第31話 帰る時間を二人で
ギルドへ戻る前に、四人で昼食を取った。
ラグは入口で身を引き、ミナたちを先に通した。
空いている席へ案内されると、椅子を一つ引いてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
座ってから、ミナは左腕の袖を直した。
ラグはそれを待ち、自分の椅子を少し斜めに置く。
尾が人の通る場所へ出ないようにしていた。
「そこ、狭くないですか」
「大丈夫です。私の方が、少し場所を取りますから」
椅子の脚を右手で動かし、落ち着いて座る。
「町へ来てから、扉の幅と親しくなりました」
ミナは、入口を振り返った。
ニーナが笑っているのを見て、冗談なのだとわかった。
料理を待つ間に、ミナは手を洗いに立った。
ニーナも一緒に奥へ向かう。
二人の姿が見えなくなると、セリカがラグへ顔を寄せた。
「なんか、ミナに対する話し方、違わない?」
「ミナは、お嬢様って感じだからな。今日の服装なんて、特にそうだ」
ラグは、二人が歩いていった方へ目を向けた。
「丁寧に話せば、丁寧に返してくれる。こちらも、そうしたくなる」
セリカの口元が、少し緩んだ。
「ずっとその話し方、疲れない?」
「慣れている。その昔は、屋敷の護衛をしていたこともある。客人の案内まで頼まれるとな、斧を持って立っているだけでは済まん」
「へえ。意外。知らなかった」
「もっとも、扉を開ける役は向いていた。扉より私を見て、立ち止まる客もいたが」
セリカが小さく笑った。
ラグも、口元を緩める。
奥から、ミナたちが戻ってきた。
「お待たせしました」
「いえ。まだ料理も来ていませんから。どうぞ、お掛けください」
セリカはラグを見た。
今度は、何も言わなかった。
ラグの前へ来たのは、パンと、野菜の入った温かい汁だった。
器を右手の近くへ寄せ、湯気が落ち着くのを待つ。
急いで飲み込むことはしなかった。
「汁物、お好きなんですか」
「ええ。出先では、冷たいものが続くこともありますので」
ラグは匙を取った。
「町でまで、その続きをする必要はないでしょう」
ミナは、自分の器を見る。
採取から帰った後、火をつけたくなる気持ちには覚えがあった。
食べ終わる頃、ラグはギルドで相談できる時間を確かめた。
道具屋へ戻る時刻も、先に教えてくれる。
セリカはその返事を聞いて、会計へ向かった。
「私の分は、こちらで」
ラグが硬貨を出した。
姉はうなずき、四人分をまとめて渡す前に受け取った。
ミナも財布を出す。
セリカがこちらを見たので、先に言った。
「服は、ありがとう。でも、ご飯は自分で払うよ」
「……うん」
ニーナは、その横で自分の分を数えていた。
*
ギルドでは、朝に相談した職員が紙を出してくれた。
「ご自身で候補の方を見つけられたんですね」
「姉の知り合いでした。まだ、条件を相談しているところです」
ラグが登録札を見せる。
職員は名前を確かめ、地図を広げられる机へ案内した。
ミナとラグが向かい合い、セリカとニーナは隣へ座る。
姉が持っていた服の包みは、足元に置かれた。
最初に決めたのは、行く場所だった。
ミナが使い慣れた休憩所と、その近くの採取区画。
鉤爪イタチに遭った斜面は、候補へ入れなかった。
「こちらなら、今も利用できます。同行される方がいる場合でも、ミナさんの札で入れる範囲は同じです」
職員の指が、境界を示した。
ラグはうなずく。
「初回に、行き先を増やすつもりはありません」
ミナも、地図の線を確かめた。
誰かと一緒になっても、遠くへ行く理由が急に増えるわけではなかった。
仕事は、二人で受ける形を相談した。
葉の品質を確かめるのはミナ。
作業中の警戒と、移動する道の確認はラグ。
納める条件を見て、小口の依頼を選ぶ。
実際の依頼は、腕の確認が済み、出発日を決めてから受けることになった。
報酬は、二人で分ける。
必要なものを買う場合は、先に話す。
「私が採るのに時間が掛かったら、その分、待ってもらうことになります」
ミナが言うと、ラグは帳面へ目を落とした。
「その時間も、周りを見る仕事をしています」
「でも、収穫が少なかったら」
「場所を変えるか、帰るかを相談しましょう。どの株が使えるかは、私よりミナさんがわかるはずです」
ラグは、職員が示した納品条件を読む。
「警戒だけで良い葉が増えるなら、私も葉にお願いしたいところですが」
ミナは、一度ラグの顔を見た。
表情は真面目なままだった。
「……たぶん、増えないです」
「残念です。では、それぞれの仕事をいたしましょう」
ニーナが、小さく笑った。
セリカの口元も緩んでいた。
*
帰る時刻は、ミナが一人で行っていたときより、少し早めにした。
最初は歩く速さも、休む場所も、二人で確かめる必要がある。
「休憩所から先では、私が近くを見てから、作業する場所を決めたいと思います」
ラグが地図を指した。
「離れたところに良い株が見えても、移る前に声を掛けてください」
「はい。ラグさんも、動くときは教えてもらえますか」
「もちろん」
返事を聞いて、ミナは帳面へ書いた。
自分だけが知らせるのではなく、相手にも頼んでよかった。
危ないものを見つけたときの言葉も決める。
長く説明しなくても伝わるよう、止まるときと、こちらへ来てほしいときを分けた。
「ミナさんが戻りたいと思ったときも、言ってください」
「まだ、何も出ていなくても?」
「足場が悪いとか、身体がつらいとか。私から見えない理由もあります」
ラグはミナの左腕を見た。
「誰かが痛いと言う前に、全部わかるほど、目が良いわけではありませんので」
セリカがうなずいた。
「私にも、ちゃんと言ってね」
「うん」
ミナは答えてから、ラグへ向き直る。
「ラグさんも、言ってください」
「承知しました」
片腕で扱う荷物の量も、その場では決めきらなかった。
ミナの採取袋を見てから分ける。
斧を抜く邪魔にならない位置に収められるか、ラグが確かめる。
「武器を持ったまま、荷を持ち替えるのは難しくなります。離れるときには、置く荷物も決めておきましょう」
ミナは、戻ってきた袋を思い出した。
水筒のことも、帳面から読み上げる。
「それは、次に実物を持ってきてください。補助帯の印も避ける必要がありますね」
職員が書き留めた。
今日、全部を決めなくてもよかった。
次に持ってくるものは、決まった。
*
最後に、ミナは水晶のことを話した。
「外では、位置の共有と記録を使っています。公開配信をすることもあります」
ラグは説明を聞き、机に置かれた小さな水晶を見た。
「私の姿も、映りますか」
「向ける場所によります。映ってもいいか、先に聞きたいです」
「同行中なら、姿が入るのは構いません。ただ、宿の場所や、ほかの依頼の話は控えていただけると」
「はい。名前は?」
「ラグで結構です。昔の仕事まで詳しく話す必要はありません」
ミナはうなずいた。
「今日は、一緒に行く相談をしたことを、配信で話してもいいですか」
「ええ。まだ、出発日は決まっていないと添えてください」
職員が確認した紙へ、二人の名前が並んだ。
実際の依頼を受ける紙ではなく、同行の条件を残すものだった。
次に見直すとき、今日話したことを忘れずに済む。
ラグは右手で紙を押さえ、内容を確かめた。
書き終えてから、ミナにも読める向きへ戻してくれる。
「では、次は袋を拝見するところから」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。良い葉の見分け方は、私にも教えてください」
ミナは、少し背筋を伸ばした。
「わかるものなら、説明できます」
ラグは礼を言い、道具を受け取りに出ていった。
*
帰りに、セリカとギルドの練習用具を見た。
短い柄と、少し長い柄。
今日は握りの位置を確かめるだけにした。
盾と合わせた練習は、腕が良くなってから。
夕方には、姉もニーナも宿へ戻った。
セリカは今回の滞在中に済ませる用事を確かめ、ニーナも仕事の連絡をするという。
「夕飯は、今日は向こうで食べるね」
「うん。明日は?」
「朝、来てもいい?」
ミナはうなずいた。
明日の約束が、すぐにできた。
部屋へ戻り、新しい服を脱いだ。
裾の刺繍を軽く伸ばし、皺にならないよう掛ける。
台所へ行く前に、いつもの服と前掛けへ着替えた。
*
「こんばんは。今日は、一緒に採取へ行く方と、お話ししてきました」
水晶の向こうへ挨拶すると、文字板に名前が出た。
〈灰ねこ:こんばんは、こなべさん。どんな方?〉
〈こぐま:条件は決まったか〉
ミナは、昼に開いた帳面を脇へ置いた。
「姉の知り合いの、ラグさんです。虎の亜人の方で、今は近いところの護衛をされているそうです」
全部の条件を読み上げるのではなく、自分が安心したところを話す。
作業する場所を一緒に決めること。
移る前に知らせ合うこと。
帰りたい理由は、自分から伝えていいこと。
「まだ、腕を診てもらってからなので、日にちは決まっていません」
〈こぐま:ああ。先に治せ〉
〈灰ねこ:こなべさんからも、頼みたいことを話せたんだね〉
「はい。最初は、守ってもらうだけになるかなと思ったんですけど」
ミナは帳面へ目を落とした。
「葉のことは、私に教えてほしいって」
〈灰ねこ:それは、こなべさんの仕事だものね〉
ミナはうなずき、鍋へ視線を戻した。
今夜は、干し魚と青菜の卵とじを作る。
干し魚は、配信を始める前から水に浸してあった。
柔らかくなった身を右手でほぐし、小骨を除く。
太い骨は、先に別の皿へ出した。
「今日は、魚が少しなので、卵と一緒にします。戻した水も、汁に使えるんです」
〈灰ねこ:その水に、もう味が出ている?〉
「はい。塩も出るので、足す前に味を見ます」
鍋へ戻し汁を入れ、魚の身を加えた。
青菜の茎は先に、葉は後から。
小さく切ってあれば、長く煮なくても食べられる。
〈こぐま:その人とは、食事もしたのか〉
「はい。お昼に。話し方が丁寧で、冗談も言う方でした」
ミナは、服屋の後に入った店を思い出す。
「大きいから、扉の幅と親しくなったって」
〈灰ねこ:なるほど。僕も荷物を背負うと、よく挨拶するよ〉
ミナは笑った。
文字板の向こうにも、町を歩く人がいた。
卵を椀へ割り、よく混ぜる。
汁の味を確かめ、火を弱めてから細く流した。
すぐには匙を入れない。
端が固まり始めるまで、少し待つ。
〈灰ねこ:今夜は、ここで失礼するね。こなべさん、腕は休ませて〉
「はい。来てくださって、ありがとうございました」
数字が、一になった。
少し後、こぐまさんも、明日の準備があると書いた。
〈こぐま:その人と決めた帰る時間、自分でも覚えておけよ〉
「はい。帳面にも書きました」
〈こぐま:よし。おやすみ〉
「おやすみなさい」
数字が、零になる。
ミナは卵の様子を見た。
もう少しで、皿へ移せそうだった。
*
王都の部屋で、グレンは水晶を机へ置いた。
昼間届いていた仕事の控えを開く。
リュネール方面で、街道の巡回体制を見直す相談がある。
現場へ向かう日程を、担当者と詰めるところだった。
街道を使う採取人も、その仕事の中にいる。
ミナが離脱した記録を見てから、考えていたことがあった。
袋を置いて戻った判断は良かった。
だから、その後にも手元へ残るものを用意できればいい。
グレンは小さな携行袋を引き出しから出した。
出先で使っていたものだった。
身体に留める紐は付け替えられるが、このままミナへ渡すには少し大きい。
小型の水筒。笛。薄く畳める保温布。
候補を紙へ書き、袋の寸法も測った。
肩には水晶があり、腰には補助帯の停止印がある。
どこでもいいから着ければ済むものではなかった。
護衛が隣にいても、荷を離す状況はなくならない。
二人がどんな位置で働き、どちらから離れるのか。
画面からわかることもあるが、一度、実際に見たい。
グレンは筆を取り、リュネールのギルド宛てに訪問の相談を書いた。
仕事の日程を添える。
ミナへは、会ってもらえるかを先に確認してほしい。
同行者にも、見学を受けてもらえるか尋ねてほしいと記した。
到着までには、数日掛かる。
ミナの腕の回復や、初仕事の予定を急がせるつもりはなかった。
名前を書き終えてから、追記する。
配信で使っている名は、本人へ直接伝えたい。
グレンは紙を畳んだ。
会うことになったら、画面越しの挨拶とは違う。
いつもの呼び方は、そのままでいいだろうか。
「……こんにちは、こなべさん」
部屋の中で、小さく言ってみた。
それから、携行袋の紐へ手を戻した。
*
卵とじを皿へ移す前に、数字が一になった。
〈やまみち:こんばんは。まだ間に合った?〉
「こんばんは。はい、ちょうどできたところです」
ミナは皿を少し傾け、魚と青菜が見えるようにした。
〈やまみち:今日は魚なんだね。腕は、どう?〉
「まだ練習は休んでいます。でも、次の仕事で一緒に行く方と、相談してきました」
ミナはもう一度、ラグのことを話した。
虎の亜人で、片手斧を使うこと。
姉が以前、護衛の仕事で一緒になった人だということ。
〈やまみち:ラグって、ラグ・ヴァルク?〉
「はい。ご存じなんですか?」
〈やまみち:一緒に仕事をしたことがあるよ。信用できる人〉
ミナは、匙を置いた。
〈やまみち:礼儀正しいし、できないことを、できると言わない。帰る方の相談も、ちゃんと聞いてくれる〉
「今日も、そういうお話をしました」
画面には、ラグの姿は映っていない。
でも、やまみちさんが言うことは、昼に会った人と同じだった。
「左の腕を、失ったと伺って。今の仕事の仕方も、教えてくださいました」
〈やまみち:うん。腕を失ってからも、一度会ってる〉
文字が、少し間を置いて続いた。
〈やまみち:近い間合いで正面から相手をしたら、今でも私が負けるかもしれないね〉
ミナは画面を見た。
「やまみちさんも、戦う方なんですか?」
〈やまみち:必要ならね。でも、私が知っているのは少し前のラグ。今のことは、本人と確かめて〉
「はい。袋を見てもらって、持つものも相談する予定です」
〈やまみち:それがいい。知り合いが褒めたからって、話し合いを省かないでね〉
ミナはうなずいた。
今日決めたことと、次に聞くことは、帳面へ残っている。
匙を入れると、柔らかい卵の間から魚の身が出てきた。
青菜には、戻し汁の味がついていた。
「……おいしいです」
〈やまみち:良かった。魚が少しでも、ちゃんと夕飯になるんだね〉
「はい。パンと食べます」
ミナはパンをちぎった。
皿の端の汁へ少し浸し、次の一口にする。
*
配信を終え、皿を洗った後、記録帳を開いた。
ラグさんは、やまみちさんとも仕事をしたことがある。
書きかけて、筆を止めた。
それは、次の採取で確かめることとは違う。
少し考えて、別の欄へ移した。
袋を見てもらう。
水を持つ場所を相談する。
移るときには、互いに声を掛ける。
その下へ、もう一行。
葉の見分け方を、説明できるように。
ミナは帳面を閉じた。
次に持っていく袋は、空のままでも、確かめることがある。
自分が教える方になる時間も、あるらしい。
窓際には、今日買ってもらった青い服が掛かっていた。
ミナは裾の葉の刺繍を見てから、明日の朝に出す器を数えた。
※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です
カクヨムでも連載中です。
領内地図・人物紹介などの補足も掲載しています。




