第39話 同じ葉でも違います
翌朝、ミナは香草の札を見直した。
日向の株。
木陰に近い株。
採った場所と時刻は、別々に書いてある。
腕には、まだ少し張りが残っていた。
昨日、槍の柄を強く握ったところだ。
今日は採取へ行かず、葉を広げる作業だけにした。
ロゼッタへ聞いてあった手順で、少量ずつ乾かす。
下宿の管理人から借りた二つの浅い笊へ、重ならないように並べた。
部屋の、風が通る場所へ置く。
日向で採ったものは、乾かすときも日向へ置く、という意味ではなかった。
同じ場所へ並べ、条件が違わないようにする。
札は笊の縁へ留めた。
ミナは指を離し、二つを見比べた。
どちらも、同じ香草だった。
でも、葉の厚さが違う。
今朝は、まだどちらもしなやかだった。
*
槍は、ラグと一緒に武器屋へ持っていった。
穂先に土を当てたことを話すと、店の人は刃の端と、柄との繋ぎを確かめてくれた。
大きな損傷はなかったが、刃先は整えてもらうことになった。
「ここへ置いていけば、明日には渡せるよ」
「お願いします」
店を出ると、ラグがミナの歩き方を見た。
「脚の方は、どうですか」
「今日は、大丈夫です。腕は、少し疲れています」
「では、槍が戻っても、急いで同じことを繰り返さなくてよさそうですね」
ミナはうなずいた。
帰ったら、昨日の記録をもう一度見ようと思った。
ロゼッタが川側へ立ち、ラグが道の先を確かめていたところも。
戦った場面は、まだ公開していない。
二人の了承に加え、調査の依頼側にも確かめる必要があった。
ギルドへ相談すると、採取場所の詳しい映像は公開を待ち、遭遇時の動きは別に確認すると言われた。
今夜、配信で話すなら、自分が経験した範囲にしよう。
ミナはそのことも、帳面へ書き足した。
*
葉は、毎朝と夕方に確かめた。
乾き始めると、薄い方から形が変わった。
葉の端が反り、触った感触も違ってくる。
厚い方には、まだ柔らかいところがあった。
ミナは見たことを書いた。
雨が降った日には、部屋の空気も湿った。
その日の変化が小さかったことも、残した。
先に乾いたものは、別の紙袋へ収める。
もう片方も、乾いたと確かめてからしまった。
札を外す前に、袋へ場所を書き写す。
日向と木陰。
乾くまでにかかった日数も添えた。
その間に、腕の張りはなくなった。
槍を受け取った日は、短い時間だけ、補助帯を動かさずに足運びを確かめた。
速く動く練習より、構え直す順番を先にする。
葉を乾かす仕事も、練習も、一度で終わるものではなかった。
*
約束の日、ギルドでロゼッタへ袋を渡した。
「こっちが先だったんだね」
ロゼッタは日付を見て、葉を少し取り出した。
形と色を確かめてから、匂いを嗅ぐ。
「途中、雨が降りました。その日は、どちらもあまり変わらなくて」
「それも書いてあるね。いい。毎日、同じように乾くわけじゃないから」
ミナは、二つの袋へ目を向けた。
「日向の方が、強い匂いがする気がします。でも、最初から厚さも違ったので」
「うん。今回、違いがあったことはわかる。日当たりだけが理由とは、まだ決められない」
ロゼッタは、採った場所の記録も隣へ置いた。
水際からの距離も、株の育ち方も、同じではなかった。
「次は、ほかの株でも確かめたい。今日の分は、依頼主にも見てもらうよ」
調査用の葉を渡し、容器も返した。
料理で比べるために使ってよい分は、先に了承をもらって別にしてあった。
残りの小さな包みを、ミナは袋へ戻す。
「今日、鶏肉に使ってみます」
「食べた違いも、聞かせてね」
ロゼッタは言ってから、少し笑った。
「匂いは、水晶からじゃわからないから」
「はい。ちゃんと言葉にしてみます」
*
夕方、ミナは鶏肉を二つに分けた。
今日の買い物は、調査の報酬から、食費に使える分で済ませた。
肉だけで二人のお腹をいっぱいにする量ではない。
芋と青菜、それにパンも用意する。
肉の厚さを揃え、塩を振る。
香草も、借りた小さな秤で同じ重さに分けた。
別々の椀で細かくほぐし、肉へまぶす。
視聴者の数字は、一だった。
〈やまみち:同じ量にしたんだね〉
「はい。いつもなら、匂いを見て減らしたりしますけど。今日は、同じだけ使ってみます」
ミナは二つの椀を、水晶へ見せた。
「同じ種類の香草です。採ったところを分けて、乾かしてあります」
ロゼッタの本名で呼びかけそうになり、配信で使っている名前へ戻した。
本人だとわかっても、今はやまみちさんだった。
鍋へ油を引き、肉を間を空けて並べた。
どちらをどちら側へ置いたか、札を離れた台へ置いて確かめる。
香草を焦がさないよう、火を強くしすぎない。
「塩や香草は、後でも足せます。今日は、まずこのまま焼きますね」
手を洗い、青菜を切った。
先に茹でた芋へ少し塩を振り、机へ運ぶ皿を空けておく。
*
ラグが来ると、ミナは二つの椀を示した。
「食べ比べを、お願いしてもいいですか」
「もちろん。私にわかる範囲でよろしければ」
「どちらが強いか、先に言わない方がいいですよね」
「では、当てたときの賞品は、残りの夕飯ということで」
「当てなくても、あります」
ラグの目が、少し細くなった。
「安心して、間違えられますね」
皿を並べてもらい、ミナは肉を返した。
焼けた面から、香草の匂いが上がる。
調理する前とは、少し違う。
視聴者が、二になった。
文字板へ、見覚えのない名前が出る。
〈帰り道:生の葉が手に入らないときも、乾いたものなら作れますか〉
「はい。今日も乾かしたものです。この香草なら、乾いたものでも使えます」
ミナは、次の言葉を少し考えた。
「生の葉と同じだけ入れると、強すぎることもあるので。初めは少なくして、足りなければ足す方がいいと思います」
〈帰り道:近所の店には、乾いたものだけあったので。ありがとうございます〉
ミナは、台の上の包みを見る。
自分は、育っているところへ行った。
その人は、店で買えるものから選ぶ。
「名前が同じでも、香りの強さは違うことがあるみたいです。今日、私も比べています」
〈帰り道:では、買ってみます。肉は今あるものでもよさそうですね〉
「はい。厚さが違うと、焼けるまでの時間は変わりますけど」
ミナは肉の火の通りを確かめた。
文字板の向こうにも、台所と、使える材料がある。
自分と同じものが全部揃っているとは、限らなかった。
*
小さく切った肉を、二つの皿へ分けた。
ラグは一方を食べ、少し待ってから、もう一方を取った。
ミナも、同じ順番で食べる。
「こちらは、口へ入れたときによく香ります」
ラグが一つの皿を示した。
「もう一方は、噛んでから香りが残る感じでしょうか。私には、こちらの方が肉の味もわかりやすいですね」
ミナは札を見た。
最初に示された方は、日向で採った葉だった。
「私も、こっちは少し減らしてよかったかもしれません。いつもなら、全部同じだと思っていたので」
〈やまみち:味付けに使うなら、そこも選び方になるね〉
ミナは皿の方へうなずいた。
「香り袋なら、強い方がいいのかもしれません。でも、料理なら、強ければいいわけでもないんですね」
〈やまみち:依頼主にも聞いてみよう。今の感想は、そのまま書いておいて〉
ミナは、台の隅の紙へ短く書いた。
好きな方と、匂いを強く感じた方。
同じこととは限らなかった。
食べ比べを終え、できた皿を記録へ残してから配信を閉じた。
残りの肉も、二人の夕飯になる。
ラグは芋へ匙を入れ、ミナは青菜を取った。
「今度作るなら、混ぜてもいいでしょうか」
ミナが言うと、ラグは皿を見た。
「何をどれだけ混ぜたか、覚えておけるなら。次も、同じ味を作りたいのでしょう?」
「……はい」
違いがわかったら、その先の使い方も考えられる。
ミナは、残った香草の量を思い浮かべた。
食べ終わる頃、槍の練習の話もした。
補助帯を切った後でも、動く順番を確かめられたこと。
魔物が来たときには、その順番を全部、きれいにできたわけではなかったこと。
「道具ではなくて、自分で身体強化を使えるようにもなりたいです」
ラグは、匙を置いた。
「魔法の方も、覚えたいのですね」
「はい。私にできるのは、小さな火を出すくらいですけど。教われば、できることも増えるでしょうか」
「どこから始めるか、魔法を教える方に聞いてみましょう。槍の練習とは、違う手順もあるでしょうから」
ミナはうなずいた。
今日、香草を乾かす仕事が終わった。
その次に聞いてみたいことも、一つできた。
*
次の依頼の案内が来たのは、それから数日後だった。
香り袋を作る店が、場所を分けた葉を、もう一度受け取りたいという。
すぐにどちらかへ決めるのではなく、実際に加工して比べたいそうだ。
ミナは、依頼の紙を読んだ。
必要な量は、前回の小口依頼より少ない。
その代わり、場所ごとに包みを分け、採った日を添える条件があった。
「これも、依頼になるんですね」
「ええ。ミナさんの調査記録を見て、同じ手順でお願いしたいと」
受付の職員が、日程の欄を示した。
ミナはその場で受ける前に、ラグの仕事の予定を確かめることにした。
水棘ネズミの報告後、採取地の状況がどうなったかも聞く。
記録をつけたから、どこへでも行けるようになるわけではない。
でも、前にした仕事を見て、次も頼みたいと言ってもらえた。
下宿へ帰ると、ミナは新しい紙を帳面へ挟んだ。
乾くまでの日数を書いたページの、すぐ後ろだった。
窓際には、空になった笊が二つある。
返す前に、縁へ残った札を外した。
次に使うときも、同じように分けられるよう、札は帳面へ残しておく。
姉への手紙にも、鶏肉の話を書いた。
同じ葉でも、使う量を変えたいと思ったこと。
水辺では小型の魔物を槍で倒したが、ラグとロゼッタが一緒にいたことも、先に書いた。
怖かったところを、できた話の陰へ隠すことにはしなかった。
今度持ち帰る葉も、その先で、誰かが使う。
その人が困らないようにすることも、自分の仕事だった。
*
王都の市場で、リゼは革紐の束を裏返した。
「前のものより、少し硬いわね」
「丈夫だよ。荷を括るなら、こっちの方がいい」
「曲げたところが戻りすぎると、手が弱い人には扱いにくいの。柔らかい方も残しておいて」
店主は別の束を出し、値段を告げた。
リゼは必要な長さを伝えた。値切る代わりに、次の入荷日を聞く。
買い物を終えても、工房へは戻らなかった。
今日は半日、弟子たちに任せてある。
故障箇所の調べ方も、修理を受ける際に聞くことも、出る前に確かめた。
急ぎの連絡がなければ、戻る時刻まで口を出さない。
通りを一つ曲がると、荷車の脇から声を掛けられた。
「リゼ、この留め具なんだけど」
顔馴染みの運び手が、荷台を示す。
リゼは一度だけ動きを見た。
「歪んでいるわ。今日は紐で補って。直すなら、工房へ持ってきてちょうだい」
「今、ちょっとやってもらえない?」
「部品もいるし、ここで済ませると、使っている途中で外れるかもしれない。見積もりを出してからよ」
運び手はうなずいた。
代わりに、評判のよい焼き菓子の屋台を教えてくれた。
リゼは温かい菓子を一つ買った。
包み紙を開き、通りの端の長椅子へ座る。
噛むと、中から柔らかな果実が出てきた。
隣に、針仕事の道具を抱えた知り合いの職人が腰を下ろした。
挨拶を返したところで、相手の目がリゼの袖へ止まる。
「それ、まだ繕ってないの?」
袖口の糸が、少しほつれていた。
リゼは腕を持ち上げる。
「道具へ引っかかるほどではないわ」
「引っかかってから直すつもり? あなた、人には早めにって言うじゃない」
「……今日は布を見に来たの」
「その革紐は?」
「先に目についたのよ」
職人が笑った。
リゼも、菓子をもう一口食べた。
まだ、温かい。
「頼むなら、きちんと代金を払うわ」
「それはもちろん。あんたの袖も、仕事だからね」
見てもらう日を決め、リゼは紙包みを畳んだ。
自分で縫えば、今夜にも終えられる。
けれど、今夜の自分へ、また仕事を足さなくてもよかった。
長椅子から立ち、布の並ぶ通りへ向かう。
工房からの連絡は、まだ来ていなかった。
リゼは通信具をしまい、次の店の色鮮やかな布へ目を向けた。
「工房の前掛け用?」
店の人が、丈夫な布を示した。
リゼは一度触ってから、隣の青い布へ手を伸ばす。
「今日は、自分の服用よ」
光へ透かすと、思っていたより明るかった。
仕事場で汚れが目立つかどうかを考えかけ、やめた。
これを着て、また市場へ来ればいい。
「こちらを見せてもらえる?」
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