↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/120

第26話 片手に増えたもの

 姉への手紙を出した帰りに、ミナは道具屋の前で立ち止まった。


 窓には、旅に使う水筒と、丈夫そうな手袋が並んでいる。

 その奥の壁へ、丸い盾が掛けてあった。


 一番大きなものは、自分の胸から膝まで隠れそうだった。

 あれを持って、採取地まで歩けるだろうか。

 帰りには、袋も重くなる。


 値札を見る前に、肩へ力が入った。


 ミナは窓から離れた。

 今日は、買わずに帰った。


     *


 翌日の夕方、共同台所で配信を始めた。


 鍋の中には、水に浸しておいた乾燥豆がある。

 昼のうちに柔らかく煮て、夕飯に使う分だけ残してあった。

 ほかの分は水気を切り、明日まで置けるよう保存箱へ入れている。


「こんばんは。今日は、豆をつぶして焼きます」


〈灰ねこ:こんばんは、こなべさん。豆だけで?〉


「少し粉も入れます。あと、玉ねぎを」


 包丁を持ち、皮をむいた玉ねぎをまな板へ置く。

 小さく切ったものから、薄く油を引いた鍋へ入れた。

 先に火を通す。

 生のまま豆へ混ぜると、焼き上がった後も硬いところが残る。


 視聴者は、二人になっていた。


〈こぐま:試用は終わったか〉


「はい。採取地でも使わせていただきました。今日は、脚も普通です」


 ミナは玉ねぎを混ぜ、火を弱めた。


「それと、お礼に、別の補助帯をいただいたんです」


 文字板へ目を向ける。

 袋から帯を出すのは、料理を終えてからにする。


「暮らしに使うものではなくて、短い間、身体強化を助けるものだそうです。私の体に合わせてくださいました」


〈灰ねこ:そう。使い方も聞けた?〉


「はい。使った後は、体が重く感じます。疲れも残るので、ずっと使って歩いたりはしません」


〈こぐま:止めるところまで、試したか〉


「一度だけ。横へ動いた後、止めました。次に見ていただく日も決まっています」


 玉ねぎの色が変わった。

 皿へ移して冷まし、豆を匙の背でつぶす。

 まだ少し形を残したところへ、塩と乾いた香草を入れた。


〈灰ねこ:次の確認で、気になったことも伝えられるといいね〉


「はい。……その前に、盾も見ておきたいと思っています」


 匙を置き、手を拭いた。


「講座では、持っていない場合も教わりましたけど。あった方が、いいでしょうか」


     *


 バルドは、机の上の水晶へ目を向けた。


 夕飯は、もう食べ終えていた。

 隣では、妻が繕い物の糸を切っている。


 少女が、空いた左手を見せた。

 右手には、さっきまで包丁があった。


 あった方がいいか。

 それだけで答えるなら、短く済む。

 けれど、大きな盾を一枚買わせて、持ち上げられなかったら何になる。


 バルドは文字を打った。


〈こぐま:持って動けるものなら、役立つ。ただ、盾を持てば、その場に残れると思うな〉


 少女がうなずく。


「受け止めるより、離れるためにですか」


〈こぐま:お前の体より強く押されれば、盾ごと持っていかれる。足も一緒に使え〉


 少し考え、もう一行足す。


〈こぐま:買う前に、持ってみろ。重さだけでなく、向こうが見えるかも確かめろ〉


 妻が、横から彼の顔を見た。


「見に行って持ってやりたそうな顔」


 バルドは、文字板から指を離した。


「……本人が、選ぶ」


「うん。それがいいね」


 糸をしまう音がした。

 バルドは水晶へ向き直った。

 少女はもう、買うときに聞くことを紙へ書いていた。


     *


〈灰ねこ:こなべさん、盾と一緒にほかの武器も買うつもり?〉


「まだ、決めていません。包丁は使い慣れていますけど、料理や採取の道具なので」


 ミナはまな板の横を見た。

 刃のあるものなら、同じように使えるだろうか。

 柄が長くなれば、届くところは変わる。

 でも、自分が入れたいところへ刃を入れられるかは、持ってみないとわからなかった。


「姉が、来てくれることになったんです。冒険者なので、そのときにも相談しようと思います」


〈灰ねこ:お姉さんが。会える日が決まったんだね〉


「はい。仕事が終わってから、こちらへ来る予定を書いてくれました」


〈こぐま:それは、よかったな〉


 ミナは、少し笑った。


「夕飯も、一緒に食べたいです」


 冷めた玉ねぎを豆へ混ぜ、粉を少しずつ加えた。

 匙ですくい、手のひらで小さく平たくする。


〈灰ねこ:こなべさん、厚さはそれくらい?〉


「はい。厚いと返すときに崩れやすいので。中はもう煮てあるから、表面を焼ければ大丈夫です」


 鍋へ並べる。

 油の音が、少し強くなった。


 ミナは豆の端を見て、一枚ずつ返した。

 焼けた面は、薄い茶色になっている。


「粉を入れすぎると硬くなるので、初めに一つだけ焼くとわかりやすいです」


〈灰ねこ:全部、形にする前に試すんだね〉


「はい。崩れたら、まだ混ぜ直せます」


 焼いた一枚を割った。

 玉ねぎと香草の匂いが出る。

 外側は少し硬く、中は豆の柔らかさが残っていた。


 姉が来る日も、食べたことのないものを全部並べるより、好きなものを一つ用意したかった。

 何を食べたいかは、手紙に書いて尋ねてある。


     *


 翌朝、ミナはギルドで道具について相談した。


 講習を担当していた職員が、備品の棚から盾を三枚出してくれる。

 木のものと、金属のもの。

 持つところも、同じではなかった。


「買う前に、ここで試しておこうか。店では、動ける場所が狭いこともあるから」


 ミナは一番小さい金属の盾へ手を伸ばした。

 見た目は、鍋の蓋に少し似ている。

 中央の握りを持ち、胸の前へ上げた。


 上がる。

 けれど、しばらくすると、腕を脇へ寄せたくなった。


「重いです」


「そうだね。そのまま、横へ動ける?」


 足を出すと、盾が体から遅れた。

 持ち直そうとして、足も止まる。


 ミナは盾を下ろした。


「持ち上がるだけでは、だめですね」


「使っている間、持っていられるかも確かめよう」


 次は、少し大きな木の盾だった。

 革張りで、前腕を通す帯がある。

 重さは先ほどより軽かった。


 腕へつけ、顔の前へ上げる。

 向こうの職員が見えなくなった。


「今、私の足はどこへ動いた?」


 ミナは盾を下げた。

 職員は、横へ一歩ずれていた。


「……見えていませんでした」


「隠れたら、相手も見えなくなる。その大きさで、見ながら動けるかを考えてみて」


 ミナは盾の端から顔を出そうとした。

 腕も一緒に動き、守っている場所が変わる。

 どう持てばいいか、まだすぐには決まらなかった。


     *


 三枚目は、薄い木を重ね、革で表を覆った小盾だった。

 縁にも革が巻かれている。

 前腕の帯へ手を通し、内側の握りを持つ。


 職員に帯を締めてもらうと、腕を曲げたときにもずれにくかった。

 胸の前へ上げても、顔までは隠れない。


「これなら、動けそうです」


「では、少しだけ」


 布を巻いた棒が出てきた。

 講座の実習で使ったものと同じだった。


 ミナは盾を前へ出した。

 職員が、ごくゆっくり棒を押す。


 腕が後ろへ動いた。

 盾の内側が胸へ当たる。

 ミナは、慌てて片足を引いた。


「……押し返せません」


「今ので押し返す必要はないよ。盾だけを伸ばして、体をそこへ残していたね」


 棒が離れる。

 ミナは息を吐いた。


「受けるために、止まってしまいました」


「そう。まず、離れる方を見よう。盾はその動きと一緒に使う」


 もう一度、足を置く。

 右には、器具の台がある。

 左は空いている。


 棒が近づいた。

 ミナは左へ動き、盾の面を少し斜めにした。

 棒が表を滑り、腕へ軽い振動が来る。


 そこで安心して、足が止まった。


「その後は?」


 ミナは顔を上げた。

 次に動く方へ、もう一歩。

 講座で何度も言われたことだった。


 職員は棒を下ろした。


「今は、私がゆっくり動かしているからね。実際の強い攻撃でも同じようにできるとは思わないこと」


「はい」


「これで受けなければならない、ではなくて、離れる途中で触れてしまうものを外へ逃がす。その練習から始めよう」


 ミナは盾の表を見た。

 布の棒が通ったところを、指でなぞる。

 何も持っていなければ、その場所には自分の腕があった。


     *


 選ぶ前に、袋も背負った。


 盾をつけたまま肩紐へ触れる。

 留め具を外す。

 袋を下ろして、横へ離れる。


 一度目は、盾の縁が袋へ当たった。

 左腕を高くしすぎていた。

 位置を直すと、袋は足元へ落ちず、脇へ下ろせた。


 補助帯も、服の上へつけてみた。

 力は入れない。

 印へ手を伸ばし、盾を持ったまま触れられるか確かめる。


「ここは、空けておきます」


 ミナは腰の位置を示した。

 小盾を吊るす紐をそこへ通すと、手が届きにくくなる。


 採取中の置き方も試した。

 盾を背中へ回すと、袋と重なる。

 袋へ強く結ぶと、荷を離した際に盾も一緒に手放すことになる。


 職員と相談し、歩く間は体の横へ吊り、危険が気になる場所では腕へつける形にした。

 紐が枝へ引っかかったときに外せるかも確かめる。


 腕へつける間、右手は空いていた。

 ただ、草をまとめるときには、両手を使いたい。


「採るときは、下ろすことになりますね」


「そうだね。ずっと構えて作業はできない。道具が増えた分、周りを確かめてから手を使うことも忘れずに」


 ミナはうなずいた。

 持ち物が増えると、便利なことだけが増えるわけではなかった。


     *


 道具屋では、ギルドで使ったものに近い盾を見せてもらった。


 新品と、手入れされた中古がある。

 中古の方は表に擦れた跡があったが、木に割れはなく、裏の帯は交換してあった。

 店の人が縁を押し、握りの緩みも確かめてくれる。


「腕へ当ててみな。帯は、もう少し詰められる」


 ミナは手を通した。

 練習で使ったものと比べ、握りが少し太い。

 何度か開いて握り直す。


「こちらも、お願いします」


 新品の方も持った。

 どちらも動かせたが、こちらは腕へ当たる場所が狭かった。


 ミナは財布を開いた。

 下宿代と食費へ残す分は、別に包んである。

 道具に使える分を数え、値札と比べた。


 中古なら、買った後も少し残る。

 直すための費用も、考えておきたかった。


「この盾にします」


 擦れた方を、台へ置いた。


「手入れは、何をしたらいいですか」


 濡れたまましまわないこと。

 乾かすときに、強い火へ近づけないこと。

 帯の裂け目や、木のひびを確かめること。


 店の人の話を、紙へ書いた。

 受け取った盾は、補助帯と違って特別な術式を持っていなかった。

 自分の腕で、持つものだった。


     *


 それから数日、ミナは仕事の後に短い練習をした。


 初めは盾を上げるだけで、肩が疲れた。

 力を入れすぎていると言われ、少し下ろす。

 棒を見ると足元を忘れ、足を気にすると顔が下がった。


 同じことを、何度も直した。

 身体強化の補助は入れない。

 疲れて腕が落ち始めたら、その日の練習を終えた。


 約束していた帯の確認も受けた。

 盾を持って印へ触れ、低い補助で短く踏み替える。

 切った後は座り、脚と腕の具合を伝えた。

 前回より長く使うことはしなかった。


 夕方の配信では、盾の内側を見せた。

 見ていたのは、こぐまさん一人だった。


「握るところを、少し細くしてもらいました」


〈こぐま:腕へ当たる帯はどうだ〉


「動いた後でも、ずれていません。でも、持ち続けると肩が疲れます」


〈こぐま:疲れたところで終えろ。下がった腕のまま続けても、同じ動きは覚えられん〉


「はい。今日は、もう終わりにしました」


 ミナは盾を机の脇へ立てた。


「先生にも、足が止まると言われました。盾があると、ここで待てる気がしてしまって」


〈こぐま:講座の最初を覚えているか〉


 ミナは、記録帳を開かずに答えた。


「一度避けて、終わりではない、です」


〈こぐま:そうだ〉


 文字が出た。

 ミナは、床に空いている場所を見た。

 次の一歩を残す。

 盾を持っても、その続きを忘れてはいけなかった。


     *


 翌朝、ギルドで採取地の状況を確かめた。


 選んだのは、薬草の葉を持ち帰る小口の依頼だった。

 道を知っていて、自分の足で帰る時間もわかっている。

 姉が来る予定の日までには、まだ数日あった。


 袋へ入れる布を減らしすぎないようにする。

 盾が増えた分、買い取り用に余分な草を採ることは、今日は考えない。


 補助帯は腰へつけた。

 魔石の残りを、教わった方法で確かめる。

 印は服に隠れていない。

 力を入れないまま、留め具を閉じた。


 水晶の位置共有と記録を確かめる。

 公開配信を始めたのは、休憩所へ着いてからだった。


「おはようございます。今日は、こちらの先までです」


 数字は、零。

 ミナは水を飲み、地図と標識を照らし合わせた。


「帰りは、昼を少し過ぎる予定です。草の状態を見て、早めに戻ることもあります」


 返事は来なかった。

 それでも、帰る予定を言葉にすると、自分でも確かめられた。


 水筒を戻し、小盾の位置を直す。

 体の横で、木の縁が指へ触れた。


 腕へつけて、少しだけ歩いてみる。

 視界は、隠れない。

 前の道と、道の脇にある木も見えた。


 ミナは足を止め、もう一度留め具へ触れた。

 包丁は、いつもの場所にある。

 補助帯は、まだ動かしていない。


 新しい盾を持つ左腕には、確かな重さがあった。

 その重さを覚えながら、ミナは標識の先へ歩き出した。



※近況ノートに挿し絵・キャラクター紹介イラストを掲載中です

カクヨムでも連載中です

人物紹介やシーンの挿し絵なども掲載しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。