第40話 また見に来ました
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ギルドの地図には、水辺の道を示す線の横へ、新しい書き込みがあった。
ミナは依頼の紙を机へ置き、受付の職員が指すところを見た。
水棘ネズミと遭遇した場所は、まだ印がついている。
「報告の後に、見に行っていただいたんですか」
「はい。周辺の確認が入りました。こちらの道は使えますが、川に近い斜面へは下りないでください。調べきれていない穴もあります」
どこにもいないと、わかったわけではなかった。
使える道と、入らない場所を、ミナは自分の地図にも写した。
隣に立つラグが、依頼先の指定を読む。
「こちら側なら、前に見た株もありますね。量も、そこまで多くはない」
「日向と、木陰に近いものを、別々に。採った日も書いて持っていきます」
「明日の午前でしたら、私も空いています」
ラグの予定を確かめ、帰る時刻を決めた。
採れなかった場合の連絡も、先に聞いておく。
依頼の紙へ名前を書いてから、ミナはもう一枚の案内へ目を向けた。
魔法の基礎講習。
受付の棚から出してもらった紙だった。
「身体強化を覚えたい場合も、こちらからですか」
「まず、今使える魔法と、魔力の扱い方を講師が確認します。そこから、受ける講習を相談できますよ」
「小さい火を出すくらいしか、できないんですけど」
「では、それも伝えてください。できることを見てもらうところからで大丈夫です」
すぐに身体強化を教わる、と書かれた案内ではなかった。
初回には、動きやすい服と、筆記用具を持ってくるようにとある。
ミナは空いている日を確かめ、採取の翌日の枠を申し込んだ。
帳面へ、二つの予定が並ぶ。
明日は葉を持ち帰る。
その次の日は、自分の魔法を見てもらう。
「どちらも、決まりましたね」
外へ出ると、ラグが言った。
「はい。講習の前の日なので、明日は早めに戻れる依頼でよかったです」
「採る前から、帰った後のことまで考えてありますね」
ミナは少し照れて、帳面を閉じた。
*
翌朝の水辺は、前に来たときより風があった。
葉が揺れている。
川の音も聞こえるが、道から水面のすべてが見えるわけではない。
ミナは境界の標識と、自分の地図を照らし合わせた。
位置の共有と記録を動かしている。
公開配信は始めなかった。
今日は、依頼された場所ごとの葉を持ち帰る日だった。
ラグが先に道の足元を見た。
ミナは少し後ろで待ち、進んでよいと言われてから袋を下ろす。
槍は、すぐ手を伸ばせるところへ置いた。
袋の口へ立てかけると、袋を動かしたときに一緒に倒れてしまう。
練習のときに確かめた置き方を、ここでも使った。
「こちらを採っている間、道の方をお願いします」
「承知しました。移るときは、声を掛けてください」
包丁を抜き、葉の裏と縁を見た。
前の納品で示された小さな傷を、今日は見落とさないようにする。
必要な量を採ったところで、札を確かめて包んだ。
日向の分を閉じてから、木陰に近い株へ移る。
同じ包みに、少しだけ足してしまわないように。
途中で、ラグが足を止めた。
ミナも刃を収めた。
乾いた枝の向こうから、何かが走る音がした。
ラグは道の先と、ミナの後ろを順に見た。
少し待つと、音は遠ざかった。
「今のは……」
「姿までは見えませんでした。ここへ来るかどうか、もう少し待ちましょう」
ミナは、袋へ手を伸ばしかけていたことに気づいた。
葉が揃ったからといって、急いで背負わなくてもいい。
戻る道へ目を向け、自分の立つところを確かめた。
再び歩き出したとき、予定の時刻までには余裕があった。
今日は魚を探さず、寄り道もしない。
川の音が小さくなるところまで戻ってから、包みのずれを直した。
*
納品口では、二つの包みを別々に開いてもらった。
種類と量。
葉の状態。
札に書いた場所と日付。
職員が一つずつ確かめ、受領の印を押した。
「今回は、お店の方で乾かして、香り袋に使ってみるそうです」
「どちらがよかったか、後で聞けますか」
「感想も返していただく予定ですよ。加工に時間がかかるので、少しお待ちくださいね」
ミナはうなずいた。
同じ葉でも、鶏肉へ使ったときと、布へ詰めたときでは違うかもしれない。
自分の夕飯では比べられないところを、別の人が確かめてくれる。
報酬を受け取り、ラグの分を分けた。
帰りに買う食材と、明日の講習に残しておく分も確かめる。
「今夜は、豆と芋を焼いてみます」
「では、今度は香草の試験ではないのですね」
「今日は、いつものご飯です。でも、少し入れようと思って」
「それは楽しみです。私も、仕事を一つ済ませてから伺います」
別れる時刻を決めていたように、次に会う時刻も決めた。
ミナは一人で、食料品の並ぶ通りへ向かった。
*
台所へ下りる前に、明日の支度をした。
動きやすい服。
帳面と筆記用具。
補助帯はいつもの荷物へ収め、講師へ、使っている道具のことも伝えようと書いた。
道具を動かしたときの感覚と、自分で使える魔法を、混ぜて話さないようにしたい。
火を出せるようになった頃のことを、少し思い出した。
食堂で、店主の前に手を出した。
初めは、指先が温かくなるだけだった。
ようやく小さな火がついたとき、嬉しくて見続け、消すように言われた。
今は、火をつけた後にすることもわかる。
身体強化でも、使えたところだけを喜んで、後のことを忘れないようにしたかった。
下宿の台所で、ミナは昨日のうちに柔らかく煮ておいた豆を出した。
今日は芋と混ぜ、小さく平たい形にして焼く。
豆を煮た汁も少し残してある。玉ねぎの汁物に使えば、捨てる分が減る。
水晶を置いて、配信を始めた。
視聴者の数字は、まだゼロだった。
「今日は、豆と芋を焼きます。豆は、先に柔らかくしてあります」
記録に残すつもりで、椀を見せる。
芋を茹でている間に、豆を匙の背で潰した。
全部をなめらかにはしない。少し形が残っていても、噛んだときにわかる。
玉ねぎを細かく切って炒め、別の椀へ移したところで、数字が一になった。
〈帰り道:この前、香草のことを聞いた者です〉
ミナは包丁を台へ置いた。
「こんばんは。乾いた香草の方ですよね」
〈帰り道:はい。家にあった肉で作りました。おいしかったので、また見に来ました〉
「……作ってくださったんですね」
文字を、もう一度読んだ。
店で買ってみる、と言っていた人だった。
買った後に作って、食べたところまで教えてくれた。
〈帰り道:初めに少なくしたのがよかったです。前は、匂いがしない気がして、ずいぶん入れていました〉
「焼いている間にも、匂いが変わるので。足りなかったら後で足せますし」
答えてから、ミナは少し笑った。
「ありがとうございます。おいしくできて、よかったです」
文字板を見ている間に、芋の鍋から湯気が増えた。
ミナは慌てずに火を弱め、柔らかさを確かめた。
嬉しい話の続きも、調理の手を止めたままにしないで聞けるようになりたい。
「今日は、ここへも少しだけ入れます。肉を焼くときより、薄い味にしますね」
芋の湯を切り、潰した豆と合わせた。
炒めた玉ねぎを入れる。
塩と香草、溶いた卵を少しずつ加え、匙でまとめた。
〈帰り道:うちの豆も、残っています。丸められるくらいですか〉
「はい。でも、柔らかすぎたら、無理に丸めなくても。私も、まず一つ焼いてみます」
小さな分を取り、平たくして鍋へ置いた。
油は薄く引いてある。
触り続けず、片面が固まるまで待つ。
視聴者の数字が、二になった。
〈もふもふ:こんばんは。記録を拝見しました。ご一緒の方は、今日はいますか?〉
ミナは名前を読んだ。
「もふもふさん、こんばんは。ラグさんなら、後から来る予定です」
〈もふもふ:ありがとうございます。お料理も楽しみにしています〉
お料理も。
ミナは少し考えてから、鍋へ目を戻した。
自分以外にも、見たいところがあるらしい。
焼き色がついた一つを返す。
崩れずに持ち上がったので、残りも同じくらいの大きさにした。
厚くすると中まで温まるのが遅くなり、外側だけ先に焼けてしまう。
扉の方で、挨拶が聞こえた。
「こんばんは。お邪魔してもよろしいですか」
「はい。今日は、ラグさんがいるか聞かれました」
入ってきたラグが、足を止めた。
「私ですか?」
ミナがうなずき、水晶の向きを示した。
ラグは手を洗い、映る位置へ座ってから、少し頭を下げた。
「こんばんは。お待たせしてしまったのでしたら、失礼しました」
〈もふもふ:いえ。お声と話し方が、とても落ち着くので〉
ミナは文字を読んで伝えた。
ラグの耳が、わずかに動いた。
「ありがとうございます。そう言っていただけるとは、思っておりませんでした」
「私も、聞きやすいと思います」
「では、焦げそうなときにも、落ち着いてお知らせできるようにしましょう」
「あ、それは、早く言ってください」
ラグが小さく笑った。
鍋の中は、まだ焦げていなかった。
*
焼けた豆と芋を皿へ移すと、表面に薄い焼き色がついていた。
ミナは一つを割った。
中まで熱く、卵も固まっている。
内側は柔らかい。
潰しきらなかった豆が、ところどころに残っている。
ラグの分を取り分け、自分も味を見た。
玉ねぎの甘さと、少しだけ入れた香草の匂いがした。
「もう少し塩を入れてもいいかもしれません。でも、汁物と食べるなら、このくらいでも」
ラグも一口食べ、うなずいた。
「外側と内側で、感じが変わりますね。豆をそのまま食べるときより、少し軽く感じます」
〈帰り道:明日、作ってみます。今日は、肉の感想だけのつもりでした〉
「残っている豆でできたら、ぜひ。柔らかさで卵の量も変わるので、少しずつにしてくださいね」
〈もふもふ:お二人のお話も聞けて、楽しかったです〉
「ありがとうございます」
ミナが答えると、ラグも水晶へ顔を向けた。
「料理のことは、ミナさんに教わっている方ですが。ご一緒できて、私も楽しかったです」
出来上がった皿を映し、配信を閉じた。
汁物を机へ運んでから、ミナはさっきの文字を思い返した。
おいしかったので、また見に来ました。
それを聞ける日は、いつもあるわけではない。
でも、前にした話が、誰かの夕飯になっていた。
「明日の講習も、終わったらお話ししますね」
「ええ。どこから始めることになったか、聞かせてください」
ラグが匙を取った。
ミナも、温かい汁物へ手を伸ばす。
明日のための支度は、部屋で済んでいた。
*
王都の市場で、バルドは妻の籠へ手を伸ばした。
まだ、空だった。
「あんた。買うもの、決めてないよ」
「……ああ」
妻は籠を持ち直し、二軒の店を見比べた。
バルドは一歩横へ寄った。
前に立つと、妻から品物が見えなくなる。
今日は午後から、二人で買い物へ来ていた。
鎧も盾も家へ置いてある。
それでも通りですれ違う人が何人か会釈をし、バルドも短く返した。
「上の子が、丈夫な布を買える店を聞いてたでしょう」
妻が、畳んだ布へ触れた。
「荷を覆う分か」
「そう。今度来たときに、教えてあげようと思って」
バルドは店の奥にある厚い布を見た。
雨にも、擦れにも強そうだった。
買っておくか、と言いかけて止まる。
「長さは、聞いてないな」
「色もね」
妻が笑った。
店の人から値段と幅を聞き、場所を覚えておくことにした。
次の店で、豆と野菜を買った。
籠へ品物が入ってから、バルドはもう一度手を出した。
「持つか」
「お願い」
受け取った籠は、彼の手では小さく見えた。
妻は財布をしまい、歩きながら夕飯の話をした。
豆は明日の分。今夜は、魚を焼こうと思っているという。
角の屋台から、揚げた生地の匂いがした。
バルドの足が、少し遅くなった。
「一つ食べる?」
「ああ。お前は」
「半分もらおうかな」
二人で通りの端へ寄った。
バルドは紙包みを開き、まだ熱い生地を、端から慎重に分けた。
妻へ大きい方を渡す。
「そっちの方が多いよ」
「食べられるか」
「食べられるけど」
妻が笑って受け取った。
かじると、小さな音がした。
バルドも食べ、口の中が熱くなって、少し待った。
「うまいな」
「そうだね」
人が行き交う通りを、並んで見た。
急いで帰らなければならない時間ではなかった。
「こうして出るのも、いいな」
バルドが言うと、妻が顔を上げた。
「買い物は、前から一緒に来てるでしょう」
「ああ。……好きだと思ってな」
妻は、残った生地を見た。
それから、少し口元を緩めた。
「そういうことも、言ってくれるとわかるよ」
バルドはうなずいた。
籠を持ち直してから、妻が食べ終わるまで、その場で待った。
帰りには魚屋へ寄る。
どの魚にするかは、まだ決めていない。
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