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第41話 自分の力で動かします

 講習室へ入ると、ミナは荷物を壁際へ置いた。


 今日は採取袋も槍も持ってきていない。

 帳面と筆記用具、水筒。それから、使っている道具を見てもらうための補助帯があった。


 講師は、袖を肘の下まで上げた女性だった。

 机の上へ小さな水晶を置き、ミナの申込書を読む。


「身体強化を覚えたいんですね。今、使える魔法は?」


「小さな火を出すくらいです」


 ミナは補助帯も見せた。

 立ったり歩いたりするときの補助ではなく、短い時間、動きを支えてもらう道具だと説明する。

 教わった低い補助で、足運びを確かめたことも話した。


「今日は、これを動かさずに見ていきましょう。道具の力と、あなたの魔力を分けて確かめたいので」


「はい」


 補助帯を荷物へ戻す。

 講師が、机の上の受け皿を示した。


「では、いつもの火を。大きくしなくていいですよ」


 ミナは手を出した。

 指先へ意識を集めると、小さな火がついた。

 皿の上で保ち、言われたところで消す。


 講師は水晶の変化を見てから、もう一度頼んだ。

 今度は少し弱く。その後、元の大きさへ戻す。


「……ここは、ずいぶん細かく変えられますね」


「火をつけるものに、近すぎるといけないので」


 食堂では、何度もやった。

 勢いよく燃やすことより、火を移して、手元の方を消すことが多かった。


 火の出し方を確かめた後も、いくつかの確認が続いた。

 水晶へ魔力を通し、弱く保ってから止める。

 休んで、もう一度。


 講師が結果を書き込む間、ミナは机の端で転がった筆を目で追った。

 落ちる前に受け皿へ当たり、そこで止まる。


 講師の手が止まった。


「今、何か魔法を使いましたか」


「……いえ」


 ミナは、自分の手を見た。

 火は出していない。


「筆を見たとき、目の辺りへ魔力が動きました。もう一度、少し見てもいいですか」


     *


 講師は筆を持ち、ゆっくり左右へ動かした。


 ミナは先端を見た。

 右へ行く。

 止まり、左へ戻る。


「向きが変わるとき、どこを見ています?」


「筆と……先生の指です。先に、持ち方が少し変わるので」


 講師はうなずき、筆を置いた。


「目に、弱い身体強化が掛かっています。今、意識して掛けたわけではないんですね」


「これが、身体強化なんですか?」


「ええ。よく見ようとしたときに、自然と使っているようです」


 ミナは、机の上へ目を戻した。

 筆も、受け皿も、いつも通りだった。


 講師に教わり、魔力の流れを緩めてみる。

 火を消すときと、まったく同じではなかった。

 手元へ集めていたつもりもない。

 何度か確かめてもらって、ようやく、目の奥で張っていたものがほどけるような感覚があった。


 もう一度、筆が動いた。

 ちゃんと見える。

 けれど、向きが変わる直前の小さな動きを追うのは、先ほどより難しかった。


「いつも、こっちだったんでしょうか」


「集中して見るときには、強化する方が習慣になっていたのかもしれません。普段からずっと、というわけではなさそうですよ」


 ミナは、魔物の前脚を思い出した。

 傷のある脚をついたとき、胸が少し流れた。

 ラグが横へ動く前にも、足から腰へ目を移していた。


「動き始めるところが、見やすかったのも……」


「助けにはなっていたでしょうね。ただ、見えたものから何を考えるかは、別です。強化しても、相手が次に何をするかまで教えてくれるわけではありません」


 講師は、筆をもう一度持った。

 今度は指の持ち方を変えても、筆を動かさなかった。


 ミナの視線だけが、少し先へ行った。

 講師が笑った。


「こういうこともあります」


 ミナも、少し笑った。

 見やすくなることと、必ず当たることは違う。


「魔力も、少ない方ではありません。今日確かめた範囲では、むしろ多い方です」


「でも、小さい火しか……」


「使える魔法の数と、魔力の量は同じではないんです。あなたは、細かな調整もできています。ただ、使い方を知っている範囲が狭かった」


 ミナは帳面を開いた。

 書こうとして、筆先を見た。

 今度は、目へ魔力が集まる感覚に少し気づいた。


     *


 床の線へ立つと、講師は自分の脚を示した。


「まず、立つ姿勢を支えるところから。脚の力だけを強くするのではなく、それを受ける足首や膝、腰も一緒に」


 ミナは、教わった通りに足を置いた。

 手元の火のように、狭い一か所へ集めようとしてしまう。

 膝の辺りへ意識が偏ったところで、講師に止められた。


「そこだけではなく、脚を通って、腰まで。薄く繋ぐつもりで」


 目を強化するときの感覚を思い出す。

 強く押し込まなくても、魔力は働いていた。

 今まで、よく見ようとするたびに、知らずに加減していたものだった。


 少しずつ、範囲を広げた。

 立っているだけでは、急に何かが変わった感じはしない。

 膝を軽く曲げ、伸ばす。

 いつもより、戻るときに体を支えやすかった。


「今のまま、一歩」


 ミナは足を出した。

 歩けた。

 そのことが嬉しくて顔を上げると、腰の感覚が途切れた。


「あ」


「大丈夫。止まって、もう一度整えましょう」


 戻って、立つ。

 薄く繋ぐ。

 一歩出し、後ろの足を寄せる。


 二度目は、残った。

 三度目には、脚へ力を入れすぎた。

 講師の言葉で弱めると、目の強化を緩めたときと似た感覚があった。


 休憩を挟み、腰の向きを変える動作まで確かめた。

 脚だけでなく、体を運ぶ順番が必要だった。

 補助帯を切って練習したとき、ラグに言われたことを思い出す。


 腕を加えると、脚の方が薄くなった。

 今度は全部へ足そうとして、肩が強張る。


「魔力の量が足りないのではなく、振り分け方の問題ですね。腕を、そんなに強くしなくても大丈夫です」


 小さな練習用の棒を持った。

 肘を曲げて支え、戻す。

 握る手だけでなく、腕と肩まで弱く支える。


 火を大きくしたり、小さくしたりするときには、力を込める場所を変えない。

 今は、働かせる場所が増えた。

 どこかだけが強くならないよう、少しずつ合わせた。


 講習の終わりには、立つ、歩く、棒を構える、戻す、という動きを続けられた。

 一度切って、休み、また始めてもできた。


 講師が、床の線の横へ印をつける。


「この強さなら、基本の動作で保てていますね。最初からこれだけ細かく扱えるのは、よい下地があったのでしょう」


 ミナは、棒を置いた。

 息は少し上がっていたが、まだ話せる。


「目の方で、ずっと練習していたみたいなものですか」


「そうですね。ただ、速く動いたり、驚いたりしたときは別です。今日できた強さと動きから、確かめていきましょう」


 次の講習で見ることを決め、練習の目安を書いてもらった。

 補助帯と同時に使うのは、まだ試さない。

 教わった強さを、自分で戻せるようにする方が先だった。


     *


 昼食の後、下宿へ戻って槍を取った。

 午後にラグと会うと、ミナは挨拶の後で言った。


「私、身体強化を使っていたそうです」


 ラグの耳が動いた。


「……今日、覚えたということではなく?」


「目だけ、知らないうちに。教わって、少しわかるようになりました」


 講習の話をすると、ラグは途中で口を挟まずに聞いた。

 魔力の量と、今できる強化の範囲も伝える。


「それで、足腰と腕も。弱くなら、動きながら使えました」


「見せていただいても、よろしいですか」


 空いている練習区画を借りた。

 ミナは持ってきた槍を壁際へ置き、まず、講習と同じ足運びをした。

 補助帯は動かしていない。


 足を置く。

 体を運び、後ろの足を寄せる。

 腰の向きを変えて、止まる。


 ラグは、もう一度頼んだ。

 ミナが戻って繰り返すと、彼の視線が足元から肩へ移った。


「前に遅れた足が、今はついてきていますね」


「はい。速くするより、同じところへ置くようにしました」


 少し休んでから、槍も持った。

 両手の間を空け、構える。

 ラグがゆっくり横へ動いた。


 右足へ重さが移る。

 腰が、そちらへ向き始める。

 ミナは槍先だけを振らず、自分の足から向きを直した。


 以前なら、その後で腕が引かれ、穂先が下がることがあった。

 今日は、構えた位置へ戻せた。


 ラグが止まった。


「……よくできました」


 いつもより、返事までに少し間があった。


「見た動きに合わせて、足も腕も戻せています。一日で、ここまで繋がるとは思いませんでした」


 ミナの口元が緩んだ。


「前の練習を、使えた気がします」


「ええ。強化を覚える前に、動く順番を練習してありましたからね」


 もう一度だけ、向きを変えた。

 今度は槍を戻す方へ集中しすぎて、脚の強化が薄くなった。

 それでも、足を遠くへ出す前に止まれた。


 ラグがうなずいた。


「今日は、ここまでにしましょう。できた動きも、今の動きも、覚えておけるうちに」


 ミナは槍を下ろした。

 できるようになったことは、もう一度やって確かめたくなる。

 でも、今日は帳面へ残すところまでにした。


     *


 夕飯は、残っていた芋と青菜の汁物にした。

 パンも切り、食べる前に短く配信を始める。

 今日は練習を映すつもりではなかった。


 視聴者が一になり、湯のみさんの名前が出た。


〈湯のみ:こんばんは。今日は、早めに帰れたのかな〉


「はい。魔法の講習へ行ってきました。身体強化を、少し使えるようになったんです」


 目の方は、前から無意識に使っていたらしいことも話した。

 返事が来るまで、少し待つ。


〈湯のみ:自分で気づかないまま、馴染んだ使い方があったんだね〉


「火しかできないと思っていました」


〈湯のみ:今度は、選んで使えるようになる。どこへ力を回しているか、わかるようになったのは大きいと思うよ〉


 ミナは、膝の辺りへ集めすぎたときの話もした。

 弱めて、腰まで繋ぐと歩けたこと。

 槍へ集中すると、脚の方が途切れかけたこと。


〈湯のみ:使えたときと、途切れたとき。両方覚えておくと、次に試すことが見つかるよ〉


「はい。今日は、先生にもラグさんにも、見てもらえました」


 帳面へ、明日の短い練習を書く。

 槍を持たない足運びから、始めるつもりだった。


「補助帯がなくても、体を支えられました」


 言葉にすると、もう一度嬉しくなった。

 自分の魔力で、できたことだった。


 配信を閉じ、ミナは汁物へ匙を入れた。

 明日は筋肉の疲れも確かめる。

 使える魔力が多くても、脚や腕が疲れなくなるわけではなかった。

 それでも、これまで見えていた一歩へ、自分の体を運べた感覚は残っていた。


     *


 その日の朝、ラグは宿の食堂で、パンを薄く切っていた。


 板の端へパンを当て、滑らないようにしてから刃を入れる。

 右手で切り終えると、刃を置いて皿を寄せた。

 煮豆の椀と茶も、手を伸ばしやすい位置へある。


 宿の主人が、向かいの机を拭いていた。


「今日は、採取じゃないのかい」


「午前は、荷を運ぶ方の護衛です。町の外を少しだけ」


「じゃあ、昼には戻る?」


「先方の荷造りが、予定通りなら」


 主人が笑った。


「それは、あんたには早くできないね」


「急かす役まで引き受けると、護衛の方が長くなりそうですので」


 食事を終え、自分の皿を返した。

 部屋へ戻り、上着を着る。

 畳んで留めた左袖の位置を確かめ、斧を腰へ収めた。


 門の外で待つ荷車は、まだ覆いを掛けている途中だった。

 ラグは出発の前に行く道を確かめた。

 運び手が話す間、道の先へ目を向ける。

 朝の光が、石の上へ伸びていた。


 昔、屋敷の門に立っていたときも、出入りの予定を聞いてから、その先を見ることが多かった。

 誰を迎え、誰を送り出すか。

 門を閉じた後に、外へ残る人はいないか。


 今は、一本の道を、荷車と一緒に往復する。

 引き受けられる仕事の範囲は変わった。

 待っている間に確かめることは、今もあった。


     *


 町へ戻ったのは、昼の少し前だった。


 依頼の完了を届け、帰りに衣服を直す店へ寄った。

 持ってきた替えの上着を、台へ置く。

 右の袖口が擦れていた。


「これなら、当て布でまだ使えるね」


「お願いします。こちらばかり、先に働きますので」


 職人が袖を広げ、修繕の値段を告げた。

 受け取る日を決めてから、ラグは店を出た。


 入口で、大きな布包みを抱えた客と行き合う。

 扉を押さえると、客は礼を言って中へ入った。


「お客まで案内してくれるの?」


 奥から職人が声を掛けた。


「扉のところまでです。品物の説明は、お任せします」


 ラグは頭を下げ、手を離した。


 宿へ戻り、少し休む。

 談話室の閲覧用水晶は、今日は空いていた。

 料理の記録を探す前に、歌の一覧が目へ入る。


 聞き覚えのある題だった。

 選ぶと、旅人が帰る道を歌う声が流れた。

 歌うのは、昔聞いた者とは別の吟遊詩人だった。


 椅子へ座り直し、ラグは一曲、終わりまで聞いた。

 次の予定までは、まだ時間があった。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

カクヨムでも連載中です

人物紹介やシーンの挿し絵なども掲載しています

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