉
「おいしくできたら、嬉しいです。菜が違うと、味も変わると思いますけど」
ミナは、買ったときの話もした。
若い葉を選んでいたこと。
茎も使えると、育てた人から聞いたこと。
出来上がった皿を映して、配信を閉じた。
数字は、最後まで一だった。
今日来た人とも、次に作る料理の話ができた。
*
汁物を食べていると、ラグが尋ねた。
「今の体の感じは、どうですか」
「少し疲れています。でも、前より、腰を戻しやすかったです」
強化が薄くなったときも、慌てて強くしなくて済んだ。
立ち止まって、自分で整えられた。
ミナはそのことも話した。
「帰りの坂、少し楽しかったです」
「それは、よかった」
ラグがうなずいた。
「道を歩くのも、前より好きになりそうです」
ミナは匙を置き、残った薄焼きを取った。
水場のある区画へ初めて行ったときには、地図の距離ばかり気にしていた。
また歩いてみたい道が、今は少し増えていた。
*
遠征先の町で、セリカは宿へ戻る前に、依頼主へ帰還を報告した。
通りの向こうへニーナを残し、自分は受付の机へ立つ。
道中の状況と、翌日に引き渡すものを簡潔に伝えた。
質問にも、迷わず答える。
戻ると、ニーナが紙包みを持っていた。
「夕飯前だけど、一つどう?」
「何」
「焼き菓子。まだ温かいよ」
セリカは受け取り、一口食べた。
甘かった。
仕事の間に固くなっていた肩が、少し下がる。
宿では、預かっていた手紙を渡された。
差出人を見て、セリカは部屋へ入るまで封を切るのを待てなかった。
「ミナちゃん?」
「うん」
廊下で立ち止まったので、ニーナが先に扉を開けた。
セリカは紙から目を離さず、中へ入る。
ラグと、探冠のロゼッタと一緒に、水辺の調査へ行ったこと。
そこから先を読んだところで、手が止まった。
「魔物を、槍で……」
ニーナも笑うのをやめた。
「怪我は?」
セリカは続きを追った。
「怪我はしてない。ラグが一匹を倒して、ロゼッタが横を……」
読みながら、息を吐く。
怖かった、とも書いてある。
ミナは、そこを短く済ませていなかった。
セリカは最初の段落へ戻った。
誰と行ったかが、先に書いてある。
自分がどこで止まるか、妹にはわかっているらしかった。
「続きも読もう」
ニーナが言った。
セリカはうなずいた。
香草を乾かし、鶏肉に使って比べた話が続いていた。
量を変えたいと思ったこと。
次の依頼の案内が来たこと。
「……調査も、ちゃんと仕事になってる」
セリカの声が、さっきより柔らかくなった。
ニーナは自分の荷物を下ろし、椅子へ座った。
「次に会ったら、聞きたいことが多そうだね」
「うん。槍のことも、帰り道のことも」
「鶏肉も?」
「それも」
セリカは少し笑い、持っていた菓子へ目を落とした。
まだ半分、残っている。
「この菓子、日持ちするかな」
「送るなら、店で聞いてからね」
ニーナが言った。
セリカはうなずいた。
手紙を机へ置き、椅子に座る。
返事には、今いる町と、次に連絡できる予定を書こう。
それから、調査と料理の話を、もっと聞きたいと。
槍の段落へ、もう一度目が戻った。
「……ここは、もう少し聞く」
「うん。ミナちゃん、返事を待ってると思うよ」
セリカは白い紙を取り、まず、手紙が届いたことから書き始めた。
※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です




